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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第四章 魔法使いと二つの鏡
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混乱する

 城の上層階、王室。

 王だけが座ることを許された、部屋の奥の玉座にカイは座らされていた。生まれてから今まで一度だって座ったことのないその椅子は、何の変哲もないただの椅子だ。だけどそこから見える景色は不思議なもので、すべてを見下ろしているような気分になる。

 玉座に座らされたカイの両脇に、元・国軍兵士たちが物騒な槍を手に立っている。どことなく見覚えのある顔に拘束されているというのは不思議な現象だ。

 なんて、呑気に状況を把握していられるほどカイは平常心を保っていない。アンナやゲルハルトと離れ離れになったせいで、突然一人になったために多大な恐怖と戦っていた。

 帰ってきたらこんなことになっているなんて、誰が思っただろう。城に帰って、またいつものように部屋に籠って過ごすつもりだったのに、棘のある小言を言ってくる父親も、城を駆けまわっている使用人たちもいない。

 城の中は空っぽだった。


「手荒な真似をしたこと、深くお詫び申し上げます」


 目の前で深々と頭を下げるセアドに、カイは自然と睨むような目を向けていた。

 もともと、カイはこの男が苦手だった。初めて会ったときからセアドに対する印象はあまりよくないもので、しかし意味もなく嫌うのは失礼かとなるべく関わらないようにしてきた。

 突然城に現れたこの男は瞬く間に大臣へと昇格し、国王の補佐をするようになった。それだけの実力の持ち主なのだから、苦手ながらも心のどこかで「凄い奴」だと認めていたのも事実だ。

 アンナがやってきてからは更に距離が縮まって、本当はいい奴なのかとさえ思うようになってきた矢先、こんなことになったのだから、信じかけていた自分が腹立たしい。


「何の真似だよ……国を侵略して、王にでもなろうってのか?」

「滅相もございません。次の王位継承者は王子の他におりませんよ」

「じゃあなんで、こんな馬鹿げた真似を!」


 深々と頭を下げていたセアドが、ゆっくりと頭を上げる。ようやく見えてきた彼の表情には、いつもの胡散臭い笑顔など微塵もなかった。どころか、冷めた視線がカイへと向けられている。

 少しずつ落ち着きを取り戻し始めたというのに、目があった途端に体が強張るのを感じた。指先が震え、思わず視線をそらしてしまう。


「わたくしはあくまで、『計画』を遂行しているだけに過ぎません。どうしてこのような暴挙に出たのか、それはわたくしの知るところではありません」

「……は? お前、何言ってんだよ……国を侵略しといて、知らないって……!」

「確かに実行犯はわたくしです。しかし、『計画』を立てたのはわたくしではないのです」


 意味がわからない。

 目の前にいるのは確かにセアドで、他に黒幕がいるとは思えない。しかし彼の言い分は他に計画を企てている者がいるように感じる。

 まさかこの男、セアドに変装した別人なのではないか。先程からいつも見せる笑顔をまったく見ないし、何となく雰囲気も違うように思う。そう思えば思うほど別人のような気がして、恐る恐る訪ねる。


「お前……何者だ? セアドじゃない、だろ」

「いえ。残念ながら王子、わたくしはセアド・ベッヘム本人にございます」


 勘は勘に過ぎなかった。だけど何かがおかしいことには変わりない。

 まず、アンナとゲルハルトが別の場所へと連れて行かれるときだ。セアドはそのとき、アンナたちの方へと同行したのだ。残されたカイは兵士に連れられて王室に辿り着き、それからしばらくしてセアドが戻ってきたのだ。

 何らおかしくないといえばそうだが、戻ってくるまでの時間があまりにも短すぎるような気がして、妙な違和感を覚えた。最初はアンナたちを兵士たちに任せたのだと思っていたが、それにしては何がが不自然だ。

