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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第三章 魔法使いと氷の姫
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遭遇する

 誰も信じられない。

 最初から信じていたわけじゃなかった。だけど、向こうが自分を理解しようとするから、それに応えようと努力はした。したけれど、結局はまた裏切られたのだ。そんな安易な薄っぺらい信頼を信じてしまった、自分が馬鹿だったと自覚しているけれど。

 誰しも自分が可愛いのはわかっているし、血縁者でもない他人をそこまで心から心配する者などほとんどいない。頼れるのは己の心で、信じられるのは己の意思だけだ。

 だから今回の件が、誰のせいでもないことも理解しているつもりだった。自分が大人にならなければならないのも、心の隅ではわかっていた。それなのに。それなのに。

 どうしても子供から抜け出せられない自分が、酷く情けない。


 城を出発してからどれだけの時間が経っただろう。気がつけば城や城下町などどこにも見当たらない。どころか雪原すら抜け出して、不気味な木々の生い茂る森林に辿りついていた。

 城からの逃亡に召喚した巨大な鳥はもういない。以前フレーメへ向かうときに召喚した種類とはまた別で、やたらと気性の荒い奴だった。それでもなんとか乗りこなして、少し休憩しようと地上へ降りた途端、鳥もまた逃亡してしまったのだ。

 また召喚して移動手段を作ればいいけれど、持ち合わせていた食糧も少なく、体力も限界に近い。魔法を使うにはそれだけの精神力が必要なのだ。疲れが溜まっている状態では、きっとろくな生物を召喚できないだろう。

 召喚、といえば。

 結局、神話の怪物を召喚する機会はなくなってしまった。フレーメとの戦いをなくすために、どころか戦争を続ける自分の国を滅ぼすために召喚しようとしていた怪物は、結局最初から不可能だったのだろうか。

 何度試したって、召喚できたのは異世界からやってきた人間ばかり。それ自体すごいことだと言われたって、結局失敗であることに変わりないのだ。

 失敗続きの魔法。失敗続きの人生。思い返すだけで嫌になる。


「こんなこと、結局甘えなんだろうけど……」


 自嘲気味に呟いた言葉は、こだますることもなく静かに消えていく。

 わかっている。わかっているんだ。どれだけ子供なのか、どれかで幼稚で我儘なのか。だけどそれを他人に指摘されるのが嫌で、わかっていると言っているものの行動に移せなくて。

 そんな葛藤を、誰かにわかってほしかった。

 とはいえ、こんなところにいつまでもいれば風邪を引きかねない。どこか暖を凌げる場所がないかと歩き始めると、遠くに草が掠れるような音と、何かが落ちてくるような音が聞こえた。

 まさかさっき逃げていった鳥が落ちてきたのかも、と半ば不安を覚えながらも近寄っていく。

 が、このときカイはまだ、一緒にエイス王国を訪れた城の者たちが自分を探しに出ているとは予想できても、まさか崖から落ちてしまったとは想像もしていなかった。


「……え、」


 二股に別れた木の間に力なく倒れ込む、一人の人間。

 慌てて掛け寄れば、その姿に見覚えがあった。防寒用の上着をきっちりと着こなし、細身でありながらしっかりした体つきの少女。エリヴィラ・エイスがそこに倒れていた。

 なぜこんなところにいるのか。なぜ倒れているのか。というか、どこから落ちてきたのか。聞きたいことはたくさんあるが、意識を失っている彼女を助けるのが先決だと、木にもたれた彼女を身長に地上へ降ろす。情けないことに、少女一人を介抱するのにもう息が上がっていた。

 ちゃんと呼吸をしているし、目立った外傷もない。さすがに服を脱がせて容体を確認する勇気はなかったが、落下した場所が良かったのだろう、苦しそうに顔を歪ませている様子もない。

 たぶん、彼女がここにいる理由はわかる。きっと自分を探しに来たのだ。

 先日あれだけ酷いことを言って、お互いに仲を拗らせてしまったこともあって、彼女の印象はあまりいいものではない。それでもここにいる以上は、仲間と共に捜索に来たのに間違いない。

 やっぱり彼女は大人なのだ。どんなに嫌な相手でも、ちゃんと割り切って接しようとする人間だ。


「あー……俺って本当、馬鹿」

「まったくだ。一時の感情に任せて吹雪の中を飛び出すなど、無謀でなければただの馬鹿だ」

「それはお前が……! って、え?」


 思わぬ相の手に、カイは呆然と横たわっている姫君を見る。意識を失っていたはずの彼女は、薄っすらと瞳を開けてこちらを見ていた。

 落下してまだ時間もそれほど経っていないというのに、すでに意識を回復しているエリヴィラ姫に言葉も出ない。本当に姫君と呼んでいていいのだろうか。不死身の化け物の間違いではないのだろうか。

