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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第四章 魔法使いと二つの鏡
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嵌まる

 不思議な現象が起きている。

 私の後ろにはカイ君が怯えた子犬のようにくっついていて、顔を覗かせては引っ込めるという意味のない行動を繰り返している。

 私の前では剣を抜いて臨戦態勢に入っているゲルハルトさん。ここまで激しく敵意をむき出しにした様子を見るのは初めてだ。

 そしてゲルハルトさんの前に立ち、緊迫した状況に微かに震えているロルフさん。

 が、この中で問題なのはロルフさんではない。一番に注目すべきはロルフさんの隣に立つ、見なれた執事服に身を包んだセアドさんだった。


「とうとう尻尾を出したか……!」

「ち、違うんです隊長殿! 彼は確かに大臣様ですけど、大臣様とは別人なんです!」

「お前まで血迷ったか!」

「ああもう、何て言えばいんだろ……! 助けてお二方!」


 私たちに振られても困る。

 とはいえ、話も聞かずに切りかかろうとするゲルハルトさんには賛同し兼ねる。ロルフさんも何やら込み入った事情があるようだし、何より肝心のセアドさんはどうも様子がおかしい。

 誤解がないようにちゃんと話を聞いておくべきだろう。


「とりあえず、話を聞かせてください。対応はそれからです」


 私の意見にゲルハルトさんは渋々剣を戻し、ロルフさんは安堵の表情を見せる。

 最初は私もロルフさんがセアドさんに捕まったのかと驚いたけれど、そんな様子には見えない。それにセアドさんであってセアドさんでない、別人だなんて言葉にも引っ掛かる。

 安心したロルフさんは、わかりやすく状況を説明し始めた。


 話はあまりにも突飛で、信じろというには難しいものだった。だけど嘘を言っている様子はないし、その話を聞けばここにいるセアドさんへの違和感にも納得できる。

 つまり今ここにいるセアドさんは、私と同じように異世界から召喚されたセアドさんということらしい。

 そしてこの世界と異世界とでは、同じようで同じでない自分が二人存在するのだとか。

 でも、そうだとしたら、私にも同じであって同じでない私が存在することになる。まだ会ってないだけで存在しているかもしれないけど、それはそれで複雑だ。

 それに、その法則が正しいのなら、まさかここにいるカイ君と私の教え子のカイ君はそういう関係なのだろうか。

 考えすぎだろう。


「じゃあ、ここにいるセアドさんは味方なんですね?」

「そういうことになります。というか、王子様。あなたとわたくしは一度お会いしているはずなのですが……お話してませんでしたか?」

「あ、あんなこと信じられるか! 同じ奴が二人もいて、頭が混乱してたんだよ!」

「見てたなら教えてよ……」

「お前まで言うな!」


 ぎゃんぎゃんと背後で吠えるカイ君に呆れながらも、確かに実際に見ない限り信じられなかったかもしれないと思う。

 黙りこんでしまったゲルハルトさんも、にわかに信じられないといった表情をしている。

 話を聞く限り、俗に言うドッペルゲンガーとも違うのだろう。説明づけるとしたら、鏡に映ったもう一つの世界の自分。生い立ちも性格も生活も文化も違うけれど、同じ自分であることに変わりない。

 そして別の世界へと召喚されてしまったこのセアドさんは、私と同じようにもとの世界に戻る方法を探していた。その過程で、この世界のもう一人の自分と出会ってしまった、ということだろうか。

 この世界で生まれ育ったセアドさんも、もう一人の自分に出会ったことで何かが変わったのだろう。こんな馬鹿げた真似をするに至る、きっかけが生まれたのだろう。

 とにかく、見る限り敵意や悪意はなさそうだし、警戒するだけ無駄だ。


「申し訳ないのですが、私には例の『計画』とやらの全貌について把握しきれていません。この世界のわたくし……彼が何を思って、別世界の人間を召喚しようとしているのか、見当もつかないのです」

