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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第四章 魔法使いと二つの鏡
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理解する

 「まったくもって困った話ですよ」


 そう零したロルフさんの声色は、少しだけ憤りを感じさせるものだった。彼は私たちがエイス王国に出向いていたときもずっと城の図書館に籠っていたから、こんな状態になって一番先に混乱したに違いない。一番先に混乱したからこそ、今こうして落ち着いているのだろう。

 いや、普通だったらどんなに変化した状況に長いこと身を置こうが、そうすぐに平常心を取り戻せるわけじゃない。たぶんロルフさんは胆が据わっているのだ。

 彼としては、この国の反乱の状況は不安を煽るものというより、迷惑なものと認識しているのかもしれない。ずっと地下図書館に籠って本に触れる生活をしていたのだから、その生活を乱されるのは彼にとってただのストレスともいえる。

 なんて、今のロルフさんの心情を解析していたところで話が進むわけでもないので、意識を城の内部に戻そう。


 彼の下見通り、私たちが進む通路には人の気配がほとんど感じられない。まったく人がいないということはさすがにないが、いたとしても視界から消えるまでやり過ごせばいいだけの話で、それほど労力や時間を削るほどではなかった。

 とはいえ、いつ何が起こるかわからないため、先頭にゲルハルトさん、後方にロルフさんが注意を向ける形で進んでいる。こんなとき、城の内部にそれほど詳しくない私が足手まといのようで申し訳ない。

 向かうのはカイ君のいる王室。

 そこへ向かうには兵士の目を掻い潜るためにも、遠回りだが人気の少ない道を進むしかなかった。この中で戦闘要員はゲルハルトさんだけだし、私たち二人が足を引っ張っては元も子もないので、なるべく先頭は避けなければならない。

 どちらにしろ、今まで共に城を守ってきた兵士たちと戦うというのは気が向かない。

 非常用のエレベーター(魔術式移動装置)を目指して向かう最中、ふと思う。今まで多少城の中を散策したつもりでいたけれど、この辺りはまったく足を運んだことがない。


「そういえば、ここって西側ですよね? 西側には何があるんですか?」

「西側は基本、物置や使用人用の部屋が多いよ。だから兵士たちはこの辺りをあまりうろつかない。ここに来たって用がないからね」

「そうなんですか……」

「基本的に兵士たちの部屋があるのは東側なんだ。それに向こうは会議室とか、仕事で使う部屋が多いからね。そうですよね、隊長殿?」

「ああ。だが今は話をしている場合ではない」

「す、すみません」

「いえ、アンナ様を責めているつもりでは……と、着きました」


 魔術移動装置へと辿りつく。

 非常用であまり使われることがないからか、他にある移動装置と比べて随分と狭く簡素な造りに見える。とはいえ、電源も入っているから特に心配することはないだろう。

 早速装置に三人で乗り込む。狭い空間にただでさえ男性が二人乗り込んでいるため、随分と窮屈に感じた。それでも、大人しく地道に階段を上っていくよりはよっぽどいい。

 上に昇りながら思う。今頃カイ君は、セアドさんの計画に無理矢理組み込まれていないだろうか。カイ君がまさかセアドさんに協力するとは思えないが、心の弱さに付け込んで何をされるかたまったものではない。

 カイ君のことを思い出して、ふと気になったことをロルフさんに訪ねた。


「そういえば、王様はどうなったんですか?」

「え、国王陛下? それが……恥ずかしながら、僕も事態の異変に気付いたのはずっと後のことだったから、安否はわからないんだ」

「これだけの騒ぎになって、よく気づきませんでしたね……」

「地下は人がほとんど来ないからね」


 それはそれで反応に困るのだが、そのお陰でこうして牢獄から抜けられたと思えば、彼が気づかれなかったのは不幸中の幸いとでも言うべきか。

 そういえば、今さらだけどロルフさんのこともよく知らない。能力を買われて図書館を一人管理する立場になったといっても、それにしては彼はあまりにも若すぎる。

 どうしてこの城の図書館で働こうと思ったのだろう。

 そう考えているうちにも移動装置は目的の階層に到着した。扉が開いた瞬間、私たちは己の認識の甘さに後悔する。

 待ち構えていた兵士たちが、私たちの逃げ場をなくすように武器を構えていた。

 セアドさんが私たちの行動を予測できないわけがなかった。そう考えれば、待ち伏せを食らったこの状況にも納得がいく。きっとあの人は、ロルフさんが私たちを助け出すことすらわかっていたのだ。

