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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第四章 魔法使いと二つの鏡
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追い詰める

 豪華絢爛な大広間は、いつの間にか戦場へと様変わりしていた。といっても、血が噴き出すような惨状には至っていないのが不思議なのだが。

 エリヴィラ姫率いるエイス王国軍は、どうやら日本で言うところの柔道や合気道、空手といった拳を使った武術を主に駆使しているため、次々倒れていく兵士たちは気絶に留まっている。恐らく私たちが城での事態を知って駆けつけてからしばらくして、彼女の耳にもようやく正確な情報が入ってきたのだろう。

 だからこそ、人を傷つけずに事態を丸く収めようとしている。

 一方ゾラン王子率いる帝国軍は剣を抜いて応戦しているものの、エリヴィラ姫に強く言われているのか、残忍に切り殺す様子は見られない。むしろ剣を捨ててロッドで叩いている兵士も見受けられる。

 平和的といえば平和的。だけど、こんな生ぬるい戦いをセアドさんは望んでいないだろう。

 そのセアドさんはというと、彼もまた窮地に立たされていた。前にはエリヴィラ姫、後ろにはゾラン王子。二人とも戦いに関しては技術と経験を持っているから、そう簡単に逃亡もできないだろう。


「どうする、反逆者。大人しく降伏するなら手荒な真似はしないつもりだが」

「おやおや、手厳しいですね。後ろの王子も安々逃がしてくれそうにありませんし……ようやく絶体絶命ですか」

「おいおい、その割に随分落ち着いてるじゃねえの。目の前の相手が女の子だからって甘く見ない方がいいぜ? むしろそいつは俺よりも強い……かもしれねえ」

「かもじゃない! 貴様より数倍強い!」


 こんな状況でも喧嘩を始める二人は、やっぱり息が合っている。なんて言えばエリヴィラ姫に怒られそうだが、彼らが和解して本当に良かったと思う。

 対してセアドさんは二人の戦士に挟まれながらも表情を崩すことなく、まるで次の作戦でも考えているかのような様子だ。

 なんだかすごく、嫌な予感がする。


「確かにわたくしはあなた様方よりずっと弱いでしょう。戦う術など最初から身につけてきませんでしたからね。しかし何の能力も持たずにこんな壮大な計画を目論むほど戯けてもいません」

「何が言いたい」

「生き延びる術なら、あなた様方よりずっと優れているのですよ」


 今までに見た事のない素早い動きで、セアドさんはまずエリヴィラ姫の方へ走りだした。いきなりの行動に反応が遅れるも、姫もまた臨戦態勢へと入る。

 しかし構えていた姫に目もくれず、セアドさんはそのまま一階へと飛び降りた。普通の人間ならあの高さから落ちて無事でいられる確率は限りなく低いのだが、彼はそのまま綺麗に着地し、兵士たちの中へと紛れていく。

 舌打ちしたゾラン王子が同じように一階へ降りるが、すでにセアドさんの姿は見当たらなかった。

 セアドさんがあれだけ俊敏な動きができたのには驚いたが、もともとは盗人として生きていたのだ。生き延びる術としてそれなりの力を身につけていたとしても、おかしくはない。

 なんて、呑気に解説しているけれど、実際増援が来たところで私たちの状況が危険じゃなくなったわけでもない。

 カイ君を狙おうとしてくる兵士たちをゲルハルトさんが食い止める、そんな状況が続いていた。

 私やロルフさん、影武者さんにカイ君も護身用にと槍やら剣やら持たされているけれど、武器なんて一度も持ったことのない人間が太刀打ちできるわけもない。

 怯えながらも自分の身だけは守ろうと気を張っていると、隣にいたカイ君が忽然と姿を消しているのに気づいた。


「あれ……カイ君?」


 必死に辺りを見渡すが、それらしい姿は見当たらない。

 不安になりながら目で追っていると、セアドさん……ではなく、影武者さんがまさしくカイ君を連れて大広間から逃げようとしている姿を捉えた。

 カイ君が抵抗している様子からして、善意で避難させているようには見えない。

 慌てて追いかけようとするが、兵士たちが邪魔して中々進むことさえままならない。このままでは見失ってしまう。

 なぜ急に影武者さんが裏切ったのか、色々気になることはあるけれど、今はカイ君を助け出すことが最優先だ。

 行く手を阻む兵士たちを、私の様子に気づいたゾラン王子とエリヴィラ姫が次々なぎ倒していく。


「さっさと行け。あの王子が唆されて計画を果たそうとでもしたら、私たちが駆けつけた意味がなくなる」

「そうそう。さっさと捕らわれの王子様を助けてやってちょうだいよ、アンナちゃん」


 彼らの言葉に頷き、迷う暇もなく走りだす。

 幸いセアドさんと違って影武者さんにはそれほど体力がないのと、カイ君が彼の手を振り払おうともがいているのも手伝って、それほど距離は開いていなかった。といっても、兵士たちが邪魔になって私も全速力で追いかけることができない。

 大広間を出た後も見失わないほどの距離を保ちながら、影武者さんは再び上の階へと逃げていく。さすがに抵抗するカイ君を連れて階段を上るのは無理だと判断したのか、彼は移動装置に乗り込み上へと向かってしまった。

 面倒なことになった。

 移動装置を使われてしまえば、エレベーターのようにどの階層に止まったのかがわからない。さすがにそこまでの利便性がこの世界には備わっていなかった。

 大広間に恐らく全兵士が集まっているため廊下は随分と静まり返っていたが、いつ誰と出くわすかもわからない。

 本当に私一人で、カイ君を助けだせるのか。


「……違う」


 助けだせるかどうかはこの際どうでもいい。助けるんだ。

 当てずっぽうに探すにも、この城は広すぎて時間が掛かりすぎる。だったら最初から影武者さんの向かいそうな場所に目星を付けて向かった方が効率がいい。

 カイ君を連れて逃げたということは、影武者さんはあくまでセアドさんの味方に過ぎなかったと考えるべきだ。だとしたら、これからセアドさんと合流して『計画』を一刻も早く再開すると考えた方が現実的だろう。フレーメとエイスの増援が来た今、彼らに残されている猶予はあまりない。

