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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
エピローグ 魔法使いと教育係
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約束する

 薙佐アンナ。生まれは神奈川、育ちは東京。中学から高校までテニス部所属。大学はそこそこの私立大に入学、国文科、現在三年生。家庭教師のアルバイト中。

 ちなみに恋人は、まだいない。


 どうにか期末試験を乗り越えて、ようやく夏休みを迎える。単位は正直微妙なところだけど、卒業に響くような結果にはならないと思う。というのも、特に単位が取れるか怪しかった外国語の勉強を留学生の友人が教えてくれたおかげで、なんとか空欄を埋めることができたのだ。

 その友人はドイツから来た大学院生で、名前をセアド・ベッヘムという。大学院とはそれまで関わりがなかったけれど、最近は彼と知り合ったおかげで大学院の人たちの知り合いもできた。

 突然できた外国人の友人に私の友だちは恋人と勘違いしたりするのだけど、私たちが知り合ったのはごく最近のことなので、恋人と呼ぶには期間的にまだお互いを知らなさすぎる。それでも、友人以上にはお互いをよく知る仲でもあるけれど。

 試験前、バイトの帰り道に起きたあのできごと。夢と決めつけるにはあまりに現実的で、かといって現実に起こったのかといえば、あれから一日も時間は過ぎていなかった。

 呆気ないくらいに世界は何も起こっていなくて、けれど記憶の中には確かにカイ君と出会ってから別れるまでの思い出が残っている。何か月もあの世界で生きてきた時間は、結局一秒にも満たないできごとだったのだ。

 そう考えると随分と味気なくて、虚しさが心に広がる。

 だけど逆に、あれから数か月の時間がこの世界で過ぎていたと思うと、それはそれで困ることになるので、この結果も一概に呆気ないと決めつけるのはよくない。

 とにかく、私は無事にバイトから家に帰って、次の日も普通に大学へ通ったのだ。


「カイ君、来たよー」


 相も変わらずバイトでは、この世界の王沢カイ君に勉強を教えている。

 王族のカイ君と違って優しくて人懐っこいところを見ると、ぜひ向こうの同一人物にも見習ってほしいと思う反面、育ちが違えばあのカイ君もこうなっていたのかと思ってしまう。

 別人といえど同一人物、それに名門校に通っているカイ君の呑み込みは早い。もう家庭教師なんていらないんじゃないかと思うほどに優秀な成績を叩き出すものだから、見ているこっちが落ち込んでしまう。


「もう家庭教師なんていらないんじゃないかな。これだけ成績いいと、下手したら私より頭いいよ」

「そんなことないよ、先生がいるから成績上がってるんだって。だって俺、先生が来る前は学校でも落ちこぼれみたいなもんだったし」


 照れくさそうに笑うカイ君からは想像もつかない言葉に、何か、言葉にしがたい既視感を覚えた。

 そうだ。向こうの世界のカイ君も、ここにいるカイ君も生まれや育ち、環境が違うだけで、同一人物であることに変わりない。

 ここにいるのは王族のカイ君ではないけれど、裕福な家庭に生まれて名門高校に通っている彼が何の苦労もしていないかといえば、それは違う。同一人物である以上、できることできないことも良くも悪くも同じレベルなのだ。


「恥ずかしいけどさ、俺って人見知りで友達もろくにいないし、いつまでも親に甘えてばっかりでさ。本当は家庭教師だって嫌だったけど、親に反対する勇気もなくて。このままじゃいけないってわかってたんだけど、周りの環境が変わるのも怖くてさ」


 このままじゃ駄目だとわかっていても、一歩踏み出すだけの勇気がない。そんな姿を、私は何度も見てきたように思う。そしてそれは、私自身にも当てはまることで。

 これからの生活が変わっていくのが嫌なくせに、その先の選択を渋っている私も、結局臆病者なのだ。

 だからカイ君を叱咤激励する権利も、慰められるような言葉も持っていない。


「……でもさあ、不思議なんだよね。最初は会うのも嫌だって思ってたはずなのに、先生が来てから全然人見知りもしなくて。というより、前に会ったことがあるような気がしてさ。まさか、どこかで本当に会ってたりしないかな?」


 真っ直ぐに向けられた目に、私はただ笑うことしかできなかった。

 私とカイ君は一度、別の場所で会っている。境遇も身分も違う世界で、私は同じように彼に勉強を教える立場だった。そう言えたなら、きっと今も残る心のわだかまりをどうにかできたかもしれない。いや、言ったところで信じてもらえはしないだろう。

