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召喚術とは。
なんて偉そうに言ったところで、魔法なんて使えない私にはすべてを理解することなんてできない。ましてや召喚術を使えるカイ君以外に理解できる人間もいると思えない。むしろ、カイ君本人ですら未知の領域であることもあり得る。
だからどんなに勉強しようと、どんなに努力を続けようと、完璧がどこにあるのかわからない以上その魔法は完璧ではないのだ。
ややこしいけれど、完璧に理解できないものは意外と多いもので、魔法もその一種なのだろう。科学では解明できない、理論では説明しきれない現象。だからこそ奇術、魔法と呼ばれる所以なのだと思う。
カイ君が今まで思うように召喚ができなかったのには理由が必ずあるのだろうけど、それが絶対に解明できるかと言えばわからないわけで。
何が言いたいかといえば、私をもとの世界に戻す技量もあるかもしれないし、ないかもしれない。可能性はゼロではないということだ。
「……で、どうしてこうなった」
久々にカイ君に教育係らしいことでもしてやろうと彼の部屋に向かえば、案の定部屋の扉には鍵がかかっていた。
色々な事件を受けてより一層警戒心が強くなってしまったのか、あるいはまだ就寝中なだけか。時刻は昼下がり、まさかこの時間まで寝こけているとは思えない。
ノックをしてみても特に反応らしい反応はなく、扉を叩く音だけが虚しく響く。
まさか、振出しに戻ってしまったのだろうか。
いや、振出しに戻るまでとは言わずとも、今まで外に出ることを毛嫌いしていたカイ君が、最近は自分の部屋にいる時間の方が少なくなっていたのだ。その反動で籠りたくなってしまうのもわからない話ではないけれど、そうなるとこちらとしては困ってしまう。
それでなくても城や国ではまだ問題が山積みなのだし、王子であるカイ君が何もしないでいられる状況でもない。それに、私も私でそろそろ今まで後回しにしてきた本題を彼に打ち明ける必要があった。もうこれ以上待っていられるほど、余裕はない。
セアドさんと話したこともあって、今すぐにでも話がしたかったのでさらにノックを繰り返す。さっきより強い力で、迷惑なほど叩く。その分手も痛くなるのだけど、気にしてはいられない。
嫌がらせとも取れるレベルでノックを続けること数分、ようやく疲れた表情のカイ君が迎えてくれた。
「人が寝てるってのに、鬼か……」
「こんな時間まで寝てるのもどうかと思うよ」
案の定、カイ君は寝起きだった。ぼさぼさになった頭を手櫛で雑に直す彼の後に続き、部屋に入る。
相変わらず床に散乱した物が目についてお世辞にも片付いているとは言えないが、久々に部屋を見渡すと懐かしさが込み上げてきた。
最初は部屋に入ることすら一苦労だったのを思い出すと、あれから随分と月日が経ったのを感じる。部屋はあのときとなんら変わりないのだけど、変わったとしたら部屋の主の方だろう。
しばらくして、身なりを整えたカイ君が戻ってきた。最近はよく顔を見ていたせいか、以前のように自信なさげにフードを目深に被る姿に違和感を覚える。今さら被る必要なんてないように思うが、とやかく言う気もなかった。
だけどやっぱり、前とは何かが違う。それが成長と呼ぶべきものなのかはわからないけれど、少なくとも出会った頃のような不安げな様子はまったく感じられない。
「それで、何なんだよ。この混乱時に先生面か?」
「この混乱時に寝てた人に言われたくないって。まあ、もう教えられそうなこともないんだけどね。カイ君頭いいからさ」
「そりゃあそうだ。お前が持ってきた教材に書いてある内容は大体覚えたし」
「だよねえ……」
そう、教えられることなんてない。
それはつまり、私の役目が終わったことを意味している。大したことを教えられたとも思わないし、有能な教育係だったとも思わない。最近は勉強どころではなかったし、余計に私の役目は名前だけになってしまっていた。
だからこそ、というわけでもないのだが、そろそろ今後のことをカイ君にも話さなければいけない。きっとこの話をすれば、彼はあからさまに嫌そうな顔をするだろう。それだけ仲良くなれたのは素直に嬉しいのだが。
意を決して、喉につっかえていた言葉を吐き出す。
「そろそろ、戻らなきゃいけないと思って。カイ君の魔法で、私を戻してほしい」
召喚魔法でもとの世界に戻してもらうよう、何とかする。それが私にできる、教育係として最後の仕事だ。
案の定というか、予測していた表情を浮かべるカイ君に思わず苦笑する。
悲しいでも驚きでもなく、ただ無表情で私を見つめる彼に、なんと声をかけたらいいのだろう。黙りこくってしまった彼に胸が締め付けられるが、しかしカイ君はふっと力のない笑顔を浮かべて「そっか」と呟いた。
「そう、だよな……もうここに来てから随分経つもんな」
「別にここが嫌だからってわけじゃないよ。でも、やっぱり住む世界が違うんだなって……セアドさんと影武者さんを見てたら、余計に思うようになって」
「でも、まだそんな魔法使えねえし……」
以前、何度かカイ君にもとの世界に戻すように試してもらったことがある。召喚ができるのだから戻すこと、つまり転送だってできないはずはない。そう思って試したけれど、一度として成功はしなかった。「できない」は口先だけかと思ったけれど、どうやら本当にできないようだった。
だから余計に自信がないのだろう。責任を感じていてもどうすることもできない歯痒さが、彼を苦しめているのもわかる。だけど、できないから諦めるなんてことはできない。
