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ダンジョンランカー  作者: 魔桜
神様の箱庭編 3
12/28

12話 見えざる敵とのタッグバトル

 ビルゴダンジョンの『第三階層』。

 辺り一面が雪で覆われていて、同じような形の林が続いている。

 一見すると『第二階層』との違いはあまりないようだ。

 ただ、『第二階層』と違って、地面の起伏が少なく、通れる道は曲がりくねっていることが多い。

 それに、吹きすさぶ雪の量が半端ではなく、視界全てが白い。

 これじゃあ、道に迷うのも納得だ。

 目印をつけるために、ジェミニアが普段使用している剣を再現して、木に傷をつけていく。

 目隠しをしたまま歩くと、人は真っ直ぐ歩くことができない。それと同じように、この猛吹雪で視界が塞がれているような状況では、こういう工夫も必要だ。

 リングワンダリングという言葉がある。

 真っ直ぐ歩行しているつもりでも、円形に動いてしまい、元の場所に戻ってしまうことだ。

 剣で目印をつけるだけでは心もとないので、もう一つ対策を講じる。

 リオーレの『特異魔法』は複数の特性を持つ万能型。

 単純な戦闘もこなすが、探知能力も保持している。

 だからこそ、この『第三階層』攻略の時も迷わなかったのだろうが、それが仇となってしまったのだろう。

 優秀過ぎた故に、危険な深部へと足を踏み入れてしまったのだ。

 そんな彼女の『特異魔法』を借りて、遠方を探知しながら進んでいく。

 だったら、目印なんて必要ない! となりそうだが、そうはいかない。

 他人の『特異魔法』を借りるのは、魔力の消費量が激しいので長時間の連続使用は厳しい。

 魔力温存のためにも、あまり彼女の『特異魔法』を使わずに進みたいのだ。

 それにしても、不思議なのは、リオーレがモンスターの探知ができなかったことだ。

(リオーレは、俺と違って長時間連続で『特異魔法』を使用できたはず。なのに――)

 襲われてしまった。

 強力なモンスターを回避できたはずだ。

 それなのに襲われたということは、やはり、敵が見えなかったからもあるが、場所も悪かったのだろう。

 リオーレの『特異魔法』を使えば遠くの景色だけでなく、遠くの音も聴き取れるはずだが、この猛吹雪では音も掻き消されたということか。

「寒い、わね……」

 隣にいるルナの言うとおり、睫毛が凍りつきそうだ。

 奥歯がカチカチカチ、と小刻みに鳴ってしまう。

 しかし、どうして自然にこいつは話しかけてくるのか。

「だったら、今すぐここから帰ってもいいんだぞ。……なんで、俺のあとについてきたんだよ」

「それは……イティ先生に頼まれたから……」

「ようやく、白状したか……」

 そんなことだと思った。

 だが、道理でルナみたいに、常に他人と心の距離を保とうとする奴が、ぐいぐいくるわけだ。

 自分が敬愛する人間から頼まれたら、嫌とは言えない。

 それが、仮に気に喰わない奴であっても。

(イティに対する想いが、命をかけるほどとは思わなかったが……)

