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One For All ~勇者へ繋ぐ世界のどこかで~  作者: ヒダカ カケル
19/50

輸送隊讃歌

諸事情により更新遅れました、申し訳ありません!

*****


 何の変哲もない、平和そのものの生活は……それだけで、若者の焦燥感をいつも煽る。

 自分はこのままでいいのか。

 もっと何かできる事があるのではないか。

 自分は、こんな所で収まっているべき器ではないのではないか。

 この生活から抜けて旅にでも出れば、自分の存在を燃やし尽くせる何かと出会えるのではないか。

 いつの時代でも若者はそう考えて、夢を描いて時には独り戦う道を選ぶ。

 そして多くは自分の身の程を知り、ささやかな生活の中で小さな幸せを見つけ、親たちがそうしてきたような道へと戻っていく。

 それもまた――――いつの時代も同じ事だ。



*****


 伯爵家の三男、マーカスはその典型のような若い青年だった。

 父は伯爵、長兄は王族からも信頼厚い近衛兵、次兄は前線の指揮官となり、姉は既に軍人の名家に嫁いでいる。

 だが人一倍血気に逸る、唯一、父譲りの赤髪を受け継いだ青年は違う。

 さる筋から騎士として叙勲されたものの、その戦場は“前線”ではない。

 それは――――。


「どうした、マーカス・ノースウェル君。浮かない顔ねぇ。任務に集中しなさい」

「……いえ、何でもありません。ただ……」


 馬上で、青年騎士マーカスは隊長からの叱咤を受けた。

 それもそのはず、今、彼の周りには矛を交える金属音も、耳をつんざく蛮声も悲鳴も、突撃の号令たる角笛もない。

 戦陣を埋め尽くしひるがえる旗槍もなければ、射手の戦列もない。

 逸る馬たちの荒い鼻息もなく、ヒリヒリと身体を突き刺す戦場の熱もない。


「次の街まで、どれぐらいかかります?」

「あと一日半というところかな。気を抜かないで」


 ごろごろと転がる車輪の音は、荷物をたっぷりと駄載された馬車による。

 馬たちの鼻息は戦場のそれではなく、荷物を引き続ける疲労によるものだ。

 数にして十輌ほどの荷車と、それを護送する三十人ほどの騎士と兵士。

 今歩む街道の両脇には収穫を迎える麦畑が広がり、高くて麗らかな秋の空と、そろそろいなくなる蝶が舞い飛んでいた。

 青年はそれを見て、さらに深く、苛立つような溜め息をついた。


「マーカス君、溜め息は止めにして。民達が見ているんだからね」

「……すみません、隊長」


 ――――輸送隊。

 それが、若き騎士マーカスの配属された部隊だ。

 前線で矛を交えるのでもなく、騎兵突撃に全てを賭けるでもなく、弓を番えるでもなく、陣地を示す旗槍を守るでもない。

 戦場の熱と離れた場所にあり、同胞たちの戦いと、それを支える補給線を絶やさぬ事に全てを賭ける、後方支援の任務に従事する部隊。

 およそ模範的な若者マーカス・ノースウェルには欲求不満の極地でもあり、戦地へ赴く同年代の騎士達への劣等感を募らせる位置にあった。


「……くそっ!」


 まして――――今は国家間の戦時ではなかった。

 今、戦う相手は……この物質世界の敵であり、この世界に住まう者が決して膝を折ってはならぬ、伝説の存在。

 その名は、“魔王”と言った。


(……こんな、所で……! チンタラと物を運んでなんかいられるか!)


