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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第三章 魔法使いと氷の姫
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落ちる

 とりあえず今は、カイ君とエリヴィラ姫を仲直りさせなければならない。縁談を抜きにしても、このまま関係が拗れたままというわけにもいかないだろう。エリヴィラ姫はいつまでも意地を張っているような子供っぽい性格ではないようだし、女性にリードしてもらうというのは複雑な気分だが、まずは彼女を説得することにした。

 カイ君の教育について聞きたいと話していたのもあって、会話の最中に和解を催促する機会はたくさんあった。なるべく刺激しないように先日のことについて触れてみると、彼女は一瞬嫌な顔をしたものの、特に激昂するような様子はなかった。

 カイ君の事情をすべて話すわけにはいかないが、色々な事情があってあんな風になってしまったと説明できたので、説得は順調に進んでいるように思う。


「まあ、先日は私も言いすぎたところがあったからな……両国の関係を悪化させるのも本意ではないし、縁談の話は抜きにしても、和解は必要だろう」

「あ、ありがとうございます……」

「なぜお前が感謝するんだ?」

「だって、もうカイ君と口を聞きたくないとか言われたらどうしようかと……」


 とはいえ、カイ君がエリヴィラ姫との和解を拒絶していたら何の意味もなくなってしまうのだけど。

 いや、きっと彼も今頃は反省していることだろう。いくら我儘な性格だからといって、そこまで頑固というわけでもあるまい。

 さっそく姫と共にカイ君が泊まっている客室へと向かう。本当は私一人で何とか説得してから対面させる予定だったが、エリヴィラ姫が早く済ませたいということもあって、二人で向かうことになった。

 そういえば、まだ早朝とはいえセアドさんとゲルハルトさんを見ていない。二人とも他に仕事が溜まっているのかもしれない。とはいえカイ君を説得するのに二人の協力はいらないし、わざわざ呼びだす必要もないだろう。

 二人でカイ君の部屋まで辿り着くと、扉の先は随分と静かだった。まだ起きていないのかも、なんて思いながらも、対照的に胸がざわつく。

 なんだか嫌な予感がした。

 扉のドアノブに手を掛けて回してみるも、鍵がかかっていて開かない。何度かノックして呼びかけてみても、まったく反応を示さない。

 さすがに不穏な空気を察したエリヴィラ姫は、イゴールさんに部屋の鍵を取ってくるように命令してくれた。王子の部屋に勝手に入るなんて失礼だとはわかっているが、明らかに様子がおかしいのに放っておくわけにもいかない。

 しばらくして現れたイゴールさんから鍵をもらって、鍵穴に差し込む。がちゃりと錠が外れる音を確認すると、ゆっくりと扉を開いた。

 部屋はもぬけの殻だった。


「な……どういうことだ?」


 困惑する姫と同じ感想が脳内に浮かぶ。

 もぬけの殻とはいうものの、彼がどこかへと移動した痕跡が残っていた。防寒のための分厚い窓ガラスの窓は大きく開かれ、外から風と共に雪が舞い込んできている。

 無造作に乱された布団はベッドの隅に追いやられ、長旅になるからと持ってきていた荷物もなくなっている。

 考えられることはただ一つ。彼は逃亡したのだ。

 エリヴィラ姫は呆然としながらも、開けっ放しにされた窓から外を覗きこむ。ここから地上までは約十メートルほどの高さがあった。


「馬鹿な……窓から飛び降りたとでもいうのか? この高さだ、着地できたとしても地面に積もった雪に激突すれば、多少の怪我は免れんぞ」

「おそらく、召喚魔法で人一人が乗れるくらいの鳥を呼び寄せたんだと思います。見る限り、着地した形跡もありませんし……まあ、雪が積もって痕跡を消されたとも考えられますけど」