 でも、なんだろうな。

 胸に感じるこの燻るような感情は――。

「でも」

「え?」

「でも、それだけじゃなくて。私も、ううん。私があんたのことを――」

 視線が糸みたいに結びついて、解きほぐすことができない。

 そうして。

 いつの間にか、足も止まって、ルナの言葉の続きを聴こうとしていたのに、


 ガクン、と足腰に力が入らなくなったようにルナが膝をつく。


「いっ、なに――?」

 首の後ろを抑えながら、肘も地面に着く。

 どうやら、いきなり動けなくなったようだ。

 指の隙間から少量の血がでているが、かすり傷のようだ。

「ど、どうした!? ルナっ!!」

「なにかに、首筋が少しだけひっかかれたような――」

 目蓋を半分開けながら見上げていたルナが――


 巨大なハンマーで叩かれたかのように、身体ごと吹き飛ばされた。


 そのまま後頭部を、背後にあった木に勢いよくぶつける。

 下手したら、そのまま首の骨でも折りそうなぐらい、危険な吹き飛び方だった。

「かはっ!!」

「なっ!! おい! ルナっ!!」

 駆けよろうとすると、一瞬だけ影がよぎるようにルナを襲った相手が、既にかけていたサーチグラスの表面に映りこむ。

 ピピピ、とモンスターの姿を感知する。

 一瞬にして消えるそいつは、恐らくルナを襲ったモンスターだ。

「こいつは――」

 反応が一つじゃない。

 二つ。

 つまり、幽霊の正体は、二体の凶悪なモンスターということだ。


【名前:ヨトゥン レベル:81】


【名前:ムシカ レベル:34】


「レ、レベル34と、81……っ! この前戦ったモンスターとは段違いだ」

 ヨトゥン。

 ちょっとした山のような巨躯のモンスター。

 窪んだ双眸は闇の色。

 黒い体毛で全身を覆われていて、言い知れぬ威圧感がある。

 ボコッと、腕の筋肉が異常に盛り上がっていて、ルナを殴ったのは十中八九あいつだろう。とんでもないパワーを持つモンスターだが、見た目は鈍重そうだ。

 全身が鎧のような筋肉で、攻撃力だけじゃなく、耐久力もかなりのものだろう。

 その肩に乗っていたのが、ムシカ。

 灰色の体毛をしている鼠だ。

 忙しなく首を動かして、瞳をパチパチとさせていた。

 ヨトゥンとは対照的に小ぶりで、手のひらの上に乗るサイズ。

 特徴的なのは、全身よりも長い尻尾と、まるで小さな剣のように鋭い爪。

 その爪の先が僅かに赤く染まっていたように見えた。

 ということは、ルナの首筋の薄皮一枚を裂いたのがムシカということになるのだろうか。

「い、痛いっ!! それに、なに、これ?」

 うずくまっていたルナが、痛みを訴えだす。

「どうした、ルナっ!?」

「か、身体が、う、動かない……。それに、全身が痛い……。最初は別にそこまで痛くなったのに、どんどん痛くなってる」

 首筋から、赤い斑紋が無数に広がっていく。

 ほんの少しの傷だけで、身体が動かない。ということは――

「まさか、毒かっ……! しかも、神経毒? 筋弛緩系? とにかく複数の特性を持つ毒が? くっそ――!」

 忽然と姿を消したヨトゥンたちがいたあたりに『暴飲暴植エネルギーチャージ』で木の根を伸ばして攻撃する。

 だが、当たった感触がない。

 既に場所を移動したようだが、どこにいるのか分からない。

 この悪天候では、まず目蓋を開けきることすら困難なのだ。

「くそっ!! 闇雲に攻撃しても当らないっ……!!」

 だが、この大量に降ってくる邪魔な雪があるからこそ、真価を発揮できる『特異魔法』だって存在する。


「『白き爆弾ホワイトボム』」


 これは、フローズヴィトニルの『特異魔法』だ。

 使ってみてわかったこと。

 それは、これが、無から有を生み出すことはできない勝手の悪い『特異魔法』であるということだ。

 つまり、爆発する雪を降らすのではなく、実在する雪を爆弾にする『特異魔法』であるということ。

 他のダンジョンでは使い物にならない。

 しかし、この雪降るダンジョンならば、広範囲を一気に爆撃することができる。

 あの大きさのヨトゥンが、雪の爆弾をずっと避け続けられるはずがない。

 そして――

(――見つけた――っ!!)

 爆発の衝撃によって、舞い上がった雪に何か見えざる遮蔽物に当たったかのように中空に停止した。

 明らかに、そこに『透明化』したヨトゥンがいるという証拠だ。

「そこだあっ!!」

 雪にいるモンスターは総じて炎に弱い。

 口内から『大円弾フィナーレ』を、遠慮なしの最大火力でぶっぱなす。

 これで致命的なダメージを与えられた――はずだった。

 それなのに。

 そこにあったのは、ただの雪の山。

 その白い塊の下には、木の根が這っていた。

 しっかりと、雪の山に木の根がグルグルと巻かれている。

「ただの雪の山……!? 俺の『特異魔法』を利用して、積もっていた雪の山を透明化させて――」

この戦法は、フローズヴィトニル戦の時にラックスが使っていたものそのもの。

 信じがたいが、ヨトゥンはさきほどラックスが放った木の根に魔力を伝わせたのだろう。

 きっと、ヨトゥンも、近距離でしか『特異魔法』を行使できないのだ。

 そして、雪の山はただの囮。

 ヨトゥンの身体だと思わせるために利用したんだ。

(もしも、俺がヨトゥンだったとした、動揺させて背後から――)

