立ち直る
現状、私に何ができるかといったら、何もできない。現時点のメンバーで一番無能なのは私と言っても過言ではないだろう。
一国の王子にして召喚魔法使い、城内一の剣の使い手の兵士隊長、膨大な知識と賢い頭脳を持つ図書館長、そして反逆の首謀者の元影武者。それに対して私は異世界からやってきたというスペックだけの教育係で、今回の件に関して何ができるかと問われれば、確実に言葉に詰まってしまう。
王様には偉そうなことを言ってしまったが、実際私にできる最大限のことといえばカイ君を励ますことくらいで、王様だって薄々はそんな事実に気づいていたはずだ。あえてカイ君から私に指名があったからこそ納得してくれたようなもので。
つまり今、非常にここに居づらい。
「再び牢獄を目指しますか? まだあそこに留まっているとも思えませんが……」
「他にあいつの潜伏してそうな場所はどこだと思う?」
「恐らく王子たちを探すよう兵士に命令しているはずですから、突然我々が突撃してきても逃亡を計りやすい場所でしょうね」
「すぐに外に逃げやすい場所ってことか?」
「ええ、でしたら一階地上付近……来客用の大広間を当たってみましょうか」
先程泣き喚いていたとは思えないほどにたくましい顔つきで、カイ君はゲルハルトさんやロルフさんと一緒にセアドさんの潜伏先を話しあっている。
とてもちょっと前まで部屋に引きこもっていた男の子には見えなくて、感心すると同時に胸の中には寂しさが残る。もしかすると、もう私の役目は終わったんじゃないだろうか。
目の前に映るのは、立派な王子の姿なのだから。
足元を見ながら皆の後を歩いていると、それに気づいた影武者さんが私の顔を覗きこもうとしていた。慌てて顔を上げれば、相変わらずの無表情で目を反らさずに私を見ている。やっぱり別人とはいえ、セアドさんに見つめられているようで内心穏やかではない。
「どうかなさいましたか? 先程から随分と気分が沈んでいらっしゃるようですが」
「あ、いや……全然大丈夫ですから! まだまだ元気ですし、カイ君たちもいてへこんでるなんてことは……」
突然大きな声を出したからか、真剣に話しあっていたカイ君たちが後ろを振り向く。一気に複数の視線を浴びて、平常心は戻ってくるどころかガラガラと音を立てて崩壊していく。なんでこんなことになっているんだろう。何か間違ったことでもしただろうか。
向けられる視線に戸惑っていると、さらに追い打ちを掛けるようにゲルハルトさんが近づいてきた。正直、今どんな顔をしているかわからないので、あまり顔を見られたくはない。
「顔色があまりよくないようですが……アンナ様、ご気分が優れないのですか?」
「そ、そんなことは……」
「無理をなさらないでください。今なら図書館に引き返すこともできますし、ご自分のお身体を大事になさってください」
「お、おい。具合悪かったのかよ? 無茶すんなっての……」
「おっと、それは大変ですね。気づけなくてごめんねえ」
なんか。
なんか、嫌だ。
皆に心配されているだけだというのに、素直に気持ちを受け取ることができない。どころか、そんな親切心すら罵倒されているかのような、嫌味を言われているような気分で、優しさとして受け取れない。
まさに今、足手まといだと感じていたからだろうか。心配されて、王様とともに休むよう言われているのが遠まわしに「足を引っ張るな」と言われているような気がして、急に不安になる。
違うんだと主張したいけれど、主張するだけの根拠がない。実際、足手まといであることに変わりないというのに否定の理由なんて見つからない。
誰にも必要とされていない、誰からも頼りにされていないのと何ら変わりない。
カイ君もそうだったのだろうか。部屋から出てきても、周りには有能な人間が何人もいて。同じ王族でも立派に活躍している人たちがいて。そんな周囲に圧倒されて、惨めな思いを感じていたのだろうか。
