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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第一章 魔法使いと教育係
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知る

 褒め殺しに遭った。


「なんと! あの王子をまたしても説得し教育係に認めてもらいましたか! やはりあなた様は才気溢れるお方にございます! わたくしも薄々感じておりましたが、この城内にあなた様を越える教育係などおりません。やはり国王陛下の目に狂いはございませんでした、あなたこそが王子をお救いなさる救世主そのもの!」


 当然、そこまで言われる覚えはない。実際のところ目の前で褒めちぎっている人物の名前を出して解決したのだから、本当の救世主は私ではなくセアドさんなのだ。

 なんとなく、彼が大臣である理由がわかったような気がした。

 王子の教育係となる許可をもらったので報告しに行くと、感謝の言葉の参列を目の当たりにすることになった。

 饒舌な彼の言葉を遮ろうとするが、そのタイミングが中々見つからない。なおも話し続けるセアドさんに困惑の視線を送り抵抗していると、しかし自然と言葉のマシンガンは止まった。強制的に止められた、と言った方がただしい。

 いつの間にか現れたゲルハルトさんが、セアドさんの頭を叩いたのだ。


「喧しいぞ、ベッヘル。アンナ様がお困りだ」

「おっと……この相変わらず力の加減を知らない暴力はゲルハルトか。まったく君は言葉で制するという行為を実行できないのかね」

「永遠に喋り続ける貴様に何を言っても無駄だろう」


 確かに、言葉で止められるものなら私がしている。助けてくれた恩人、ゲルハルトさんに感謝の言葉を伝えると、彼はいつものことだと言わんばかりに謙虚にそれを受け取った。

 どうやら彼らは、ずっと前からこんな関係らしい。仲がいいわけでもなく、しかし悪いとも言わない、曖昧な関係。ゲルハルトさんは城を守る兵士でセアドさんは城の内部の大臣、馬が合わないのも頷ける。

 ゲルハルトさんはちょうど城下町の見回りから帰ってきたところらしく、これから剣の稽古に励むのでとすぐにその場を後にした。できればセアドさんと二人きりでいる自信がないので傍にいてほしかったが、我儘を言うわけにもいかない。

 それよりも、セアドさんにも何も報告だけに来たわけではないのだ。教育係として今後の活動について、聞きにきたのを忘れかけていた。


「それで、私はこれから王子様に勉強を教えるために、学ばなくちゃいけないんですよね?」

「左様でございます。最も、座学だけでなく礼儀作法についても王子に学んでいただくつもりですので、そちらも我々が徹底してあなた様のサポートをいたします」

「礼儀作法……ですか。まず、何から始めたらいいですかね?」

「とりあえずは、座学から始めてみましょうか。城内の図書館までお連れいたします。一通りの教材は揃っておりますので」


 早速歩き始めるセアドさんの後ろを慌ててついていく。彼は案外早足なので、一緒に歩いていても自然と小走りになってしまう。

 廊下からエレベーター(正式にはエレベーターとは違い、魔法の力で稼働しているらしい)に乗り込み、下へ下へと降りていく。王様に会いに行くときは上へ昇っていたけれどそこまで移動に時間はかからなかったが、気がつけば随分と長いこと下降していた。もう地下に到達しているだろう。


「長い、ですね」

「ええ、図書館は地下10階にございますから。蔵書を長持ちさせるには、地下の方が適温なのです」

「そうなんですか……」


 しばらくして、ようやくエレベーターが止まる。開いたドアから先に続く廊下を歩き、少ししたところに厳重な扉が見えた。幾重にもロックの掛かった、いかにも重要さの溢れる扉である。

 扉の脇についている認証装置のようなものに、セアドさんは片手を添えた。すると淡く装置が発光して、次の瞬間扉に掛かっていたロックが外れる音が聞こえた。軽く十個はあっただろうロックがはずれると、自動的に扉が左右に開いていく。これも魔法の仕掛けだろうか。

 開いた先にあったのは、広大な空間だった。何帖分あるかもわからない広い一部屋に、大量の書棚が陳列されている。壁際の書棚は天井に届くほどに高く、その天井も馬鹿にならないほどに高い。一応明かりがついているが、それでも室内はほの暗かった。蔵書に適しているというように、空気も涼しい。

 感心して眺めていると、前を歩いていたセアドさんが先に進んでいるのに気づき、慌てて後を追いかける。

 歩いていても中々部屋の奥に辿りつかず、何分か歩いてようやく、部屋の最奥が見えてきた。

 書棚に囲まれた空間の中に、ぽつりと置かれた机。そこに人がいた。いたのだが、眠っている。上着を布団がわりに体に掛け、机に突っ伏して寝息を立てているその人に、セアドさんは容赦なく近づいて頭を叩いた。

