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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第三章 魔法使いと氷の姫
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結ばれる

 忙しさと疲労が折り重なって、ついに頭がおかしくなってしまったのだろうか。

 目の前を疲れも感じさせない足取りで歩くセアドさんを、夢でも見ているかのように眺める。いや、これは夢の中なのかもしれない。まだ私は眠っていて、疲れと気持ちの沈みからわけのわからない妄想を繰り広げているに違いない。

 頬を抓ってみた。痛かった。

 この先に、カイ君やエリヴィラ姫達が待っている。彼らはセアドさんから同じ説明を受けたのだろうか。いや、聞いていればもっと城内は騒がしいはずだ。

 常々何を考えているのかわからない人だと思っていたけれど、正直ここまでぶっ飛んだことを言う人だとは思わなかった。嫌悪感というよりも、理解しようにもできないもどかしさ。

 勿論彼が何の根拠もなくそんな提案をしてきたとは思わない。きっと何か理由があるはずだ。だとしても、その理由については皆目見当もつかない。本人以外に真意を当てられる人などこの世界にも、どの世界にもいないだろうが。

 歩きながら、セアドさんは振り向かずに話しかけた。


「時にアンナ様。あなた様の世界では、婚約に関する決まりごとがございますか?」

「決まりごと……年齢とか、重婚禁止、とか」

「なるほど。して、結婚できる年齢というのは?」

「男性が十八、女性が十六ですけど……それが何か?」

「いえいえ、大したことではございません。ちなみにこの世界では婚姻の決まりごとは各国様々ですが、我が国でいえば年齢が当てはまりますね。王族であれ国民であれ、男女共に十五を超えていなければなりません」


 勿論他にも様々な細かい決まりごとがございますが、と話すセアドさんに、ずっと聞きたいことを喉の奥に詰まらせる。

 まるで私をカイ君と結婚させることを前提に話しているようで、複雑な気分だ。私の意思などそっちのけといった具合に。

 カイ君を好き嫌い以前に、彼と結ばれるのは物理上無理なのだと、セアドさんだってわかっていそうなものなのに、どうしてあんなことを言うのか。

 私はもとの世界に戻らなくちゃいけない。それなのにカイ君と結婚なんてすれば、もとの世界に戻れなくなってしまう。

 あるいは、戻らせないためにこんなことを思いついたのか。


「あの……」

「おっと。仰りたいことはお察ししますが、それはもうしばらくお心に留めておいてください」


 このままこの人の策略に逆らわずにいたら、本当に帰れなくなってしまうかもしれない。そんな不安を抱えて、カイ君達の待つ部屋へと足を踏み入れた。


 室内には、縁談に関わるほとんどの人々が集められていた。カイ君にゲルハルトさん、エリヴィラ姫にイゴールさん、エイス国王。そして例外として、今回の件にまったく関わりのないゾラン王子。

 遅れて登場してきた私たちに、一同の視線が集中する。各々の表情は違うものの、ようやく役者が揃ったと言わんばかりの空気に居たたまれなくなってしまう。足早に空いている席へと向かった。

 初めての縁談よりも空気が重い。皆疲れが溜まっているからなのか、それとも忘れかけていた問題を掘り起こされたからなのか、どちらにしても誰一人として気分のいい顔はしていなかった。

 沈黙と陰鬱な空気が漂う中、恐らく彼らと私を集めた張本人であるセアドさんが仕切り始める。これだけの空気を前にしても、彼はものともしない爽やかな笑顔を浮かべていた。


「皆様、お疲れの中お集まりいただき誠にありがとうございます。それでは始めましょうか、くだんの縁談のお話を」


 その言葉に、カイ君とエリヴィラ姫があからさまに嫌そうな顔を浮かべた。これだけ疲れて気分も最悪だというのに、まだそんな話をするつもりなのかと言いたげな目をセアドさんに向けている。