「異世界の人間を大量召喚して、もとの世界に戻る必要をなくしているということでもないのか?」

「まさか。彼がわたくしのことを考えて行動しているとは思いません。彼はあくまでも、自分のためだけに動く人間なんですから」

「どうしてそう言い切れるんです?」

「わかりません。長いこと一緒にいたわけでもありませんが、なぜかそうだと言い切れる自信があるんです。別の世界のわたくしと言えど、どこか通じるものがあるのかもしれません」


 そう言ってセアドさんは、力なく微笑んだ。まるでまったく性格の合わない兄弟を心配しているような、そんな笑顔だった。

 『計画』についてすべて知っているわけではないのは残念だけれど、それはこれからつきとめていけばわかることだ。それに、何か他に知っていることがあるかもしれないし、彼と共に行動すればおのずと黒幕、つまりこの世界のセアドさんに、そして真相に辿りつくはずだ。


 ここでいつまでも留まっているわけにもいかないし、とりあえず私たちは王室を後にした。

 カイ君を取り戻した今、今すぐに召喚が行われることはないだろう。まだ猶予はある。

 移動途中は再び兵士に出くわしたりとそれなりの騒動はあったが、簡単に渦中の人物を見つけることはできず、事態は難航を示したままだった。


「それにしても」


 移動途中、唐突にカイ君が口を開いた。

 いつ兵士や黒幕のセアドさんが顔を出すかと怯えているのかと思いきや、表情は落ち着きを取り戻していた。私の服を掴む手さえなければ、随分と立派に成長したと言えるのだけど。

 ここにいる全員がカイ君に注目したのに少しだけ動揺したのか、彼は視線をそらしながらも思っていたことを打ち明けた。


「そいつ。セアドって呼ぶの、ややこしくねえか?」


 指差しながら言ったのは、異世界から召喚されたセアドさんのことだ。

 確かに同じ世界に同じ人物が二人いるというだけで混乱しそうなのに、同じ名前で呼んでいては識別がさらに難しくなる。

 かといって、大して面識もない相手にあだ名なんて付けるのも気が引ける。何かいい識別方法がないかと頭を捻っていると、話題の人物が提案してきた。


「ならば、わたくしのことは影武者とでもお呼びください。事実、影武者として行動してましたし」

「あ、あの……それでいいんですか?」

「はい。どう呼ばれようと構いませんから。なんならセアド二号や裏セアドというのもありますが」

「か、影武者さんでいいです……!」


 なんとなく、やりづらい。

 二人のセアドさんにどちらが本物だなんて決まりはないのだけど、いつも胡散臭い表情を浮かべていた彼の印象が強かったので、まったくの無表情のセアドさん……もとい影武者さんを相手にしているだけで違和感が半端ない。

 それに加えてこのネーミングセンスなのだから、絶句に値する。まあ、こちらが気を効かせて「せーちゃん」なんていった愛称を付けるのも後々気まずくなるのは目に見えるのだけど。

 何度も呼んで慣れていくしかないのだろうか。

 影武者さんという呼称が決まったところで、再び沈黙が続く。なるべく人気のない道を選びながらセアドさんを探しているせいか、思い当たる場所をあたっても姿を見つけることはできない。

 今さらだが、この城は規模が大きい。というのも、今までフレーメ帝国やエイス王国の城にお邪魔させてもらったけれど、それらを比べた中でもレーゲンバーグ城は群を抜いて大きいのだ。人口の問題もあるだろうが、それにしても大きい。様々な部屋や広間、必要があるのかないのかわからない置物や資料など、とにかく膨大なのだ。

 思い当たる場所はほとんど探し尽くした。可能性の低い場所も確認したけれど、それでも見つからない。

 他にあるとすれば。


「あとは……隊長殿たちを探しに地下牢獄へと向かった可能性もあるんですよね」

「だけどあそこに行くには、移動装置を使わなくちゃいけませんよ? また兵士に見つかる可能性は高いです。それに、牢屋から抜け出してから時間もだいぶ経ってますし」

「とはいえ、確認してみないわけには……」

「行きましょう」


 私たちが閉じ込められていた牢獄にセアドさんが足を運んだ可能性は大いにある。見張りをしていた兵士もいなくなって、もぬけの殻となれば当然無視するわけにもいかないだろう。これからセアドさんの行動を妨害するかもしれない相手なのだから。

