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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第四章 魔法使いと二つの鏡
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向き直る

 今は昔、カイ君が生まれるずっと前。王様にも当たり前ながら、王子としての時期があった。

 一見厳格でとっつきにくい印象がある王様も、その頃はカイ君とそれほど変わらぬ優しい青年だったという。カイ君と違ったのは、次期国王としての努力を常に惜しまなかったこと。だからこそ彼は今、国のことを第一に考える立派な王をまっとうしている。

 そんな彼が変わってしまったのは、紛れもない、フレーメ帝国との戦争だった。それなりに戦いの術を学んでいたとはいえ、戦争の経験量が違うフレーメには苦戦を強いられてしまう。

 そして戦争が終盤に近付き、まだ物心つかないカイ君と三人家族だった彼の最愛の妻が殺されたことで、彼の心は固く閉ざされてしまった。


 倒れていた王様の前に崩れ落ちるカイ君の後姿は、あまりにも痛々しくて見ていられない。真っ先に王様の状態を確認し始めたのはゲルハルトさんだ。呼吸しているかどうか、顔色は悪くないか、異常は見られないか。念入りに確認したところで、ゲルハルトさんは顔をあげる。相変わらず硬い表情で、王様の様子を伝えた。


「無事です。長時間閉じ込められて軽い衰弱が見られますが、命に別状はありません」


 硬い声色だが、安堵を含んだその言葉を聞いて胸を撫でおろす。

 意識を失っているものの、それほど苦しそうな表情はない。横たわっていたのを見つけたときは最悪の事態を想像してしまったが、近くまで寄ってみれば呼吸をしているのもわかる。

 カイ君もゲルハルトさんの言葉を聞いて大きく溜息をついていた。肩の力が抜けたらしく、焦りに満ちた表情は和らいでいる。

 とはいえこのまま放っておくわけにもいかず、まずはどこか安全な場所まで運ぶことになった。正直この城の中に安全な場所があるのかもわからないが、倉庫の中がいい環境とも言えない。

 どこに運ぶかでゲルハルトさんと私が議論していると、おずおずとロルフさんの手が宙に上がった。


「あ、あのう……でしたら図書館に運ぶというのはどうでしょう?」

「図書館、ですか?」

「決して僕の拠点だからとは言いませんが、あそこなら滅多に人も入りませんし、僕もあそこで寝泊まりするので体を休ませるには丁度いいかと」


 図書館は地下牢よりも深い場所にある。確かに兵士が大勢で押し寄せてくる、なんてことはないだろう。ただ移動手段が限られていて、地下深くまで移動装置で潜らなければいけない。兵士に見つからずに図書館に向かうだけでもリスクはあるが、王様を運びながらでは尚更危険が高まる。

 といっても、事は一刻を争うわけで。迷う暇もなくゲルハルトさんが王様を背負い、倉庫を後にする。

 地下へ繋がる移動装置へと向かう最中、カイ君は終始俯いていた。自分の父親がこんな風になっていたことに、何も感じないとは思わない。

 別にこれに関してはカイ君が責任を感じることではないが、私が彼の立場だったら、やっぱり同じように思うのだろう。


「カイ君……」

「わかってる。別に死んじまったわけじゃねえし、落ち込んでる暇なんてないのもわかってる。でも……やっぱり、俺のせいなんだよ」

「そんなことないよ。カイ君が自分を責める理由なんてない」

「理由なら、ある。俺が親父の跡を継ぐのを真剣に考えないから……しっかりしてないから、親父がこんな目に遭ったんだ」


 父親に心配をかけず、王子としての役割をまっとうし、婚約相手も見つけていれば。それは責任というよりも後悔に苛まれているようにしか思えなかった。

 そう思うカイ君には残念だけれど、子供なんて心配を掛ける生き物だ。親を心配させずに成長できる子供なんて、この世界にもどの世界にも存在しない。

 カイ君に話しかけようとすれば、前を歩いていたゲルハルトさんが急に立ち止まる。ぶつかりそうになって慌てて足を止めると、曲がり角の先に兵士たちの姿が見えた。

 この城にどれだけの兵士がいて、どれだけの人数がセアドさんの配下にいるのかはわからない。だけどどちらにしろ、真向から勝負してこちらに勝てる見込みはない。

 兵士たちの姿が見えなくなると、再び歩きだす。しばらくしてなんとか移動装置まで辿り着き、私たちは地下深くまで降りていった。


 何度も言うが、この城の図書館は広い。先程の倉庫も相当な広さがあったが、比較しなくてもどちらが大きいかなどわかる。一体どれだけの本を管理しているのだろうと気になりながらも、ロルフさんを先頭に奥の活動スペースへと向かう。

