02話 一方的な写真撮影は家族の逆鱗に触れる
女子寮は、まさに難攻不落。
穴などない。
正規のルートは、女子が交代で監視についていてまず使えない。
非正規のルート、例えば上空からのルートは強力な魔術結界が複数人によって張られている。
痕跡なしに破ることなど不可能に近い。
だが、それでも、鉄壁の防衛システムの施されている女子寮にも穴がある。
それこそが、このルート。
道などなかった。
だが、道なき道に道を造って、ようやく鉄壁の監視システムを破ってここまできた。
「まさか女子共、俺達が地下から来るとは思うまい……」
地下に道を造った。
その昔、凶悪な脱獄囚が実際に脱獄した手段だ。
単純、故に盲点。
穴を掘って、掘りまくって、こうして無事に女子寮まで到達した。
クラスメイトの面々と顔を合わせる。
「ついたぞ。これから、どうする?」
後ろを振り返ると、すぐ近くにいた組長が口を開く。
「まずは様子見を――」
「……えっ?」
ゾクッと、一瞬で背筋が凍りつく。
声が――降ってきた。
暗がりから見上げると、二つの眼球がそこにあった。
瞳孔の開ききった女子生徒の口腔から、
「きぃ、きゃあ――――うぐっ」
悲鳴が迸るのを阻止する。
穴倉から急いで這い上がると、彼女の口を手で覆った。
そしてラックスが、後ろに回り込んで羽交い絞めにする。
シシンとニーバがばたつく手足を押さえる。
一瞬のアイコンタクトで、とんでもないチームプレイを発揮する。
あまりにも淀みないその動きは、常習犯のソレに近い。
「んん、んんんんっ~~」
「黙っていろ」
「んんっ!!」
女子生徒は、恐怖のあまり瞳に涙をしたためさせる。
服は着ておらず、タオルを巻いているだけ。
気の弱そうな子で、罪悪感が募る。
地図を見ながら、女子寮の大浴場付近につけばいいと思っていたが、まさかドンピシャリの場所に辿りつくとは思わなかった。
大浴場の更衣室。
そこで、肌を晒している乙女を拘束している。
これ、誰かに見られたら、集団で襲っているようにしか見えないのではないだろうか。
(いや、違う。これは、無実だ。不幸な事故だ……。焦り過ぎたら、思いの外みんなの気持ちが一つになってしまっただけだっ!!)
「きぃやああああああああああああああああっ!!」
鼓膜を破らんばかりの金切り声。
拘束している乙女ではない。
別の女子生徒が更衣室に入ってきただけだ。
「み、み、見つかったぞ!! ど、どうするっっ!?」
動揺したシシンが、助けを仰ぐ。
それに答えたのはシノビ。
「散開!! 各々が納得できるまで風呂場を覗き、その後はみんなで散り散りになって逃走するでござる! 最初からこうなることは分かっていたはず!! なればこそ、一人でも逃げおおせれば我らの勝ちでござる!!」
「「「了解!!」」」
何が凄いって、ジェミニアを除けばここで誰一人として浴場に背を向けなかったこと。
誰もが全力で風呂場に突入する。
そして、ラックスはただ突入するだけではない。
懐からカメラを取り出す。
それから。迷いなく、裸体の女のこと達をシャッターで撮っていく。
「きゃあああああああああ! 男子たちよ! 男子たちが!!」
「やめ、やめてぇ――やめろっていってんだろうがああああああああっ!」
「殺せ! 殺せ! 殺せ!」
途中から物騒な物言いになっている。
本性を顕わにした化け物たちが、一斉に『特異魔法』を放ってくる。
突入した男子たちは怯んでしまった。
だが、
「死ぬのは本望だああああああああああああ!!」
リーダー格である組長が叫ぶと同時に、束となった『特異魔法』の中を突っ込んでいく。
それを見て士気高揚した男どもが、鬨の声を上げる。
後れを取ってはいけない。
死ぬと分かっていても、退けない戦いがあるのだ。
「きゃあ! ジェミニアくんがいる! あ、遊んであげなくちゃ!」
「えっ、ちょ、どこ触って……。た、たすけてぇ! 誰かぁ! ラックスくん!!」
ジェミニアだけは、まるで食虫植物にパックリと全身を喰われるみたいに引きずり込まれていく。