 だけど、地下にある牢獄に行くには経路が限られているため、兵士に見つかる確率は果てしなく高いのだ。

 危険を顧みずに可能性を信じてみたいところだけど、なるべくなら遭遇したくはない。私たちの味方が増えたところで、やっぱり戦えるのはゲルハルトさん一人だけなのだから。

 いずれセアドさんを見つけて戦うことになったとして、それまでに体力を削られるのは避けたいところだ。

 兵士との遭遇を懸念する私に対し、影武者さんは力強い口調で調査を提案した。常に感情の起伏のない平坦な声音だった影武者さんにしては珍しい、意思のある言葉だった。


「何か確信でもあるんですか」

「いえ、ありません」

「そこまではっきり主張しなくても……じゃあどうして行こうと思うんです?」

「確信はありませんが、そんな気がするんです」


 随分と根拠のない理由に、一同の顔が凍りつく。やっぱりこの影武者、セアドさんとは性格が正反対だ。セアドさんが計算ずくめなのに対して、彼は思いつきでの発言が多い。どちらも何を考えているのかわからない節があるけれど、その方向が違う。

 だけどもう一人のセアドさんという前提もあって、自然と確かめないよりはマシかと思考が働く。

 私たちは地下へと向かう。

 移動装置に乗り込み、一気に地下へと降りていく。行きよりも人数が増えたために装置内は満員どころが重量オーバー気味だったが、誰も文句を言う者はいなかった。カイ君は一人不快感を示していたけれど、特に何も言いださなかった。

 装置から降りた後も奇跡的に兵士に遭遇することなく、すんなりと地下牢獄への経路を辿っていく。あまりに順調すぎる道のりに、逆に不気味さを覚える。


「何かの罠……という考えも浮上しかねませんなあ」

「とはいえ、進むしかないだろう。どちらにしろベッヘムを見つければ捕まえるために一悶着あるのだから」

「隊長殿はお強いからそんなことが言えるんですよお……ねえ、アンナさん?」

「え、私ですか? でも、ここまで来た以上戻るのもどうかと思いますし」


 すでに視界には、牢獄へ続く扉が見えている。

 明らかに重そうな鉄の扉を開け、牢獄に続く階段を降りていく。両側の壁に等間隔で松明が灯されているも、先は薄暗く足元もおぼつかない。

 途中カイ君が足を滑らせて私共々倒れそうになるなど身の危険はあったものの、なんとか牢獄へと到達した。

 そこで影武者さんの予想は、奇しくも当たることになる。


「ああ、随分と遅いご到着でございましたね」


 待ち惚けでもしていたかのような言いぶりで、黒幕、もといセアドさんは振り返った。

 その周りには十人の兵士の姿。この狭い牢獄内で争いでもすれば、圧倒的にこちらが不利だ。まさか今すぐにでも一色即発なんて事態にはならないだろうが、危機的状況であることに変わりない。

 セアドさんは私たちを一人一人確認するように見つめ、最後に影武者さんに目を止める。私たちの味方に着いたことに、何か思っているのだろうか。


「これは好都合。わざわざ王子ともう一人のわたくしを連れてきてくださったのですね。こちらまで連れてくる手間が省けました」

「……どういうことですか?」

「どうもこうも、大した理由ではありませんよ」


 そこで私たちは理解する。理解すると同時に、後悔する。

 やっぱり地下牢に足を運ぶべきではなかったのだと。


「王子にはまだ用がありますし、丁度そろそろ『計画』を本格的に遂行する予定でしたから。それともう一人のわたくしに関しては、もう用済みなので……ここで殺してしまいましょう」


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