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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第四章 魔法使いと二つの鏡
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訴える

 ようやく追いついたゲルハルトさんは、思っていたほどに怪我をしていなかった。割と長いこと待っていたような気がするけれど、これだけ広い城内で兵士たちを撒いていたのだから時間も掛かるのは当たり前だ。

 とにかく、ようやく三人合流したところで再びカイ君、そして恐らくセアドさんもいるであろう王室へと出発する。ロルフさんの体力も回復したし、丁度いい頃合いだった。


「お待たせしてしまって申し訳ございません」

「私たちも休んでいたので、全然気にしてませんよ。むしろ、わざわざ時間を稼いでくれてありがとうございます」

「本当に助かりました。僕の体力も限界でしたし……」


 慎重に進みながらも、私たちは城内を歩く。目的の階層には到達しているので、距離は確実に縮まっている。

 ここに来るまでに随分と長い時間を費やしたような気がしたけれど、思えば国に戻ってきてから一日も過ぎていない。つい昨日まではエイス王国から戻る途中だったと記憶を辿れば、この一日で色々なことが凝縮されていた。

 そうだ、昨日までは、いや少し前まではセアドさんは私たちの味方だった。そう考えると裏切りなんて呆気ないもので、いやそもそも最初から裏切る前提だったのかもしれないけれど、どちらにしても味気ない。深い絶望や喪失感はないけれど、妙に虚しく感じた。

 廊下から見える窓に目を向けると、すでに夕日が差し込んでいた。一日が終わろうとしている。

 私たちは一度牢屋に入れられたものの、こうして抜け出して目的地へ向かっているのだから、時間の流れをあまり感じることはない。だけどカイ君は、あれからずっと同じ部屋に拘束され続けているのだ。

 捕らわれのお姫様ならぬ王子様。響きは綺麗だけれど、拘束から受ける精神的苦痛は想像できる。

 俯いていた私に、先頭を歩くゲルハルトさんが声を掛けた。敵かと思い緊張感を取り戻すも、振り向いた彼の表情は穏やかなものだった。


「実は、報告しておくことが一つございます」

「何ですか? さっき足止めをしてたときに、何かあったんですか?」

「何かあった、というよりは、わかったことなのですが……どうやらベッヘム側に寝返った兵士たちは、一枚岩というわけではなかったようです」

「……どういうことですか?」


 混乱する私に、彼は丁寧に説明してくれた。

 時間は移動装置でこの上層部まで辿り着き、私とロルフさんを逃がした後に遡る。

 本気で戦うつもりはなかったといえど、攻撃の意思を見せる兵士たちに丸腰でいるわけにもいかず、結局剣を抜き相手をしていたらしい。しかし隊長格であるゲルハルトさんの本気に太刀打ちできる者などいるはずもなく、恐怖から戦う意思をなくした何人かの兵士が降参してきたのだという。

 反逆者側に加担しているといえど、そう簡単に自分の命を賭けられるわけもない。一通り今回の『計画』について情報を引き出した後、ゲルハルトさんは彼らを咎めるでもなく味方につけたらしい。


「ごく少数ですが、改心した兵士がベッヘム側の兵士たちを足止めしています。警戒は必要ですが、大人数で襲いかかってくることはないでしょう」

「さすが隊長殿、圧倒的な力の差で周りを制するとは! これで道中の危険も薄れたわけですね!」

「油断するな。まだ圧倒的な兵が俺たちを狙っている」

「でも、少しは安心できますね」


 本当にゲルハルトさんには感謝するにしきれない。思えば私がこの世界に召喚されたときも、一番最初に発見して城まで連れてきたのはゲルハルトさんだった。ただの偶然かもしれないが、もし変な場所に飛ばされて良からぬ人たちに発見されていたらと思えば、本当に彼で良かったと思う。

 圧倒的な戦術と力を持ったゲルハルトさんと、優れた知恵を持つロルフさん。カイ君を探す仲間が彼らで、今さらながら物凄く安心している。

 対して、私は何もできていないと思うと落ち込まずにはいられないが、今は落胆している場合でもない。

 王室がある曲がり角を前にして、再び緊張が高まってきた。


 曲がり角の先の最奥、王室。

 普段用がなければ出向くこともないその部屋は、その名の通り王の部屋だ。といっても私室とは違い、国王は一日中その部屋で政治や国に関する仕事を行っている。言わば、そこが城の中のかなめだ。

 部屋の前には扉の両脇に兵士が二人、監視をしていた。私たちに気づき臨戦態勢に入ってきたものの、ゲルハルトさんによって返り討ちにあってしまった経緯は割愛しよう。

 当然、殺したりなどせず気絶で済ませている。


「開けます」


 ゲルハルトさんの声と共に、扉がゆっくりと開かれる。

 ついに辿りついた部屋に広がっていたのは、中央に置かれた玉座に拘束されたカイ君の姿だけだった。周りに兵士の影もなく、さらにはセアドさんの姿も見当たらない。

 もしかしたら、私たちが逃げ出したのを知って探しに行ってるのかもしれない。そんなことを想いながらも、私たちはカイ君の傍へ駆けつけた。


「カイ君、大丈夫!?」


 ぐったりと力なく座っているカイ君に声を掛けるが、返事はない。椅子に固定された縄をゲルハルトさんが解きようやく解放されるも、随分と憔悴しょうすいしきっているようだった。

 無理もない、これだけ緊張した状況下で体も動かせなかったのだから。もしかしたらすでに召喚術を使うように無理強いされた後では、と考えたが、それにしては城の外が静かすぎる。まだ例の『計画』の目玉は実行されていないはずだ。