なんだか羨ましいのか、可愛そうなのかは分からないが、今はそれどころではない。
「今のうちに写真を撮りまくってやる」
「ちょ、ちょとおおおおおおおおおっ!!」
「こいつ――いい加減に――」
女子の一人がパカッと口を開く。
口の周りに、魔力が集束していく。
顕現した炎は渦を巻きながら、球体になる。
即興で造りだした火球を、まるで大砲のように放ってきた。
「ちっ――!」
迫りくる火球に手をかざす。
普通だったら、火傷するどころの話じゃない。だが、
触れただけで火球は霧散した。
「なっ――私の火球がかき消された!?」
驚愕して硬直している女子の隙を縫って、ラックスは水に手を触れる。
すると、
ズゴォッ!! と突然、お湯が穿たれる。
先ほど喰らった火球と同等のものをお湯に向かって放った。
水と高熱の炎を掛け合わせると、一瞬で蒸発する、つまりこれは――
「なっっ! 湯けむりを煙幕代わりにしてっ!?」
火球を放った女子は、こちらの姿を見失っている。
今が、チャンス。
煙幕に紛れ、水に濡れている床を滑るようにして近づく。
パシャ、パシャパシャッ!! と、ローアングルから連写する。
「シャッターチャンスッッッ!!」
「や、やめてぇええええええええええっっ!!」
浴場に悲鳴が木霊する。
「この、変態ッ!!」
煙をかき消すように、滝のような水が噴き出す。
また、別の怒れる女子の『特異魔法』によるものだ。
「ぐあああああああっ!!」
不意打ちを食らって、水流に吹き飛ばされる。
自分の出した湯けむりのせいで、どんな技だったのかちゃんと確認できなかったのは痛い。これでは、模倣することができない。
しかも。
後頭部を壁にぶつけて、脳震盪を起こしそうになる。
「絶対――許さない――」
「くっ、やばいっ!」
瞳が霞む。
立ち上がろうとするが、足に力が入らない。
水を操る女に対抗する間もない。
だが、
「ここは俺がくいとめる。先に行け、ラックス」
ザザァッと、水を滑りながら間にシシンが入ってくる。
「お前……」
「俺が殿を務めるっ!! みんなの退路はこの俺が確保するっ!!」
「あっそ。ラッキー、じゃあな」
「……えっ、意外にあっさり? ちょ、うああああああああああっ!」
シシンの悲鳴が聴こえてきたが、瞬間的に耳を塞ぐ。
(聴こえない、何も聴こえない……)
他の女子にも襲われながら、写真を撮っていく。
やはり、多勢に無勢。
女子勢の方が戦力は圧倒している。
そろそろ本気で撤退しないと、殺られる。
風呂場から出て、更衣室を駆ける。
「湯気の中写真を撮るの、結構難しいな。撮り方教えてもらった方がよかった。くそっ、失敗した」
ぽっかりと空いた穴。
あそこに入りさえすれば、一本道。
逃げおおせる。
だが、
「失敗したのは、撮り方だけか?」
ドゴォッ!! と地面から木の根が飛び出てくる。
しかも一本や二本じゃなく、蛸の足のように無数に。
襲い掛かってくる木の根を、触れて掻き消す。
「なっ――んで――教師はいないんじゃ――」
「ふん。全員が出払うわけがないだろ。お前のように愚かな行動をとる生徒のお目付け役ぐらいは残しておくさ」
「くそっ――よりによって、イティを――」
イティ。
生徒よりも格上である教師の中でも『最強』に分類される。
腰まで届く長い髪。
布きれ一枚で、その中はきっと裸。
ほっそりとした四肢は雪のように白い。
氷のように冷たい瞳をしていて、容赦というものを知らない。
相手が生徒だろうが、家族だろうがおかまいなし。
本気で潰しにかかってくる。
まるで生き物のようにうねっている木の根が、さらに増殖しはじめた。
「『暴飲暴植』」
一瞬で森ができたかのように、視界いっぱいに木の根が生える。
天井にまで這った木の根が、首元まで急転直下して襲い掛かってきた。
「あ、がっ、ぐっ!!」
木の根によって首が絞められる。
足が床につくことができないほど、そのまま持ち上げられてしまう。
「く……そぉっ!!」
手をかざして、先刻の火球を再現する。
威力も速度もそのままの火球のはずなのに、イティは眉一つ動かさない。
