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ダンジョンランカー  作者: 魔桜
神様の箱庭編 5
22/28

22話 ミミックは騙された者へ牙を剥く

 校門前。

 そこには、小ぶりな守衛所が一軒建っていて、守衛が常駐している。

 部外者が学園の外に出入りするためには、ここで手続きしなければならない。

 それは、学園に金を出しているでさえも例外ではない。

「……これでいい?」

 早くこんな最低の学園から出ていきたいテルクルは、不承不承ながらも紙に名前を書く。ここに来た時も書いたのに、どうしてこんな二度手間が必要なのか。

 いい加減、ルナも正気に戻ってしまう。

 そしたら、また自分勝手なことを喚き散らすだろう。

 成長しきっていない子どもを教育するのが母親の務め。

 今度は寮制度のない学園に転入させ、家になるべくいさせて、監視してあげよう。

 家にいる間はそれでいいとして、学園にも何度も訪問できるように、転入先の学園の近くに新しく家を建てようか。

 そうすれば、ルナも大人しくなって、親の大変さ、心遣いを理解するようになるだろう。

「はい、ありがとうございますっ! あっ、娘さんの名前は書かなくてもいいですよっ! そちらの方は我が学園の生徒ですのでっ!! 出入りするのにわざわざサインはいりませんっ!!」

 名前を書くと、ハキハキとした声が返ってくる。

 この守衛は、一体何があったのだろうか。

 守衛の制服に身を包んだこの女は、この学園に入った時に対応した者と同一人物だ。

 だが、まるで別人なほど性格が激変している。

 目蓋が垂れ下がっていて、ボソボソと口を動かし、肩を落としていた。

 この世界の不幸を全部背中に背負っていますみたいな人間だった。

 それなのに、見開いた瞳は輝き、舌が見えるほど口を開いて、背筋は真っ直ぐになっている。

 この短時間でふられた恋人とよりでも戻したのだろうか。

「あ、ちょっとお待ちください」

「――なに? まだ何か書かないといけない資料でもあるの?」

「いいえっ! もう、結構です。準備は整いましたから」

「…………準備?」

「あっ、こちらの話ですので気にしないでください。――ただ、一つ質問してもいいですか?」

「――ええ」

 本当は聴きたくなかったが、こちらが譲歩しなければ絶対に通してくれそうにない。

 この女が、この学園の関係者じゃなければ軽くひねりつぶしているところだ。

 イティの前では脅しを入れたが、あれはあくまで脅し。

 もしも、この学園の関係者と戦闘となったら、その責任を問われる。

 いくら金を出しているとはいえ、それなりのペナルティを学園側から要求されてしまう。だから我慢するしかない。それなのに――


「どうして、自分の理想を娘に押し付けるんですか?」


 ピキッ、と自分の額から青筋が立つ音がした気がした。

「…………は?」

 聞き間違いだろうか。

 もしも、聞き間違いならそうであってほしい。

 もしも、見ず知らずの人間に分かっている風なことを言われたら、自分の破壊衝動を抑えられる自信がない。

「だから、どうしてかって訊いてるんですよ。娘のためとか言って、結局やってること全部自分のためですよね。理解ある親を装っていますけど、自分の本心すら理解していませんよね? そんな人に他人を導けるとは思えないんですよねー、私。自分のやってきた行動に、後悔があるなら、それは自分自身で払拭すべきこと。それなのに、自分の娘を利用するのは、自分の失敗から目を逸らすためですか? それとも、今更努力したくないから、娘に努力を強いているんですか?」

「あんた、なにを――っ!!」

 だめだ。

 もう抑えていられない。

 学園側には、この女がこちらの名誉を貶めるようなことを口走ったから仕方なかったと言い訳すれば大丈夫だろうか。

「あなたが欲しいのは、自分に従順なだけの娘。自分の好みの服を押し付けられる、まるで着せ替え人形のような娘ですよね。もういい歳した大人なんだから人形遊びぐらい、そろそろ卒業しましょうよ」

「この女っ!! いったい、誰に向かって口を――」

 激情に任せて、握りしめた拳を女の頬に突きささるように繰り出して――


 その拳の指が粉々に破壊される。


「な、に――っ!?」

 いや、破壊されたのではない。

 拳が、コーゼル金貨にされたのだ。

 対象者の攻撃意志に反応して、相手の強弱に関係なく発動するこの仕組みは記憶にある。

「この『特異魔法』はっ――!! ルナの記憶を覗いた時のっっっ!! ということは、この女は――」

 発動の前提条件は、恐らく対象者に自分の名前を書かせること。

 だが、それをさせたのは眼前の女。

(まさか、操られている? いいえ、人間をここまで自在に操られるはずがない。百戦錬磨であるこの私が――他人を操ることに関しては専門であるこの私が、気づかないはずがない)

