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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
エピローグ 魔法使いと教育係
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別れる

 泣いても笑っても、今日が最後となってしまった。

 まだ城もごたごたとしてる中で帰るのは非常に申し訳ないけれど、この機を逃してしまえばまた先延ばしにされるのも事実だ。帰らなくてはいけないのに、未練を引きずるつもりはない。

 カイ君には昨日、この話をちゃんと伝えた。こればかりはカイ君の力なくしては始まらないし、彼を気遣って隠し通す必要もどこにもない。明日という急な日程に動揺を見せていたけれど、どうしてと聞いたりしてはこなかった。そんな大人な態度が、最初に出会った頃とはまったく違う。成長とはすごいものだ。

 この作戦は王様に知られてはいけないので、私とカイ君、ゾラン王子にエリヴィラ姫、ゲルハルトさん、ロルフさん、そしてセアドさんだけに内情が伝わっている。影武者さんに対しては、伝えてしまうとセアドさんを気遣って拒みかねないので、最後の最後まで知らせないことにした。

 一番苦渋の色を見せていたのはゲルハルトさんだった。王国に忠誠を誓う彼にとって、これは絶対的な存在である王様を裏切る行為に値する。それでも私たちに味方してくれたのだから、この作戦は絶対に成功させなければならない。

 この世界に来てからずっと寝泊りしていた部屋も見納めとなり、窓の外から差し込む朝日に目を細めながら、静かに部屋を出た。


 早朝。

 まだ朝日が昇って間もないこの時間帯は、城の内部を歩いている人もごく僅かだ。セアドさんと影武者さんに処罰が下されるのはお昼前、それまでにすべて終わらせるのが目標だ。

 まずはカイ君の部屋へと向かう。まさか今日この日にまだ眠りこけているとは思わないが、もともとこの作戦で私はカイ君と合流しなければいけないので、一応確認のためにも彼のもとを訪れた。

 控えめに部屋の扉を叩くと、しばらくして暗い面持ちのカイ君が現れた。


「……おはよ」


 こうやって彼のもとを訪れるのもこれで最後だ。一々感傷に浸っている暇もないのだけど、そう簡単に割り切れるほど大人ではない。

 それに、私が落ち込んでいてはカイ君をさらに困らせてしまう。彼の力でもとの世界に戻ることができる(かもしれない)のだから、これ以上気分を沈めては普段の力も発揮できなくなりかねない。

 カイ君も作戦の一連の流れは聞いているので、次の行動に移るのは早かった。何せタイムリミットが課せられているのだ、私たちが足を引っ張れば協力してくれた人たちに迷惑がかかる。カイ君の部屋から、今度は影武者さんが閉じ込められている部屋へと向かう。

 セアドさんのように投獄されるでもなく、城の一部の人間しか立ち入りを許されない部屋に閉じ込められている影武者さんは、現在城のそれなりに地位を持った兵士や大臣級の人たちによって尋問を受けている。

 そんな場所に私たちが直接訪れれば怪しまれるだけだが、今日は違う。


「あー……今になって不安になってきた。そもそも召喚はできても転送なんてやったことないわけだし、本当にできるのかっつーか……根性論とかじゃなくて、俺の魔法の限度の問題とかさ」

「大丈夫大丈夫。できるできる」

「なんか薄っぺらい反応だな! これで俺が失敗したら一生帰れねえかもしれねーんだぞ!」

「だからって、今から失敗すること前提で考えてても意味ないし……そのときはそのときに考えればいいよ」

「そ、そうだけど……」


 カイ君の言い分はわかる。自分のことは自分にしかわからないように、自分にわからないことは他人もわからない。だから、カイ君の魔法の限界限度は誰も知らない。召喚ができても転送はできないという可能性も絶対ないわけじゃない。

