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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第三章 魔法使いと氷の姫
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壊れる

 荷物をまとめ、城から外に出る。あまりにも呆気ない別れとなってしまったが、これ以上エイス王国に留まっているわけにはいかない。

 エリヴィラ姫とはもっとお話したかったし、この国のことももっと知りたかった。だけど、隣で顔色を青白くしているカイ君を放っておくわけにもいかない。何より今何が起こっているのか、この目で確かめる必要があった。

 出発の準備が整った私たち四人を、エリヴィラ姫と国王、イゴールさん、それからゾラン王子が見送りに来てくれた。本来ならもっと和やかなムードでお別れを済ませるはずだったのだが、事が事なので皆表情から明るさが欠けている。


「そちらの国で何が起こっているのかはわからないが、もし何かあれば協力くらいはしてやる」


 そう言ってくれたエリヴィラ姫のぎこちない優しさが、今はとてもありがたかった。

 挨拶も早々に馬車へ乗りこむと、早馬は勢いよく走りだした。普段馬車で馬が全力を出すなんてことはあまりないので、揺れは案外激しい。

 一体何が起こっているのか。

 エイス王国に飛び込んできた情報はあまりに唐突だったが、メールも電話もないこの世界での情報にはかなりの時差が生まれる。実際、ここからレーゲンバーグに戻るまでに一日では辿りつかないのだから、早くて二、三日前の情報と推測した方がいい。

 だけど、誰に、どうして侵略なんてされたのか。侵略ということは、城が乗っ取られている可能性だってある。

 それ以前にこんな物騒な事件が起こるには、あまりにもきっかけがなさすぎる。


「困りましたね……縁談の結果のご報告どころではなくなってしまいました。王が無事だとよろしいのですが……」

「城には我が国の兵士が大勢いる。きっと今頃国王を安全な場所に避難させ終えているはずだ」


 国王の安否を心配するセアドさんに、兵士たちを信じているゲルハルトさんが希望を口にする。そうは言いつつも、ゲルハルトさんの表情は暗い。

 それはたぶん、現場にいない自分が何もできなかったことへの歯痒さだろう。国王に仕えると決めた彼にとって、最も大切な主を守れないことが一番堪えるに決まっている。

 馬車の中は随分と静かだった。饒舌なセアドさんでさえ口を閉ざしていたからというのもあるが、隣に座るカイ君が呆然と景色を眺めているのがその根源だろう。

 フレーメ軍が国に訪れたときも酷く取り乱していたが、涙もなく言葉もなくただ黙り続けている今の方が、見ていられない。

 まさか少し出掛けていた間に自分の国が、自分の家が襲撃されているなんて思いもしなかっただろう。

 それだけじゃない。今までだって外に出れば何かしら問題が飛び込んできたし、こんなことが続いていたら、カイ君はもう外の世界を完全に拒絶してしまう。今だって、馴染みのない場所にいる状況に改めて恐怖を覚えているに違いない。

 残念だけれど、そんな彼にかける言葉は持ち合わせていなかった。私もセアドさんもゲルハルトさんも、言えば言うだけ彼を傷つけるのはわかっていた。

 だからこその静寂。

 色のない道を、馬車は疾駆していった。


 ようやく国に近付いてきた頃には、すでに日付も変わり太陽が高く昇っていた。雪に覆われていた道はいつしか緑が青々と映え、豊かな自然が優美な景色を作り出している。

 だけど感じるのは違和感。何の変哲もない景色だというのに、妙に静かで、心なしか不気味にすら見える。

 国に近付くにつれ、カイ君は段々と目の当たりにする現状を想像してか小刻みに震えて始めていた。

 この先が焼け野原になっているかもしれないし、あるいはまったく知らない人間が国を支配しているかもしれない。はたまた、父親である国王の存亡が危ぶまれていることだって充分に考えられる。

 この一本道を抜ければ、やっと国が見えてくる。手元にある情報が少なすぎる以上、今はこの目で見て把握する他にない。百聞は一見にしかずではないが、現状がどれだけ酷いのかは目で見て判断するのが一番だ。