 だとしたら、次にカイ君の力を利用するに適した場所に向かうはずだ。適した場所、なんて簡単に思いつくものでもないし、召喚なんてどこの部屋でもできる。だけど今回は、数えきれないほど多くの人間を召喚するつもりなのだ。

 だったら、その成果を一目で確認できる場所。

 つまり、外だ。

 そして影武者さんが城外ではなく上を目指したということは、上の階層で外に出られる限られた場所。確か上には、朝方と夕刻に鐘を鳴らす場所がある。

 そうと決まれば、影武者さんとカイ君を乗せて上へ行ってしまった移動装置が戻ってくるのを待つ時間も勿体ないので、別の場所にある移動装置を目指す。

 開いている移動装置へと乗り込み、鐘のある階へと昇り始める。エレベーターとほぼ速度の変わらない装置だが、今はなぜだかとても進みが遅く感じられた。


「私のせいだ……」


 私がカイ君から目を離していなければ。なんて、今更後悔が湧きあがる。

 正確には誰のせいでもないことを知っている。だからこそ、余計に腹立たしい。誰の責任でもない、言いかえれば誰でも責任を負っていることになる。

 それだけじゃない。自分が役に立たない存在なんじゃないかと勝手に悩んで、本来の私の目的なんてすっかり忘れていた。教育係なんて言っていたが、今は彼にほとんど何も教えていない。それを時代や状況のせいにして、自分を正当化していたことにも気づけなかった。

 いや、気づこうとしなかった。

 立派な王子になるよう教育を頼まれていたのに、私は彼に何を教えてあげただろう。勉強だけ、あるいは人としての優しさか。

 そんなものだけで、カイ君が立派な王子になれると思うだろうか。

 今頃、合流したセアドさんに唆されて、また気持ちが揺らいでいるかもしれない。そのとき、偉そうにカイ君に教えを説く資格なんて、あるだろうか。

 迷いに答えを見つける暇もなく、装置は目的の階層に到着した。


 一日の始まりと一日の終わりを告げる鐘。それを間近で見たことは一度もない。

 最寄りの階層からさらに別の階段を上った先にある外の鐘は、ちょっとした屋上のようなものだった。ただ、外から見た小さな鐘とはだいぶ印象も違い、その存在感は圧倒的だ。

 だけど今は、威厳と歴史を感じさせる鐘に感心している場合ではない。

 読み通り、影武者さんはカイ君とともにそこにいた。ただ一つ読みが外れたといえば、まだセアドさんの姿は見当たらない。今頃フレーメとエイスの軍兵たちに追われているのかもしれない。

 本当はどうだかわからないが、そうなれば今は絶好のチャンスだ。セアドさんがいては一筋縄ではいかないけれど、影武者さん相手ならカイ君を取り戻せる可能性は高い。

 カイ君も私の姿を捉えた途端、その表情に安堵の色を見せた。


「カイ君を解放してください、影武者さん」

「残念ながら、あなた様のご要望に応じるわけにはいきません」

「どうしてこんなことをするんですか? あなたはもう、セアドさんの味方じゃないんでしょう?」


 影武者さんはゆっくりと首を横に振る。何とも言い切れない複雑な表情を浮かべながらも、最後の希望の確認を彼は無残にも振り払った。


「確かに、わたくしは彼、この世界のセアドの行動が理解できません。この世界に異世界の人間をごっそり召喚し、新たな世界を創る。馬鹿げた提案だと思いましたし、そんなことに何の意味があるのか見当もつきません」

「だったらどうして、今更彼に加担するんですか」

「わかりません。自分でも、今何をしているのかがわかっていないのです。あなた様を裏切って、王子を利用してまでしてしたいことが、わたくしにはわかりません。でも、一つだけ言えるんです。たとえ生まれてきた世界が違っていようと、この世界のセアドもわたくしも、同じ自分であると。だからこそ、わたくしは自分の味方をしなければいけないような気がしたのです」


 その言葉の本当の意味を理解するには、少し言葉が足りないような気がした。だけど補足しようにも、行動している本人がわかっていないのでは補完しようがない。

 たとえその意思が自分になくても、自分の味方をしなければいけない。自分の味方をする、それが自分自身に対して向けられた言葉ならわかる。誰だって自分が一番可愛いものだ。だけど彼が味方しているのは他ならぬ自分自身ではなく、別世界で生まれたまったく別個体の自分なのだ。理屈ではわかっていても、簡単にそんな真似ができるだろうか。

 戸惑う私に対して、影武者さんはさらに言葉を加える。まるで、セアドさんがここまで辿り着くための時間稼ぎをしているかのようだ。


「ここで一つ、無駄話でもしましょうか」

「……セアドさんを待つための時間稼ぎですか」

「そうでもあってそうでもありません。これはわたくしがあなた様にいつか伝えようと思っていたことなので、退屈凌ぎに耳にしていてください」

「……」

「わたくしとアンナ様は、本来の世界で一度会っているのですよ」


 それが時間稼ぎの詭弁だったと捉えるにしては、あまりにも冗談に向かない発言のように思えた。

 そして同時に、背後にもう一人の気配を感じる。かくして、影武者さんの時間稼ぎの間にこの世界のセアドさんはここまで辿り着いてしまった。

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