 振り向こうとした瞬間、

「ぐっ!!」

 見えざる爪で、首の後ろをひっかかれる。

 そして、

「ぐああああああああああああっ!!」

 ヨトゥンの丸太のように太い腕を振るわれ、紙屑みたいに吹き飛ばされる。

 かけていたサーチグラスがどこかへ消える。

 視界が回る。

 肩と、背中を地面に強打しながら、わざと回転してなんとか受け身を取る。

 が、すぐに起き上がれない。

 剛腕から繰り出される一撃は、かなりの速度と重さだった。

 攻撃の瞬間。

 確かに、またヨトゥンたちの姿を捉えることができた。

 どうやら、攻撃の一瞬だけは姿を消すことができないらしいが、体勢を崩された直後に反撃するのは難しい。

 魔力操作はラックスと同様でそこまでのレベルじゃないようだが、元々の身体能力はやはりモンスターの方が分はある。

「くそっ……。なるほど。……『相利共生』ってやつか……」

 モンスターの中には、まるで人間のように協力して戦う者もいる。

 相利共生とは、生き残るためにパーティを組むようなもの。

 ヨトゥンは思ったよりも機動性が高い。ムシカが肩に乗っているのはそのためだろう。機動性と透明になる『特異魔法』を駆使して敵を翻弄し、毒の『特異魔法』の一撃を浴びせる。

 そして動きが鈍くなったところを、嬲り殺す。

 実に利にかなった戦法だ。

 だが、このまま戦法にはまって死ぬつもりは毛頭ない。

鍛冶合成屋(ブレイクリメイク)』は万能ではない。

 傷は治せても、状態異常は治すことはできない。

 爪で斬られた箇所から、血管をとおって、毒は全身を巡って蝕む。ならば、その毒が流れる血をどうにかすれば、解毒できるはずだ。

 早く、身体に侵入してくる毒を抽出しなければならない。

 そのためには敢えて、傷口を広げる。

「ちっ!!」

鍛冶合成屋(ブレイクリメイク)』で首筋を少しだけ破壊すると、血がでてくる。

 毒がどれだけ回ったかはしらないが、毒の混ざった血を全て出すことができれば問題ない。

 ルナはまだうずくまっている。

 毒の巡りは、見た感じかなり早かった。

 早く駆けつけて、応急処置をしてやりたい。

「ルナ、身体を動かせるかっ!?」

「む、むり……。ほんの少ししか、う、動かない……」

 唇が薄紫色になっている。

 早くルナの身体に触れなければ、手遅れになる。

 駆けつけながら、懸命に叫ぶ。

「いいか、お前は大雑把に『特異魔法』を使いすぎなんだ!! 自分自身の魔力の大きさに、お前の肉体がまだついていっていない!! だから、意識的に範囲制限をしろ!! 背伸びせずに、手元に魔力を集めるイメージで、狭い範囲だけを攻撃することだけに集中しろ!! それだけでも、十分なんだ!!」