 改めて、ぞくりと背中に悪寒が走る。


「ど、どどどどうしましょう……これって完全に僕の失態ですよね? 責任を取って足止めをすべきでしょうか?」

「馬鹿か。俺たちが逃げられるだけの時間を稼げると思うか?」

「いえ、まったく」

「最初から責任を取らせるつもりなどない。ここは俺が時間を稼ぐ。その隙にロルフ、お前はアンナ様と王子のもとへ」

「ゲルハルトさん、時間を稼ぐって……いくらなんでも一人でこの人数を相手にするには……!」


 あまりにも無謀すぎる。それは戦闘経験などない私にだってわかる、簡単な分析だ。

 兵士の人数は六人。兵士隊長と呼ばれるゲルハルトさんの実力を過小評価などしていないが、現実的に考えても楽にやり過ごせる人数ではない。かといって、私たちの中で唯一応戦できるのはゲルハルトさんしかいない。

 まさか、本当に今回のことに責任を感じているのか。不安げに長身の彼の顔を仰げば、しかし先程の落ち込んだ影は見えず、むしろいつもの落ち着いた表情がこちらに向けられていた。


「ご安心を。いくら忠実な兵士といえど、命を粗末にするような真似はしませんよ。私もすぐ後を追いますので、王子のことをお任せします」


 薄っすらと微笑んだ彼を見て、これ以上とやかく言う必要はなかった。

 今にも切りかかってきそうな兵士たちに対し、ゲルハルトさんは剣を抜かない。裏切られた今でも仲間だった彼らを切るのに抵抗があるのか。だけど、武器を持っている相手に素手で立ち向かうなんて賢い戦い方とは思えない。

 逃げるタイミングを伺いながらも緊迫した状況を黙って見守っていると、ゲルハルトさんは片手に決して大きくない炎を灯した。忘れかけていたが、彼も多少ながら魔法を使えるのだ。

 魔法を発動したゲルハルトさんに兵士たちは一瞬怯む。その隙を逃さず、彼は兵士たちに向けて勢いよく火の粉を飛ばした。大怪我を負わせるような威力ではないにしても、確かにあれなら動きを止められる。

 感心している間にもロルフさんに腕を引っ張られて、私たちは先にカイ君のもとへと走り出した。


 あれから随分と走ったような気がするが、実際ゲルハルトさんと別れてからそれほど時間は経っていないのかもしれない。一向に追いついてくる気配のない彼の心配をしながらも、ロルフさんに連れられて廊下を走り続ける。

 だが、いつの間にか私がロルフさんを引っ張る形で走っていた。図書館から滅多に出ることのない彼は、すでにエネルギー切れの兆しを見せていた。


「だ、大丈夫ですかロルフさん……!」

「大丈夫と、言うか……気力は有り余って、るんですけど、体力がそれに比例して、ないと言いますか……!」

「無理しないでください、少し休みましょう」


 適当に扉を開けて人がいないのを確認し、薄暗い物置部屋の中にロルフさんを連れ込む。どちらにしろゲルハルトさんとの距離をこれ以上離したくないし、私もそろそろ疲れが溜まってきていた。

 汗を拭いながらも肩で息をするロルフさんは、しばらくの休息が必要だ。

 カイ君が心配だといっても、疲労困憊ひろうこんぱいの状態で辿りついたところで、セアドさんに何をされるか想像すれば溜まったものではない。また牢屋に閉じ込められたりしたら、今度こそ抜け出せなくなってしまう。

 そのためにも、今は体力の回復が必要だ。

 壁にもたれかかるようにして、その場に座り込む。壁を挟んだ廊下からなら足音も聞こえるだろうし、兵士かゲルハルトさんか確認もできる。

 座り込んだところで、再び思い出すのは牢獄でのセアドさんとの会話だ。一人考えたってどうにかなるわけでもないとわかっているけれど、あの『計画』は私にも関わってくるものなのだ。