 それでも、やってみる価値はあるのだ。今から転送専門の魔法使いを探したところで、何年かかるかもわからないのだから。

 なんて話しつつ歩いていると、ようやく目的の場所へたどり着いた。

 影武者さんの部屋の前には、ゲルハルトさんが見張り役として立っていた。彼は私たちに気づくと、小さく会釈をする。


「おはようございます」

「おはようございます。まだ誰も来てませんか?」

「はい。処罰を下される時間まで、まだ時間はあります。こんな早朝から尋問を行う者もおりません」

「つーか、よく見張り役になれたな。お前みたいな隊長格の兵士が」

「逆に私だからこそ、当日の見張り役に適していると判断されたのでしょう。”万が一”のこともあるかもしれませんし」


 そう言ってゲルハルトさんは小さく笑う。

 ゲルハルトさんが持っていた錠で扉を開け、室内に足を踏み入れる。実際にこの部屋に入るのは初めてで、尋問をしていると聞く限り質素で薄暗い部屋に拘束されているのかと思いきや、室内は私が使っていた寝室とそれほど変わりなかった。一つ違うところがあるとすれば、唯一ある小さな窓に厳重に鉄格子がはめられているくらいなものだ。その窓も小さすぎて、成人男性が抜け出せる幅はないのだが。

 影武者さんはベッドの中で寝息を立てていた。まだ起きるには早すぎる時間な上に、今までずっと部屋に閉じ込められて疲れも溜まっているのだろう。

 ゲルハルトさんが影武者さんを背負って城の外に出るのが、これからの行動だ。痩身とはいえ身長のある影武者さんをカイ君が背負うには無茶だし、私に至っては論外だ。

 さっそく持ち上げようとゲルハルトさんが手を伸ばしたその刹那、まるで狸寝入りでもしていたかのように俊敏な動きで影武者さんが起き上がった。一瞬鋭い目をこちらに向けるも、周囲の顔を認識すると、途端にいつもの無表情に落ち着いていく。

 状況を把握できていない影武者さんは、少々驚きながらも口を開いた。


「おはようございます……皆さん、どうしてここに?」

「説明は後だ。今は時間がない、まず城の外へ移動する」

「……なぜ移動する必要が? 今日は国王から処罰が下される日で、それまで普段通り尋問を受ける予定だと認識していたはずなのですが」

「だから、その処罰を受けさせないためだよ。いいから行くぞ。これは命令だ」


 若干きつい口調でカイ君が諭すと、どうやら状況を察したのか、呑み込みの早い影武者さんは溜息交じりに頷いた。

 四人で部屋を出て、城の出入り口へと向かう。影武者さんは抵抗することなく、大人しく行動を共にしている。これ以上反発したところで何の利益もないと考えたのだろう。そういうところは、セアドさんと同じく損得で動く人間であることが伺える。今この状況となっては、それはこちらとしても都合がいい。

 早朝で人が少ないといえど、見張り番や巡回を行っている兵士もいるので、城の人たちの目を掻い潜りながらの移動はそう簡単ではなかった。一人や二人での移動ならともかく、四人もいては目立つ。

 回り道をしたり人がいなくなるのを待ったりしながら進み、ようやく裏門のある出入り口にたどり着いた。

 正門には常に見張りがいるので、普段出かけたりするのに使うことの少ない裏門なら、比較的楽に外に出られる。

 先に待ち伏せしていたロルフさんが私たちに手を振り、作戦が順調に進んでいることを確認する。

 だけど、こうもあっさりと事が運んでいると思うと、それはそれで腑に落ちない。いや、作戦が成功に近づいているのだから腑に落ちないも何もないのだけど、心のどこかに違和感は残る。

 そもそも、王様が私たちが考えそうなことを思いつかないで見過ごすだろうか。あるいは、すべて気づいていてカイ君の魔法が失敗すると思っているのか。

 悶々と考えたところでどうなるわけでもなく、とにかく今は外に出ることに集中しなければ。

 転送を行うのは、城から少し離れたなるべく人のいない場所だ。すぐ外で行えば異変に気付いた兵士に見つかる可能性もあるし、ゾラン王子やエリヴィラ姫が国に帰りがてら馬車に乗せてくれるとのことだったので、少し遠出することになったのだ。

 城の外の外れに馬車を用意していた二人と合流し、どちらかの馬車に乗ることになったのだが、エリヴィラ姫が譲らなかったためにエイス側の車に乗ることとなった。別にどちらを選んだところで変わらないのだが、口喧嘩がヒートアップしてしまっては鎮火に手こずってしまう。