「手元に、魔力を……!? でも、いきなり、私には――」

「お前なら、できる!! 九十九期生筆頭の、お前なら!!」

「私なら、できる……わかったっ!!」

 両の手のひらを重ね、力を込めながら少しずつ広げていく。

 毒に犯されながら、魔力を集束するのは至難の業。

 だが、あれほどの『特異魔法』を、あれほど使いこなしている時点で天賦の才がある。そんな才能の塊のようなルナならば、できると信じている。

 ただのまぐれで、三桁以上の敵を討伐することなどできない。

 魔力量だけは桁違いのはずなのだ。

 あとは、それを制御するだけだ。

 そのためにも、毒を少しでも身体から抜いてやりたい。だけど――

「ぐあっ!!」

 ヨトゥンがそれを許すわけがなく、横合いから脚を殴りつけてきた。

 ボキッ! と嫌な音が内側から響く。

 こうなるのは当然の帰結。

 ルナは毒が回って満足に動けないので、放っておいても安全。

 唯一、脅威となりえるラックスは、何の工夫もなく真っ直ぐ近づいていたのだから、狙われて当然だった。だがそれは、

「――こっちの作戦だ」

 雪の下に隠した木の根を這わせていた。

 そして――今度こそこちらが木の根を利用する。

 大量の木の根を自分の周りに集めていた。

 あちらが攻撃する瞬間を狙って、一気に上へと木の根が伸びる。そのまま四角い形になってヨトゥンたちを閉じ込めた。

 これは、木の根で造られた檻。

 無理に壊そうとしても、その衝撃は木の根によって全てが吸収される。

 なにをしても、もう無駄だ。

 内側からは、何をしても壊すことはできない。

 ギュッ、とそのまま手のひらで握りしめるように、木の檻は小さくなり、ヨトゥンの身体を圧迫させる。

 ヨトゥンの身体を絞めつけながら、木の根は魔力をヨトゥンたちから吸い取る。

 吸い取られながらだと、ヨトゥンも『透明化』を保持し続けることはできない。姿が顕わになったヨトゥンは暴れるが、そんなものはただの徒労だ。

「お前らの弱点は、遠距離攻撃がないこと。それは、今までのお前らの攻撃で分かっていた。俺の周囲にお前らがくるしかないってことさえ分かれば、罠を仕掛けて待ち構えればいいだけだろ?」

 幽霊のように姿形は見えなくても、攻撃の瞬間確かにそこにいる。

 だからこそ自分の周囲に木の根を這わせていた。

「――やれっ、ルナっ!!」

 ヨトゥンから魔力を吸い取ったおかげで、随分ましになった。

(――だけど、遠距離から攻撃するならば、俺なんかよりよっぽど適任の奴がいる)

 先ほどから暴発しそうな魔力を必死になって集束しているルナという、最強最悪の魔力砲台が――いるっっ!!


「「いけええええええええええええええっ!!」」


 ルナと図らずとも同じ言葉を重ねあわせ、空間を爆ぜさせる。

 一瞬、鼓膜が破れ、音が世界からなくなったかと思わせる轟音。

 咄嗟に口を開かなければ、本当に破れていたかもしれない。

 耳鳴りが鳴りやむと――地形が変わっていた。

 地面や近くにあった林は、ルナの開いた手の形のままゴッソリとこの世界から消失していた。

 当たりさえすれば、たとえ、セカンドランクのモンスターだろうが一瞬にして塵芥にしてしまうだろう。

 そう。

 ヨトゥンに――当たりさえ、すれば。

 避けられてしまった。

 無傷、というわけではない。

 咄嗟に身体を捻って致命傷を避けたようだが、肩口が裂けている。

「さすが、レベル81。タフだな……」

 肩にいたムシカはいない。

 完全に消滅したようだが、ヨトゥンは未だに健在。

 ヨトゥンは一部がなくなってしまった肩を見やると、彷徨を上げる。

 きっと、ムシカとはずっと相棒だったはずだ。

 大切なものを失ってしまって、怒り心頭といったところか。

 だが、魔力がもうほとんどないらしい。

 どうやら『透明化』できないようだ。だが、あの極太の腕は、人間一人の骨などバキバキに折れるだけの筋肉はある。

 折れた木を引きずりながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。

 肩が猛獣に喰われたように抉れているが、それ以外に傷はない。

「くっ!!」

 ルナはとどめの一撃を仕掛けるが、見当はずれの場所が爆ぜる。

 そして、力尽きたように、腕を下す。

「…………だめ。もう、指一本動かせない……」

「俺も、もうほとんど動かせない……。『透明化』できていない今がチャンスだっていうのにな……」

「にげ、て。完全に毒が全身を回る前に……。私を置いて……。せめて、あなただけでも……」

 ルナは諦めきっているようだ。

 自分が死ぬのなら、せめてラックスだけは助けようとしている。

 だけど、


「切腹って知っているか?」


 そんな想いなんて、有難迷惑ってもんだ。

「……せっ、ぷく? こんな時に、何を……?」 

「東の果てにあるジパングっていう国の風習でな。自らが死を選ぶときに、自分の腹を己の剣でかっさばくんだと。他人の手で殺されるより、自分から名誉ある死を望む時に切腹するんだ。そう、たとえば――」