 だけど、もし『計画』を阻止できたとして。セアドさんはどうなるのだろう。新たに罪を背負ったことで、どんな処罰を受けるのだろう。

 それに、彼の言う通り、本当にこのままこの世界から帰れなくなってしまうのだろうか。

 黙りこんでいた私に、ようやく呼吸が整ってきたロルフさんが話しかける。


「今さらなんだけど、大臣は何をやろうとしているのか、まだ知らないんだけど」

「ああ……まだ、話してませんでしたね」


 すっかり説明済みの気でいたけれど、ロルフさんからしてみれば「気がつけば大変なことになってた」なんて曖昧な状況把握しかできていないわけで。

 とはいえ、私もまだはっきりと理解できているわけでもないので、できる限り丁寧に事の次第を教える。お世辞にもわかりやすい説明とは言えないだろうが、それでもロルフさんは真剣に話を聞いてくれた。

 さすがに異世界の人間をこちらに連れてくる主旨を話したときには、わかりやすいまでに驚いていたけれど。


「つまり、その『計画』のために王子様の召喚魔法が必要で……それで君たちは計画に反対するとわかっていたわけだから、牢獄に閉じ込められていたんだね」

「そんなところです。でも、どうしてセアドさんがそんな真似をするのかがわからなくて」

「確かに。話を聞く限り、どうにも部品が一つ揃っていない気がするね。だけどそれも、大臣に会えばまた何かわかるんじゃないかな。今の僕たちに必要なのは、正確で完全な情報だ」

「教えてくれますかね?」

「教えてくれなければ探ればいい。大臣だって人間なんだ、完璧に秘密を守れる人なんていないよ」


 果たして、そうだろうか。セアドさんとは私よりもロルフさんの方が付き合いは長いだろうから、彼が言うならそうかもしれない。だけどどうにも素直に頷くことができない。

 ゲルハルトさんが言ったように、セアドさんは絶対に知られたくない部分を見せない人だ。計画が進めば真相も見えてくるかもしれないが、それでは遅すぎる。

 どちらにしろ、王室に辿り着くまではわかるはずもないことだ。


「とりあえず、ここで隊長殿が来るまで待とうか。大臣だって、しばらくは派手な動きはしないだろう」

「どうしてわかるんですか?」

「そう簡単にあの王子様を操作できると思うかい? いくら大臣だって、君のように彼の心を動かすことだけは簡単にできないさ」

「心を、動かす……」


 別に、私がカイ君の心境を変えたわけではないのだけど。だけど言ってしまえば面倒くさいことになるのも目に見えているので、渋々口をつぐむ。

 それは置いといても、セアドさんがカイ君を上手く操るのは至難の業だろう。それでなくてもカイ君は、セアドさんを苦手としているのだから。

 それにしても、思った以上にロルフさんは状況を分析できるというか……図書館長だからといって、そこまでの分析力が身に付くものだとは思えない。


「あの……ロルフさんって、図書館長になる前に何かやっていたんですか?」

「え? どうしたの、急に」

「何となくですけど、話していると物凄く分析できているというか……」

「ああ、そのこと。そうだね、あんまり人に話したことないんだけど。僕は図書館長になる前、歴史学者を目指していた」

「え? 歴史ですか?」

「その前は心理学者、その前は考古学者、その前は……何だったかな。とにかく、なりたい仕事がはっきりしてなくてね。色々試していった結果、今の仕事に流れ着いたんだよ。だから、今まで培った知識が役に立ってるのかもね」

「そう、だったんですか」


 急にリアルな話になって、少し今までの自分の悩みと重ねてしまう。

 思えばセアドさんも、最初から大臣になるつもりなんてなかったんだったか。ゲルハルトさんは最初から兵士を目指していたんだろうけど、本当に兵士になりたくてなったのかといえば、断言はできない。

 そうだ、誰だって好きな仕事ができるわけじゃない。


「そうか。アンナちゃんはこれから仕事を始めるはずだったんだね。でも王子様の教育係としての腕は買われてるし、そういう道に進むのもいいかもねえ」

「でも、教えるのが好きってわけじゃ……」

「そんなものだよ。何となくやってたら何となく好きになっていくんだ。最初から好きで仕事をしてたら、いつか飽きてしまうからね」


 そんなものなのだろうか。少なくともたくさんの経験を積んだロルフさんが言うのだから、間違ってはいないだろう。

 教えるのが大好きとは思わない。だけど自分が教えた生徒が喜んでくれるのは、素直に嬉しい。そんな単純な理由でも、いいのだろうか。

 廊下から聞こえてきた一人の足音を聞き、私たちは重い腰を上げた。

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