 だけどその不自然さが何なのかわからないくて、さっきから頭がもやもやしている。


「じゃあ、その計画ってのは何なんだ? それにアンナたちをどこにやった? 俺と別々にする必要でもあったのか?」

「そう立て続けに仰られましても……いえ、一つ一つお答えいたしましょう。まずアンナ様たちについてですが、地下牢へお連れしました」

「牢獄に……?」


 一度だけ、牢獄を見たことがある。随分と幼い頃の話で、王子とはいえ城内を自由に歩くことを禁じられていたため、牢獄へ行ってはならないとの言いつけを破って足を踏み入れたのだ。

 地下牢とだけあって窓などなく、ただ薄暗く気持ち悪い印象だったのを覚えている。罪人を処罰するまで留置する場所だとも聞いていた。

 とりあえず、無事であることに変わりないが、すぐに再会するのは無理だともわかった。


「次に、王子をここにお連れしたわけですが……アンナ様やゲルハルトは『計画』を知れば妨害なさると予測できますので、お二人を牢獄にお連れしました。反対に王子は『計画』に必要な存在ですので、自由を奪っては意味がありません」

「さっきから計画って、何なんだよ」

「それを今からお話しいたします。どうか動揺なさらず、落ち着いてお聞きくださいませ」


 それはあまりにも突飛で、常識破りで、無謀すぎるものだった。それを計画と呼んでいいものなのか、根底すら疑うような内容に驚愕の色を隠せない。

 異世界の人間を大量に召喚して、この国を新たな国に作り上げる。セアドの話は気が遠くなるくらいに長いものだったが、要約すればこういうことだ。何も難しい工程なんかない、至って単純な計画のように思えるが、問題はその発想だ。

 なぜセアドが異世界の人間にこだわるのか、それが見えてこない。アンナのことを思ってこんな真似をしているとは思えないし、他に理由など思いつかない。

 つまり、そのためにカイの召喚魔法の能力が必要になるのだと、至極真面目に言うセアドを正気の沙汰とは思えなかった。


「お前、それ……本気で言ってんのかよ」

「ええ、本気です。それにこの計画は、王子が思っていらっしゃるよりもずっと昔から練られていたものなのです」

「なんで……なんでそんなこと」

「それは……」


 言いかけた言葉の先を聞くことはできなかった。変わりに、王室の扉がゆっくりと開く。現れた新たな人物の姿を見て、カイは目を疑う。


「話は大方住みましたか? こちらも説明が終わりましたが、しかし予想通りの反応と言うべきでしょうかね……見事に計画には賛同できないと仰られてしまいましたよ」


 現れたのはセアドだった。目の前にいるセアドとまったく同じ、双子や瓜二つなんて言葉を使うまでもなく『同一人物』だった。

 自分と同じ容姿の男が近寄ってきたことに、目の前のセアドは驚きもしない。

 もう一人のセアドは呆然と見つめているカイに向けて、驚かれている理由を察したのかいつもの胡散臭い笑みを浮かべた。


「ああ、驚かせてしまいましたね。王子、混乱は重々承知でお話いたしますが、わたくしもセアド・ベッヘムにございます」

「は……はあ!?」

「双子でも別人でもなく、わたくしもこの男もセアドに変わりありません。同一人物と考えていただければ、わかりやすいかと」


 ついに頭がこんがらがってきた。計画の全貌だけでもまだ理解に苦しんでいるというのに、今度は同一人物だと言われたところで「はいそうですか」と納得しろとでも言うのか。できるわけがない。

 だけどもう一人のセアドの言う通り、そっくりさんでも双子でもないのは伝わってくる。なんというか、説明するには難しいけれど、どちらも同じなのだ。どちらかが初めて会うセアドだとしても、初対面の感覚がない。

 夢でも見ているのだろうか。本当はすべて夢で、目が覚める頃にはいつもの部屋に戻っているに違いない。そう思いたいところだが、軽く指を抓れば痛みを感じた。

 とりあえず、状況を整理しよう。

 兵士たちに捕まったカイは王室に連れていかれ、そこでセアドに事の全貌を聞かされる。そして離れ離れになったアンナとゲルハルトは地下牢へと連れていかれ、恐らくこのもう一人のセアドに同じことを説明されたのだろう。

