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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第四章 魔法使いと二つの鏡
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締める

「さあ、ご決断を」


 決断なんてあってないようなものだ。

 カイ君の一言で、今後の未来は大きく二極化される。自分の発言で未来が左右されるだなんて想像もつかない話だ。悲しいけれどそれは紛れもない現実で、これから何を言うかによって、この国の人々も、自分自身の運命も、私の運命さえも大きく変わるのは明らかだ。

 そんな極端な選択を迫るセアドさんは、カイ君の気持ちなど大したものと捉えていないのだろう。そうでもなければこんな大それた『計画』など実行できやしない。

 これ以上待ってくれないとわかっているせいか、カイ君の息遣いは自然と乱れていた。緊張、なんて簡単な言葉で片付けられるような状況じゃない。

 しばらくして、絞り出すような小さな声で呟いたのは、私が望んでいたものとは違っていた。


「……わかった。協力する」

「おお、ようやくお力添えいただけますか! 王子ならそう決断してくださると信じておりました、ではさっそく始めましょうか!」

「カイ君、どうして!」

「わかってるよ!」


 悲痛めいた叫び声が届く。

 目には涙を溜めて、とても王族らしさや威厳なんてものは感じられない表情で言う。それは私に向けた言葉というより、自分自身への叱責のようにも聞こえた。


「わかってるよ……間違った選択だって、わからないほど馬鹿じゃねえよ……でも、こうする他になかったんだ。こうでもしなきゃ、国民も城の奴らも、お前も死んじまうかもしれないんだ」

「そうだけど……でも、国が変わっちゃうんだよ……?」

「……いいんだよ。どうせ俺が王位を継いだって、今のような立派な国にしていける自信はない。だから、いいんだ」

「……」

「……俺は、逃げたんだ」


 唆されたからでもない。責任や重圧から逃げたからでもない。国民や城の人間のためでも他の見知らぬ人々のためでもなく、自分のために決断した。

 五分で決断なんて、最初からできるわけがなかったのだ。

 だけどその決断によって、今まで築かれてきた国は大きく変貌する。そうなることに変わりはない。たとえ国民や城の者や私が生き延びていたとしても、大きな混乱を生むことに変わりはない。

 ゆっくりと呼吸を整え、魔法を発動するカイ君の姿は、酷く小さく見えた。今までの中で一番大きな魔法を発動しようとしているはずなのに、その姿はあまりにも頼りない。

 今からでもまだ止められるかもしれないけれど、もはや諦めてしまっているカイ君に気持ちを変えられるほどの力を、私は持っていない。

 もう、どうしようもない。


「だけどセアド……お前の望むような大量の人間を召喚できるかどうかは、保証できないけどいいんだな?」

「ええ、構いません。そこまでの高望みはいたしませんよ」

「……そうか」


 カイ君は魔法を発動しながらセアドさんに確認を取ると、再び魔法に集中し始めた。

 そこで一瞬、私に目を向ける。

 ほんの一瞬目を交わしただけだけれど、彼の目に何かを感じた。ただ目を合わせただけではない、彼の目にははっきりとした意思が宿っているように感じたのだ。

 確かにカイ君はもう諦めていた。一国を揺るがす決断に戸惑い、そして逃げた。それは間違いないけれど、こちらに向けられた目は諦めや逃亡とは無縁の、もっと真逆の気持ちが込められているような気がした。

 そんな些細な視線に、なぜだか希望が湧いてくる。もしかしたらだなんて、そんな気持ちが浮上してくる。


「カイ君……『うまく』やってね」

「……!」


 勿論カイ君が何を考えて召喚しようとしているのかもわからないし、何を召喚するかもわかっていない。本当にセアドさんの言いなりになってしまっている可能性だって、あり得ない話ではない。

 それでも、まだ漠然とした予想ではあるけれど、カイ君が何をしようとしているのかが薄っすらわかったような気がするのだ。

 私の言葉を受け取ったカイ君は、一瞬驚いたような顔をするけども、次第に言葉の意図がわかってきたのかゆっくりと頷いた。

 私たちの言葉のやり取りに訝しんだセアドさんだったが、特に問い詰めてくることはなかった。まさかこの期に及んで何か企もうなどと考えてはいないのかもしれない。

 抜かりのないセアドさんであっても、自分の『計画』が果たされようとしている今も気を緩めずにいられはしないだろう。

 カイ君を包み込む光と風は激しくなり、やがて周囲全体を激しい閃光が包み込む。視界は城に染まり、やがて何も見えなくなった。


 今考えれば、カイ君を最後まで信じてあげられなかったのは私の方かもしれない。

 ゾラン王子やエリヴィラ姫にカイ君の救出を任されていたのに、結局セアドさんに捕まって身動きが取れなくなってしまった。どころか、セアドさんの言葉に揺れるカイ君を正しい道へ導いてあげることもできなかった。