今の私がカイ君と同じだなんて、カイ君にとって失礼な話だろう。私と彼とでは境遇そのものが違うのだから。
素直に言うべきだろうか。自分がいる意味があるのかなんて、言っていいのだろうか。
そう思っているのは私だけで、言った瞬間に面倒くさい奴だと思われないだろうか。考えすぎの被害妄想かもしれないけれど、怖くて怖くて仕方ないのだ。
だって、今の私は、誰かに必要とされている私じゃない。
「違う……違うんです。体調なんて全然、問題ないんです」
「じゃあ、何だって言うんだ?」
「そうじゃないの……私、一緒にいる意味、あるのかなって」
言ってしまった。言ってしまった解放感と、同時に言わなければよかったという強い後悔。
自分でも馬鹿だと思う。一緒にいる意味だとか、役に立つ根拠だとか、理由とか。一々行動にそんなものを必要としていて、面倒くさいと思う。だけど考えられずにいられるほど、お調子者にはなれないのだ。
しんと静まり返った周囲。相変わらず皆の双眸が私に向けられていて、責められているかのような重圧を感じる。
次に返ってくる言葉が恐くて俯いていれば、カイ君の呆れたような溜息が耳に届いた。それが耳を通して、胸の奥に深々と突き刺さる。
つまるところ、私は嫌われたくなかったのかもしれない。
異世界から来た他所者でありながら、彼らに受け入れられるのに必死だったのかもしれない。
「あのなあ、何言ってんのかわかんねえんだけど」
「……え?」
「だから、何言ってんのかわかんねえって。一緒にいる意味とか、何考えてるわけ?」
「それは、だって……私、この中で、何もできないから」
別に、何もできないことをただ嘆いているつもりはない。異世界とはいえ、平穏な日常だったならそんなちっぽけな自分に悩んだとしてもここまで落ち込みはしない。状況が状況なのだ。
今は平和な日常とも違う、国の一大事だ。安定しないこの状況では最悪人が死ぬかもしれないというのに、そんな国を救おうとする中で何もできない私がいてもいいのだろうか。
皆、自分の身を守るのに必死な状況なのに。私なんて構っている余裕はないはずなのに。
二度目の溜息が聞こえる。
「あのさあ、さっき俺が言ったこと、聞いてなかったのかよ。お前がいるから、柄でもないけど俺がこの国を救うって決めたんだ」
「……でも、なんで私?」
「んなの、知らねえよ。なんでとか意味だとか、一々説明してられるか!」
そりゃあ説明なんてできるわけないだろうけど、それでも知りたかった。どうして私となら、国を救えるなんて思ったのだろう。何もできない私がいたところで、現状が何か変わるなんて思えない。そんな明確な事情ではなく、恐らく精神的な何かが理由だと想像はついたけれど。
それでも、「なぜ」は付き纏う。
「ただ、お前と一緒だとなんか安心するんだよ。つーか、こんな恥ずかしいこと言わせんな」
欲しかった答えは、答えというには随分と根拠に欠けているものだった。だけど言われた途端、私の中で何かが吹っ切れていく感じがした。
今まで何をそんなに悩んでいたんだろう。一緒にいると安心する、そう思われているだけで充分役目を果たしているというのに。そんな簡単なことにすら気づけなかったなんて。
今度こそ、教育係失格だろうか。
「そうだよー、アンナちゃんと一緒にいると僕でも何かできるんだって勇気が湧いてくるんだから」
「足手まといなどとお考えにならないでください。アンナ様は何度も王子をお救いになられているのですから」
以前、セアドさんが私に言った言葉を思い出す。私には人を前向きにさせる能力があるんじゃないかと。
だけどあの時は、話半分で信じてもいなかった。もともと別の世界から来た私が魔法を使えるとも思えなかったし、そもそも人を前向きにする魔法なんて、それを魔法と呼ぶにはあまりにも形がなさすぎる。