「だとしても、部屋にこれだけの雪が舞い込んでいるとなると、今朝の出来事とは思えんな。夜に脱出していたとしたら危険だ」


 いつ城を抜け出したのか推理を始める姫をよそに、私はカイ君が逃亡した理由を考えていた。

 逃げた理由もなんとなく、わからなくはない。やっぱり縁談から逃げたかったのだ。まだ自分の部屋から一歩踏み出せたばかりで、右も左もわからず勇気もない彼が、突然結婚するなんて耐えられなかったのだ。

 それなのに私は、勝手に彼の縁談に舞い上がって、素敵な人と結婚できるのを祈っていて。セアドさんやゲルハルトさんだって、国のためにとカイ君の結婚を望んでいた。

 それが彼にとって、耐えがたいほどの重みだったとしたら。

 なんて、今は後悔していても仕方ない。こんな雪国を地理もよくわからない素人が一人で出歩くなんて危険すぎる。早く見つけ出して、連れ戻さなければ。

 とりあえずセアドさんたちに事の次第を知らせようと、カイ君の部屋を後にした。


 自国の王子の逃亡を知らされたセアドさんの笑顔は、若干引き攣っていた。それでも予測の範囲外ということはなかったのか、それほど慌てて取り乱したりしないところを見ると、彼の冷静沈着な様子が伺える。

 対照的に、私が報告するまで何も知らなかったことをゲルハルトさんは悔んでいるように見えた。護衛という大事な任務を背負っている彼にとって、カイ君の逃亡を許したのは大きな失態なのだろう。


「困ったことになりましたね……逃亡した王子を探すにしても、わたくしたち三人で探すのではこの国はあまりにも広大すぎます」

「とはいえ、捜索しないわけにはいかないだろう。遠くまで移動した王子が雪崩にでも巻き込まれたら、国王に顔向けできん」

「しかし、闇雲に探すわけにも……」


 そう、問題は地形だった。レーゲンバーグのような町や平原が広がる国であれば、捜索にそれほどの労力は必要ない。しかしここはエイス王国で、探すにしても雪が降っていては視界が悪い上に足場も悪い。地形に慣れていない者が探すには無謀すぎるのだ。

 とはいえ、こうしている間にもカイ君はどこか遠くまで逃げているかもしれない。放っておけば帰ってくるだなんて子供めいた理屈は通用しない。カイ君はそういうところが変に頑固なのだ。

 どうやって捜索しようものかと三人で話しこんでいたところに、カイ君の部屋から移動してきたエリヴィラ姫が顔を見せた。私たちが何を話していたのか大方見当がついていたのか、彼女は迷うことなく話に割り込む。


「王子の捜索なら、我が国軍に探すように命令しておいた。土地勘のない貴様らに比べれば、多少の役には立つだろう」

「これはこれは、ありがとうございますエリヴィラ姫。我々を宿泊させてくださった上に王子の捜索まで……後ほど必ずお礼をさせていただきます」

「御託はいい。それより、貴様らもただ王子が戻ってくるのを待つつもりではないのだろう?」

「勿論、我々も捜索に当たりますが」

「だったら、私と共に捜索するべきだ。貴様ら一人一人で探したところで見つかる確率は上がらないからな」


 確かに、この国の地形に詳しいエリヴィラ姫がいれば幾分か安心は増す。一国の姫に捜索など頼んでいいものかと思うけれど、国軍総帥などという物騒な肩書を持つ彼女になら、自然と任せられる気がしてしまうのだ。

 さっそく外出の準備をして、私たちは城を出る。昨日よりも若干風が強く雪も舞っていたが、危険だからと捜索を中止することはできない。今まさに、カイ君が雪の中で倒れているかもしれないのだから。

 てっきり徒歩で探すものだと思っていたが、城の外にはソリのようなものが用意されていた。人が乗るソリの先に繋がれているのは、馬のような犬のような不思議な生物だ。こちらの世界でいうところの犬ゾリだろうか。

