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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第四章 魔法使いと二つの鏡
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見える

 困ったことになった。

 生まれて初めて、しかも何の罪もないのに牢獄に入れられるという事案が発生してから何時間か経過して、ようやく事の深刻さを理解できるようになった。

 いつ解放されるかもわからない状況というのは意外と不安を煽るもので、閉塞的な空間では絶望的な未来ばかり想像してしまう。さらに外の状態もわからないのだから、余計に最悪の状況ばかり考えてしまい、気分は滅入るばかりだ。

 セアドさんが去っていってから一向に誰かが現れる気配もなく、冷たい石の床に座り込む。


「……セアドさんは、なんであんな計画を実行しようとしているんでしょうか」


 返事はないとわかっていて、隣の牢のゲルハルトさんに届く程度の声を零す。

 何もすることがない今、考えるのは『計画』のことばかり。

 彼が私のためを思ってあんな無謀とも言える計画を実行しようとしているのではないことは、混乱している状況でもわかる。彼は他人のためにそこまで尽力するほど人情に厚い人ではない。

 思えば、私をカイ君の教育係にしたことだって、王様の要請とはいえ最終的にはセアドさんの手間を省くことに貢献している。一国の政治を担う大臣であるからこそ、カイ君一人を相手している時間は多くない。だからこそ、あれほどまでに私が教育係になるのを進めてきたのだと思えば納得がいく。

 つまるところ、彼は利己的主義者だ。

 だからこそ、彼がこんな暴挙に出る理由がわからない。国への反逆の意思も見えないし、異世界人にこだわる理由もわからない。

 大体、なぜ今なのか。ずっと前からこのことを企んでいたのなら、もっと前にもできたはずだ。

 帰ってこないと思っていた声は、壁を通して私の耳まで届いた。


「あの男は、昔から裏に何かを抱えている、そんな男です」

「何かって……」

「わかりません。奴はどんなに人と親しくなろうと、心の奥底までは絶対に見せようとしない。常に他人と一線を置いている、用心深い男だとばかり思っていました」

「確かに……そうでしょうね」


 思えば、セアドさんについて知っていることは、昔盗人として城に捕まったということだけで、彼に関する情報はあまりにも少ない。あれだけよく喋る人だから意識していなかったが、彼はあまり自分を語っていなかった。

 単にプライベートを見られたくないだけかと思っていたけれど、言われてみれば怪しさは増してくる。

 そもそも出自もわからない男を、国王はどうして大臣なんかに置いたのだろう。一国の王様はいつ誰に命を狙われているかもわからないのに、そんな怪しい男を傍に置くというのも、今考えばおかしな話だ。


「そういえば、ゲルハルトさんはセアドさんといつ頃知り合ったんですか? 話を聞く限り、結構顔を合わせているようですけど」

「……それほど親しい仲ではありませんよ。知り合ったのは、奴が城に仕える人間となって間もない時期でした。確かに長い関係にはなりますが、どこの輩かも知らぬあの男を信用していたわけではありません」


 セアドさんとゲルハルトさんの仲があまり良くないのは、単に役職柄や性格の問題だと思っていた。それでも仕事である以上は顔を合わせないというわけにもいかないし、割り切った上でのことだと思っていたのだけど。

 城に、国に、王様に忠誠を誓ったゲルハルトさんがセアドさんを快く思わないのも、セアドさんの「不透明さ」を感じれば当たり前のことだろう。

 だからきっと、ゲルハルトさんも心の奥底では、セアドさんが何か危険な行為に出るのではと危惧していたのだろう。単なる杞憂であってほしいと願いながら。

 そんな杞憂は現実となり、その結果がこれなわけで。


「私がベッヘムのことを見抜いていれば、こんなことにはならなかった。責任は私にあります」

「そんな、ゲルハルトさんは何も悪くありません! 誰も気付けなかったんだから仕方ないことですよ」

「それでも、違和感を覚えながら無視し続けてきた私に非がないとは言い切れません」


 何を言ったところでゲルハルトさんは責任を感じざるを得ない、そんな気がした。

 時々思う。彼の責任感は少し、いやかなり、異常なのではないかと。彼がどれほどまでに国を愛し王を敬っているかは計り知るところではないけれど、平和な世界で普通に暮らしてきた私からしてみれば、ゲルハルトさんの忠誠は一途過ぎる。

 城の兵士なんてそんなものかと思っていたけれど、他の兵士たちはそこまで城のために自らを捧げているようには見えなかった。隊長なんてやっているのだから抱えているものの大きさも違うのかもしれないが、それにしても、だ。

 彼も少し異常だと思ってしまうなんて、失礼だけれど。

 とにかく、今はこうして後悔していたところで何も進展しないわけだし、何とかして脱出する方法でも考えた方がいい。

 今頃カイ君がどうなっているかもわからないし、もう一度セアドさんに会って話がしたい。話をして何かが変わるとは言い切れないけれど、わからないままとんでもない事態に発展していくよりは幾分かマシだ。

