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ダンジョンランカー  作者: 魔桜
神様の箱庭編 5
25/28

25話 そして二つの世界は消え失せる

「……終わった……んだよな……?」

 ガクン、と膝の力が抜けてしまい、そのまま前のめりにぶっ倒れる。

 いくら『暴飲暴植エネルギーチャージ』で魔力を吸い取ったと言っても、精神は疲弊しきっている。

 強かった。

 もしも、テルクルが最初から全力で戦っていたら、勝敗はどうなっていたのか分からない。

 そのまま彼女を放置しておくと、死んでしまうので毒を解除しておく。

 すぅ、と顔色が良くなっていく。敵に使われた時は解除できないが、自分が使った『特異魔法』は解除できるようだった。ムシカとの戦いから数日経っている。毒の『特異魔法』は強力なので、ある程度試していた。

「……う、ううう」

 微かに声が漏れる。

「ルナ? 起きたのか?」

 上半身だけ起き上がって見やると、ルナが眼を抉じ開けていた。

 パチパチと、蝶が羽を開け閉じするみたいに睫毛を動かす。

 天井の一部分が倒壊してしまっているせいで、粉塵が舞っている。

 そのため、ゴホゴホッと咳払いしながら、なんとか立ち上がる。

「ここは? わ、私は?」

 立ち上がりたいところだが、まだ、もう少し休んでおきたいので、後ろの柱に寄り掛かって座り込む。

「大丈夫。もう全部終わったから」

「全部……終わった?」

 クドクドと事情を話す気力がもうない。

 もっと話してもらいたいようだ。説明してあげたいのは山々だが、こっちの舌がうまく回らない。

「………………」

 ルナはそれを察したように、自分で状況を理解しようと周りを見渡して。

 そしてその視線は一点に固定される。

「……お母さん」

 ルナの母親が倒れていた。

 木の根が身体に絡み付くようにして、彼女は瞼を閉じていた。

 それで、何がここで何が起こったのか気がついたようだ。

 ルナは静寂に満ちた空間に、一石を投じる。

「そうか。また、私は何もできなくて……そのせいで……ラックスが傷ついたのね……」

「…………」

 ルナは笑おうとして失敗したみたいな顔をすると、

「ねえ、ラックス。質問があるんだけど、いい?」

「質問? いや、そんなことよりお前、大丈夫か? なんか、おかしいぞ?」

 うまく言えないが、正直、今はルナに話をさせてはいけない気がする。

 まだ、記憶が混乱しているようだし。

 疲れ切っていて、ちゃんとした判断ができない状態だ。

 言ってはいけないことを口走ってしまいそうな予感がする。

 今日は帰って、寝て、すっきりした方がいい。

 悩み苦しんでいることは吐露すれば一時的には楽になるが、後後になって猛烈に後悔することがある。

 だから、今は何も言わない方がいいはずだ。だけど――

「いいから答えて。ねえ、イティ先生のこと――好き?」

 ルナはそれでも喋ってしまう――が、あまりにも予想外過ぎて固まってしまった。

(あ、れ? なんだ、そんなこと、か? もっと重大なこと。それこそ、俺なんかが聴いちゃいけないような、ルナとテルクルの親子事情を話されるかと思った。ディープで、聴いているだけでこっちが吐きそうなぐらいのやつを……)

 だけど、思ったよりは全然普通というか、日常会話で拍子抜けした。

「は、はあ? なんで、今そんなことを……?」

「…………」

 あまりにも場違いだ。

 どういう胸中なのかは不透明だが、整合性などあったものじゃない。やはり、まだ混乱しているみたいだ。

 座り込んでいる場合じゃない。

 早く、学生寮まで連れて行ってやらないといけない。それなのに――

「……ねえ、お願い……」

 立ち上がって、近づいて、とにかく腕をつかもうとした。

 だけど、今にも消え入りそうな声でそんなことを呟いてきたら、足を止めざるを得ない。

 自分の親があんな風に取り乱して自分のことを引っ張りまわしたら、流石に辟易する。そして、それが今日だけじゃなくて、きっと今までの人生ずっとだったんだろう。

 詳しくは分からなくて、想像の範疇だが、そうだと思う。

 だから、答えてやろう。

 訳の分からないこの質問、一つだけは。

 お前は混乱している、なんて言ったら、確実にもっと混乱してしまうだろう。

 だから、気恥ずかしいけど、ここだけは真剣に答えよう。


「ああ、好きだよ。愛している。――この世界の誰よりもな」


 そして――。

 このたった一言が、ルナのことをさらに追いつめてしまった。

 何か大切な想いが穴からこぼれそうになって、ルナはそれを必死で塞ぐみたいに手で胸を押さえる。

 喘ぐみたいに、ようやく声を絞り出す。

「…………私も、私も好き、だよ。……あの人のことが」

 ルナの瞳から、ポトリ、と氷柱が溶けたみたいに水が落ちる。

 それは。

 それは――

「ルナ、お前、泣いているのか?」

「泣いて、ない。泣いてなんか……ない……」

 泣いているのは明らかだ。

 そして、泣かせてしまった奴も、一人しかいなかった。

「私も、あの人に憧れていた。だって、あの人はなんでも一人でできた。家族がいなくても、たった一人でも強くて。世界の頂を知っていて、旅を続けていた。そんなあの人が、何でもできるあの人が羨ましかった。私は、あの人みたいになりたかった。それなのに――私は――ッ!!」