 ちなみに、この世界にはちゃんと馬がいる。今まで不思議な生き物ばかり見てきたけれど、車や移動の手段には大体馬が使われている。ただ、毛の色が私の世界のそれとは若干違うのだけど。

 私とセアドさん、ゲルハルトさんが後方の座席に乗り込み、前方の操縦席にエリヴィラ姫が乗る。随分と使いなれているのか、無駄のない動作で馬(らしき生き物)を走らせ始めた。

 ソリの早さは意外とあって、歩くのも大変な雪道を颯爽と滑っていく。城下に広がる街並みは段々と雪原に変わっていった。

 カイ君がどこにいるかもわからないが、恐らく彼の性格を考えれば町に身をひそめているとは思えなかった。彼は人ごみが苦手なのだ。

 雪原であればすぐに見つかるだろうと思っていたが、予想以上の視界の悪さにどこを走っているのかもわからない。最初は慣れているように余裕を感じさせていたエリヴィラ姫も、次第に激しくなってくる風に目を細めている。


「……まずいな」

「え?」

「じき、吹雪になる。このままでは私たちも遭難しかねん、一旦避難しよう」

「避難って、一体どこに……」


 見渡す限り、白一色。最早どこからやってきたのかも覚えていない。

 とりあえず引き返そうとソリはUターンするが、いくら走ったところで目印になるような建物も地形も見えてこない。俗に言うホワイトアウトなのではないかと不安が膨らんでいると、突如ソリががくんと大きく傾いた。平坦な道を走っていたなら傾くはずもないのに、落ちそうになる感覚を覚える。

 目を凝らして見てみると、どうやら細い崖を伝って走っていたらしい。今まで落ちなかったのが不思議なくらいだ。

 思わず息を呑むと、察したセアドさんが私の手をそっと握ってくれた。手に感じる温もりに束の間の安堵を感じる。

 しかし現状は何も変わっていないわけで、落ち着いた動きで傾いたソリを直そうとするエリヴィラ姫をただ見守る。


「よくあることだ。落ち着いて対処すれば落ちたりはしない」

「よ、よく落ち着いていられますね……」

「幼少の頃に一度、同様の事故に遭っているからな。そう珍しいことでもない」


 下手に動くと危険なのでその場で待っているようにと支持され、姫がソリの傾きを直すのを黙って見守っていると、不意に空から何かの鳴き声が聞こえた気がした。空を仰いで確認していると、吹雪の隙間から見なれない、大きな鳥が飛んでいるのが見える。

 もしかしたらカイ君が乗っているかもしれない、と指を差して合図すれば、ゲルハルトさんたちも同様にそれを見つけた。


「あれじゃないですか、カイ君が逃亡手段にしたのって」

「ですが……王子の姿は確認できません」

「それよりもお三方……心なしか、あの鳥がこちらに急降下しているように見えるのですが」


 セアドさんの言葉通り、段々と鳥のシルエットが大きくなってきている。もともと図体の大きい鳥のようで、近づいてくるとはっきりわかった頃には二メートルはあるだろう巨体が迫っていた。

 鳥は急降下したかと思うと、私たちではなくソリを引いている馬目掛けて襲いかかってきた。急な襲撃に慌てた馬はパニックを起こし、上体を持ち上げて暴れ始める。近くにいたエリヴィラ姫は慌てて後方へ避難するも、体勢を崩して崖から落ちそうになっていた。慌てて手を差し伸べれば、それに応えるように彼女は手を握る。

 とはいえ、傾斜した状態の足場で私が人一人を支えられるわけもなく、体は崖へと吸い込まれていく。


「アンナ様!」


 咄嗟にゲルハルトさんが掴もうとするも、残酷なことにその手は空を切っていた。

 おかしいことになってしまった。カイ君を助けに来たはずったのに、気がつけば私たちが遭難状態になっているなんて。しかも、底の見えない崖から転落するはめになるなんて。

 おかしいことが多すぎて、最早何がおかしいのかもわからなくなっていた。

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