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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第四章 魔法使いと二つの鏡
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決意する

 無数の刃先が向けられる。その光景は、とてもじゃないが歓迎の色は感じられない。

 危機的状況に陥りながらも、私はセアドさんの言い放った言葉を何度も復唱していた。そうでもしていないと、正気を保てないような気がした。

 頭の中で何度繰り返したところで、言葉の意味なんてわかりはしない。わかるのは新たに生まれた疑問だけだ。

 カイ君を手元に置きたい理由はわかる。彼の『計画』にとって必要不可欠な存在を私たちが連れてきたのは、セアドさんにとって嬉しい誤算とでも言えるだろう。

 だけど問題はその後の一言だ。どうして影武者さんを始末する必要があるのか。

 別々の人格を有しているといっても、セアドさんも影武者さんも同一人物であることに変わりない。『計画』が決して影武者さんのためでないとしても、殺すメリットなんてあるんだろうか。

 いや、違う。殺すことに意味なんてあるのか。

 いくら影武者さんがセアドさんと共犯でないとはいえ、完全に私たちの味方になったとも言い難い。だとしても、影武者さんに『計画』を止められるだけの力はない。


「王子たちは逃げてください。ここは私が食い止めます」


 一歩前に出るゲルハルトさん。屈強な兵士の背中が視界に映るも、多勢の兵士を前にした彼の背中はあまりにも小さく見えた。

 地下牢獄なんて狭い場所で、多数の兵士を相手に戦うなんて不利なのはわかりきっている。それでも戦えるのはゲルハルトさんしかいない。

 本音を言うなら全員で一旦ここから逃げて形勢を立て直すのが一番だが、彼はそれに賛同しないだろう。兵士である以上、彼はここから一歩も引こうとしないはずだから。

 ゲルハルトさんの言う通りに一歩後ずさり逃走を計ろうとする。それに同調して、ロルフさんと影武者さんも背を向け踏み出そうとした。

 ただ一人を除いて。


「カイ君、何してるの? 早く逃げよう!」

「……嫌だ」


 カイ君の言葉から出た意外な言葉に、私たちの足が止まる。孤軍奮闘しようとしていたゲルハルトさんも、驚いて振り返る。

 恐怖から小刻みに足が震えているのがわかるほどに、彼は怯えていた。それでも頑なに逃げようとしないカイ君の肩を掴み、顔を覗き込む。


「ここにいたら危険なんだよ、一旦逃げて作戦を練ろう?」

「嫌だって言ってんだろ……逃げたきゃ勝手に行けよ。もう逃げるのは、沢山だ」


 震えながらも、強い眼差しのカイ君に返す言葉はない。きっと何を言っても聞かないとわかってしまったのだ。逃げるのを拒む理由はわからないけれど、何か強い意思を感じることだけは確かで。

 カイ君の言動に一瞬呆然としていたセアドさんが、次第にいつもの平静さを取り戻して話しかける。


「王子、もう一度申し上げます。わたくしの『計画』は王子のためでもあるのですよ。いつかは自らの生まれた世界へ戻らなければならないアンナ様を繋ぎとめるための苦肉の策であると、ご理解いただけますね?」

「私もカイ君も、そんなこと望んでません! 一生異世界で暮らすなんて、たとえこの世界に家族を召喚したとしても絶対嫌です!」

「あなた様はともかくとして、王子はどうなのでしょうね。王子はアンナ様に随分ご執心でしたから、帰られることを望んでいるとは思えないのですが」


 ああ、まただ。

 セアドさんの言葉は詭弁だとわかっていても、何度だって私の心を揺さぶる。

 もとの世界に帰りたいのは紛れもない本心だ。最初から戻りたいと願ってきたのも確かで、カイ君の教育係になったのだってその手掛かりが見つかるかもしれないからだ。

 だけどこうして一緒に暮らしていくうちに、一緒にいるのが当たり前のように感じた。カイ君は私をここに召喚した張本人で、本来彼には私をもとの世界に戻す責任がある。それなのに、なぜか私は。

 もっとカイ君と一緒にいたいなんて思うようになっていた。

 矛盾しているのはわかっている。いけないことだともわかりきっている。それなのに、何かと理由をつけてまだ帰りたくないと思っているのも本心で。

 カイ君がそれについて何を思っているのかは知らない。だけど、私がカイ君と一緒にいることに楽しさを覚えているのと同時に、彼も私に対して何らかの気持ちを持っているのも事実なのだ。

 あれだけ人を警戒していたカイ君が、私を教育係として受け入れてくれたのはそういうことなのだから。

 しばらく黙りこんだ末に、カイ君はセアドさんに返答を告げる。


「……そりゃあ、帰ってほしくなんかないよ。もっと教えてほしいこともあるし、俺の魔法はまだ不完全だから、もとの世界にも返してやれない。でも、なんとかしなきゃって思ってる」

「でしたらわたくしと手を組むべきです。それが最善の策でございます」

「確かに、俺の魔法だったらお前の『計画』を達成できる。それだけの力はある」

「承知しております。ですから、」

「……だからこそ、断る!」


 突如、カイ君の周りを眩い光が包み込む。突風と共に現れたのは、一見ライオンのような獰猛な顔をした大柄な獣だった。獲物に飢えたような瞳に長い体毛、そして鋭く長い爪。背中には悪魔のような翼が生えている。

 獣は耳が痛くなるような咆哮ほうこうと共に、兵士たちに向かって突進していく。不意を打った攻撃に乗じて、カイ君は私の手を取り地上階に繋がる階段へと走り出す。

 突然の展開に状況が飲み込めず、ただカイ君を見つめることしかできない。当の本人は必死に走っているせいか説明の余裕はないようだった。カイ君に習ってゲルハルトさん、ロルフさん、影武者さんが後に続いていく。