 言葉も出ないカイをよそに、姫はゆっくりと体を起こして起きあがる。怪我の確認はしていないけれど、この様子だと骨折の心配はなさそうだ。


「崖から落下したのは迂闊だったが、お陰で貴様を探す手間が省けたな。ほら、行くぞ。貴様の教育係も同じように落下した、ゆっくりしている暇はない」

「え……ちょっ、え? 崖? 落下? つか、アンナも落ちた?」

「一々煩い男だ。アンナと共に崖から落ちたんだ。私は無事でも彼女はまだ確認できていない」


 面倒くさそうに説明しながらも歩きだしたエリヴィラ姫の後を追いながら、状況を整理する。

 どうやら彼らは自分を探しに吹雪の中飛び出して、その最中何らかの事故でアンナと姫が崖から転落。姫は奇跡的に怪我もなく助かり、アンナは行方不明……そういうことだろうか。

 それにしても、自分を探しに来た彼らの行動は余計なお世話とはいえ、そのせいでアンナと姫が危険な目に遭っていることには、胸がちくりと痛い。

 やっぱり自分は子供なのだ。どう足掻いたところで、どう振舞ったところで、年齢的にも精神的にも成長などしていない。今だってこうして皆に迷惑を掛けて、そのせいでアンナが行方不明になっている。逃亡なんてしなければこんなことにはならなかったのに。

 だけど大人しく城になんて籠っていられなかった。今までは外に出るなんて考えられなかったけれど、今は違う。城に留まっていれば、意思とは関係なく婚約が決まってしまうかもしれない。そう考えたら、いてもたってもいられなかった。

 けもの道を颯爽と歩く姫の後を必死に追いかけながら、思う。

 目の前の彼女はこんなにも自分の役目をまっとうしているのに、それに比べて自分はどうだ。見たくもない現実から逃げて、役目から目を背けて。

 一体何がしたいのだろう。


「先日は、済まなかった」

「……え?」

「初対面の貴様に酷いことを言ったのは反省してる。縁談の話は置いて、貴様の人格を傷つけるような言い方をしたのは確かだ。謝罪する」


 振り向かずに謝ってきた姫が、今どんな顔をしているのかは想像もつかない。本当は謝ろうだなんて微塵にも思っていないのかもしれないし、謝るように言われたから謝っているだけかもしれない。

 きっとアンナに説得されたのだ。あのお節介のことだから、自分たちの仲が悪化したままになるのを懸念したに違いない。

 大体、なんでそんな風に簡単に謝れるんだろう。彼女だって勝手に決められた縁談に気分を害していたはずだ。それなのに、それはそれと簡単に割り切れるはずがない。

 どうして、なんで。


「どうして、そんな簡単に謝れるんだよ……! 俺だってお前に散々酷いこと言ったし、こんな縁談望んでなんかいないんだろ? 大体、勝手に出ていっただけなのに何探しに来てんだよ……馬鹿だろ、お前」


 違う、こんなことを聞きたかったんじゃない。こんなことを言いたかったんじゃない。

 それなのに口から零れるのは、いつもと変わらない虚勢を張った我儘ばかり。言ってしまった以上、心のどこかでそう思っているのかもしれない。

 対してエリヴィラ姫は振り返ることもなく、その場で立ち止まる。急に立ち止まったことで背中にぶつかりそうになるのをなんとか免れた。

 彼女は穏やかな声音で答える。


「私が謝っているのは、先日の貴様に対しての失言だ。初対面の相手に言いすぎた、と謝っているに過ぎない」

「は……?」

「だから私は貴様が嫌いだし、勝手に逃亡したことに怒っている。貴様となど絶対に婚約したくない」


 あまりにもはっきりとした物言いに、返す言葉もない。

 だけどそれに対しては、カイもまた同意見だった。どんなに彼女の言動が正しいと理解していても、彼女のことは嫌いだし、婚約なんかしたくもない。お互いにそう思っているうちは、縁談も簡単に進行しないだろう。

 それからしばらくは、お互いに交わす言葉もなく黙々と道なき道を突き進んでいた。といっても、途中で体力も底をついているカイが倒れそうになるのを、黙ってエリヴィラ姫が支えていたのだが、それは説明するに足らない出来事だ。

 どんなに歩いても森を抜けることはない。一体ここはどこなんだと聞くにしても、先程のやりとりで中々声もかけづらい。ただ視線を背中に送り続けていると、鬱陶しそうに先頭の姫が振り向いた。