 大体、異世界に行っていた証明もできないというのに、まったく別人格のカイ君の説明を本人の目の前でできるだろうか。私自身まだ疑いが残っているというのに。

 まるで長い夢でも見ていたかのような、魔法にでも掛かっていたかのような出来事を、信じさせる術など持っているわけがない。

 だけど、信じてもらう必要などないのだと思う。あの出来事を誰かに伝える必要などどこにもない、私だけが知っている、それだけでいい。


「何言ってるの。それってもしかして、ナンパ?」

「え? ち、違うよ! そういうつもりで言ったんじゃなくて、本当にどこかで会ったんじゃないかって!」

「ごめんごめん、冗談だからそんなに慌てないでよ」

「ちょっ、からかわないでよ!」


 顔を真っ赤にして抗議するカイ君を笑いながら、しかしそんなあからさまな態度に嬉しさを感じている自分を自覚した。普段は穏やかな性格でも、冷静さが欠ければあちらの世界の彼とよく似ている。いや、同じなのだから似ているも何もないのか。

 今頃、あちらのカイ君は向こうの世界の私を見つけられただろうか。別世界とはいえ自分に会いたいとは思わないけれど、どんな容姿でどんな性格で、どんな生活をしていたのかは少し気になる。

 かといって、せっかくもとの世界に戻ってこれたのだから、この世界でできることもある。この世界にカイ君やセアドさんがいるのだから、ゲルハルトさん達もきっとどこかにいるかもしれない。私のことを覚えていなくたって同一人物なのだから、探してみたいと思うもので。


「ねえ、カイ君。私、夢ができたよ」

「夢?」

「そう、夢。世界中を旅するの」

「世界旅行ってこと? へえ、先生そんな趣味があるんだ。俺も旅行してみたいなあ」

「一緒に旅してみる?」

「え!? でも俺、まだ高校生だし……それに親の許可も必要だし、それに……」

「高校生で許可が必要だからか。それって、カイ君は嫌じゃないってこと?」

「あ……うん。旅はしてみたい」

「世界旅行がしたいの? それとも、私と一緒に旅したいの?」

「なんでそんなこと聞くの、先生……」


 世界中を旅する、そう言ったのは口から出まかせではない。この世界にいるかもしれない彼らを探すには、自分の足で探すしかない。そう考えたら、自然と意欲が湧いてきたのだ。今すぐ旅ができるわけではないけれど、きっといつか。

 カイ君が躊躇っている理由はごく一般的な悩みだと思う。普通、突然一緒に旅に出ようと言われて二つ返事で承諾できる人などいない。ある意味、私は彼にすごく意地悪な提案をしたのだ。

 だけど嫌とは言わない彼に、私はほんの少し、期待してしまう。本当に実現するかわからない、恐らく何年か先までは実行不可能な夢だというのに、明日からでも旅に出るかのような昂揚感すら感じている。

 それでも聞きたかった。カイ君がどうしてそんな無茶な提案を拒否しないのか。

 しばらくの沈黙が続く。そしてカイ君は、答えを教えてくれた。


「先生と一緒に旅がしたい……多分、俺、先生が好きだから」


 二度目の告白を受けてしまった。

 意地悪な提案をしたことは認めるし謝罪もするが、これではなんだか無理矢理言わせてしまったような気分だ。そう、教え子に告白をさせるために言ったことではない。

 とは言いつつも、今の私もきっと、目の前で赤く頬を染める彼に負けないぐらい赤いのだろう。


「うん。私もカイ君が好きだよ」

「え、ほ、本当!? それって生徒とか、弟とかじゃなくて!?」

「生徒としても好きだけどね。うん、好きだよ」

「本当に!? うわあ、ヤバい……って、なんでそんなに余裕なの? こっちはすごく恥ずかしいのに……」

「前に言われたことあるからね」

「あー……そっか。初めて、じゃないんだ」


 そう、初めてではない。ついこの前、同じ人物に同じことを言われている。

 カイ君は勘違いしているようだが、前にも述べた通り、私は恋愛経験が乏しい。恋多き人生など程遠い生活を送ってきた。それでも落ち着いていられるのは、やっぱりカイ君だからとしか言いようがない。


「じゃあ、カイ君。約束しよっか」

「約束?」

「そうだなあ……カイ君が高校卒業して、大学生くらいになったら、一緒に旅しよう。世界中を回って、いろんなものを見て、いろんな人に会いに行こう」

「いろんな……人?」

「そう。約束する?」

「……うん。約束するよ」


 子供の秘密共有のように、お互いの小指を絡める。それだけで、何かが始まったような気分になった。あくまで気分になっただけだけども、きっと叶うなんて妙な自信すら湧いてくる。

 なりたい将来はまだ決まっていない。このまま家庭教師を続けるのも一つの手ではあるけれど、もう少し考えていたい。誰しも簡単になりたい自分なんて見つからないものだし、まだ時間はあるのだからゆっくり見つけていけばいい。

 これから先、何もかもうまくいくとは思わないけれど、それでも大丈夫だと言い切れる自信がある。

 なんていっても、私は希望の魔法使いなのだから。


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