 だとしたら、最初から感じていたセアドへの違和感にも納得がいく。最初からいたこのセアドは、初めて会う方なのだろう。


「それで……お前たちは俺に、異世界の人間を召喚しろって言いたいのか?」

「左様でございます。いやいや、話が早くて助かります」

「まだ協力するとは言ってない。大体、親父はどうした。城の使用人たちはどこにいった?」

「ご安心ください。国王や使用人たちは別の場所にお集まりいただいてますので」


 その別の場所は、地下牢か、あるいは城の外か。どちらにしろ事前に逃げたという仮説はなくなった。

 もう一人のセアドが言っていることが本当かどうかはともかくとして、国王が殺されてないとわかって、少しだけ安堵している自分がいた。好きでもない父親だけれど、嫌いというわけでもない。もし殺されたと告げられたときには、恐らく平常心などとっくに崩れ落ちているだろう。

 それにしても、と思う。最初からここにいたセアドは随分と歯切れの悪い感じだったけれど、遅れてやってきたセアドはいつものように饒舌だ。

 このセアドが計画を企てたのだろうか。


「……どうしてこんなことするんだ? どうしてお前が、お前らが異世界の人間にこだわるんだ?」


 答えたのはやはり、もう一人のセアドだった。


「王子。あなた様は異世界の人間を以前何度か召喚されましたね」

「……それがどうした」

「アンナ様の前は、二、三人ほど召喚されたはずです。といっても、王子はその者たちに直接お会いしたことはなかったはずです」

「だから、それが何だってんだよ」

「その一人が、このセアドなのですよ」


 理解するのに何度もその言葉を脳内で復唱した。それでも何を言っているのかわからなくて、もう一人のセアドが指差す、初対面のセアドを呆然と見つめる。

 いや、言っている意味はわかる。神話の怪物を召喚しようとして失敗した結果の異世界の人間、それがこのセアドだということまではわかる。

 ではなぜ、もう一人のセアドがいるのか。

 同一人物と言い張るこの男が、何らかの魔法で作られたとは考え難い。それ以外に思い当たるものもなく、もう一人のセアドという存在の謎が深まるばかりだ。

 大体、セアドはそもそも盗人として捕まり城にやってきたと言っていたはずだ。それすらも嘘だというのか。だとしたら、国王はそれを知っていたことになる。

 本気でわけがわからなくなってきた。


「ますます混乱されているようですね。仰りたいことはわかります、なぜわたくしがいるのかということでしょう。それについては至極簡単……いえ、説明は簡単ですが実際は難解と言いますか……」

「簡単に説明すればいいだろう」

「それもそうですね。まったく君は、私だというのにまったく私らしくない。いいですか王子、わたくしは……」


 そこで言葉を一度切り、もう一人のセアドは言う。


「わたくしはこの世界のセアド・ベッヘムなのです。隣にいるのは異世界から召喚されたセアド。住む世界は違いますが、れっきとした同一人物なのですよ」

「……は?」

「意味がわからない。仰りたいことは重々承知です。しかし、そう説明する他にありません。そこでわたくしは一つの仮説を立てました。この世界と異世界は、鏡になっているのではないかと」

「鏡……」

「この世界と異世界には、同じだけの人間が暮らしている。二つの世界が干渉することはありませんが、王子の魔法によってこのような手違いが起きてしまったのだと」


 そんなことを言われたって、どうしろというのだ。

 セアドの言いたいことはわかる。この世界と異世界に同一人物が生きていて、二つの世界は対の鏡のようになっていると考えれば想像しやすい。

 だけどそれが正しいかどうかにしても、だとしたら、アンナにもこの世界の同一人物がいるとでも言うのか。

 それに、もしその『計画』を実行でもしたら、世界は同一人物だらけになってしまうのではないか。

 賛同するかしないか以前に、アンナやゲルハルトも思っているであろう、そして何度も思っている言葉を口にする。

 「わかがわからない」と。


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