文学少女と放課後の雨
放課後の、校舎の一角。文芸部、と書かれた小さな部屋で、黒髪の少女が読書に耽っている。
少女は軽く溜息をつくと、手に持っていた分厚い本に栞を挟む。そろそろ帰ろうかと、本を鞄にしまおうとしたところで、扉をノックする音が聞こえた。
「開いてるわよ」
扉が開き、少女が扉の方へ目を向ける。少女の視線の先には、茶髪を後ろで束ねた、制服姿の女子が立っていた。
「やっほー、文学少女。相変わらずこんな時間まで残って読書? 家で読もうとか考えないの?」
彼女は部屋に入ってくるなり、少女に気さくに問いかけた。
「どこで読もうと私の勝手でしょ。大体、文芸部が部室で部活動に励む事のどこが悪いのよ」
「部活動って言っても、一人だけでしょ?」
「それはお互いさまでしょ。一人だけの新聞部。それより何の用?」
「何の用って、用意が悪い親友の為を思って来てあげたの」
「用意? 何の話なの?」
少女には思い当たる節もなく、小首をかしげた。
「……あんた、今日、窓の外見た?」
彼女に言われ、外に意識を向ける。窓からは水の打ち付ける音が聞こえてくる。外は薄暗いが、僅かに空から雫が落ちているのが見える。
「雨、全く気づかなかったわね」
「本当に気づいてなかったの? 読書に関しては相変わらず凄い集中力ね」
彼女は呆れた様に呟いた。しかし、少女は彼女の言葉を意に介す様子はない。
「昼までは晴れていたのに」
「天気予報ではちゃんと言ってたでしょ。まあ、どうせあんたのことだから、朝も読書に集中して天気予報なんて見て
なかったんだろうけど。その様子だとやっぱり今日、傘持ってきてないんでしょ?」
「五月蝿いわね新聞部。朝、何をしていようと私の勝手でしょ?それに、確かに私は傘を持ってきてないけど、ちゃんとこの部室においてあるわよ」
少女には、折り畳み傘を部室に置いておく習慣があった。普通、折り畳み傘は鞄に入れて持ち歩くものだ。しかし、少女は鞄の中で傘が本と擦れて、本が傷む事を嫌っていたので、代わりに部室に置いて帰っていた。
「でも、その置き傘。この前使ってから持ってきてないでしょ?」
そんなはずは、と言いかけて少女は言葉を飲み込んだ。彼女の言う通り、普段の場所に傘がなかったからだ。
「うっかりしてたわね……」
「あんたのうっかりはいつもの事だけどね」
「五月蠅い。人間、傘がなくても困りはしないわよ」
「まあまあ、だからあたしが来たんだってば」
彼女は、自分の傘を見せびらかすように広げる。女の子らしい、可愛らしい傘だ。
「入れて帰ってあげる」
雨の降りしきる道を、少女が二人、相合傘で歩いている。茶髪の少女の持つ傘は二人で入るには狭く、二人共肩がはみ出している。やがて、黒髪の少女の方が口を開いた。
「こうやって二人で並んで帰るのも久し振りね」
「そうだねー。お互い、部活してるからね」
「お互い、一人だけで」
「それは言わない約束でしょー」
彼女は笑いながら少女を小突く。少女はそれを、微笑みながら受ける。
「この雨、ずっと止まなければいいのに」
しばらく道を歩いていると。少女がいきなり口を開いた。
「どうして? 雨なんて濡れるだけでしょ。あんただって本が濡れるからって嫌がってたじゃん」
「さあ、なんででしょうね」
彼女の疑問を、少女は微笑んで受け流す。
「もー、またそういう言い回しをするんだ。何か言うにしても、もう少し分かりやすい言い方してよ。この文学少女!」
「新聞部でしょ? 文章扱うならこのくらい紐解きなさいよ。それに……」
「それに?」
「いや、なんでもないわよ」
「何なのよー、もう」
二人で何時までも並んで歩きたいからなんて、言える訳がない。少女はうっかり飛び出そうになったその言葉を、咀嚼してから、また飲み込んだ。