01話 最高に馬鹿な奴らによって戦いの火蓋は切られる
「凄いっ……どんどん硬くなっていく……」
教室の角。
衆人環視の中、妙に艶っぽい声が響く。
手に持っているものは、長くて太いもの。
別にこの手の依頼は珍しくない。
やれと言われれば、どんな場所だろうが、どんなものだろうが、硬くしてみせる。
「まあな。俺の技術ならこのぐらい朝飯前だ」
「で、でも、さっきよりもずっと硬いよ……。ラックスくんが触ってから。こんなにも熱くなって、こんなにも太くなっているし……」
「まあな。お前には金をもらってるんだ。俺もそれ相応の対価を支払わないとな」
依頼人はジェミニア。
この場にいる誰よりも背は小さいせいで、常に見上げる姿勢になってしまう。
ずっと見られていると何故かドギマギする。
いや、理由は分かっている。
今まで出会った中でも、可愛いさレベルは上位にランクインされている。
だが、それを認めたくないのだ。
どうしても、ジェミニアを可愛いいと認めなくないのに、声の高さや、動作一つ一つが本当に、こう、女っぽさを感じてしまう。
柔らかそうな指で、スススッと長くて太いものをなぞっていく。
「……ありがとう。こういうの初めてだったんだけど、ラックスくんに頼んでよかったよ」
「ああ、いいんだよ。俺は金さえもらえればなんだってやる。そう――」
手にしているものを、持ち主に返す。
「折れた剣の鍛冶ぐらいな」
酷使しすぎて壊れてしまった剣は、すっかり元通り。
いや、元の剣よりも、よっぽど硬いものができあがった。
ジェミニアは本来、二刀流。
なのに、一本も剣を手にしていなかった。
この前、ダンジョンに潜った時に、二本ともダメにしたらしい。一本は完全に紛失してしまったらしいので、せめて、刃こぼれした一本を元通りにして欲しいと依頼してきた。
金は前払い、という条件付き。
折れたわけでもないので、そんなに難しくないでパパッと終わらせたのだ。
作業は簡略化しているとはいえ、そのへんの鍛冶屋とそん色ないぐらい十分にいい仕事をしていた。
なのに、勝手に聞き耳を立てていた周りのクラス連中の反応は芳しくない。
「がっかりだよ、ラックス」
「本当だよ。チッ、クズが。もっと引っ張れよ。ジェミニアちゃんのいやらしい声もっと聴きたかったぞ、ゴラァッ」
「やっぱり、ラックスは、ラックスだよな」
名前はラックス。
性別は男。
年齢は十六歳。
反抗的な目つきをしていて、態度は不遜。
耳にかかる程度まで伸びている髪の毛は炭のように黒い。
見た目は普通の制服を着こんでいるが、裏側の生地には勝手にポケットを作っていて、あらゆるものを仕舞っている。
もしも学園の教師に見つかれば、厳重注意は免れない。
だが、態度は悪いと言っても、たった一人。
どうやら、ラックスの味方など周りにいそうにない。
それなのに。
教室の中にいる連中、全てが敵にまわっているような気さえする。
(魔性の女っぷりを発揮するジェミニア、いつもどおりだ。だけどな、どいつもこいつも、好き勝手言いすぎだろうがっ!!)