もし、セアドさんの話が本当だったとしたら。未だに信じる気にはなれないけれど、ここに来て何かが変わっているのだとしたら。
存在そのものが、必要とされていることになるのだろうか。
「周りをちゃんと見てやってください。自分には見えていないだけで、案外世界はあなた様を必要としているのですよ」
影武者さんの言葉に後押しされて、ようやく気持ちが軽くなる。
こんな大事なときに迷惑を掛けてしまったけれど、ようやく自分が何をすべきなのかが見えてきた。戦うことだけが役目なんじゃないと、ようやく気づくことができた。
そこに気づけない辺り、私はまだまだ子供だったようで。
カイ君たちを信用しきれていなかった自分に嫌気がさすけれど、これ以上落ち込んでいても仕方ない。今やるべきことを考えよう。
それが私の役目に繋がるはずだから。
来客用の大広間。
そう言われると何に使うのかがぱっとしないけれど、よくおとぎ話なんかで使われるパーティー会場を想像してほしい。
お城である以上は何かと他所の国の人間を招待することも多く、かつ大人数を集めることも稀にある。そのための大広間なので、普段から使われているわけではない。
ついでに言えば、この大広間は一階から二階に掛けて設計されているので、天井は見上げれば首が痛くなるほどに高い。二階部分にはロフトのような小さなスペースが壁沿いにあり、パーティーが開かれたときは休憩に上がってくる人たちがいるのだろう。
そんな大広間に辿りつき、扉を開いた先に待ち構えていたのは、今まで私たちを追いかけ回していた兵士たちだった。
そう言えば、図書館から出てきてから一度たりとも兵士に遭遇することはなかった。不自然だとは思っていたけれど、まさか考えを読まれて待ち伏せされていたとは。
実際に考えを読んでいたのは、首謀者であるセアドさんなのだけど。
黒幕である彼は、大広間の二階部分にいた。私たちが来たのをようやくかといった表情で見下ろしている。
「さて、そろそろ舞台も幕引きにいたしましょうか。観客も終わりが長引けば飽きてしまいますからね」
「結末は決まってる。お前が捕まって終わりだ」
「おやおや王子、随分と強気でおられますね。そうでしょうとも、主役のあなた様から見てわたくしは紛れもない悪役。悪役は常に凄惨な結末を迎えるのが常でございます」
「……別に、お前なんか殺す価値もない」
「そうですか。それでは命を救われたついでに物語の粗筋をお話しいたしましょう。主人公の王子は敵を倒した後、既存の国を壊して新たな国を作るのです。世界を変える壮大な冒険譚、なんてシナリオは中々痛快でしょう?」
新たな国というのは、別世界の人間を召喚した後の国を指しているのだろう。みなまで言わずともわかるけれど、セアドさんのシナリオ通りになんか進むつもりはない。
だけど、これだけ多くの兵士がいる中でセアドさんを捕まえる術はどちらにしろない。どちらにしろ不利な状況には変わりなかった。
何か、何か一つ、きっかけさえあれば。
思った矢先、大広間の窓ガラスが一斉に割れて砕けた。背後のガラスが割れるのにセアドさんは動じることなく、ただ割れた先を見つめていた。
割れた窓から次々と入ってくる、見なれない軍服の人々。二種類の軍服を纏った人たちの中に、よくよく見知った顔触れがいるのに気づいた。
ああ、確かに物語の幕引きに現れるには丁度いい頃合いだ。
「貴様が道端で女に声など掛けているせいで出遅れただろうが……! どうしてくれる!」
「あー……見た限り、決着はついてねえみたいだから問題ねえだろ。なあ、そうだろ? 裏切り者の大臣様よお」
フレーメ帝国第一皇子、ゾラン。
エイス王国第一皇女、エリヴィラ。
王族にして国軍を統べる彼らの登場は、圧倒的に不利な現状を打破するには無敵すぎるものだった。




