11話 死者への弔いは誰のためのものか
コレクティ学園校舎前。
そこは辺り一帯、騒然となっていた。
生徒が大勢集まっていて、声が洪水のように溢れている。
「全員、自室に戻りなさいっ!! 後は、教師に任せない……はあ、どうして私がこんなことを……」
マニクがなんとか生徒たちを統率しようとするが、早々に諦めている。
やる気なしのあの人しか、大人がいない。
誰があんな奴にこの場を仕切らせるのを任せたんだ。
「だ、大丈夫? あなた、やっぱり……」
「え? あ、ああ。大丈夫だよ……」
どうやら、ふらついて倒れそうだったらしい。
ルナが、身体を支えてくれた。
自分の身体のことなのに、どうなっているか分からないぐらい頭が混乱していた。
あのリオーレが誰かに負ける姿なんて、ましてや殺される姿なんて想像なんてできない。それだけ、あいつは実力者なのだ。
「そんなに、リオーレとは仲が良かったの?」
ジェミニアが反対から支えてくれようとするが、
「別に支えてくれなくていいよ」
あっさりと断る。
「……別に。あいつとはただの他人だ。友達なんかじゃない。だけど、ただの他人だけど、あいつはなんというか珍しい奴だから」
「珍しい?」
「あんなに、誰かを無条件で信頼できるような馬鹿なんて他にいないだろ?」
自分でも、ここまでショックを受けているのに驚いている。
別に、リオーレと深い関係というわけでも、長い付き合いというわけでもない。
(ただ、あのイティの弟であり、入学してからずっとファーストランカーにすらなれなかった俺のことを、色眼鏡で見てこずに、正面から接してきたのはあいつが初めてだった)
誰もが裏で陰口を叩いていた。
遠巻きに、小さな声で揶揄してくるだけだった。
だけど、リオーレは決して自分の意志だけで誰かのことを貶すような人間なんかじゃなかった。
だけど、きっと。
そんなこととはきっと無縁の二人が、喰ってかかる。
「あなた、最低ですねっ! リオーレ様が死んだっていうのに。そんな不謹慎なこというなんて……」
「そうですよ。リオーレ様は死んだんだから、もっと悲しまないと。リオーレ様は、私達のために犠牲になったんだから……」
トロワとカトル。
リオーレのお付きのものが、集団の輪の中心にいた。
「私達のため……? どういうことだ?」
どうやら、二人は事情を知っているようだ。
四六時中いつも一緒にいるから、当然と言えば当然か。
「私は、辞めようって言ったんです。言ったんですだけど、リオーレ様が……。あっ、でも、リオーレ様が悪いわけじゃないんです。私が、きっと私が悪いんです。だって、私だって最終的にはリオーレ様の意見に従っちゃったんですから……」
「そんなことない! わ、私だって……私だって、リオーレ様に命令されたことに従ったんだから、トロワちゃんのせいじゃない! きっと私のせいですっ!」
「そんな、カトルちゃん……。ありがとう、私のことを庇ってくれて。でも、わ、私のせいだよ。カトルちゃんが気にすることじゃないんだよ」
麗しき友情を見せつけられたせいで、今にも血管がブチ切れて血が噴き出しそうだ。
このまま放置していたら、いつまでも傷の舐めあいをしていそうだ。
「…………それで?」
「そう。それでね。私達はリオーレ様に連れられて行ったの。そう――ビルゴダンジョンの『第三階層』に、攻略のためにね」
カトルが流したらしい涙を、指の腹で拭きながら答える。
「なっ。『第三階層』? まさか『第四階層』に行こうとして?」
「そうですよ。リオーレ様はそこでモンスターに襲われたんです。私達を逃がして、自分ひとりでモンスターに立ち向かったんです」
ビルゴダンジョンはそこまで難易度は高くないダンジョンの一つ。
だが『第三階層』の奥深くとなると、また話は変わってくる。
ジェミニアは『第三階層』の恐ろしさを知らないのか、首をかしげる。
「ビルゴダンジョンの『第三階層』って、そんなに危険なところなの?」
「ああ。だが、本当に危ないのは『未踏階層』の『第四階層』といわれている」
「み……『未踏階層』……? なんですか、それ」
「未だかつて誰も踏み入れたことがない階層ってことだ。俺達の先輩どころか、先生でさせも匙を投げた。その理由が『第三階層』攻略できないから」