 彼は幾度ともなく、心の中で叫んだ。

 前線では今も、同胞たちが命を燃やして魔王の軍団と血みどろの戦いを繰り広げているはずだった。

 それなのに自分は後方支援の輸送部隊。

 耐えられるはずもない。

 世界の戦線の外へ弾き出され、外回りの日々と感じて――――騎士マーカス・ノースウェルの心の中には、不満が渦を巻く。

 今自身が身を置く輸送隊の長への不満にすらも、それは発展する。


「どうしたの? やっぱり変ね、貴方」

「いえ、何でも無いです……隊長」


 安穏とした故郷にそれを募らせ、次いでは――――その身を従事させようとした場でも、逃れられなかった。

 戦いたい。

 この世界のために、国の為に、名誉の為に、自分自身の存在をこの世に叫ぶ為に、戦いたい。

 だがそれは叫ぶ事が、できない。


「何でも無い、なんて顔じゃないわ。……まぁ、だいたいの人は一度は貴方と同じ事を考えるのよ」


 わざわざ速度を落としてやってきた輸送隊長の女騎士はそう言った。

 マーカスとそう年齢は開いていないのに、彼女はいつも飄々として任務へ従事する。

 ただ物資を運ぶ、使い走りの雑用部隊。

 なのに彼女はさしたる焦燥も功名心もなく、いつも微笑みながら満ち足りた様子で。

 それがまた、マーカスの“何か”を煽り立てた。


「特に、貴方みたいな若者はね。こんな戦時でなくても、配属された兵士はだいたい同じ、面白くなさそうな顔をするのよね」

「隊長だって……若いじゃないですか。俺と変わらないでしょう?」

「あら、お上手ね」

「……で、俺みたいにふてくされてる奴はその後どうなるんです? クビになっていくんですか?」

「んー? いや、輸送部隊って、面白いもんで……辞めたいって人はいないのよ。現に、私の知る限りは転属願いを出した人も、暇を出された人もいないわ」

「本当ですか」

「騎士がウソつくわけないでしょ?」

「じゃあ……どうなっていくってんですか?」

「それは貴方次第ね。今すぐに上から受理はされないと思うけど、貴方が転属願いを出したいなら私は通す。でも……まぁ、もう少しいるといい。多分長くはかからないと思うわ」

「はぁ?」

「輸送部隊にも醍醐味ってのがあるのよ。それが合わないと思ったら……私は貴方を尊重する。約束約束」


 それだけ言って、彼女は馬を走らせて隊列の中段へ戻る。

 しかも……街道の脇から見上げる農民の少年へ向けて、笑顔で手まで振りながらだ。

 がたがたと揺れる荷台の音を聞き、そこに結束してある木箱を見て――――マーカス・ノースウェルは、また答えの出ない問いかけに戻った。


(…………やっぱり、俺には何か他にやれる事があると思うんだよなぁ)