「ついにお前の念願が果たされるわけだな。よかったじゃないか」

「まだ成功するか決まってはいませんけどね。結局最後はカイ君次第ですし……」

「だとしても、あの王子を突き動かしたのはお前以外にいないだろう。もし失敗したのなら、私が王子を引っ叩いてやるさ」


 穏やかに笑う姫は、正直本気でカイ君を引っ叩きそうな気がしたが、それでも以前よりだいぶ落ち着いているように思う。出会った頃のような刺々しさはあまり感じられない。

 ここ数か月ほどの滞在だったが、その間にカイ君だけでなく他の人たちも変わったように思う。明確な変化があったわけではないけれど。

 馬車が走り出し、そびえ立つ巨大な城が段々と遠ざかるのを眺める。


「最後にセアドさんにも会っておけばよかったな」

「なんであんな奴に会う必要があるんだよ」

「色々お世話になったから、この前のことを抜きにしてもちゃんとお礼言いたくて」

「お礼なんてあいつは欲しくないと思うけどな」


 カイ君の言う通り、セアドさんはお礼の言葉なんて欲しくないはずだ。他人から感謝されるようなことをしていないと言うだろうし、私にいろんなことを教えたことすら、私を利用する手段だったのかもしれないし。

 城下町を過ぎ、さらに民家もない小道へと進んでいく。思い出すのはここに来て間もない頃の思い出ばかりで、やっぱりお別れが着実に近づいているのを実感してしまう。

 しばらくすれば広い平原に景色が移り変わり、馬車が止まる。

 馬車を降り、私とカイ君、影武者さんの三人がお互いに向かい合う。それぞれがそれぞれの思いを持っているせいか、心なしか表情も重い。


「そ、それじゃあ……やるぞ」

「うん」


 やや緊張気味のカイ君が指揮を取り、魔法用の杖をかざす。そういえば、この杖は幼い頃の誕生日に王様からもらったものらしい。何か特別な力が込められているらしいが、詳しいことは使用している本人にもわからないそうだ。

 いつものように魔法が発動し、カイ君を中心に淡い光が帯び始める。私もただそれを眺めるのではなく、一緒に集中することにした。

 今回の魔法はただ召喚するのではなく、別世界へ転送させなければいけないのだ。だから、もとの世界を知っている私がそのことを頭に思い浮かべれば、何かの手伝いになるのではないかと考えたのだ。カイ君には私の世界のことを話したけれど、実際に見ていなければ現実味も湧かないだろう。

 目を瞑り、しばらくもとの世界のことだけに集中する。一向に体に何か変化は感じられないが、しばらくして瞼を開いてみると、私の体は少しずつ透けていた。それでも感覚はちゃんとあるのだから不思議だ。影武者さんも同様に透け始めている。


「成功……したのか?」

「多分成功してると思う。やっぱりできたんじゃん、カイ君」

「偶然だよ、偶然! つーか……その、何もねえのかよ」

「え?」

「もう会えないってのに、何もねえのかって聞いてんだよ……!」


 てっきり先日の告白で言い残したことはないと思っていた。いや、そこまで淡白になったつもりはないのだけど、最後の最後に何か言ってしまえば帰りたくなくなってしまう気がして、どうも何か言う気にはなれなかったのだ。

 カイ君の言う通り、何もなしにさようならなんて薄情すぎるだろう。

 だけど、私とカイ君はそもそも出会うはずもなく、結ばれるはずもない人間だったから、別れ際に愛してるなんて言うのも気が引ける。

 言いたいことはたくさんあるはずなのだが、それが思い浮かばない。

 なんとか声を絞り出そうと、口を開く。


「……あ、」


 さようならなんて言いたくない。お元気でなんて、素っ気なさすぎる。また会おうなんて無謀な言葉だ。だったら、もうこれしか思いつかない。


「ありがとう!」


 もうこの声が届いてるかもわからない。

 周りには一緒に来てくれた人たちが見ていて、普段なら恥ずかしくてこんなことはできないけれど、気がつけば足が動いていた。

 手を伸ばして、そのままカイ君に飛び込もうとする。もとの世界じゃこんな真似は絶対にしないはずなのに、勢いは止まらない。カイ君も驚きつつも、手を伸ばして受け止めようとしてくれている。


 微かな温もりの後、視界はまっさらに変わっていった。


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