 さきほど散々文句を言っておきながら、やっていることはゲルハルトさんと変わらないじゃないか。


「起きなさい、ロルフ」

「……ん」


 呼ばれた人、ロルフさんは顔をゆっくりと上げると、見下ろすセアドさんを見た途端に椅子から転げ落ちた。そしてぼさぼさ頭のまま、よれたシャツも直さずに立ちあがった。


「こここ、これはこれはセアド大臣であらせられますじゃないですか! このようなところに足を運んでいただき光栄の至り!」

「御託はどうでもいいのです。それより、勤務時間に惰眠を貪るとは、あなたも随分大胆な性格で」

「すすすすみません、先日から徹夜明けでしたもので……それより、ここに来られたということは、どのようなご用件で?」


 そして初めて、彼は私を目に映した。まるで珍獣でも見ているかのようにじろじろと視線を感じるので、自然と委縮してしまう。

 ロルフさんの視線に気づいたセアドさんが、説明を付け加える。


「彼女はこのたびカイ王子の教育係となりました、アンナ様です」

「は、はじめまして」

「それはそれは……しかし、王子は自室からお出でになられたと?」

「彼女が王子を外へお連れしたのです。彼女以外に教育係が務まる者などいないでしょう」


 セアドさんの説明に、ロルフさんは興味心身に私を眺めるのをやめない。なんだか気恥ずかしくて俯いてしまう。

 話題が反れたことに気づき、セアドさんが本題へと持っていく。なんとなくだが、あまり長居したくないように見えた。


「彼女は王子が召喚した、『日本』の人間です。教育係として王子を教育できるだけの知識をつけるために、ここに教材を探しに来たのです」

「なんと、日本の……!」


 しかし説明はそう簡単に事を運ばず、ロルフさんはますます目を輝かせて私の傍まで歩み寄ってきた。じろじろと観察した後、再びセアドさんに向き直る。大臣を目の前にしているというのに、その表情は常に緩みっぱなしだった。セアドさんもあまり引き締まった顔をしていないけれど。


「了解いたしました。この図書館長ロルフ・アレンスがアンナ様に必要な教材を選出いたします」


 随分と嬉しそうに話す彼は、この部屋の館長だった。といっても、広大な図書館にロルフさん以外の人間は見当たらない。とても一人では管理できないような気がするのだが。

 それにしても、この世界には本がこんなにもあるものなのか。


「若干の不安は残りますが……任せましたよ。それではアンナ様、わたくしは別件の仕事がございますので、後ほどお迎えに上がります」

「はい、よろしくお願いします」

「……くれぐれも、ロルフの戯言たわごとに耳を貸してはなりませんよ」

「は、はい?」


 ロルフさんに聞こえないくらいに小さな声で、セアドさんは意味深な発言を残した。来た道を戻っていく彼の背中を見送っていると、痺れを切らしたようにロルフさんが詰め寄ってきた。驚いてのけ反ると、彼は目を輝かせて私を凝視している。さっきから熱い視線を送られているけれど、一体何だろう。

 彼は若干興奮した様子で口を開いた。


「ねえ、君は『日本』から来た人なんだよね?」

「は、い……そうですけど」

「へええ、今までに来た日本人も見てきたけど、女の子を見るのは初めてだあ! ねえ、日本のこと詳しく教えてくれないかな? 何でもいいからさ!」


 セアドさんの忠告が今になって身に滲みた。

 彼がさっきから私を食い入るように見つめていたのも、単に物珍しいからといった理由ではなかったのだ。単純に、私に対するというより、私の住んでいた世界への興味。この図書館に置かれた本には様々な知識が詰まっているだろうが、日本についての知識は何もないはずだ。だからこそ、わからないことを知りたいという純粋な知的好奇心なのだろう。

 かといって、彼の質問に一々答えていたら一日がすぎてしまいそうな気がして、本来の目的を思い出して方向を修正する。


「あ、あの! 質問には後で答えますから、王子様に教えるための教材を、ですね」

「ああ、はいはい。そうでしたそうでした。ちょっと待っててね」


 そう言って、正気に戻ったように彼は、本棚の海へと消えていく。随分と遠くまで行ってしまったようで、小さな物音や何かを落とした音がときどき聞こえてくる。

 しばらく待っている間、特にやることもなく辺りを見渡す。近くにあった図書を手に取り、暇つぶしに読むことにした。

 本の内容は、物語や難しい学説書などではなく、この国の歴史に関するものだった。それもただ栄えていくような前向きな内容とは違い、戦争の歴史だ。ページを捲っていると、わりと最近まで戦争をしていたことが記されている。

 この国は今、どうなっているんだろう。平和というわけではないのだろうか。


「その本に興味をお持ちで?」


 不意に話しかけられて顔を上げると、向こうから本の塔がが接近していた。慌てて傍に書け寄ると、大量の本を積んで持ち運んでいるロルフさんだった。

 一人で持つにはあまりにも多すぎる量なので手伝おうとするが、彼はそれを制して苦しい顔せずに机に置いた。あまりしっかりとした体格には見えないが、案外力持ちのようだ。

 それよりも、机に置かれた本の山に目が行く。このすべてが教材だろうか、数えなくても二桁は超えている。


「それで、気に入った? その本」


 自由になった手で、彼は読んでいた歴史書を指差す。

 別に、本自体はなんとも思わない。日本にだってある、ただ歴史を記しただけの面白みの欠片もないもの。だから本の感想を言えと言われたら返答に困るのだけど、それよりも気になるのは、この国の歴史だ。


「この国って……ずっと前から戦争してたんですか?」

「まあ、長いことしてるね。隣国があまりうちの国をよく思ってないし、政治や物資の奪い合いなんかでね。僕としては、戦争なんてくだらないの一言に尽きるけど」

「そう、なんですか」

「今だって、平和とは言えない。一応今は休戦状態ってだけで、いつまた火花が散ることやら……」


 私はまだ、この国の町の一部と、城しか知らない。だから世界がどうなっていて、国がどういう状態にあるかも知らない。大体、すぐにでも帰りたいのだから知る必要はないとも思っていた。だけど教育係になった以上、日本に戻れるのはだいぶ先になってしまった。

 この国で、この世界で生きていく上で、きっと知らなければいけなくなる。そんな気がした。

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