それに――
「お前ら、俺の名前をクズの代名詞みたいに言うんじゃねぇよ! しかも、しかも、こいつは、ジェミニアは――」
ビッッ!! と、ジェミニアを指さす。
「男じゃん!!」
クラスの男どもははぁー、とわざとらしくため息をつく。
一番近くにいたシシンは、
「……おいおい。ジェミニアちゃんが男だと? そんなわけないだろ。ジェミニアちゃんは天使なんだよ。女の子に挨拶したら唾吐かれるような俺にも、天使ジェミニアちゃんは、俺に挨拶を反してくれるんだぞぉ!」
「シシン……。お前、女にモテないからって現実逃避しすぎだろ。そもそも、女に唾吐かれるっていったい何をやらかしたんだ」
「ああ? 俺はなにもやらかしてない。ただ挨拶代わりに、『おっぱい様を触らせてください』って土下座しただけさ」
「逝ってよし」
なんでわざわざジパンクの伝統――『ド・ケ・ザ』を使っているのか。
こいつはもう手遅れだ。
頭を一度壊して、再び治してやった方がまともになる。
「ああんっ!? なんでだよ!! 『付き合ってください』って言われて断られたから、妥協して『おっぱい様を触らせてください』って言ったんだよ! 俺のどこが間違えてるんだっ!」
「何もかもだよ! お前の存在そのものが間違ってんだよ!」
どんだけ、おっぱい好きなんだよ。
その気持ちは痛いほど分かるが。
おっぱい大きい人がいると、どうしても目線が下がっちゃうけど。
「現実逃避するのはよしな、シシン」
「……ニーバ」
良かった。
ようやく、まともな奴と話せることができた。
「ジェミニアは男だ。でもな、だからこそいいんだろう」
――全然、まともじゃなかった。
「お前は何をいっているんだ?」
どうやってこの場を収拾しようか考えていると、
「まあまあ、ご両人。少し落ち着くでござるよ。このままではいつまでも話がすすまない。まずは、拙者達がここに集められた理由をきかせてもらうでござる」
クナイを持っているシノビ、という男が諌めてくる。
「……なんで、ござる口調の奴がこのクラスの良心なんだよ。おかしいだろ!!」
「小声で言ってても、聴こえてるでござるよ!!」
何故だろう。
常識的な台詞を言ってくるのに、何故かつこんでしまう。
すると、
「黙れ、お前ら!」
このクラスのまとめ役であるヤライが、ようやく立ち上がってくれた。
「く、組長っっっ!!」
質実剛健。
モリモリの筋肉が制服の上からでも分かる。
顔は濃くて、全身の毛も濃くて、とても同い年には見えない。
性格は観ているだけで暑苦しくなりそうなぐらいに、熱いハートを持つ男。
体温も熱いのか、汗を常にかいている。
「いいか、お前ら男子に集まってもらったのは他でもない。超重要任務があるからだ」
「あの組長が、プライドの塊のあの人が俺達を頼るなんていったい……」
周りがざわつく。
「……確かに、気になるな」
責任感が強く、クラスのことを第一に考えるヤライ。
だから、自分ひとりで問題ごとに突っ込むことは多々ある。
その結果。
問題が解決できなきない大事になって、他の人間を巻き込んでしまうこともある。
本末転倒この上ないのだが、本人には悪気がない。
そんなはた迷惑な人なのだが、意外にクラス連中からは慕われている。
「覚悟して欲しい。この依頼は俺個人のものだ。だから、依頼の成功報酬はない。しかも超危険任務。辞退したい奴は辞退しても構わない。正直、ここにいる奴らが何人生き残れるかどうかも分からない、危険な任務なんだ……」
なるほど。
だったら、話は早い。
とるべき行動は一つだ。
「成功報酬がない? だったら、俺は一抜けさせてもらおう」
「ラックスっ、お前っ!」
クラスの連中が色めき立つ。
まあ、そうだろうな。
あの組長が頭を下げている。
それをにべもなく断るなんて、ありえないだろう。
この場の空気がそれを許さない。
だが、そんな集団心理なんて、くそ喰らえだ。
「この世を生きていく上で大切なものは何か分かるか? 金だよ、金。報酬のない任務で命を張れ? ふざけるなよ」
「……無茶を言っているのは承知の内だ。無理を強いているのも。だが、それでも、男の誇りをかけた聖戦なんだよ」
「誇り? はっ! く、だ、ら、な、い、な。そんなもののために落とす命なんて、最初から価値なんてないに等しいだろ」
「いいや、これは男に生まれたからには避けられない運命。誰もが一度は通る道。この儀式を乗り越えてこそ、男は漢になる。そう、それこそ――」
嫌に突っ張るな。
一体どれだけの意味を持っているのかと耳を傾けるが、