 剣に自分の顔が反射される。

「今みたいな状況とかな」

 剣を逆手に持ち帰ると、刃を腹部に当てる。

 今すぐにでも、剣で腹を斬れるように。

「まさか……。あんた……自害するつもり?」

「ああ、もう俺も足が動かないんだよ……。変な方向に曲がってるだろ? さっきのヨトゥンの攻撃でな……。逃がさないように、足を狙うなんて、人を狩るのに慣れてるようだな、こいつ……。いつもだったらすぐに治せるんだが、毒のせいで魔力を束ねることができない……。……ああ、せめて……黄金郷といわれ、建物でさえ黄金でできているっていう噂のジパングに死ぬ前に一度でいいから行ってみたかったな……」

「何、言っているの。やめて、やめてよ。そんな……そんなほんとうに、これで最後みたいなこというの……やめて、やめてええええええええええ!!」

 ルナの叫びに割り込むように、風を切るような音をさせながらヨトゥンの拳が飛んでくる。

 それよりも先に、剣を引いて、刀身を腹部へと突き刺す。

 完全に貫通してもなお、すぐに死ぬことはない。

 切腹の後の、最期の一撃――。

 首を切り落とす介錯代わりのヨトゥンの拳が直撃する。――それよりも先に、


 ヨトゥンの腹部にラックスの拳が貫通していた。


 ガクッ、と膝から崩れ落ちたヨトゥンは肩と、腹部の穴が繋がって、もう身動き一つとれない状態になる。

「――えっ?」

 驚愕の表情をしたのは、ルナだけじゃなく、ヨトゥンもだった。

 それもそのはずで。

 毒が全身に回っていれば、それが誰であろうと動けるはずがない。

 毒が回っていたのが演技でないことは、全身の斑紋と汗が物語っている。

 そんな状態で、一撃でヨトゥンの肉体を貫くほどの速度を、ラックスが出せるはずがない。

 なのに、ヨトゥンよりも遥かに速い速度で、拳を突き出せたのは何故か?