 ロルフさんが具合を確かめたが、やはり特に体に異常は見られないとの判断だった。

 だけど、疲れているだけにしては、あまりにも。


「私はアレンスと共に周囲を確認してみます。すぐに戻りますので、アンナ様は王子の傍にいてください」

「わかりました」

「え、僕も行くんですか?」

「仮にも男だろう。確認だけだ、戦うわけじゃない」


 ゲルハルトさんに半ば強制的に連れて行かれたロルフさんを見送って、再びカイ君へと向き直る。

 呼吸はちゃんとしているし、熱があるわけでもない。ただ声を掛けても反応はなく、その目は朦朧もうろうとしているように見えた。

 傍にいるといっても、いつ兵士が戻ってくるかもわからない。あるいはセアドさんがここに戻る可能性だってある。そのときに意識があるのかもわからないカイ君を守るのは、さすがに難しい。

 だとしたら、今の私の役目は彼の目を覚ますことだ。


「カイ君、無事なの? 返事をして」


 どんなに大きな声で呼びかけたって、近くで話したって、変化はない。肩を揺さぶっても顔を持ち上げても、カイ君は抜け殻のように反応を示さない。

 今回ばかりは繊細な心だとか過去の問題だとかは関係ない。彼がこうなってしまったのは十中八九これとわかっている。


「セアドさんに何かされたの? 無理矢理魔法を使うように言われたんじゃないの?」


 途端、彼の体が小さく跳ねる。小さな反応にようやく安心したのも束の間、カイ君は私の肩を掴んだ。痛いくらいに力を込めて食い込む指に、抵抗するのを忘れてしまう。

 カイ君の目は正気を取り戻していた。けれど、同時にその目に大粒の涙を溜めていた。

 何か酷いことでもされたのかと宥めるべく口を開けば、しかしそれは彼の掠れるような声で遮られる。


「……ん」

「え?」

「ごめ、ん。あいつから……聞いた。俺が召喚失敗したせいで、お前はずっと帰れないの、悩んでて、苦しんでて、それで、お、俺のこと……恨んでるって」

「な、何を言って」

「だからあいつは、俺とアンナを助け、るために、異世界の人間を皆、ここに連れてくるんだって、言ってて、そのために俺の力が必要で、あいつは俺達のために……そうすれば誰も、悲しまずに済むって!」

「それは違う!」


 思わず強く叫んでしまった。大きな声を出したことに驚いたのか、カイ君の体が再び跳ねた。

 どうやらカイ君は、セアドさんに軽く洗脳でもされていたようだ。普段の冷静さがあれば疑問を持つようなセアドさんの『計画』を、真に受けてしまったのだ。それも私が悲しんでいるだとか、カイ君を恨んでいるだなんて詭弁を交えたことで。

 いや、詭弁なんて言ったけれど、実際は悲しんだりもしたし、恨まなかったと言えば嘘になるかもしれない。

 カイ君を許せているとは思わないし、これからも許せないだろう。これだけ人生に関わるようなことをされて許せるなんて人は、聖者でもない限り存在しないのだから。

 だけど問題は最後の言葉だ。セアドさんは絶対に私たちのためを思ってこんな真似はしていないし、『計画』が成功したところで喜ぶのは、それを企てた本人だけだ。

 今のカイ君は正常な判断すらできていない。だったら、教育係がしっかり教えてやるべきだ。


「異世界の人間を全員連れてきたところで、誰も幸せにはならないんだよ。いきなり違う世界に、違う土地に住むことになっても、慣れ親しんだ場所じゃなきゃ生きていけない。私だって、この世界に一生暮らすなんてできない。気持ちの問題じゃなくて、心も体もおかしくなると思う」

「でも、元に戻す方法なんてないのに」

「どうしてそう言い切れるの? まだ可能性をすべて試したわけじゃないのに」

「やれることはやったよ……! でも駄目だったから言ってるんだ!」


 乾いた音が室内に響く。

 音の源は、カイ君の頬を叩いた私の手の平だ。


「できないわけない! 絶対にできるんだから、私に申し訳ないって思ってるんなら簡単に諦めないで!」


 根拠なんてない。確かに、もう試すことはすべて試したかもしれない。だけど、微かな可能性でも持っている人が目の前で諦めてしまったら、そんなのはあまりに自分勝手だ。

 魔法のことはちゃんと知っている。魔法使いは生まれ持った独自の魔法しか使うことはできない。それがカイ君にとって召喚魔法のみしか使えないとしても、そう決めつけるには早過ぎる。

 言ってることが横暴だともわかっている。無理難題を押し付けているのも承知の上だ。だけど、ここで諦めてしまったら、セアドさんの意思に同意しているようで嫌だった。

 悔しくて涙が出てきたのを誤魔化すように俯く私に、肩を掴んでいたカイ君の手が優しく背中へと回る。


「……お前って、たまにすっげー怒りっぽいよな」

「……煩い。カイ君に言われたく、ない」

「なあ、俺のこと……恨んでる?」

「恨んでない。でも、許してない」


 そりゃあ、怒りたくもなるだろう。いきなりわけのわからない世界に連れて来られて、教育係になんかさせられて、我儘な王子の面倒を見て、拉致されて、危険な目に遭わされて。

 それで、思い通りにならない現状に何かするでもなく、ただ耐え続けているのだから。

 だけどそれがカイ君のせいじゃないことも理解している。だからこそ、怒りのぶつける先などない。カイ君に怒るのもセアドさんに怒るのも筋違いだ。

 小さな声で「そっか」と聞こえた気がした。


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