 彼が言う通り、寝泊まりしているらしい形跡のある活動スペースにはベッド代わりのソファに布団があった。彼にはちゃんと自室があるようだが、ほとんどの月日をここで過ごしていることもあって、仕事場だというのに生活感が満ち溢れている。

 ソファに王様を寝かせ、布団を被せる。これで倉庫のときよりも体を休ませられる。


「さて、これからどうするか。正直私一人では兵士たちを食い止めることはできないし……」

「大臣様を捕まえるといっても、ああやって兵士たちに囲まれていたらまず無理ですしねえ。それに、未だに大臣様の真意が見えてきませんよ」

「かといって、このまま逃げ回ってもいずれば私たちが捕まってしまいますよね」


 知恵を絞って何か妙案はないかと議論しても、画期的な策は浮かんでこなかった。


 まあ、カイ君がここにいる以上セアドさんの『計画』が達成されることはないのだけはわかっているので、自然と大きな焦りはない。だけどあれだけの兵力があれば、いずれ私たちは包囲されて捕まってしまう。そうすれば自然とカイ君も捕まるわけで。

 問題は、いかにカイ君を守りながらセアドさんを追い詰めるかということだ。その目的を果たすには、必然兵士の存在が邪魔になる。

 ああでもないと議論を続けていると、ふとソファで体を休めている王様が小さな呻き声を上げた。


「国王! お体は大丈夫ですか!」


 真っ先に掛け寄ってきたゲルハルトさんは珍しく目を見開いていた。王様に忠誠を誓った兵士だからこそ、顔には出さないがずっと不安だったのだろう。

 そんなゲルハルトさんを見るなり眉間に皺を寄せた王様は、ゆっくりと体を起こし私たちを見まわした。いつも豪奢な衣装を身に纏っていたせいか、今のシャツにズボンといった姿は随分とみすぼらしく感じる。

 私たちを一通り視界に入れたところで、王様はカイ君を捉える。見つめられたカイ君は小さく肩を揺らすも、その視線を逸らそうとはしなかった。

きっと王様は、エイス王国との縁談が失敗したのを悟ったのだろう。

そして視線はゲルハルトさんに移される。


「状況は薄々理解している。大方、セアドが何か企んでいたのだろう」

「 ……はい。私たちが帰国したと同時に、奴は反逆行為を」

「それで残ったのは貴様らか。ところで、そこにいるふざけた男は?」


 自然と周りの目は、このメンバーで一番に異質な存在である影武者さん……もとい、別の世界のセアドさんに向けられる。

 なんとなくとはいえ城や国が混乱に陥っているのを把握している中、私たちの中に事の元凶の人物がいれば不思議に思わないわけもない。まさか『計画』の首謀者がここにいると考えてはいないだろうが、影武者ですと紹介したところで素直に信じてもらえそうにもないだろう。

 それでも説明は必要不可欠なんだけども。

 王様の視線が説明を求めているのに気づいた影武者さんは、一歩前に出て王様の前にひざまずいた。


「初めまして、国王陛下。わたくしは陛下のご存じのセアドとは別人の、セアド・ベッヘムでございます。ご理解に苦しむかと思いますが、まったく別個体のセアドとお考えください。わたくしは陛下直属の大臣をやっていたセアドの影武者として、国家反逆の計画に協力させられていたのです」

「魔法が存在するこの世界で貴様の話を信じようと思えば信じられる話だが……そうだと証明できる根拠は?」

「……幾年か前の、カイ王子の召喚問題です」


 私がここに召喚されるずっと前。カイ君はそれまでに何度か、召喚術の失敗で別世界の人間を召喚していた。その人たちがどうなったのかは聞いたことがない。以前ゲルハルトさんに聞いたのはあくまで噂だから、鵜呑みにはしていなかったけれど。


「わたくしはカイ王子の召喚失敗の副産物として、この世界に召喚されました。そこでこの世界のセアドに出会ったのです。彼はすぐにわたくしが別の世界の自分なのだと気づきました。そして、この計画のために影武者になることを提案したのです」