だったらできるようになるまで一緒に努力すべきなのだけど、生憎魔法の使えない私には、何をどう頑張ったらいいのかがわからない。
魔法は科学と似ている部分もある。その現象を生成するにあたって必要な知識や化学式もある反面、科学では説明できない部分も必要となる。それがどんなものか説明に苦しむのだけど、想像力と表現して概ね間違いではないと言い切れる。
カイ君の魔法に科学力と想像力、どちらが欠けているかもわからない。だからこればかりはどうしようもないのだけど、カイ君一人に頑張らせて待っているなんて真似はしたくない。
「こればかりは私が教えられることでもないし……誰か、魔法に詳しい人とかいないのかな」
「さあ……いるとは思うけど、誰かはわからねえし……」
「ロルフさんとか、何か知らないかな? 図書館長なんだしヒントくらいは得られるかもよ?」
苦し紛れの発案だったけれど、他にそれらしい提案も思いつかなかったのか、カイ君はすんなりとそれを呑んでくれた。
実際、ロルフさんに聞いたところで何の成果も得られなかったとしても、あの広い図書館ならヒントになる本の一冊や二冊置いてあってもおかしくないし、可能性はまだ潰えていない。
そんなこんなで気分転換がてら、カイ君の部屋から図書館へ移動。地下図書館までは距離があるので、その間にも会話は交わされたのだが、とりとめのない内容ばかりだったので割愛する。その際やたらカイ君がよく喋っていたのは、私と別れることになる現実から目を背けたかったからかもしれない。
推測である以上、そうだとは言い切れないけれど。
城での騒動後、初めて訪れた図書館で私たちを迎えてくれたロルフさんは、あっさりと私たちの希望を打ち砕いてくれた。
「召喚魔法については僕にもさっぱりわからないよ」
清々しいほどの笑顔で言ってのけた図書館長に、驚くことすら忘れてしまった。
ロルフさんの魔法は記憶魔法だ。一度記憶した事物を忘れることなく脳内に保管し、必要なときに引き出すことができる。ある意味それは、脳内に図書館があるようなものなのだろう。
そんな彼が知らないと言っているのだから、いくら問い詰めたところで絞りかすすら出てこないのは明確だ。冗談だとしたらあまりに性質が悪いし、そんな嘘をつくほど性格が歪んでいるとも思えない。
「ど、どうしてですか……!」
「知らないものに対してどうしてと言われても。それより、君は僕に知らないものなどないとでも過信していたのかい? その方が驚愕に値するんだけど」
「いや、これだけ大量の本があるなら、何かヒントになる本くらいあるはずじゃないですか」
「そりゃあ、魔法を使うために必要な基礎知識くらいならね。でも、どうして急にそんなことを?」
そこで本来の目的を話していなかったことを思い出す。
カイ君に話したことをロルフさんにも告げると、彼はいつになく難しい顔をして顎に手を添え、悩み始めてしまった。悩むというよりは、困るといった方が正解かもしれない。
しばらく沈黙が続いたことで、何か地雷を踏んでしまったかのような不安が心の中で膨張していく。まさか何か、非常識なことでも言ってしまったのだろうか。実はカイ君もそれを感じていて、しかし指摘するのを躊躇していたとか。
思考が悪循環を辿り始めたところで、ようやくロルフさんが口火を切った。
「いや、そもそもの論点なんだけど。この世界の魔法は一人一人固有のものでしかないっていうのは、知ってるよね?」
「はい……同じ魔法を誰もが使えるわけじゃない、んですよね?」
「そう。だから、魔法に関する本っていうのは、その魔法使いが使える魔法を教えてもらって記してるものなんだ。だからその魔法について、誰もが熟知なんてできない。本に書いてあっても、使い方はあくまで本人が一番よく知っているってことなんだ」
「じゃあ、召喚魔法はカイ君が一番よく知っていると」
「そういうこと」
どうやら、私の目的に対して協力できないのはそういう理由が関係しているようだ。納得はしたけれど、だとしたら図書館まで来た意味はなくなってしまった。
召喚魔法を一番に知っているのはカイ君でしかなくて、他に知る人間はいない。こうなると本当に、カイ君に頑張ってもらわなければいけなくなってしまう。悲しいけれど、私に協力できることはない。
無駄足に終わってしまったと肩を落としていると、さらにロルフさんは言葉をつづけた。
「でも、王子はまだもとの世界に戻すことはできない……それは、まだ完全に魔法を使えていないってことだ。魔法を発動する上で、どこかに欠落があるのはわかってる。だったら、それを調べればいいと思うんだ」
「簡単に言うなよ……俺だってわかってないことを、お前らが調べられるとでも思うのか?」
「自分のことは、案外他人の方が理解しているものですよ、王子」
「……お前、最近俺にでかい顔するようになったよな」
「そ、そそそ、そんなことはないです! だから国王陛下にだけは言わないでください!」
むっとするカイ君に対し、己の身を案じて焦るロルフさん。そんな二人を見ていると、やっぱりここでの生活も悪くないと思ってしまう。
簡単にもとの世界に戻れるとは思わない。だけど、希望は少しずつ見えてきた。
とりあえず、ロルフさんにも協力してもらって、これからカイ君の召喚魔法について徹底的に調べることになった。きっとこれが、私の最後の役目になるのだろう。
寂しいけれど、いつまでも別れを先延ばしにするのも、もう飽きてしまった。