「……そんなに強いモンスターが?」
「いや、それが分からないらしいんだよな」
「分からないって……」
まだ説明を必要としているようなジェミニアに、続きを言おうと思ったが言えなかった。それは――
「ビルゴダンジョンの『第三階層』は謎に包まれているのよ。どれだけ前に進もうとしても、いつの間にか入口に戻っている。別名『迷いの第三階層』とも呼ばれているぐらい。私も攻略しようと思ったけどやっぱり、だめだったわ……」
実際に行ったらしいルナが、説明を引き継いでくれた。
喋り始めたルナのことを見咎めるように、リオーレの取り巻きの一人が首を向ける。
「ルナさんも、どうしてそんな無謀なことを……。ああ、もしかして、リオーレ様に対抗して……」
「え?」
「そうかもしれないですね。だって、リオーレ様にライバル意識凄かったから。だから、そう、それで対抗意識を燃やしたリオーレ様は、誰も攻略できなかった『第三階層』に挑んでしまった。そうすれば、リオーレさんに追いつけると思ったから」
「え、でも、それって、もしかして――」
お付きの二人は、まるで事前に打ち合わせでもしたかのように息の合った言葉の応酬で、
「ルナさんのせいで、リオーレ様が死んだってこと?」
ルナの顔を凍りつかせる一言を言い放った。
ざわっ、と周りが騒ぎ始める。
「た、確かに、そうなるのか?」
「あいつがリオーレのことを挑発するから、そうなったって嘘だろ?」
「いや、そういえば、この前リオーレとルナが喧嘩してたところ俺は見たぞ……。もしかして、それが原因で……」
この前の騒動まで引っ張り出して、周りの連中はルナに全ての責を押し付けようとしている。
どうやら、誰でもいいから責任を負わせたいようだ。
原因となるものを放置し、何事もなかったかのように流せるのは軽い騒動だけ。
ここまで騒ぎになり、人間一人が生死不明となると話は別。
大衆は流されやすい。
一度意見が傾けば、坂道を転がるように、根拠なき推測は易き結論へと至る。
だって、その方が楽だから。
「あっ、ごめんなさーい。私、そんなつもりじゃ……。大丈夫。ルナさんのせいだなんて、私たち、全然思ってないからっ! だから、気にしないでねっ!!」
なんだろう。
どうやら、ルナに全てをなすりつけられそうになった途端、元気になっているような気がする。
「わ、私は…………」
ルナは責任を感じているのか、唇を噛みしめながら地に視線を落とす。
トロワたちの思う壺だ。
(あいつら、笑っていやがる……)
手で隠しているつもりだろうが、口の端が三日月のように曲がっているのが視認できる。
「少し、質問していいか?」
「……ええ、どうぞ」
「なあ。リオーレは本当に死んだのか?」
「なっ!! なんで、そんな酷いこといきなり訊いてくるんですか? ひっどい。私たちはぁ友達が死んで、こんなに涙を流してるんですよっ。どうして、そんなこと……。あっ、やっぱりぃ、ルナさんと同じでぇ、罪の意識なんて感じないんですねぇ。そうなんだ。やっぱり、似た者同士って一緒にいたがるものなんですかねぇ」
ゴキンッと鳴ったのは指の骨。
握りしめた拳が音源だ。
「いいから、答えろよ」
次、まともな応答がなかったら、この拳で頬骨をブチ砕くために拳を叩き込んでやる。
一度きりじゃない。
涙を流しても止めずに、何度でも。
謝るまで殴り続けてやる。
そのぐらい、頭にきている。
こいつら、本当に、性根までクズだ。
「な、なんですか、その態度。……し、知りませんよ。まっ、どうせ死んだんじゃないですか? 敵は見えなかったし、いきなり襲われたからそれどころじゃなかったんです。私だって不意をつかれなかったら、こんなことには……」
「――見えなかった? 襲われたのに?」
「そうですよ。襲撃者の姿は私にも見えなかった。もしかしてあれは――」
頬をこわばらせる。
トロワの顔は嘘をついているようには見えない。
少なくとも、
「噂の幽霊なんじゃないかって思うんです」
瞳に恐怖の色を孕ませるほどの強敵。
九十九期生ナンバーツーのリオーレが、足手まといがいる状態では勝てないと判断したほどの相手。
しかもそいつの正体は、姿が見えない幽霊ときたか。
「『幽霊』なんて、そんなのいるわけないだろ……。馬鹿らしい……」