 ただそれが、今のカイ君にとっては恐怖の対象でしかないというわけで。

 震えるその手をそっと包み込んだ。私の手が触れたことで一瞬肩を跳ねさせた彼は、怯えるような瞳で見つめる。


「大丈夫。きっと、皆無事だよ。今頃ちゃんと避難してるって」

「……わかってる」


 カイ君は素直じゃない。

 あれだけ自らの父親である国王に反抗的な態度を取っていても、唯一の肉親である人が危険な目に遭えばどうしようもなく不安になるのだから。そんな素直な気持ちをちゃんと本人に伝えてあげられたらと思うけれど、そこは思春期の見栄が許さないのだろう。

 大丈夫だなんて気休めにしかならないことも、カイ君はちゃんと知っている。だけど言うのと言わないのとでは、その言葉の力の差は大きく変わるのだ。

 国が間近に迫る中、今まで沈黙を貫いていたゲルハルトさんがカイ君に話しかけた。セアドさんじゃなかったのが少し意外だったが、今はそんなことはどうだっていい。


「王子、ここから先、国がどのような状態になっているかわかりませんが……一応、これでお顔を隠していてください」


 そう言って渡されたのは、エイス王国で防寒対策のために着込んでいた上着だった。丈の長い、フードのついたコート状の上着を手渡されて、カイ君は困惑の表情を隠さない。

 それについても落ち着いた口調でゲルハルトさんが説明する。


「もし、敵が国王を狙っているのだとすれば、王子にも矛先が向けられるかもしれません。国に敵が徘徊している可能性も充分にございます。ですからなるべく素性を隠して城へ向かうべきだと思うのです」

「う、うん……」

「ご安心ください。敵からはこの私がお守りいたします、命に代えても」

「い、命には代えるなよ……お前も生きて、城まで向かうんだ」

「……かしこまりました」


 カイ君に心配されるとは思っていなかったのか、少しだけ拍子の抜けた顔で、ゲルハルトさんは命令に従う姿勢を見せた。

 それにしても、先程から随分とセアドさんが静かだ。一度沈黙が破られた以上、会話に参戦してきてもおかしくないのだけど、私たちのことなど頭にないかのように黙って外の景色を眺めている。

 国がそんなに気になるのだろうか。いや、彼の場合は国というよりも、城が気になると言った方が間違っていない気がする。

 何の地位も持ち合わせなかった彼が、今では一国の大臣までに昇りつめたのだ。それが一夜にして城ごと没落したとあれば、彼はまたすべてを失ってしまうだろう。それはあまりにも呆気なく、味気なく。


 国はまっさらな土地に戻っていた、なんてことはなく、特に酷い損害もなくそこに構えていた。

 城下に広がる街並みも前に見たものと変わらず、その先にある城も出掛ける前と何ら変わりなく佇んでいる。私を除く彼らにとっては、毎日見てきた景色。特に何も変わっていないその様子に、新たな動揺を生むことはなかった。

 ただ一つ違うのは、そこに人々の賑わいがないことだ。昼下がりのこの時間なら、城下町は楽しそうな声が聞こえてくるし、人々の生活ぶりだって遠目で確認できる。

 それなのに、今見えるのは見なれない服に身を包んだ人間たちに無理やりどこかに連れて行かれる国民の姿。そこに兵士の姿は見えず、城は随分と静かだ。


「……どういうことだよ、これ」

「わかりません。とりあえず、城へ向かいましょう。町を抜けるのは難しいので、遠回りですが回り道をします」


 ゲルハルトさんの指示で、馬車は城下町ではなく周囲に広がる木々の間の道を走り抜けていく。確かに、一直線に町を通ろうとすれば先程の怪しい人間たちに目撃されるのは必至だ。

 城へと向かっている最中、カイ君は先程までの落ち着きを失いつつあった。国が崩壊していなかっただけマシ、なんて言っても、やっぱり自分の目で見るのではどんな状態も相当な刺激になる。ぎゅっと拳を握りしめている彼に、今度こそなんて声をかけたらいいかわからない。