 でも、最初からそんな必要なかったのだ。

 カイ君は最初から正しい道を進もうとしていて、この緊迫した局面だって自分で何とかできていたと思う。それなのに、私がここにいることで上手くいかなくなってしまった。

 そう考えれば、この局面に私はいらない存在だったのだろう。邪魔なだけで、大した役目も果たせていなかったに違いない。

 だけど、カイ君はそうは思わないだろう。

 私が助けに来たことも、この場にいることも、カイ君は決して邪魔だったなんて思わないし、言わないだろう。それはなんとなくわかる。

 別に根拠があるわけでもないけれど、強いて言うならばその証明がカイ君の召喚魔法にあると思う。彼は決して諦めたわけじゃなかった。

 精神的に弱いと思われている自分の性格を利用して、逆にセアドさんを欺いたのだ。


「どういうことですかねえ、王子」


 頭上から若干苛立ったセアドさんの声が聞こえる。

 眩しかった視界が晴れ、ようやく周囲が一望できる。彼が取り乱すのは無理もない話で、当然それは『計画』の失敗を意味していた。

 周囲や城の周辺に別世界の人間が大量に召喚された形跡はない。代わりに、この屋上の人口密度がやたらと上がっている。

 カイ君が召喚した人たちによって影武者さんからカイ君は解放されていた。その影武者さんはといえば、解放した人物によって拘束されている。

 カイ君が召喚したのは、大広間で戦っていたはずのゲルハルトさんとロルフさんだった。


「悪いけど、最初から誘いに乗る気なんてなかったんだ。そりゃあアンナを人質に取られたときはさすがに迷ったけど、それでも最初から決めていたから。お前には絶対従わないって」

「……カイ君」

「なんかさあ……よくわかんねえけど、お前と一緒にいると変な気持ちになるんだよ。どんなに危険な状況下でも、なんとかなっちまうんじゃないかって」


 照れくさそうに頭をかきながら笑うカイ君に、自然と緊張が解けていく。

 最初からカイ君は私を信じていたのだ。だから誘いに乗らなかった。そう思うと無性に嬉しくて、同時に泣きたくもなる。

 とはいえ、まだ人質として捕らわれている以上は気を抜くわけにもいかない。現に『計画』に失敗したセアドさんは何をするか今度こそわからないのだから。


「まさか王子に欺かれるときが来ますとは……わたくしも落ちたものですね。しかしまだ、王子が大切になさっている方がわたくしの手中にいることをお忘れにならないでください」

「それはどうかな」


 途端、背後から鈍い衝撃を受けてセアドさんの手が私から離れる。どころか、衝撃の勢いで勢いよく吹き飛ばされ床に激突した。

 解放されたのはいいけれど、受け身をとれなかったせいでものすごく痛い。まさか骨折はないだろうが、打撲の跡でも残ったらどうしてくれよう。

 何事かと振り返ってみれば、セアドさんと私がいた位置にはいつの間にかゾラン王子がいた。どうやら彼が背後から思い切り蹴りを入れたためにこうなったようだ。助けてくれたとはいえ、もう少し加減してもらえなかったものか。

 一方同じように倒れたセアドさんは、恐らくゾラン王子とともに駆けつけたエリヴィラ姫によってしっかり拘束されていた。女の子とはいえ軍に身を置いているのだ、セアドさん一人の力では振り切ることもできまい。

 あまりにも呆気ない幕切れだけれど、これで終わりだろうか。いや、呆気ないも何もない。物語でもないのだから派手な演出を望んでいたわけでもないし、皆が無事ならそれ以上のことはない。

 全員の顔から少しずつ緊張感が抜けていく中、エリヴィラ姫が声をかける。


「おい、この男の処遇はどうするつもりだ。このまま押さえつけているわけにもいかないだろう」

「それは……」


 言葉に詰まるカイ君に代わり、影武者さんを押さえたままのゲルハルトさんが答える。


「とりあえずは牢獄に入れておくしかないだろう。我々に決定権はない、決めるのは国王陛下だ」


 模範解答とでも言うべき正論だった。

 ただ一つ気になるのは、いつも感情の薄いゲルハルトさんの声が、さらに感情の籠らないものだったことだ。

 同時期に活躍してきた仲間として、思うところでもあるのだろう。今となってはただの反逆者に過ぎないけれど、ゲルハルトさんにとってセアドさんは仲間であり、ライバルのようなものだったはずだ。

 エリヴィラ姫はゆっくりと頷き、地に伏せた状態のセアドさんを起き上がらせる。ゲルハルトさんもまた、影武者さんを連れて地下牢獄へと歩き出した。

 残されたのはカイ君とゾラン王子、ロルフさんと私。

 力が抜けたまま立ち上がれずにいる私を見て、カイ君が近くまで駆け寄ってきた。こうなったのは半分ゾラン王子のせいでもあるのだけど、この際関係ない。


「おい、大丈夫か?」

「うん……というか、カイ君さ」

「な、なんだよ……へらへらして気持ち悪い」

「いやあ、なんか……強くなったよね」

「はあ!? ほんっとうに気持ち悪いな急に! ほら、んなところに座ってないで立てよ」


 そう言って差し出された手を見て、なおさら思う。カイ君の手はこんなに大きかっただろうか。

 初めて会ったときの彼はひどく小さく見えて、とても頼りになるとは思えなかった。それなのに今はその手を掴んでしまえば軽々と持ち上げられてしまうような気がして、別人のように感じてしまう。

 そんなことを言えばまた嫌な顔をされるんだろうなと苦笑しながら、彼の手を取る。案の定、軽々ととはいかなかったけれど、強い力で引っ張られた。


「惚気てるところ悪いけどお二人さん、そろそろ城ん中戻るぞ。まだやることは山積みだろうしな」

「お熱いですねえお二人とも……」

「の、のろ!? 誰が熱いってんだよ! ほらアンナ、お前もさっさと来い!」


 二人からの冷やかしに取り乱しながら、カイ君は繋いだままの手を引っ張る。

 確かにまだすべてが終わったわけではない、城の内部に戻れば解決しなければならない問題がたくさんある。だけど、だからといって気を緩めるなとは誰も言っていない。

 旅先から帰った直後でどっと疲れは溜まっているけれど、不思議と気分は軽かった。


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