 非難の視線に臆することなく、彼は鉄壁の精神と巧みな話術で押し切った。


「ご心配なく。王子と姫君のご意思も汲み取らず縁談を成立させたりなどいたしません。そこでわたくしは、あるご提案をさせていただきたく皆様にお集まりいただきました」

「提案? 貴様、一体何を考えている」

「まあまあ姫君、どうかわたくしの話をお聞きください。そのご提案と申しますのは」


 そこで彼は一度言葉を区切った。

 ここにいる私以外の誰も、彼の目論みを知る者はいない。とはいえ、これから話が進むにつれ、この先の展開は私も知り及ばないことになるのだろうけど。

 勿体ぶるように溜めていた彼は、絶妙なタイミングで言葉を繋げた。


「今回の縁談を、そもそもなかったことにしてしまおうということなのです」


 セアドさんの奇策に、一同は思い通りの反応を見せる。

 だけどまだ、これは話の序章に過ぎない。ここまででも充分に混乱できるけれど、問題はここから先なのだ。わけがわからないと言いたげな彼らには悪いけれど、早く話を進めたいのが本音だった。

 とはいえ、ただの教育係である私は話の進行権など持ち合わせていない。ここで話の過程をすっ飛ばして私がネタバレを吐露したところで、さらなる混乱を招くだけだ。

 この発言に一番驚いていたのはエイス国王だった。娘との縁談を受け付けるというから招いたというのに、承諾した大臣自ら取り消そうとしているのだから、そうですかと納得できるはずもない。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! なかったことにしようだなんて、君は一体何を考えているんだ!」

「国王陛下、落ち着いてお聞きください。確かにお年頃の姫君はそろそろ婚約相手をお探しにならなければいけません。それが貴国のためであるとも充分に理解している所存です。しかしどうでしょう、それで国が安泰となっても、姫君は本当に幸せなのでしょうか?」

「どういう意味だね」

「これでは政治の道具ではないか、という意味にございます。確かに王族の婚姻とはただの恋愛の果てではございません。国を存続させるためにも、相手を選ぶのは必然でしょう。しかし当の我が国の王子と姫君は、性格的に波長が合わないと判断いたしました。そのようなお二人が仮に婚約なさったとして、安泰な未来が築けると思われますでしょうか?」


 単に彼らの意思を尊重するだけでなく、不仲な二人が結婚した未来を見据えて話す彼の問いかけに、国王は押し黙る。見た限り、エリヴィラ姫のことを大切にしているようだし、カイ君と本当に結婚させていいのか迷っているのかもしれない。

 しかし、国王を黙らせることに成功したからといって、すべてが解決したわけではない。仮に縁談を破棄したところで、カイ君をこのまま国に返すわけにはいかないのだ。縁談のためにエイス王国まで赴いたというのに、何の成果もなく帰れば国王もいい気分ではない。別にそれはそれで構わないかもしれないが、これからカイ君に次々新たな縁談が舞い込むのは目に見えている。

 振り出しに戻ったところで、セアドさんは次の段階に入ろうとしていた。あのことを話すのを今か今かと待つと思うと、恥ずかしいやら怖いやらでこの場から逃げ出したくなる。

 いや、彼が話したところで彼らも私のようにセアドさんの正気を疑うに違いない。それについては絶対と言えるほどの自信があった。

 あったのだけど、今のように彼の話術で論破されてしまえば、事態は急展開を迎えることになるのも明白だった。


「それに、カイ王子には以前からお慕いなさっているお方がいらっしゃるのです。一国の大臣としては縁談の成立を優先するべきでしょうが、わたくしはカイ王子に幸せになっていただきたいと思うのです」

「ちょ、ちょっと待てよ! 俺には好きな人なんか……」

「いらっしゃるのでしょう? あなた様のすぐ傍に」


 室内にいるすべての人の視線が、一点に集中する。

 視線を一気に集めた私は、ただ俯くことしかできなかった。すぐにでも否定したい気持ちは山々なのだが、それ以前に周りの目が痛くて顔を上げられない。

 恥ずかしさに耐えながらもゆっくり視界を上げれば、カイ君もまた顔を真っ赤にして俯いていた。いきなり自分の恋愛話になって、その気持ちが嘘か本当かはわからないが恥ずかしくなってしまったのだろう。