「召喚された別世界の人間……しかし、召喚されてきたならば、貴様とは面識があるはずだが」

「召喚されてきた頃は、身なりも髪型も違いましたから。それにまず、酷く混乱していて名前も名乗っていませんでしたからね。覚えていらっしゃらないのも無理はないでしょう」


 疲れ切った笑顔を浮かべ、影武者さんは言う。まるでこうなったのは王様の責任でもあると言いたげに聞こえた。

 実際そうなのだろう。わけもわからず召喚されて、別世界の自分に唆されるままに従ってしまったのだとしても、私のときのように適切な処置を取ってくれなかった王様に何も感じないわけがない。影武者さんだって、意思を持った人間なのだから。

 それに影武者さんが召喚された時期は、カイ君もまだ幼く、フレーメとの戦争が休戦に入ったばかりの頃だ。王様だって多忙を極めたどころか、精神的にも参っていた時期だろう。

 一概に王様やカイ君が悪かったとは言わない。だとしたら誰が、何が悪かったのか。

 運が悪かったとでも言えばいいのか。

 影武者さんの棘のある言葉に王様も責任を感じているのか、それ以上言及はなかった。代わりに別の言葉を彼は言う。


「そうだ。国の一大事の責任は王が取るものだ。何としても止める」

「国王陛下! 無理なさらないでください、城にはまだ寝返った兵士たちが……」

「死に急ぐなとでも言いたいのか、ゲルハルト」

「そ、そういうわけでは……」


 今まで閉じ込められて何もしていなかった自分が不甲斐ないのか、王様はソファから立ち上がろうとするが、それをゲルハルトさんが止める。

 正直今の私たちでもどうにもならないのだから、万全な状態の王様が突入したところで勝ち目はない。下手したら死にかねない、そんな状況なのだ。

 とはいえ何もせずに事が収まるのを待っている気もない王様は、ゲルハルトさんを押し切ろうとする。困り果てた彼に変わって王様を止めたのは、実の息子であるカイ君だった。


「老いぼれ一人で何ができるってんだよ」

「それを言うなら、引きこもりの臆病者が一人で何ができると?」

「……別に、国を救えるとか自惚れてるつもりはねえよ。俺一人じゃ何もできないのも自覚してる」


 なんて素直じゃない親子なんだろう。あんなことを言っているが、本当は王様だって息子が傷つくのを見たくないだけなのだ。カイ君だって、自分にできることとできないことの区別くらいついている。お互いがお互いに国を救いだすことができないことくらい、わかってるというのに。


「俺は何もできない。召喚ができても、無責任にもとの世界に戻すことさえできない。だけど……だけど、俺には……こいつがいる」


 そっと握られた手は小さく震えていて、だけど私の手の平よりも大きいそれはしっかりと包みこんでいた。決して頼りになる手とは思わないけれど、一人でいるよりはだいぶマシに感じさせてくれる。安心させてくれる手だ。

 きっとカイ君も、ゲルハルトさんも、ロルフさんも、影武者さんも、王様も、そして誰もかも。私でさえ、この国を救えやしないだろう。残念だけどそれが現実なのだ。叶いもしない希望論なんて誰の救いにもならない。

 いや、セアドさんの『計画』が成功したところで国が滅んだりはしないけれど、私たちの生活は、将来は大きく変わることになる。それが一概に悪いことかは断言できないけれど。

 それを肯定してしまえば、きっと後悔することになる。


「王様、カイ君を信じてあげてください。確かに王様の言うことも、カイ君の言うことも間違ってないです。でも、本当にこの国を救える人がいないとも限りません。一人では無理でも、皆がいれば……なんて綺麗事を言うつもりもありません。無謀だとわかっていても、絶望的だと思っていても……

 カイ王子を、信じてあげてくれませんか」


 それすらも綺麗事になるというのなら、それでもいい。誰も信じてくれなくても、私はカイ君と一緒に、もう一度セアドさんのところへ向かうだろう。

 王様は何も言わなかった。代わりに、ゆっくりと首肯した。

 この選択は間違っていたのかもしれない。最初から責任を王様に投げていれば、すべて解決したかもしれない。勉強のようにあらかじめ答えは用意されていないから、ちょっと先の未来なんて誰にもわからないけれど。

 王様を残して、再び私とカイ君、ゲルハルトさんとロルフさん、そして影武者さんは図書館の出入り口へ向かう。

 歩み出しても、不思議と後悔は感じないもので。


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