「なんだ」

「いや……ここ、どこかなって」

「詳しくはわからんが、恐らくこの木々を見る限りはナット山脈の方へ向かっているはずだ」

「ナット山脈……どうりで見覚えのある木だと思った」

「ああ、貴様は確かナット山脈のふもとの自然を無断で召喚したんだったな」

「……きょ、許可がなくても罪には問われないだろ」

「別に責めるつもりはない。誰の物でもないんだからな」


 そういえば、周囲に生い茂る木々はフレーメに召喚したグルンの木だ。夜が近づいているのか、葉がほんのりと光り始めている。薄ぼんやりとした光だけど、真っ暗な中を歩くことにならないだけでもマシかもしれない。

 問題はアンナの方だ。エリヴィラ姫と一緒に落ちてきたのなら、そう遠くには行っていないはずなのだが。何しろ広大な森林だから簡単に人が見つかりはしない。

 探しながら、思う。

 アンナは縁談の話を聞いたとき、本当に喜んでくれていた。まるで自分のことのように、お世辞など感じさせない笑顔で祝ってくれた。まだ婚約まで話は進んでいないのだし気が早いけれど、それでも今までにないくらいの笑顔で、喜んでいた。

 だけどあのとき、なぜだか胸が張り裂けそうなくらい、痛かった。アンナが笑顔でおめでとうと言うたび、縁談の話に花を咲かせるたび、どうしようもなく苦しかった。

 単に縁談が嫌だったからとか、そんな痛みではなかった。もっと複雑で曖昧で、今までに感じたことのないようなじんわりとした痛み。実際に痛んでいるわけじゃないんだろうけど、痛みと一緒にどうしようもない悲しみを感じた。


「……なあ、アンナ、無事かな」

「さあな……相当の高さから落下したようだから、私のように奇跡的に怪我ひとつない着地とはいかないだろう」

「……」

「……なあ。貴様、アンナのことが好きだろう?」

「はあ!?」


 唐突に聞かれた言葉に、思わず耳を疑った。何をどうやったらそんな結論に至るのか。こっちは真剣に心配しているというのに、この不死身姫は何を言い出すのか。

 混乱するカイをよそに、エリヴィラ姫は至極真面目な様子だった。とても冗談を言っているようには思えない。だからこそわけがわからない。


「貴様らの様子を見ていれば、よほどの鈍感でない限りわかるものだ。アンナがどう思っているかは知らんが、少なくとも貴様はな」

「……俺が、あいつを? まさか、そんなわけないだろ! だってあいつは異世界から来た人間で、ただの教育係で」

「異世界の相手には恋ができないと、そう思っているのか?」

「……」


 長いこと閉じこもっていた日常をあっさりと壊してしまった、異世界の教育係。

 お節介で落ち込みやすくて、かと思えば鬱陶しいくらいに励まそうとして、よくわからない奴だった。教え方は特に他と変わらないし、何かあるとすぐにあの胡散臭い大臣を呼び寄せる、面倒くさい女。

 それでもアンナと一緒にいて、嫌になったりはしなかった。鬱陶しいとは思うけれど、それが苛つきに変わったりはしなかった。どころか、いつの間にか一緒にいるのが当たり前のような、そんな感覚すら抱いていた。

 特別不思議な力があるわけでもないし、異世界の人間といったって、この世界の人間と特に違ったところもない。至って平凡な、庶民の育ちの娘。

 そんな奴に、特別な気持ちでも持っているというのか。


「別に、あんな奴好きじゃねえよ」

「……そうか。私の勘違いだったか」


 例えあの胸が張り裂けそうなほどの気持ちが「好き」だとしても、それを認めてはいけないような気がした。認めてしまえば何かが壊れてしまうとさえ思うのだ。

 今までもこれからも、自分とアンナは王子と教育係でしかない。それでいい。

 再び会話も途切れ、険しい道のりを歩いていると、ふと向かい側から草が擦れる音が聞こえてきた。エリヴィラ姫の合図で一旦足を止め、音の正体を探る。

 音は少しずつこちらへと近づいていき、やがて草木の擦れと共に足音が聞こえてきた。もしやアンナかと期待を抱いて待っていると、やがて音の正体は木々の合間から姿を現した。

 現れた人影にただ唖然と見つめるしかなかったが、それ以上に訪れた人の姿を見たエリヴィラ姫の表情は、冷静さを欠いた強張りを見せていた。


「な……なぜ貴様が、ここに!」

「ん? なんでエイス王国のじゃじゃ馬姫とお坊ちゃんがいるんだ?」


 探していた教育係を背負った遠方のフレーメ帝国第一皇子がここにいるなど、誰が予測できたものか。

 アンナの生存が確認できただけでも良しとしたいところだが、そう簡単に結末を迎えられそうにはなかった。

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