それもそのはずで、
ギュルンッ!! と、伸びた木の根が火球を呑み込む。
炎は木の根を燃やしてしまうはずだとか、そんなものは関係ない。
ありとあらゆるものを、あの木の根は吸い込んでしまう。
「どれだけ強力な『特異魔法』だろうが、モンスターだろうが、人間だろうが、私の前では無意味だ」
「くそっ、力が……入らない……」
「私の『暴飲暴植』で生命エネルギーを吸収しきった人間がどうなるか、お前なら知っているはずだな。早めに降参した方が身のためだぞ」
「ああ、そうだな。イティの『特異魔法』は凶悪で、普通の奴だったらすぐに降参した方がいい。だけど――」
首を絞めている木の根に触れると、
「相手の『特異魔法』を無効化できるのは、俺も同じだ」
原型を失くして粉々になる。
『特異魔法』。
それは、誰もが持っている個性。
一人一人が違う『特異魔法』を持っていて、大概がその人間の性格や生まれた環境に反映される。
そして『特異魔法』は通常一人、一つしか持てない。
そう、通常ならば――。
「私の『暴飲暴植』を完全に壊して――」
「それだけじゃない!!」
イティに向かって思いっきり手を振る。
「『鍛冶合成屋』」
首を絞めていた木の根の形が、そのまま再現されてイティに襲い掛かる。
イティはオリジナルの木の根で応戦しようとするが、同じ特性を持つが故にお互いに呑まれて消滅する。
ラックスの『特異魔法』ならば、複数の『特異魔法』を使いこなすことが可能。
破壊と再生。
その二つの特異な特性を持つ。
その特性を応用して、剣を刀鍛冶のように研ぎ澄ますことも可能なのだ。
「今だああああああああああああっ!!」
「くっ――」
イティは身構えるが、もう遅い。
ここまで命懸けで来た。
快くラックスのために犠牲になってくれた奴がいた。
それなのに、手ぶらで帰れるはずがない。
「うおおおおおおおおおおっ! そこだああああああああっ!」
「…………」
撮る。
撮る。
撮る。
とにかく、シャッターを押しまくって、イティを撮りまくる。
別にイティの写真を売りさばこうだなんて考えているわけではない。義理の姉のちょっとエッチな写真を誰かに視られて平気なはずがない。
だから、これは全て自分のため。
家族の写真をコレクションに加えるための行為だ。
いろんな角度から撮るために、転がりながら指を高速で動かす。
だが、
「うげぇっ!」
カメラごと顔を足蹴にされる。
「うわぁ! 俺のカメラがああああああっ!!」
カメラが壊れてしまった。
だが、俺の慟哭よりも激しい怒りで、イティは木の根を蠢かす。
「せっかく楽しくなってきたのに、水を差すなあああああっ!!」
襲い掛かってくる木の根の束を、横合いから腕を振るって根こそぎ破壊する。
質量ある木の根を一気に砕いたせいで、大きい破片も相当量でた。
その欠片の一塊が、彼女の肢体を覆い隠している布の端に当たってしまう。
「あっ……」
場違いな可愛らしいイティの唖然とした一言。
それは、布がハラリと、床に落ちてしまったから。
平たく言うと、
イティは全裸になっていた。
呆けたように自身の身体が、完全に露出してしまっていることを視認。
それから、ようやく頭が回転し始めたらしいイティは、かあぁ、と顔を赤くさせる。
「このっ――」
「ま、待って! 今のはわざとじゃ――」
虚しい言い訳は耳を通り過ぎる。
爆ぜるみたいに、先ほどまでの数倍の量の木の根がイティの周りで溢れ、
「フッとべえええええええええええっっ!!」
その全ての木が襲い掛かってきた。
全身を殴打し、骨がブチ折れる勢いで吹き飛ばされる。
「ぐぉお! ごっ! だっ!!」
きりもみ回転したせいで、ぐわんぐわん、と視界が揺れ動く。
まともに立つことすらできない。
イティは悠然と歩み寄ると、渋面を作って見下す。
「……まったく。我が弟ながら恥ずかしい奴だ」
ここはコレクティ学園。
通う生徒は、ダンジョンへ潜るための知識や実力をつけるために日々研鑽をつむ学園。
決して、こんな馬鹿騒ぎをするための学園ではなかった。