 さらに追い打ちをかけるように、セアドさんはカイ君に話しかける。


「それとも、これはわたくしの勘違いでしたでしょうか? 王子がアンナ様に好意を寄せているものだとばかり思っていましたが、まったくの見当違いであれば今の話は取り消さなければなりませんね。エリヴィラ姫との縁談も拒むとおっしゃるのなら、他の縁談相手を探さねば……」

「ち、違う……別に、アンナのことは嫌いじゃないってだけで……って、何言わせるんだよてめえ! 俺はまだ縁談なんて嫌だって言ってんだろ!」

「それでは、アンナ様をお好きだと」

「だからそれも違うって!」


 カイ君のテンパりによって空気は少しだけ軽くなったものの、セアドさんとカイ君のやり取りを一同はただ茫然と見つめるままだ。

 まさかセアドさんは、カイ君や私の意思云々はともかくとして、この混乱を望んでいたのだろうか。事前に当人に伝えてしまっては純粋な反応は望めないし、カイ君がそれっぽい反応を見せてくれればエイス国王も諦めてくれるかもしれないと企んでいたのか。

 だけど仮にこれが成功したとしても、結局帰国後縁談は破棄されたと報告しなければならないのだし、この作戦はセアドさんにとって何のプラスにもならないと思うのだが。

 まさか、彼が本当にカイ君の幸せを願ってこんな奇行に走ったとは信じるわけがない。

 まるで男子中学生のような態度を見せるカイ君に呆れた目を向けながら、今まで静観していたエリヴィラ姫が声を上げる。


「……もういい。縁談は破棄しよう、それでいいのだろう?」

「エリヴィラ、お前何を言って……」

「父上、どうかお許しください。私とあの者ではそもそも気が合いそうにないし、あの者に想い人がいるのであれば邪魔するわけにもいかない」

「しかし、お前の婚約はどうなる。もう長いこと待ってはいられんぞ」


 セアドさんの提案に乗って、エリヴィラ姫もまたエイス国王に縁談の取り消しを求め始めた。

 まさか彼女がセアドさんの芝居に乗ってくれるとは思わなかったが(あるいは本当に呆れてしまったのかもしれない)、娘のお願いに国王も動揺の色を見せ始めていた。

 とはいえ、エイス王国によって今の状況は決していいことではない。ようやく持ちあがった婚約の兆しを白紙にしようというのだから、素直に頷けないのもわかる。

 苦い顔を浮かべる国王に駄目押しをしたのは、セアドさんでも姫君でもなく、今までやり取りを傍観し続けていたゾラン王子だった。


「婚約相手をお探しなら、俺が立候補しましょうか。国王陛下」

「しかし貴様はフレーメの王子だろう。私の娘と婚約させるなど……」

「フレーメはもう戦争を起こしたりしない。それに、前に一度求婚を迫ったときなんか、姫様も満更でもなさそうだったもんな」

「な、何でたらめを……!」


 思いつきのように相手に立候補するゾラン王子に対し、予想もしていなかったのかエリヴィラ姫は酷く取り乱しているようだった。

 もしかして、もしかしなくともこの二人、案外上手くいくんじゃないのか。

 口ではあれだけ避難していても、やっぱりゾラン王子は女性から見れば美形だ。性格にはやや問題があるけれど、こんな人から口説かれれば受け流すのは難しい。エリヴィラ姫もやっぱり女の子なのだ。

 頬を赤く染めて恥じらう娘を見て、国王も何かを悟ったのか、片手で頭を抱えながら重い口を開いた。


「……わかった。今回の縁談はなかったことにしよう」


 その言葉が終止符となったのか、なぜだか肩から力が抜けたような気がした。

 安心したのも束の間、ようやく修羅場から抜けた部屋の扉が慌ただしく開く。入ってきた王国の部下に何事かと目を向けていると、息も絶え絶えに彼は告げた。


「た、大変です……たった今、情報が入りました。レーゲンバーグが何者かに侵略された、とのことです……!」


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