「ゆ、幽霊がでるの? その階層には?」
幽霊が怖いのか、ジェミニアは声を震わせている。
「噂だよ。昔、あのダンジョンでモンスターに殺された奴が幽霊になってダンジョンを未だに徘徊しているとかいう噂があるだけだ。実際に、怪奇現象らしきことが多発しているらしい。それもあって、攻略不可能だと言われるらしい。まっ、ありえないだろうけど」
枯れ木も暗がりで観れば、お化けに見える。
人は恐怖を覚えると、見えないものが見えてしまうものだ。
嘘はついていないようだが、トロワたちは現れたモンスターが怖くて見なかっただけじゃないのだろうか。
「私も『第三階層』に行ったけど、流石に幽霊には出会わなかったわね……」
「ほ、ほんとですっ! とにかく私達は襲われたんですっ! それで、必死になって逃げたんです。メモリーキューブを使ってっ!!」
「ああ、なるほどな。分かった、分かった。お前達は自分の命だけが大事で、いつも利用しているリオーレが生きているか死んでいるかも分からないぐらい必死で逃げたんだな。そっか。良かったな、お前達は生きていて。友達ごっこもこれでやらなくてすむなら、気が楽になったんじゃないのか?」
「なっ――あなたっ、どうしてそんな酷いことがいえるんですか? 傷ついた人の気持ちが何も分からないんですか? 最低っ!!」
「傷ついた人ね……」
パッと見た感じでは、そんな奴視界には映っていないようだ。
なぜなら、
「じゃあさ、なんでこんな人目の付くところでお前らは泣いてるんだ?」
こいつらの涙は、リオーレのためじゃなく、自分達のための涙だからだ。
周りに自分は可愛そうですってアピールするためのものだ。
「今から助けに行くか、それか、もっと応援が呼べるように奔走するのが普通なんじゃないのか? なんで、ここで立ち話してるんだよ、お前らは。泣いていたら、リオーレは助かるのか? あいつのことを本当に思っていたら少なくとも、ここで自己弁護している暇なんてないよな」
「そ、それは……。私だって、力があれば、リオーレ様のことだって、助けますっ!! だけど、ごめん。私はよ、弱いから……。だから、助けられないのっ!! リオーレ様だって、私に助けられるなんて望んでないっ!!」
「そう。リオーレ様は私達のために望んで犠牲になったの。だから、その気持ちを尊重しないとだめなんだよっ!」
死人に口はないから、言いたい放題だ。
その場にいない者のことならば、いくらでも好き勝手解釈できる。
自分にとって都合のいい筋書を語ることだって。
でも、確かにリオーレのことだから、自ら立ち向かったことは真実なはずだ。
リオーレは自分が傷つくよりも、他人が傷つくのが嫌な奴だ。
でも、だからこそだ。
そんな奴だからこそ助けるべきだった。
トロワたちは残るべきだった。
ほんとうに友達だというのならば、友達の裏切ってでも守り抜く。
それが、友達なんじゃないのか。
お人の好しのリオーレに、どうしてそれぐらいのことやってのけられなかったのか。
「そうだよ、あのリオーレがやられるってことは、相当強いんだろ? その見えないモンスターってやつ……」
「だったら、しょうがないんじゃないの」
周りの連中も同調し始める。
そう。
ここでトロワたちに賛成しなければ、『じゃあ、お前が助けに行けば?』と言われるかもしれないからだ。
どうせ、力がないから。
リオーレほど強くなんてないから。
自分がやらなくても、きっと誰かがやってくるはず。
大人に任せればなんとかしてくれるはずだ。
きっと、もう動き出しているはず。
そんな動きなんて見えないけど、多分、俺達子どもにはもうできることなんてない。
あーあ、リオーレは可愛そうだな。
自分達にできることは、ここで精一杯心配してやることぐらいだ。
それを乱そうとするラックスのことなんて、邪魔者としか思えない。うざい。ちゃんとみんなと同じことしようよ。口だけだったら何とでもいえる。
……きっと、そんなことを考えているのだろう。
分かる。
分かるさ。
「そうだな。しょうがない。しょうがないから――」
それでも――
「俺が、リオーレのことを、助けに行くよ」
リオーレをこのまま放っておくことなんてできない。
もしも予断を許さない状況だったとしたら?
リオーレがあと少しで死にそうだったとしたら?