 話すたびに、ボロボロに身体が崩れそうなぐらい叫ぶ。

 ルナは、イティに憧れていて、憧れすぎて、何も見えていない。

 光溢れすぎて見えない景色を、脳内補完するみたいに。

 こう言っては何だが、ルナは、イティの功績しか知らない。

 旅の途中でモンスターやダンジョンランカー相手に無双したせいで、伝説じみた話が世間に出回った。

 世界に触れ回っているのは、快刀乱麻の活躍。

 そこで起きた問題だってたくさんあったけれど、多分、ルナは聞き及んでいないのだろう。

 あのイティだって、高い壁の前で葛藤したことだってあった。

 一人で解決できないことだってあった。

 最強であっても、無敵ではなかった。

 いつだって頼りになるけど、家族の前ではたまには弱いところを見せてくれた。

 誰だってそうなんだ。

 誰だって、弱いところがあって――。

 でも、だからこそ、強いところだってあるはずなんだ。

「あいつは、ルナが思っているほど完璧じゃない。この世にはさ、完璧な人間なんて――」

「そんなこと、今聴きたくないッ!!」

「…………!」

「耳障りのいい、その場しのぎの言葉なんていらない……」

「そうじゃない、俺はただ……」

 ただ、どうにかしたかった。

 ルナが自分で自分を傷つけるのを止めたいだけだ。

「結局私には何もできなかった。私がサードランカーになれたのだって、お母さんの助けがあったから。リオーレさんは単独でモンスターを倒したっていうのに、私は……いつだって、お母さんが助けてくれた。そして、今も……ラックスが、私のことを助けてくれた……」

「それは……」

「ラックスは言っていたわよね。リオーレさんのことには何も口出ししないって。リオーレさんは、地力で立ち上がらなきゃいけないって……。そうだよね。あの時私が必死になって反対したのは、まるで私自身が責められているみたいって思ったから……。私は、私の弱い心を守ろうとしたのよ……」

 そんな。

 そんな風に思っていたのか。

 だけど、モンスターが強いほど、単独で行動することは少なくなる。

 パーティを組んでモンスター攻略に挑むこともある。

 そんな知識を、今のルナに言っても聴いてはくれないだろう。

 ルナは、そんな言葉を欲しがっていない。

 どんな慰めも、今は届かないような気がする。

 でも、だからといってここで突き放したら、もっと壊れてしまいそうだ。

「私、なんて弱くて卑怯なんだろう。……どうすれば、もっと強くなれるのかな……」

「強くなれるよ。こんな俺でも強くなれたんだ。自分なりの歩く速度で強くなっていけばいい。だから――」

「無理よ。私にはどんなところに行ったって、お母さんが私を管理しようとする。どこにも逃げ場所なんてなくて、自分の強さを手にしようとしてもそれを認めてくれない。私の居場所は、私が私でいてもいい場所なんて……どこにもない」

 ラックスじゃ、もしかしたらどうにもできないかもしれない。

 ルナにとっての苦悩の根幹は、やはり家族関係。

 それを解決できるとなったら、悩みの種。

 家族だけなのかもしれない。

 テルクルだけなのかもしれない。

 だったら、可能性はある。

 自分じゃ何もできないという無力感で打ちのめされそうになるけれど。

 だけど、まだ手遅れじゃない。

 あの人は、きっとまだ娘のことを娘だと思える日がくるはずだ。

「大丈夫だ。あの人はもしかしたら話を聴いてくれるかもしれない。戦っている中で、なんとなくわかったんだ。あの人だって、本心ではこのままじゃいけないって思ってくれている。二人だけで話して何かがこじれるんだったら、その間に俺が入るよ。そしたらきっとうまくいく。俺にはそれが分かるっ!!」

「……何言ってるの? そんなはずないじゃない。あの人が、私のこと聴いてくれるわけがないっ! 何も知らないくせに、そんな適当なこと言わないでよ! ありもしない希望を私に抱かせないでよっ!! 私には……いば、しょ、が……」

 いきなりだ。

 話の途中で、何かに気がついたみたいに、自分の世界に閉じこもる。

 ブツブツと、独り言に熱中して、こちらのことなど眼中にない。

 どれだけ心配そうな顔をしているのか、ルナには分からない。

「……どうした? ルナ」

 訊くのは怖いが、そうでもしないとルナはこちらを見てくれないだろう。

 それなのに、合わせてくれた瞳を、ラックスは一瞬直視できずに目線を逸らしてしまった。

 覚悟して話しかけたはずだった。

 だけど、ルナの虚ろな瞳をずっと見続けることなんてできなかった。

 似ていた。

 テルクルが娘の記憶を捏造していた時の瞳に――。

 親子、そっくりな色をしていた。

「そうよ。居場所がなければ、この世のどこにも私がいてもいい場所がないのなら、別にそれでもいい。私は、私だけの理想郷を造りだせれば……そこに一生私はそこにいればいいんだ。そう、それでいいのよ。ああ、どうしてこんな簡単なこと思いつかなかったの?」

「何、言ってるんだ。……ルナ」

「変なことばかり言ってごめんね。やっと私正気に戻ったの。やっと、分かったの。この世界に場所がなければ、自分の力で造りだせばいい。そうでしょ? そのやり方のとっかかりは、ラックスが教えてくれたわよねっ! まずは一点に魔力を集中させるって。その集中させた魔力を徐々に広げていけば、私だって――」

「やめろっ!! ルナっ!!」

 間に合う訳がないと分かっていても、手を伸ばさずにはいられなかった。

 でも、どうにもできなくて。

 そして。

 そして。

 そして――。

 ルナとラックスの二人は――この瞬間――世界から完全に消失した。


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