「女風呂に覗きに行くことだ!!」
心底後悔した。
「ほんとに、くだらねぇっっっ!!」
このエロ髭、これだけの人数を集めていうことがくだらなすぎる。いくらなんでもこのクラスの連中もブチ切れるだろう。
「あほか。そんなくだらないことに乗る奴らなんて――」
「うおおおおおおおっ! 行くぜ! 俺は! さすが組長だ!! 誰か地図、見取り図を持っていないか!?」
「俺が持ってる!! 女子風呂ってことは、女子寮までのルートだな。比較的警戒の薄いルートは、こことここだな」
「これは女子寮の見取り図っ! お前、しかもこれは自前か、一体どうやって?」
「何度も女子寮まで侵入しようと思って、独りで色々探索していたのよ。……一度見つかって殺されかけがな。あの時の失敗、今宵こそ取り返して見せる。斥候なら俺の『特異魔法』に任せろ」
「だめだ……こいつら……」
何を言っても無意味のようだ。
「今日は教師陣が他校と交流会をやる日! いつもよりも警備は手薄なはず! 決行するならば、今日しかないっ!!」
「おおっ!!」
どいつもこいつも盛り上がっているが、相手などしていられない。
「勝手にやってろ。お前ら、退学処分になってもしらないからな」
「ラックスくん……。参加しないの?」
「ああ、死んでもこんなばか騒ぎに参加するもんか」
ジェミニアは人がいいから、断れないのだろう。
その場に残るつもりなのだろう。
かわいそうに。
「ラックスを帰していいのですか、組長っ!!」
「去る者は追わずだ。成功報酬がないこの任務に、ラックスが参加しないことは想定済み。戦力が減るのはしかたがない。……まあ、女子の写真を撮ってくれれば、その被写体に応じた写真市でも開こうと思っていたが、リスクが大きすぎる。守銭奴のラックスも流石に憶病風に吹かれたか……」
ピタッ、と足が止まる。
臆病風が、逆鱗に触れたわけではない。
写真市、という魅力的な単語に惹かれただけだ。
「待て。写真市、だと……? 詳しく話を聴かせろ」
「ああ、写真市が今度、闇市で開かれることになった。闇市は、お前も知っているか? オークションみたいに値段を出品者が決められ、そして参加者全員で価格交渉を行う。煽って値段をどこまでつりあげられるか。それは、出品者の力量次第。もちろん、撮った写真の被写体、そしてアングルで値段は跳ね上がる。……任務達成の報酬はない。だが、自分の手で勝ち取ったもので金を得るのは自由だったんだがな、まあ、今となってはお前に関係ない話だ。忘れてくれ……」
なるほど。
よく分かった。
「その任務――受けよう」
この任務は、受けるべき仕事であると。
そして、この任務を成功させるためには、やっておくべきことがある。
「シシン、ニーバ、このルートはだめだ。確かに上空からせめるのは意外性があるが、あまりにリスクが大きい。全員がこのルートを使えるとは限らない。使えたとしても、この人数だ。必ず見つかる。それに、一度見つかったなら、警戒されているはず。どうせだったら、もっとも女子達からは想像もできない場所から突入するしかない」
「と、突入たって、そんなにルートはないぞ……」
「道がなければ切り開いて、新しい道を造ればいいだけの話だ。――そこは俺に任せろ」
地図になき道を造れるだけの『特異魔法』ならば、持ちあわせている。
突入ルートはこれで確保した。
あとは、写真を撮るためのカメラの調達。
持っていないが、それはジャンク品から作ればより安上がりで入手できるだろう。
「ラックス、お前っ……」
感動のあまり、組長のヤライが大粒の涙を汚らしく飛び散らせる。
チクチク全身の毛が微妙に刺さってくるので、近寄って欲しくない。
「勘違いするな、ヤライ。お前らの誇りとやらに賛同したわけじゃない。俺はただ金稼ぎがしたいだけなんだからな」
「馬鹿野郎! お前がそんな照れ隠ししたってなあ、お前の本心は俺達に伝わってるぞっ!!」
「いや、多分。ラックスくんは、そのまま本心を吐露したんじゃ……」
冷静なジェミニアの横入りなど、ヤライは意に介さない。
もう、前しか見えていない。
桃源郷に辿りついても、その後に待っているのは女子達の報復。
地獄の責め苦があると分かっていながらも、そんな未来など見据えない。
男に生まれたからには、馬鹿にならないといけない時がきっとある。
それが、きっと今だった。
たった、それだけのこと。
「覗きに行くぞ、野郎どもっ!!」
そして、このクラスの連中は最高に馬鹿な奴らだったのだ。
「「「おうっ!!」」」