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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第四章 魔法使いと二つの鏡
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直視する

 国がもとの状態に戻るまでには、それから一週間ほど時間がかかった。城だけでなく国民も別世界の人間がやってくることに備えて移動させられていたのだから、思っていた以上に国内は混乱に満ちていた。

 セアドさんに加担していた兵士たちは基本的には厳重な注意といった程度で処罰を受けることはなかったが、中には最後までセアドさんに味方している兵士もいるようで、そういった人たちは一先ずセアドさんと同じように牢獄に入れられた。甘いかもしれないけれど、なるべく命を粗末にするような処罰をしたくないとカイ君がお願いしたのだ。

 城の内部は戦闘の跡が色濃く残っていて、修復までにはだいぶ時間がかかりそうだ。幸い死者は出なかったけれど、それでも誰もが無傷だったわけじゃない。ところどころ、床や壁に血痕が残っている。

 一先ず疲れを癒すべく、一連の騒動が終わった後、私たちは自室で休むことを優先した。とても寝れるような精神状況ではなかったけれど、ベッドに入ってしまえば不思議と意識は簡単に落ちていくものだ。

 それからは城や国の復興作業を手伝いながらも、王様とともにセアドさんと影武者さんの処遇について話し合ったりしていた。

 決定権は王様にあるのだけど、その決定を決めるのは私たちにも権利がある。とはいえ議論はそう一つの方向に向かいはせず、結局一週間が過ぎてしまったというわけで。

 このままでは埒が明かないような気がしたので、王様たちの許可を得てセアドさんのいる牢獄へ向かうことにした。


 正直、まだ会って話すだけの勇気はない。牢に閉じ込められているといっても、まだ何かされるのではないかと不安が拭えないのだ。

 捕まってからセアドさんは、兵士や王様、ゲルハルトさんの尋問に対し黙秘を貫いているのだという。だからまだ、誰もセアドさんの心の奥底には触れられていないのだ。かといって、私がそこまで辿り着けるとも思わない。


「おや、珍しいお客様ですね」

「……どうも」


 意外にもセアドさんは、いつもと変わらない様子で迎えてくれた。それでも前より少しやつれている様子はあるものの、思っていたほどの豹変は感じられない。

 ちなみに影武者さんは共犯とはいえ別世界の人間であることも考慮して、現在別の場所で城の人たちによる尋問を受けている。半ば興味本位とはいえロルフさんも同行しているようだから、心配はないだろう。

 セアドさん。この世界に来てからカイ君の教育係になることを後押ししてくれた人。城のことを教えてくれた人。私の迷いや悩みを聞いてくれて、助言してくれた人。結果として裏切られたとしても、その恩を忘れたりはしない。

 だからこそ、彼の本音が知りたかった。私を助けてくれた彼を、今度はほんの少しでも救ってあげたかった。余計なお世話だとわかっていても、それが人間というものだと思う。

 かといって、実際本人を目の前にしてしまうと言葉は詰まるもので。沈黙すればするほど居心地の悪くなる空間を壊したのは、結局セアドさんだった。


「あなた様がここまでいらっしゃった理由は察しがついております。とはいえ、さっそく本題に入るのも味気がありませんし、少し雑談でもどうですか?」

「えっと……」

「そう警戒なさらずとも、もう残された手札はございませんよ。あなた様をたぶらかしたところで、今のわたくしに何か利益があるわけでもありませんし」


 力のない笑顔を向けられて、自然と肩の力が抜けていくのを感じた。

 雑談といっても、話は一方的にセアドさんがするもので、それをただ聞いているだけに過ぎなかった。ここからはるか遠い国の伝説や幻の生物の話だったり、この世界での常識や風習だったり。聞いていてつまらないものではなかったけれど、これが私がここに来た目的から目をそらさせるための作為だと気づくのに時間がかかった。

 あまり長いことここにいては、心配した城の人たちが私を探しにやってくる可能性も無きにしも非ずだ。そうなる前に、聞きたいことを言わなければ。

 雑談も一区切りついたところで、ようやっと言葉が出る。


「本当に、家族が欲しかったからあんな真似をしたんですか?」


 あれからずっと疑問に思っていたことだ。

 幼いころからずっと一人だった彼が、もう一人の自分と出会ったことで思いついたこの計画。あまりに常軌を逸していて、あまりに稚拙で、あまりに無謀。そんな成功する可能性が限りなく低い賭けに出たかった理由が本当なのかどうか、ずっと聞きたかった。

 勿論最初から疑っていたわけではないけれど、この国の大臣であり策士であるセアドさんの考えることにしては、いささか自暴自棄にも思えたのだ。

 家族が欲しい、その気持ちはわかる。だけど感情論を抜きに言ってしまえば、両親や兄弟はいなくても、結婚して新しい家族を作ることだってできる。よもやそこまで考えつかなかったなんてあり得ない。

 この問いに対して、恐らく望んでいる答えはでないだろうと予測していた。彼は自分の心の奥底は見せない人だし、現に今まで詭弁を並べてはぐらかしてきたのだ。捕まった今でも観念して正直に話してくれるとは期待していなかった。