 しばらくお互いがそれぞれの思いを抱えながら馬車に揺られ、ようやく城まで辿り着いた。

 城下町から向かえば城の正門に辿りつくのだが、回り道した先にあったのは普段あまり目にすることのない裏門だった。そもそも裏門は緊急避難用など特殊な事例でしか使われないので、特に紹介されたこともなかった。

 とはいえ、敵は裏門もきっちり巡回している。門近くの木々の中に馬車を止めて、私たちはひっそりと門へと近づいていく。

 門が見張られている以上、こっそり城に潜入することはできないだろう。というより、門を制圧されているということは、城の内部にも敵がいることになる。だとしたら、国王が危ない。


「私が特攻を切りますので、王子とアンナ様はベッヘムと共に城へ。後から私も同行いたします」

「だ、大丈夫なんですか……?」

「現時点であの者らを退かせられるのは私の他におりません。お二人は国王の安否の確認をお願いいたします」

「……わかりました」


 彼の言う通り、私たちは足手まといだ。戦う力も持たないし、ましてや逃げ切ることもできないだろう。だとしたら、ゲルハルトさんの指示に従うしかない。

 私たちの了承を得て、ゲルハルトさんは早速茂みから飛び出して門へと走り出す。それに気づいた敵が剣を抜くも、実力の差は圧倒的にゲルハルトさんが勝っていた。敵の剣は瞬く間に、手から弾き飛ばされる。

 敵が丸腰になったところで、ゲルハルトさんは自らの剣の切先を相手の喉元へと向ける。完全に抵抗を封じたところで、しかし、彼はその切先をすぐに喉から離した。

 不審に思いできるだけ近くまで駆けつけると、彼は驚きを隠そうともせず敵の姿をまじまじと見つめていた。


「なぜ、城を守っているはずのお前が……」


 動揺を孕んだ声ははっきりと届いた。そして彼が言いたいことも、なんとなく伝わった。

 国を占拠している敵は、皆、この城に仕えていた兵士たちだったのだと。

 異変に気付き駆けつけてきた敵も、皆、ここに仕えていた者たち。遠目から見ていては気づかなかったけれど、何人かは顔に見覚えがある。

 一体どうしてこんなことが。目の前の事態を呑みこめず、呆然とその場に立ちつくす。カイ君もまた、わけがわからないといった表情で黙って見つめていた。

 そんな私たちの後ろから、セアドさんが前に出る。兵士たちに向けていつものように、「大臣」としての言葉をかけた。


「お前たち、お勤めご苦労。任務大方達成したというところかな……それでは早速次の段階に入ろう。王子とアンナ様を捕えろ」


 雑務でも頼むかのように素っ気なく言った言葉に、兵士たちは俊敏に反応して私たちを拘束する。あまりに突然のことだったので、抵抗する暇もなくあっさりと捕まってしまった。なんて、随分と落ち着いて語っているように見えるが、実際のところは心臓が早鐘を打っている。

 それよりも、セアドさんには色々聞きたいことができた。なぜ彼がこんな命令をするのか。なぜ彼が兵士たちに国を制圧などさせたのか。国王直属の大臣である彼が、なぜ。

 兵士たちに囲まれたゲルハルトさんも、セアドさんに疑いと憤りの眼差しを向けていた。


「どういうことだ、ベッヘム! 貴様、一体何をした!」

「ふむ。君のような純粋に王に仕える兵士がいたのは誤算だったな。まあ、中々面白い役どころだったから泳がせておいて正解だった」

「何をしたのか、答えろ!」

「別に、まだ何もしていないさ。むしろ本格的に動くのはこれから、というべきか」


 いつもの胡散臭い笑みはなく、彼の瞳は背筋が凍るほど冷ややかだった。まるで心の底にどす黒い感情を抱えているような、温かさの欠片もない目。


「この国を壊すんだ」


 あまりにも唐突で、呆気なく、味気なく。

 それでもただ無情なまま、時間だけが過ぎていく。

第三章完結です。

次の章が最終章になる予定です。これから先残酷な描写はないと思われますが、酷く重い話も続くと思うのでご了承ください。

最後までお付き合いいただければ、と思います。

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