*****


 馬を飛ばして二日。

 到着した都市で輸送隊は荷を下ろして引き渡した。


「定時から少し遅れちゃったけど、今回の任務も無事終了、脱落者もなし。良かった良かった」


 さして、良かったとも思わずに浮かない顔をしているのはやはりマーカスだ。

 荷の引き渡しが済み、荷車がカラになればそれでお役は御免、一日だけの休みも貰える。

 先輩の騎士はそそくさと出掛け、随伴の兵士達もまだ昼なのに飲みに行ってしまった。

 マーカスは連れ立っていく友もいないまま彼らを見送り、ただ荷下ろしの手続きの署名をする輸送隊長を何気なしに見ていた。

 彼女は……本当に、楽しんでいた。

 魔王が顕現してしまった世界で、剣を抜く事も無いまま旅するような、“お気楽な仕事”を。

 その様子がまた……マーカスには面白くもない。

 まるで、ふてくされている自分が人として間違っていると、“世界のために戦いたい”と願う心がちっぽけなものであると言われているようで、眉間の皺がますます深くなる。

 そんな青年を目ざとく見つけて、手続きを終えた輸送隊長が昼食へ誘った。

 どこか寂れた食堂の片隅で、そう年も違わない、立場だけが違う二人の男女の騎士が向き合う。


「どうしたの? 私の奢りよ?」

「……ありがとうございます。でも……」

「?」

「隊長、この前の会話ですけど……醍醐味って何なんです?」

「この前……ああ、あれね? それは、今私が説明してもピンとこないと思うわ」

「……そうすか」

「もー、腐らない腐らない。マーカス君にはいいお知らせがあるわよ?」

「え?」

「次の目的地は西の野営地。魔王軍との世界を賭けた戦いの真っただ中よ。つい先日も、オーガの攻勢を退けたばかりの戦場だってさ」


 それを聞くと、マーカスの表情にも少しばかりの光が差す。

 未だに、ピンと来てはいなかった。

 この世界のどこかに魔王がいて、日夜戦う者達がいるという事を信じきれてはなく、しかし世界に流れる噂にある、英雄達へのあこがれも捨てられない。

 触れるもの全てを凍てつかせ切り裂く、氷雪の英雄。

 地を這う竜すら屠ってみせる、悪魔の密集陣形。

 流言としてしか認識できない、マンティコアすら徒手空拳で粉砕する剛拳の獅子。

 日ごとに広がる魔の森と、それを切り倒して迎撃を続けるドワーフの斧兵隊。

 そして――――未だ世界に現れない、“勇者”。


「戦場の空気を吸えるわ。でも、あまりあなたには合わないと思うけどね」

「はぁ……いや、そんな事無いっす! で、何運ぶんですか?」

「それなんだけど、つい先日、別の部隊が武具と食料、予備の軍馬は運んでるのよ」

「じゃあ、何運ぶんですか? 他に何あります」

「そうね。……希望と活力、それと“未来”を」

「はぁ?」

「武器とご飯だけで戦えるもんじゃないって事。さ、食べたら適当にぶらついてきなさい。出発は明日、日の出よ」


 それきり、追求もできないまま……彼女は千切ったパンを口へ運ぶ“任務”に戻る。



*****


 そしてまた、何一つ危険の無い輸送任務の隊列が街道を征く。

 ――――――はずだった。


(……何だ?)


