1907年9月8日 21時30分 テムズ川
「気を付けろ、奴は自動人形だ!」
突撃に対し隊長格の男は迷いながらも即座に銃撃を指示する。
2列の斉射が道路を突っ走る。
対するドロシーは応答として地面を蹴り上げる。
自動人形の駆動系は人間のそれを遥かに上回る性能を持つ。
右脚の踏み込みによる跳躍は人の身長の遥か倍まで身を飛ばす。
銃弾が遥か下を通り過ぎていくのを感じながら右袖を真上から斜め下へと勢いよく振り下ろす。
すると右手に1丁の銃が滑り降りてくる。
「まずは一発、試し撃ちと行きましょう」
銃声とほぼ同時に戦列を組む兵隊の一人が真後ろへと吹っ飛ぶ。
銃弾は正確に胸の中心に命中。
戦列がどよめき露骨な動揺を見せる。
「この距離から正確に当たるとは、いい製品です」
呟きながら猫のようにほとんど身を揺らすことなく左足から着地。
目線を前へ向けながら撃鉄を起こすともう一射撃。
先ほど吹っ飛んだ兵士の向かって右隣が打ち倒される。
もう一度撃鉄を起こしながらも射撃が来たので今度は身を左斜め前へ飛ばす。
先ほどのヘクターの様に壁を駆け登る。
同時に左腕を振り左手にも拳銃を装備。
斜め上からの走り撃ちで追加二人に命中。
そのまま戦列の真後ろへと着地する。
慌てた様子でこちら向きにこちらへと向きを揃え直す兵たちにドロシーは語り掛けるように言葉を投げる。
「御安心を。命を奪ってはならぬとの命令ですので」
二丁拳銃を構えながら。
「ですのでゴム弾です。骨折程度で済みます、よかったですね」
射撃した。
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ヘクターとローザは夜の街をひた走っていた。
なにせ馬車は先ほどのごたごたで壊れてしまった。
ローザは若干息切れを起こしているがヘクターは極めて涼しい顔をしている。
「どうせなら…背負ってくれるぐらいはしても…いいんじゃないかしら?」
「怪我人に無茶言うんじゃないよ」
恨みがましい視線も飄々と受け流される。
しかし腹のあたりの血染みを見るにそこまで余裕というわけでもなさそうである。
「で?ご自慢の鼻はどこにお目当てを見つけたのかしら?」
「うん、次の角で鉢合わせかな」
目を見開きながら何か文句を告げようとするがその前に角までたどり着く。
ああもう、と思いながらも身を捻りながら蹴り上げ。
出会い頭の相手は二人。
蹴りはその右側の顎を綺麗に打ち抜く。
悲鳴も上げずにくずおれる。
慌てた様子で左側、もう一人が銃を取り出すが。
「目立つからって懐にしまってたら間に合うわけないだろう」
隣の性悪がデコピンで気絶させる。
冗談みたいな馬鹿力だと思う。
「上手くいかないものだね」
「…何が?」
あまり期待せずに問いかけてみると。
「力加減が上手くいかん。また気絶させてしまった」
案の定ふざけた返事が来た。
「どっちにしろさっきの連中が追ってくるかもしれないんだから尋問の暇はないわよ」
「わかっているとも」
そう言いながら地面に四つん這いになると、ふんふんと鼻を鳴らし始める。
こうしている姿はまるで。
「犬みたいね」
「ものをはっきり言う性格だね君は」
苦笑しながら言われたがしょうがない、本来の性分なのだから。
仕事で必要ならば猫だって被るが今は非常事態で相手も気を使う必要がない。
「ま、その方が気が楽でいいや」
そう言いながら立ち上がるとあっちの方だね、と走り出す。
こちらを振り切るつもりなんじゃなかろうかと思うがこちらが潰れない程度のスピードなあたり配慮はしているのだろう。
ならばこちらもさっさと仕事を終わらせて楽になる手助けをするべきだろう。
息を切らしながらもそんなことを思う。
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ローザの顔がこちらを向いていないのを確認すると顔をしかめる。
あちこちから血と硝煙の匂いが漂ってくる。
常人ならば気づかないであろう微細なそれはどこかで先ほどと同じようなことが起こっていることの証明で、嫌悪を催さずにはいられない。
これをさっさと終わらせるためには自分が頑張るしかなかろう。
共に行動している彼女はあてにしてはいけない、と思うが腹の傷はそれを許してくれない。
どうしたものかと考えながらいるとテムズ川に出た。
ここを超えれば目的地まであと少しだと思うと気が楽になる。
と、そこで微かな、川の匂いに紛れるような匂いに感づく。
(火薬の匂い…!)
幾つかの事象の重なりは思いもよらない結末をもたらすものだ。
風上にいたことで自慢の鼻は直前まで匂いを捉えられなかった。
ロンドン市内のあちこちから漂ってくる匂いは誤認をもたらした。
先ほどのパーティーでの香水の匂いは鼻の効きを悪くしていた。
腹の傷は彼に満足な動きを許さなかった。
銃声とともに視線が下がる。
身を低くして次弾に備える。
見つけた。
走り出そうとするが身体が沈む。
そこで初めて気付く。
右ひざに貫通銃創。
(ライフルによる狙撃…!)
「撃たれたの?!どこから?!」
叫びながらローザが近づいてくる。
来るな、と叫ぶより先に射線に立ち入ってしまう。
判断は即座。
「どけ、馬鹿!」
左足一本で身を跳ね上げ、ローザの頭を押し付けるようにして身を下げさせる。
放たれた二撃目が直撃する。
身が宙に浮く。
やけにスローモーションになった視界がぐるりと回る。
全身に衝撃が走り、水の冷たさを心地よく思いながら意識を手放した。
コッペリアですよコッペリア
人形に恋とかロマンありますよね