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月夜にあなたとダンスを踊ろう  作者: 衣谷北星
存在なき渡り鳥
5/18

1907年9月8日 20時37分 バッキンガム宮殿

銃弾はヘクターの腹部に命中していた。

ふっ、と漏れた音の出どころが自分の口だと理解するのにだいぶ時間がかかった。

黒の上着にさらに黒い色のしみがじわじわと広まっていく。

先ほどのワインのようだな、とどこか他人事のように感じる。

と、そこまで来てようやく思考をアジャスト。

自らの状況を再確認。

身体はまだ倒れていない。

四肢にも力がみなぎっている。

ならば動ける。


「しゃあ!」


叫びをあげて自らを鼓舞する。

眼前では執事が右腕をコッキングしている。

次は撃たせない。

踏み出しの一歩目は右脚。

力強く地面を踏みしめる。

腹部の傷がずきずきと痛む。

その痛みに自らの生を実感しながら飛び出す。

本来であれば身を低くして飛び込むのが常道である。

しかしそれでは自分の後ろへと射線が通ってしまう。

ゆえに選ぶのは短距離走選手(スプリンター)のごとき体勢。

二歩目で距離をを半分詰める。

三歩目で飛び掛かった。

あっという間に懐へ飛び込んできた獣に対し、反射的に銃口が向けられる。

一瞬のタイムラグ、だが十分すぎる一瞬だった。

右腕で執事の仕込み銃目がけて袈裟に振り下ろす。

猛威を振るった鉄腕はまるでプディングの様に切り裂かれた。

執事の目が驚愕に見開かれるのを見ながら着地。

着地の衝撃で口内に鉄の味が広がり、苦いものが喉奥からこみあげてくるが我慢。

即座に右脚を軸足にした左回し蹴りを放つ。

吸い込まれるように首を打ちすえられた執事の体がゴムボールの様に飛んでいく。

壁にしたたかに打ち付けられた身体の上に周囲の貴族連中が思い出したようにのしかかり、集団で押さえつけていく。


「女王陛下、御無事ですか」

「あなたよりは無事でしょう。ありがとう、でもその傷…」


そこまで言われて自分の現在の惨状を思い出す。

一瞬とはいえ派手に立ち回ったせいかずいぶん血の巡りがよくなっている。

既にシャツは血を吸いきれなくなっており、床にぽたりぽたりと垂れている。

捕縛され連行されていく執事を見ながら、汚しちゃった絨毯の弁償は経費から落ちるかなあ、などと呑気に考えていられるのは現実逃避だろうか。

周囲の騒ぎが収まらぬうちにローザがドロシーを伴って戻ってきた。

これで騒ぎも収まるだろうと思ったが、どうやら現実はそこまで優しくはないようだ。


「有った?!爆弾が?」

「声が大きいわよ血まみれさん。…ワイン樽の三分の一がすり替えられてたわ、今専門家を呼んだけど…女王陛下の避難が先ね」


たしかに、さすがに危険物の処理をそのまま行うわけにはいかないだろう。

うっかり失敗して爆発でもしたらシャレにもならない。

今後の対応を護衛たちと話し合っているとドロシーが手早く服を脱がしてくれる。

せっかくの白のドレスが赤黒く汚れていくのをもったいないなあと眺めているとあっという間に上半身裸にひん剥かれた。

慣れた手つきで血を拭い取られると、出てきた傷口は思ったより軽傷にすら見える。


「弾丸が貫通しているのは幸いですね。これなら傷の治りも早いでしょう」

「それはよかった。弾が当たらなければなおのことよかったんだが」

「生きているだけありがたいと思いましょう」


軽口をたたきあいながらも腹部に包帯が巻かれていく。

ローザは馬車の手配に向かっている。


「ヘクター卿…御怪我の調子はどうですかな」

「御心配ありがとうございます。見た目よりずっと軽傷なのでご安心を」

「それはよかった。ところで先ほどの義腕ですが…」

「元々かなりの無茶をしていたものでしょう。あっさり自壊してくれて助かりましたよ」


適当にごまかしのセリフを吐くが、突き刺さる視線は明らかに疑いを帯びている。

周りの他の貴族連中からの視線も似たようなものだ。

参ったなあ、と思っているところでタイミングよくローザが戻ってきた。

渡りに船だとばかりに状況を問う。


「どうやって避難を実行するんだい?」

「まだ襲撃がある可能性を考えておとりを複数用意します。具体的には馬車を10台、同時に別方向へ走らせます。どの馬車が本命かは女王陛下に直前に選んでいただきます」

「おとりに乗り込ませる人材に空きはあるかい?」


さすがによく考えられていると思いながら問いかけると。


「冗談でしょう?その傷でまだ動くつもりですか!!」


思わぬ怒声に周囲の同僚が視線を向けてくる。

声が大きいよ、と冗談めかすと睨まれた。


「冗談なんかじゃないさ。自惚れが過ぎるかもしれないが、Houndsで一番武闘派なのは僕さ」

「今回は助かったけど、次は死ぬかもしれないのよ?さっき仲間がどうなったのか、もう忘れたって言うの?」

「死んじゃあいないさ。重体だがね」


そこまで言ったところで右頬に熱さを感じる。

ぶたれたと気づくのに少々時間がかかった。


「怪我人に乱暴だなあ」

「あなたには私と同じ馬車に乗ってもらいます。…さっさと準備を」


乱暴に投げつけられたのはしわひとつないパリッとしたシャツ。

ありがたく袖を通しドロシーとともに外へ向かおうとすると。


「言い忘れていましたが、ドロシーには別の馬車に乗っていただきます」


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「了承できません。命令を下せるのは主人のみです」

「…理由を聞かせてもらえるかな?」


反駁はほぼ同時。

僕はともかくドロシーが僕と一緒にいたがるなんて嬉しいなあ、と言ったら倍返しに合いそうなので我慢する。


「単純に人数の問題です。馬車は10台、護衛の中で個別に襲撃に対応できる者はあまりおりません。さきほど一番の武闘派だと自称していらっしゃいましたが、撤回なさいますか?」

「僕はともかくドロシーは?彼女は一介のレディーに過ぎな…」

「お話は先ほど上司の方から伺いました。十分ではないでしょうか?」

「あの上司は…」


思わず上司をにらみつけるが、へらへらした笑顔でいなされた。

狸め、と吐き捨てるが仕方がない。


「ドロシー、僕と離れるのは寂しいかもしれないが少しの間だ。我慢できるかい?」

「そのセリフ最高に気持ち悪いですね。…早く終わらせましょう、傷に障ります」



こういう言い合える仲っていいですよね

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