 戦地へ向かう荷物の中身は、とうとう知らされる事が無かった。

 量もあまり多くなく、荷車二台分がようやくという分量。

 しかし、向かう先は魔王の軍団との血で血を洗う戦いの只中。

 いつも軽薄で自由な輸送隊長も、いつにもまして緊迫した表情のまま隊列を指揮する。

 それに従う仲間の騎士も兵士も、軽口は無い。

 感覚の全てを研ぎ澄ます緊張が彼らにあり、さしものマーカスもそれを察して不平を漏らせず、黙って従った。

 彼らは皆、戦場を知る。

 マーカスだけがまっさらな手で馬を操り、抜かれる事無い剣を帯びて並び立つ。


 少しずつ、“戦場”が近づく。

 それは道のりでもなく、知らされたからでもなく、感覚で分かる。

 血の匂いや金属の気配がここまで届くはずもないのに、どうしようもなくそれは伝わった。

 それは――――マーカスには説明できない感覚の不思議だった。

 人が死ぬ気配、何かを殺している気配、その死に際の断末摩が空気に溶け、風に混ざって吹きさらすような、生臭く肌を貫くような心地悪さ。

 ここはまだ戦場になっていないというのに、それが旅路の中で段々と強まる。

 震えをごまかすため思わず握り締めた手綱が掌に食い込み、痛んだ。

この先に待つ物が何であれ、見れば二度とは戻れない。

 うっすらとそれが分かり始めたからこそ、マーカスは何も言えない。


「……怖くなった? マーカス君」

「え!?」


 先日の旅路とはまた違う沈黙に任せて馬を歩かせていると、輸送隊長から声が投げかけられた。


「この怖さを、忘れないのよ。誰かがこの恐怖を味わわなくて済むように、彼らは戦っているの。それと……これは、君が届けてきなさいね」

「え?」


 荷台の中にいつの間にかこぼれ落ちた積み荷の中身、一通の手紙をマーカスへ手渡し、隊長は目配せした。


「君が届けた“希望”よ。あて先は……ジェシー・フェインズ一等卒いっとうそつ。君が届けに行くのよ、いい?」

「……はい、分かりました」



*****


 営内は思ったほど重苦しい雰囲気もなく、どこか自由にも思えた。

 先ほどは談笑する声も聴こえたし、博打に興じる者達も見かけた。

 だが――――今から向かう先は、負傷者用のテントだ。

 入り口が大きく作られたテントは、傍から見れば司令所にも見える。

 だが、両脇にある紋章は救護所だと雄弁に語る。

 マーカスは一度呼吸を整えてから、ノックの代わりに咳払いし、入り口をくぐる。

 その時、彼らの視線が一斉に向けられた。

 手足を失った兵士、片目を包帯で覆った兵士、起き上がる事すらできずにただ生きている兵士。

 毒を受け、せん妄する意識の中でうわ言を繰り返す者もいる。

 できれば、立ち上がる事ができる者であってくれ。

 できれば、手紙を読む事がまだできる者であってくれ。

 できれば――――

 そう繰り返して念じながら、名乗りを上げて用件を叫ぶ。


「輸送隊――――マーカス・ノースウェルである。ジェシー・フェインズ一等卒はおられるか? 手紙を届けに参った」


 そう言うと、負傷兵達の視線が動き、やがて片隅に寝転がされていた、一人の大柄な男を指した。


「……あ? 俺にか?」


 “声”が聴こえた事に、マーカスは少なからず安堵した。

 やがて片隅の男はゆっくりと身体を起こし、立ち上がる。

 まるで河馬かばのようだ――――と、マーカスは独白した。

 全体としてのそのそと動きが重く、間延びした表情を浮かべる顔はマーカスの細面の目方にして三倍はあるように見える。

 精彩を欠いた疲れた顔は……戦意を使い果たしたかのようだった。

 彼は手足もあり、目も鼻も耳もあるが、裸の上半身にまっさらの包帯を幾重にも巻いていた。


「そいつな、この前……指揮官をかばって死にかけたんだぜ、兄ちゃん。四本も槍が突き刺さってたのにしぶとく生きてやがって、昨日ようやく動けるようになったのさ」


 近くにいた隻腕の兵士が、耳打ちするように説明してくれた。


「それで、俺に手紙って?」

「ああ……済まない、これだ」


 マーカスは手紙を渡す。

 封蝋はされていない。

 それどころか紙の質も悪くて、あて名の文字も酷く歪んでいて、ようやく名前が読み取れる程度だ。

 更にはインクの質も悪いのか、それとも羽根ペンのせいか、かすれも酷い。

 上質な紙とインクと逸品のペンを使って書式に従い走らせ、蝋を垂らして紋章を押して封緘する、およそマーカスの知る“手紙”とはまるで違う。

 ジェシー一等卒はぶくぶくに膨れた手でゆっくりと受け取ると、封を開けて目を落とす。


 ――――やがて、彼の身体は震え、声には嗚咽が混じり始めた。


「うっ……ぶふっ……ぐ、おぉぉ……っ!」

「大丈夫か、ジェシー一等卒?」


 マーカスの声に逡巡が混じり、顔は青ざめはじめた。

 もしかして――――自分は、良くない報せを届けてしまったのか?

 そう考えていると、彼の震える手元から……同封されていた一枚の紙が舞い落ちた。


「一等卒、何か落とし……」


 粗末な紙には、一つだけ。

 一つだけ……“紋章”が押されていた。

 それは、小さな、小さな“足形”。

 指一本分さえもない、しかし――――どんな巨人の足跡よりも力強い、小さな足形をインクでしっかりと写されていた。


「お、おれ……カミ、さん……ヒルダが……! ガキ、産まれ……たって……! お、女の子……だ、って……!」


 絞り出すような声でそう告げられた途端――――救護所の空気が一斉に沸き立ち、歓声が上がった。


「おい、聞いたか!? ジェシーの奴に娘ができたってよ!」

「おめーもついに親父か! 名前は考えてあんのか!?」

「やったな!」

「こりゃ、祝杯だな!」


 先ほどまでの静寂が嘘のような、祝福の声で埋め尽くされた。

 隻腕の兵士がバシバシとジェシーの分厚い体を叩き、両脚の無い兵士が彼の娘の誕生を心から祝った。

 この今も滅ぼされている世界に、勝ち鬨を上げるようにして――――生まれた。

 娘がひとり。

 母親がひとり。

 父親が、ひとり。

 命を叫ぶように、滅びをもたらす魔王を哀れむように、三つの命が生まれ、輝く。


 ――――マーカスは、彼らの歓喜の中、ひっそりとテントを出た。


「……どうだった? マーカス君」


 テントを出てすぐ、輸送隊長は立っていた。

 穏やかで余裕を感じさせる表情に彼女はもう戻っていて、マーカスの成長を見透かすようにただ見ている。


「隊長、出発はいつですか?」

「明日の朝よ」

「……それじゃ、届けてやらないといけませんね」

「ん?」

「彼からの……返事の手紙。奥さんに届けてやらないと」


 それは、“戦い”に身を投じる決心だった。

 未来を、希望を、活力を、未だ見ぬ男達に届けてやる事。

 男達の帰りを待つ者達に、届けてやる事。

 マーカスは、決意する。

 この“戦い”を――――続ける事を。


「……歓迎するわよ、マーカス」


 隊長に背を叩かれ、促されてその場を後にする。

 不平を垂らしていた青年騎士の背中は――――もう、違う。


 そこにあったのは世界の希望を繋ぐ、“一人の男の背中”だった。






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