 しばらくして兵士の何人かは私たちを追い始めたが、すでに追いつくには時間がかかるほどに距離を離していたので、なんとか振り切れる自信はあった。

 階段を昇りきり、扉を開ける。

 カイ君のお陰で、私たちは危機的状況を乗り切ることができた。


 地下牢獄を出た後も、兵士の追跡を逃れて上へ上へと逃げていく。あのまま城外を出ることもできたが、それではセアドさんを止めることはできない。

 目的はあくまでもセアドさんを捕えることなのだ。そのために、ある程度の距離は保っていないといけない。

 さすがに走りつかれたところで、手当たり次第安全そうな部屋を探して見つかりにくい小部屋へと逃げ込む。ゲルハルトさんも息が上がるほどなのだから、ロルフさんと影武者さんに至っては酸欠気味になっていた。

 各々座り込んで休む中、大きく肩で息をするカイ君を見る。まさかカイ君のお陰であの場を抜け出せるとは思わなかった。当の本人も最初から考えていたわけではなかったのか、未だに成功したのが信じられないといった表情を浮かべている。

 だいぶ呼吸が落ち着いてきたところで、再びカイ君に向き直った。


「さっきはありがとね。カイ君が助けてくれなかったら、逃げ切れなかったかもしれないよ」

「べ、別に助けたかったとか、そんなんじゃねえよ」

「それでもありがとう。なんだか最近、変わってきたよね」

「はあ? 変わってるわけねえだろ……」


 今さらながら、カイ君が逃げなかった理由がわかったような気がした。

 逃げなかったんじゃない、逃げたくなかったのだ。一国の王子で、将来王の座を受け継ぐ者でありながら、ずっと誰かに守られている自分が情けなかったのだろう。セアドさんに連れていかれて拘束されたときだって、私たちが助けにやってきたのが嬉しかったのと同時に、悔しかったに違いない。

 少年から一人の男に成長している、そんな時期なのかもしれない。といっても、女の私にはわからないから想像するしかないのだけど。

 とにかく、一時的に安心できているといえど、これからの行動を考えなければいけない。

 あれだけの数の兵士がいる以上、セアドさん一人を捕まえるとはいえ、容易な目的とは言えない。向こうにはたくさんの戦力があるのに対して、こちらの戦闘要員はゲルハルトさん一人。さっきみたいにカイ君の召喚も戦力にはなるが、召喚された生物がすべて召喚主の言うことを聞くわけでもない。


「これからどうします?」

「ベッヘムを捕まえるのが目的とはいえ、現状ではその達成確率も低い。何か作戦を練る必要がありますが……」

「それだけじゃないですよ! 国王陛下の安否も確認する必要があります!」

「国王……親父……」


 突然出てきた父親の話題に、カイ君は複雑な表情を浮かべる。

 ロルフさんの言う通り、まだ王様の安否すらわかっていない。セアドさんのことばかり気を取られていたけれど、そろそろ本格的に探し出す必要があるだろう。

 一休みしたところで、再び小部屋から出て城内を探索する。といっても、宛てもなく王様を探しに行くなんて真似はしない。ロルフさん曰くある程度の目星はついているらしいので、後は目的地に向かうだけだった。

 その目的地というのが、城の外れの方にある大きな倉庫だ。倉庫があるのは城の一階。兵士から逃れるために上へ昇ってしまったために、下へ降りるのは相当な危険が伴う。


「どうして倉庫だって言い切れるんですか?」

「地下牢でもなかった以上、隠して見つからないようにするにはうってつけなんだよ。外れの倉庫は一年中鍵が掛かっていて、行事のときに使われる物しか入っていない。可能性は充分あるだろう?」


 王室でも地下牢でもなかった上に、見つからないよう隠せる場所。それだけの条件が揃っているなら大体見当はつく、とのことだった。

 兵士に見つからないよう細心の注意を祓いながらも下の階へと降りて行き、西の棟の外れへと進む。

 終始無言で後をついてくるカイ君を心配しながらも、掛けてやる言葉はない。

 カイ君と王様は、仲睦まじい親子とは言い難い。王族の家族事情なんて知ったものではないけれど、それでも良好な関係とは言えない。フレーメとの戦争もあって複雑な事情が絡みついているとはいえ、それだけが理由というわけでもないだろう。

 だけど、だからといってカイ君が王様を心配していないとは思わない。何だかんだで彼は王様を父親だと認めているし、王様もカイ君を息子として手を焼きながらも可愛がっている。だからこそ、微妙な関係ながらも親子としていられるんじゃないだろうか。

 なんて、他人の親子事情に首を突っ込む気にはなれないし、彼らの間に私の入る余地なんてない。


「着きましたよ」


 ロルフさんの声と共に意識を周囲へ戻せば、目の前には大きく重い扉がそびえていた。扉の取っ手には幾重にも鎖が巻かれていて、南京錠のようなものが掛かっている。鍵がないと開かない仕組みらしい。

 さすがに都合よく誰かが鍵を持っているはずもなく、互いに顔を見合わせる。

 不穏な空気を打ち破ったのは、カイ君だった。またしても召喚術を発動し、その手には小さな鍵を握っていた。鍵穴に通せば、カチリと錠の外れる音がした。

 鎖を解いて、重い扉をゲルハルトさんが開く。中は明かりが点いておらず、奥には暗がりが広がっている。

 室内に入り辺りを見渡すが、倉庫と呼ばれているだけに尋常じゃない広さと天井の高さに圧倒されてしまう。

 各々が各方向へと進みながら王様の捜索を進めていると、遠くからカイ君の声が聞こえた。焦りと驚きを含んだ声に何事かと一同が集まれば、カイ君の見つめる先には人影があった。

 横たわった王様だった。


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