 操られている人間は、少なからず抵抗をする。

 無意識の範囲で、その動作は微々たるもので常人ならば気がつかない。だが、他ならぬテルクルならば、その抵抗の動作に気がつくことができる。

 その抵抗がなかった。

 全く動きによどみがなく、自分の意志を持って行動していた。

 初めて会った時と印象はまるで違っていたが、それは無意識化の抵抗というより、むしろ――別人の動作だった。つまり眼前にいるこいつは――


「『紙芝居ペーパーミミック』+『冥土の土産ラストカウンター』」


 ベリベリベリッと、肌が剥がれる音がすると、まるで脱皮するように眼前の女が男に変わる。

 外見を覆っていたものがなくなり、顕わになった中身はラックス。

 声も、髪の毛も、顔も、骨格も、肉付きも、あらゆるものが別人。

 いつの間にか守衛の女に成り変わっていた。

 同時に二種類の『特異魔法』を発動させるなんて、そうとうの魔力量と集中力が必要なはず。潜在的な魔力は、一目見ただけである程度は分かる。こいつ自身はカスのような才能しか感じないが、どうやら師に恵まれたらしい。

 魔力を練って放出する時。

 ダンジョンランカーになったばかりの者は適正量以上の魔力を出力してしまい、余剰分の魔力は体外へと勝手に放出されてしまう。それは魔力の無駄遣い。しかし、こいつはこの年齢にして魔力の適正量をほぼ完璧に使っているのが分かる。

 ルナの記憶から読み取った印象では、ラックスは魔力操作が得意ではなかったはず。ということは、なにかルナの知らないラックスの魔力集束の方法技術があるはずだ。

 独学でここまで仕上げたはずがない。立ち振る舞いも、どこかイティに似ている。どうやら彼女は、自分の弟を相当鍛え上げたらしい。

「『変装』……いや、ここまでくると『変身』ね……」

 身体を覆っていた紙のようなものの性質からして、何者にでも変身できるわけではなさそうだ。

 少なくとも、自分の身長より低いものに変身することはできない、というデメリットがあるかもしれない。

 だが、一度、ここまで見事に変身されたら、看破するのは難しいはずだ。

「便所にいくついでに守衛のお姉さんがたまたま通りかかったんでな。油断しているところを気絶させて、入れ変わらせてもらったよ。そこらへんで転がせているから、さっさとあんたを倒す。――そうじゃないと、お姉さんに謝れないからな」

 謝って済ませられる問題じゃない。

 守衛に手を出すなんて、なんらかの処罰を与えられても文句は言えない。

 いや、それだけじゃない。

 今、こいつは誰に弓を引いているのかきっと分かっていない。分かっていれば、こんな軽口をたたけていられるはずがないのだ。

「二つの『特異魔法』のコンボだ。久々にフォーメルの『特異魔法』を借りたが、うまくいってよかった」

「あなた、自分が何をしているか分かってるの? あなたのために、あの破壊神のイティが拳をおさめたのよ? あいつの覚悟を台無しにする気?」

 一度決めたことは決して曲げないイティが、己を曲げた。

 それだけで驚天動地なことだと、一度はパーティを組んだ自分なら分かる。

 それは、一緒に旅をしていたラックスだって分かるはずだ。

 それなのに、どうして刃向ってこられるのだろうか。こうも容易く他人の気持ちを踏みにじれる奴の気持ちは理解できない。

「イティのことを貶められたまま、黙っていられるかっ! 自分の身ぐらい、自分で守ってみせる。俺はそれだけ強くなったってことを、あんたを倒して証明してみせる!!」

「これだから、後先考えないガキは――」

 そう、何も考えていないのだ、こいつは。

(それに比べて、私はなんて素晴らしいんだろう。私はちゃんと、娘のことを考えている。肉親の気持ちは一番理解している。例え喋らなくとも、心の内など簡単に分かる。むしろ、口から出る言葉と本心は食い違うことの方が多い。それすらも分からない子どもに、私の深い考えは理解できないんでしょうね……)

 哀れ。

 本当に、哀れだ。

 人間、自分のことは分かっているつもりでも、本当は一番自分のことが見えてない。

 こんなことをしでかして、どんな酷い目に合うかも想像できていないのだ。

 なんて、可愛そうなのだろうか。

 躾けのなっていない頭の足りない子どもには、現実の厳しさというものを教えてやらればならない。

 それこそが、大人の義務だ。

(本当だったら、こんな子ども相手にする必要もない。だけど、私は優しいのだ。誰よりも優しい。だから、このまま野放しにしていたら凶悪なガキになるこいつに、大人の厳しさを教えてやろう。そしたら、こいつもルナと一緒で、将来的には私に感謝するだろう)

 完全に勝利を確信しているラックスに対して、初めて戦闘態勢に入る。

 全身全霊をかけて戦う。

 いや、戦うのではない。

 戦いとは対等な関係で生じる小競り合いのことを言う。

 これは圧倒的上から、下の人間への指導。

 教育だ。

「そこにいるルナなんてどうでもいいっ!! 自分のことは自分で解決しろって話だ!! だけどな、イティの誇りを守るためと、ルナを助けることが同じことだったら、ついでにそいつも助けてやるよっ!!」


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