 ところが意外にも、彼はあっさりと今まで隠してきた本心を開示してくれた。


「まさか、あんな馬鹿げた冗談を信じていらっしゃったと?」

「やっぱり本心じゃなかったんですね……大体、人の家族を奪うためにそこまでする必要はないとは思ってましたよ」

「ふふ、わたくしもあなた様がそう思っていると信じておりました。嘘だとわかった今、次に聞きたいのは本当の理由でしょうか?」

「はい」

「簡単なことです。単純に、この城の……いえ、この国の人間が憎かった。それだけに過ぎません」


 物語の悪役が語るかのような、典型的な動機。今度こそ冗談かと思うような口ぶりで言う彼に、なぜだか疑うことをしなかった。

 要するに、憎しみだ。誰かに何かをされたわけでもないけれど、己の心の中に芽生えるその感情は紛れもなく怨恨そのものでしかない。


「窃盗の罪で城に捕まったとき、家族も財産も何もないわたくしは城の中でゴミでも見るような目を向けられていました。この城に住まう人間、働く人間は、平民以上の地位や財産を有していますし、肥えた目にはそう見えてしまうことも知っていました。ですがわたくしが大臣になった途端、手のひらを返したように彼らはわたくしを敬い始めたのです。それがなんとも滑稽で、同時に脳のない人間だと思ったことでしょう。まるで無害な人間だと認識し始めた彼らの目を、覚まさせてやりたかったのですよ」

「……でも何も、ここまでしなくても……結果的にセアドさんが罪を被ってるだけじゃないですか」

「腐っても悪人、ということですよ」


 どんなに他人に親切に、優しく接していても、彼は本当に誰かを思いやることなんてできなかったのだ。それは単にセアドさんが冷徹な人間だったのではなく、生まれ持った境遇や周りからの扱いによって他人を信じられなくなったからだろう。

 だから、犯罪者から一転、急に人々から慕われるようになったセアドさんは、上辺では笑顔を浮かべつつも憎くて憎くてたまらなかったに違いない。

 誰のせいだと決めつけるつもりはない。だけどこれではあまりに、セアドさんが報われない。


「それじゃあ……影武者さんは? 本当に最後に、殺すつもりだったんですか?」

「ええ。アンナ様が思っているほど、わたくしは器の広い人間ではないのですよ。同じ自分だというのに、まるで対照的な生活を送ってきた彼を見ていると、無性にはらわたが煮えくり返りそうでしてね」

「だからって、自分を殺すだなんて……」

「そういえば、アンナ様は別世界のわたくしに対して、それほど驚きはしないのですね?」


 唐突に問われたことに対して一瞬驚きはするものの、すぐにその答えは頭の中に浮かんでいた。

 確かに最初こそ戸惑いはしたものの、それほど別世界の同一人物に対して困惑はしなかった。それは決して肝が据わっているからなんて大きな理由ではなく、思い当たる節があったからだ。それはただの偶然だとばかり思っていたけれど、影武者さんに会ったことではっきりと確信した。


「この世界に来る前に、もとの世界でカイ君に会っていたからかもしれません」

「別世界の王子に?」

「はい。見た目も声もそっくりで、だから最初にこの世界のカイ君に会ってとても驚いたんです。偶然なのかなって思ってたんですけど、セアドさんと影武者さんに会ったときになんとなく気づいたというか。きっと、この世界と私の住む世界には、鏡に映る姿みたいに同じだけど違う自分がいるのかもしれないって」


 それがどういう理由で、どんな理なのかはわからない。きっと科学的にも解明できないような、それこそ魔法のような法則に基づいている可能性だってある。この謎を解明したいとは思わないけれど、きっとロルフさんあたりなら興味を持つ事例かもしれない。

 そしてもう一つ、わかったことがある。本人はあんな風に言っているけれど、最初から影武者さんを殺す気なんてなかったのだ。

 この世界のカイ君ともとの世界のカイ君が内面的にも似ているように、セアドさんと影武者さんも心の奥底では同じような思考を持っているはずだ。最後の最後で影武者さんが別世界の自分を思って私たちを裏切ったように、セアドさんにも別世界の自分を大切に思う気持ちがきっとどこかにあったはずだから。

 つまるところ、彼は大嘘つきなのである。


「なるほど。ということは、この世界にもアンナ様の同一人物いらっしゃるかもしれないことになりますね」

「あ、確かに。でも会いたくはないです……」

「どうして?」

「だって、別世界の自分に会って理想と色々違ったら嫌じゃないですか。向こうの方が優れてたりしたら、嫌でも落ち込みますし」

「まあ、本来会うべき存在ではないのでしょうね。しかし、そういう法則があるかもしれないということは、可能性は広がるわけですね」

「どういうことです?」

「いえ、こちらの話ですのでお気になさらず。それより、そろそろ戻られた方がよろしいかと」


 セアドさんに促されて、随分と話し込んでいたことを思い出す。まだまだ城は復興作業で忙しいというのに、手伝わずにのんびりしているわけにもいかない。

 最後の可能性がどうだとかが気になるところだけど、きっと何かよからぬことを企んでいるなんてことはないだろう。いくらなんでも、セアドさんの考えていることを全部知りたいとは思わない。


「それじゃあ、もう行きますね」

「ええ、またお暇なときにでも相手になってやってください」

「……あの。このまま、一生牢獄に入れられちゃうなんてこと、ないですよね」

「あなた様は随分と変わったことをお考えになりますね。罪人の心配などする必要はありませんよ」


 セアドさんの言う通り、いらない心配だろう。罪を犯した以上は相応の罰を受けるのはどの世界だって共通している。だけどセアドさんを完全な加害者だと決めつけられない以上は、不安にもなってしまうわけで。

 本来は感情移入なんてしてはいけないこともわかっている。誰の味方をすべきかもわかっている。それでも、簡単に割り切れるものではない。

 今度こそ別れを告げ、カイ君のもとへと向かった。歩調は自然と早くなって、早く会いたいと気持ちばかりが急ぐ。

 そろそろこれからのことを話さなければいけない、そんな気がしていた。


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