大人達だって馬鹿じゃない。
それなりの準備を整えて『第三階層』に行くはず。
それには時間がかかる。
でも、しょうがない。
もしも、リオーレを助けようとして、さらに被害が大きくなったら意味なんてない。
感情よりも、理性を優先させる。
それが、大人としての在り方だ。
でも、リオーレのことを知っている人間としては、そんな対応は糞喰らえだ。
もしも、リオーレを助けに行く時間が遅かったせいで、助からなかったと後で知ったたとしら、絶対に後悔する。
「あんたらが友達で、それで助けられないっていうんなら、赤の他人である俺なら助けに行ってもいいんだろ?」
犠牲になったらしいリオーレだって、危ない目に合うのが赤の他人だったら気に病むこともない。
「な、何言ってるんですか? あんたみたいな、私達よりもランクが下の癖に、リオーレが勝てなかった相手に、勝てるわけないじゃないですか!!」
「ランクが低いから、弱いから。そんな理由だけであいつのことを見捨てるのか。弱ければ、今すぐ強くなればいいんだよ。強くなりたいって思ったら、きっとそれだけで強いってことなんだ。弱いままでいいって、いつか強くなるから今は何もしなくていいって思っている間は、きっと、いつまでも弱いままなんだ」
弱いから何もしないなんて、言い訳にすらなっていない。
むしろ、弱いからこそ、強くなるために行動すべきなんだ。
「だから、誰でもいい。事は一刻を争うんだ。ビルゴダンジョンの『第三階層』を記憶しているメモリーキューブを持っていたらくれ。金なら相場の額で即金。文句はないはずだ。……どうせ、リオーレを助けたらその謝礼として、たんまりもらうつもりだからな」
周囲からの視線が厳しくなる。
「なんだ、ただの金目当てか。やっぱり、クズは、クズだな」
「ほんとクズだよ。人の生き死がかかっているのに、金のことしか頭にないのか」
当然の反応だ。
だが、金を報酬とするのにはちゃんと理由がある。
それは、トロワたちの瞳が爛々と一瞬輝き、そして目配せし合ったことにある。
「リオーレのことだ。もしかしたら、あんたらにメモリーキューブの一つや二つ託してるんじゃないのか?」
「な、なにを……」
「あいつがそのぐらいの保険、うっておいてもおかしくないって思ったんだ。まあ、推測だから間違ってるかもしれないな。だけど、もしも、お前らが持っていることを隠していることが、あとあとになって発覚したらどうなるだろうな? 流石に、お前たちのことをこいつらも庇いきれないじゃないのか?」
「さ、最悪……」
そう言いつつも、どうせ、渡そうかどうかこいつは迷っているはずだ。
周りの非難の目が、ほとんどこちらに集束している。
(これで、どうだ。渡しやすくなったはずだだろ?)
こうやって、脅されているという口実さえ与えてやればこいつらも懐にしまっているものを手放すはずだ。
写真を売って得た金は、ルナと折半した。
取り分について無駄に譲り合ったが、そこはキッチリ二等分した。
それでも、かなりの金になったのだが、どうやらそれを全て差し上げなければならないようだ。
だが、これはただの先行投資。
どうせ、もっとリオーレから謝礼金をたんまりふんだくってやる。
金を得るためなら、いくら周りから悪人だと思われてもいい。
自分たった一人の人間が貧乏くじを引くだけで、リオーレを救いに行く時間を少しでも短縮できるのならそれでいい。
「ほら。いいから持ってるか、持っていないか答えろよ。それとも、リオーレが助かったら、困るのか?」
「…………っ!」
トロワは地べたにメモリーキューブを投げ捨てる。
それを批難せずにさっと拾い上げると、等価交換として金を差し出す。
「ありがとな。ほらっ」
「いらな――」
「いいから受け取っておけ。あとで捨ててもいいから」
受け取りたくないふりをするので、無理やりにでも握らせる。
人前じゃ小躍りしたくてもできないだろう。
「さて、じゃあ行くか」
メモリーキューブを起動させる。
こんな頭のおかしい奴に巻き込まれたくないとばかりに、周りの連中が離れ始める。
海の波のように引いていく。
「ちょ、ちょっと、ラックスく――」
止めようとするジェミニアが、どこかに消える。
周りには誰もいなくなる。
きっと、誰もリオーレが生きていると思っていないか、助けになんて行きたくないって思っているのだろう。
誰だって、降りかかる火の粉に火傷したくないはずだ。
これから行くところは、リオーレさえも凌ぐモンスターがいる地獄。
火の元から離れるのは生物としての本能。
だから、
「私も行く」
まるで火中に飛び込むように腕をつかんでくるルナは、きっと、知性とか、冷静な判断力とか、そんなものはぶっ飛んでいる。
ただ、深く考える前に、身体が勝手に動いた。
そんな感じがした。
「おい、お前――」
振り払おうとしたが、必死に抵抗するルナと共に。
ビルゴダンジョンの『第三階層』へと二人は転送された。