 でも、どうやって。


「た、たたた大変です!」


 静まり返っていた地下牢獄に、場違いなほどにどもった声が響いた。

 何事かと顔を上げれば、久しぶりに見る図書館の住人の姿が暗がりから浮かんできた。彼が現れたのを見て、監視中の兵士たちの視線が一点に注がれる。


「何事だ」

「も、もう大変なんですってば! 大臣様が突然寝返った兵士に襲われ危険な目に遭っていて、すぐにでも増援をと!」

「何? 場所はどこだ」

「東側の資料室です!」

「わかった、すぐ向かう。貴様は見張りをしろ」

「承知いたしました!」


 牢獄の鍵を渡し足早に去っていった兵士たちを見送って、突如現れた彼は私たちの方へ向き直る。

 緊張した面持ちだった青年は、誰もいなくなった途端に顔の筋肉を緩ませ、力なく笑った。


「ぶ、無事だったんですね……ロルフさん」

「へへへ、伊達に図書館に籠ってないからねえ。僕のことなんてすっかり忘れ去られてたんだ」

「は、はあ……」


 それはそれとして反応に困るけれど、彼、ロルフさんはどうやらセアドさん側についているようではないらしい。いつもの様子を見て、急に安心感が心に広がった。

 兵士から預かった鍵で、ロルフさんは私たちの牢屋の扉を開ける。狭い空間から出たとはいえ薄暗い地下牢に変わりないけれど、出た瞬間に解放感を感じた。


「それにしても、よくあんな嘘思いつきましたね」

「必死に考えたけど、おびき出す方法がそれくらいしか思いつかなくて。一か八かの賭けだったけど、成功して助かったよ」


 今までそこまで意識したことはなかったけど、ロルフさんは頭がいい。勿論一度覚えたものは魔法のおかげで絶対忘れないのもあるけれど、それだけではない。たくさんの本を整理し、たくさんの情報を管理できるのは、彼がそれだけ頭脳明晰だからでもある。

 さて、外に出られたことでカイ君のもとへ向かえるようになったのだが、すでに解放されたというのにゲルハルトさんが牢屋から出てこない。

 呼びかけても顔を上げてこちらを見るだけで、その表情は随分と沈み切っていた。彼の感じている責任は、私が思っていたよりもよほど大きいものだったらしい。


「ゲルハルトさん……?」

「すみません……後から追い付きますので、先に王子のもとへ向かってくださいませんか」

「え? どうしたんですか?」

「……私は、不甲斐ないのです」


 ぽつりと、彼にしては珍しく弱弱しい声が出る。

 まるでこんな状態になったのが自分のせいだと言うような彼の言葉に、さすがに疑問を覚える。確かに多少の責任はあるかもしれないけれど、まだ王様やカイ君が殺されたわけでもないのに、ここまで来るとおかしいとしか言いようがない。

 思えば、私はゲルハルトさんのこともあまり知らない。彼がどんな理由で兵士になったのかも、どんな気持ちでこの城に仕えているのかも知らない。知る必要もないと思っていたけれど、ただ一概に今の彼を変だというには何も知らなさすぎる。

 なんて声を掛けていいのか戸惑っていると、私よりも先にロルフさんが行動に出ていた。自らゲルハルトさんの牢屋へ入り、彼の傍へ歩み寄る。そしてしゃがみ込むと、座り込んでいるゲルハルトさんの頬に容赦なく平手打ちを決めた。

 予想外の出来事に、誰も声が出ない。


「何を弱気なことを言っているんですか。僕の知っている隊長殿は、そのような腑抜けではありませんよ」

「……何を言って、」

「一々責任や後悔を感じている暇があったら、早く王子様を助けに向かうべきです。今あなたのするべきことは何ですか」

「するべき、こと?」

「兵士隊長ならば、己が仕える主を守りに行くものでしょう。違いますか?」


 そうだ、私たちは冷静じゃなかったんだ。私が不安に押しつぶされていたように、ゲルハルトさんもまた罪悪感に苛まれていた。冷静な判断なんて、こんな場所じゃとてもできたものじゃない。

 だからこそ、ロルフさんは正しい。この中で今一番状況を正確に把握できているし、何をすべきかをちゃんとわきまえている。だからこそ、まず私たちの救出を試みたのだろう。

 しばらく呆然とロルフさんを見ていたゲルハルトさんも、ようやく正気を取り戻したかのように目つきに力がこもる。


「そうだな……責任を負うのは、すべてが終わってからだな」

「隊長殿は深く考えすぎなんですよ。そんなんじゃ、人生楽しくもなりませんしねえ……さて、行きますか」

「え、行くって、ロルフさんも一緒に行くんですか?」

「失礼な! 現時点で城の状況を一番に把握しているのは他でもない僕だ! 君や隊長殿が王子様を助けに行ったところで、兵士たちに見つかって足止めを食らうのは必至だろう? 僕がただ君らを助けに来ただけだと思っていたなんて、心外だなあ」


 ムッとするロルフさんに苦笑しながらも、確かに今の私たちでは無事カイ君のもとまで辿りつける気はしないとも思う。

 ロルフさんのお陰で一時的に兵士たちを追い払うことができたけれど、それも長く続くわけじゃない。そろそろ彼の証言が嘘だったと発覚する頃だろう。

 だとしたら、今すぐにでもここから逃げなければ。そのためにも、ロルフさんの案内が必要になる。


「さあさあ、王子様救出作戦開始です! ここから上に向かうには、遠回りですが非常用の魔術式移動装置を使う方が早いです」

「兵士が封鎖している可能性もあるが」

「大丈夫です、それに乗ってここまで来たんですから。下見はしっかりしてますよ!」


 ここまでロルフさんが頼りになると思ったことがあっただろうか。そんなことを思いながら、二人と共に牢獄を出る。

 薄暗い空間から出た途端、何とかなるんじゃないかなんて安直な気持ちになるのは、軽く考えすぎだからだろうか。

 でも、なぜか今は無性に希望に満ちていた。

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