 それは――『もう一人の自分ドッペルゲンガー』によって、自分の分身体を作っていたからだ。

 おかげで、すくっと立ち上がることもできる。

 毒が薄まったおかげで、足の傷もすっかり治せたからだ。

「ああ、悪いな。今言ったのは全部本心じゃない。……まあ、敵を騙すならまず味方からっていう、古典的な兵法を使わせてもらったよ」

「な、なんでラックスは動けるの!?」

「お前が毒を受けたのを見て、俺自身が毒になる前に、ひっそりと分身していたんだよ。ジェミニアの『もう一人の自分ドッペルゲンガー』でな」

 毒を受けた自分と、毒を受けていない分身体が元通りになれば毒の回りも半分になるってわけだ。

 ジェミニアの『もう一人の自分ドッペルゲンガー』は斬ったものを分裂させることができる。

 意志なき岩を斬っても、足が生えて動き出すことはない。

 だが、人間ならば、意志を持ったもう一人の自分を造りだすことができる。

 だから、ムシカが毒性の『特異魔法』持ちだと知った時、対策としてすぐに自分自身の身体を剣で斬った。

 そして、その分身体を今までどうやって敵の目を欺いていたかというと、それは簡単な話。

 敵の透明にある『特異魔法』を駆使して、分身体を『透明化』して身を潜ませていたのだ。

 自由に動けた分身体は、反撃の機会を待って移動していた。

 二度斬ったものは、一つになる。

 それも物凄い速度で。

 斬った対象の状態に関係なくだ。

 その特性を利用して、動かないはずの身体を動かしたのだ。

 分身体と本体の対角線上に位置したヨトゥンは、本体と分身体の合体に巻き込まれたというわけだ。

 ヨトゥンの瞳に色はない。

 もう絶命したようだ。

「まさか、あれだけ雪を爆発させていたのは、ただヨトゥンの行動を誘導するためだけじゃなくて――」

「そうだ。ヨトゥンの『特異魔法』を利用して『透明化』していた俺の分身体の存在を悟らせないために、わざと派手にやったんだよ」

 ルナの首元に手をやる。

「今から痛くするけど、我慢しろよ」

「えっ――いたっ!」

 首筋を一瞬だけ破壊して、すぐに治す。

 少しは毒を抜くことはできただろうが、手遅れだ。

 死に至る毒じゃないことを祈りたい。

「毒を、完全に消すことはできないな……。傷を治すことはできるが、毒となると、そうはいかない」

「深刻な毒じゃなければいいんだけど……あっ、ちょっと!」

 ペタペタと、ルナの肌を触っていく。

「全身に熱が……だめだ、どんな症状が専門の奴じゃないと。素人目からしても、ただの神経毒じゃないな。できれば俺より、もっと他人の毒を吸い取れるような『特異魔法』を持つような奴に早く診せるか、毒の特効薬的な効能を持つダンジョンアイテムを誰かに譲ってもらうしかないな……」

「ちょ、ちょっと何を――」

「背負う」

「背負う、ってちょっとっ!!」

 ルナは抵抗らしい抵抗などできずに、背負われる。

 これだけ衰弱しているのに、まだ喋れる方が凄い。

 おびただしい量の汗をかいているし、かなり無理しているはずだ。

「俺は分身体が全く毒を受けていないし、毒はある程度抜いた。だから、まだ時間的猶予はあるはずだ」

「だけ、ど……傷が……」

 ドクドクと、腕から血が流れている。

 雪が当たる度に傷口当たって、それが泣きそうになるぐらい痛い。

「魔力がもう空っぽなんだよ。全身の傷を完全に癒すのは無理だ。だけど、ちょうどいい。血といっしょに、毒が抜けてくれるならな……」

 奥歯を食いしばる。

 苦労してようやく『第三階層』の幽霊を撃破したのだ。

 あとは、リオーレを探し出して、このダンジョンから抜け出すだけだ。

「いくぞ」

 自らを発奮するような宣言をして、のそり、のそりと歩き出す。

 この吹雪の中。

 人一人を背負って、ヨトゥンたちとの戦いの傷を残し、魔力残存ほぼゼロ。

 長時間あてもなく歩き続ける。

 こんなの、倒れない方がおかしかった。

 意識を一瞬失い、バランスを崩して雪の絨毯を下敷きに前のめりになる。

「ちょっと、ねぇ、大丈夫!?」

「大丈夫……。絶対お前だけでも俺が……」

「ラックスっ!! ねえ、ちょっとっ!!」

 そう叫んだ声が、どんどん聞こえなくなっていく。

 それは、吹雪が強くなったから。

 どんどん意識が削られていくから。

 ラックスだけでなく、ルナも、もう限界だった。

 ムシカの毒がほんとうに全身を巡り終えて、声を出すことすらできなくなってしまったから。

「……………………」

 それから、数分なのか、数時間なのか分からないが時間が経過した。

 完全に静寂に包まれた世界。

 二人とも倒れてしまっている。

 動くことができない。

(もう、終わりだ……)

 頭の片隅でそう思っていたら――。

 ザク、ザク、と雪原を踏み歩く音が断続的に聴こえてくる。

 次第に大きくなる足音は、すぐ傍まで迫って。

 そして、やがて止まる。

(誰、だ……?)

 目蓋を抉じ開けると、ぼやけた景色が広がる。

 それは見た顔だった。

 最後の力を振り絞って眼を見開いて、なんとか屈んできた女性の顔をしっかりと視認しようとする。その女性の顔が幻覚じゃなければ、そこにいたのはきっと、

「…………リオーレ?」

 そして、完全に意識は喪失した。


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