虹
虹の根元には死体が埋まっているのだと、私は幼い頃からそう信じていた。
古来よくある話では、宝が眠っているのだというその場所。
何故そんな恐ろしい考えが浮かんだのかはわからない、分からないが虹の七色がそう思わせたのかも知れない。
窪んだ眼窩に蚯蚓を住まわせ、無機質な白骨を尚も朽ちさせてゆく亡者を糧にして、虹は咲くのだ。
生前彼が心惹かれた美しい茜色も、彼女がまどろんだ夢の世界の山吹色も、虹の為の大事な養分となる。
そうして虹は果てしなく伸びてゆく――地中に存在する人間の残滓の事など知らぬげに、鮮やかに。
先程まで地表を濡らしていた雨は、露と凝って紫陽花の葉茎の上に陽光を反射している。
通りを行き交う人々の喧騒に耳を傾けながら、私は我が家の縁側から伸びる虹を眺めた。
虹がただの散光現象の一種に過ぎないのだと知ってしまったのは、幾つの時だったか。
大地へと還元されてゆく亡骸から生えた、荘厳な七色の光が織り成すその帯を、今でもまざまざと脳裏に思い浮かべられると言うのに。
「あなた」
と、妻が不意に私を呼んだ。
肩にそっと手を置いて、彼女は私の耳元へ唇を寄せる。
「今日の虹は、如何です」
「綺麗だよ」
そう言って振り返ると、彼女は白い歯を微かに覗かせて笑った。
「私、やっと咲きましたの」
どういう意味だ、と問おうとしてこれ以上愚かな質問は無いと気付いた。
彼女の白い指先が指し示す先に、艶やかな虹が弧を描いて伸びている。
「道理で……一段と、綺麗な訳だ」
これで、ようやく六本目。
私は感慨深げに頷き、妻がもう一度笑った事に気付き慌てて言葉を重ねた。
「いやだなぁ、世辞じゃないよ」
雨上がりの夏のむっとする湿気が、庭の至る所から立ち上っている。
ややうんざりしていた処へ、少々埃っぽくはあるが、一陣の涼風が吹き込んだ。
と、背後の気配が――急に濃くなった。
「……そろそろあなたも、どうですか」
誰かの冷たい指先は、私の頸をそっとなぞった。
雨上がりのあと、伸びる虹を見ていたらふっと思いつきました。一発書きですので、特にオチもありません。綺麗な物と醜い物の境界って難しいですよね。
拙い作品ですが、感想等頂ければ幸いです。