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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第三章 魔法使いと氷の姫
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困る

 早朝から叩き起こされたかと思えば、寝ぼけた目で大勢の軍人たちが日々の鍛錬に勤しむ姿を眺めている現状がよくわからない。

 しかも寒空の下、何をするでもなく一生懸命練習に励んでいる様子を見ているのだから、体を動かさない分つらいものがある。早く部屋に戻って暖を取りたい気分だが、同じように彼らを厳しい目で見守っているエリヴィラ姫の隙をついて逃げられるなど微塵にも思えなかった。

 というか、今の彼女は一国の姫君ではない。立派な国軍総帥なのだ。総帥といった立ち場がどれほどのものかはわからないが、何百といる男たちを統率できるだけの腕を持っているのは確かだ。


「よし、やめ! 朝の訓練はここまでだ、以降は自主訓練とする!」


 遠くまで響きわたるような彼女の声は、隣で聞いていると耳が痛い。

 合図を受けた男たちは背筋を伸ばして敬礼すると、無駄な動きもせず各々自主的に練習を始めていった。

 それにしても、どうしてまだ大人にもなっていない姫が、軍を統率などしようと思ったのだろう。単に戦いの術を持っているだけならまだわかるけれど、自らいつ戦争が来てもいいように軍隊を鍛え上げ、なおかつ自分も努力を怠らない姿を見ていると、疑問が浮かばないわけではない。

 別にお姫様らしくしていろ、とは言わないけれど、理由もなくここまでの地位を手に入れるとは思えないのだ。

 その理由を簡単に聞くわけにもいかないのだろうが。

 一通り指揮を取り終えたところで、エリヴィラ姫は私の方へと向き直る。相変わらず少女にしては厳しさの残る表情だけれど、軍隊を見ているときとは違って少し気の抜けた目つきに、ちょっとだけ子供らしさを感じた。


「……どう思う」

「え、何がですか?」

「今のを見ていてどう思うかと聞いたのだ。私の指導を見てどう感じたか、教育係としてのお前の意見を聞きたい」


 意見だなんて言われても、ただ圧巻されていた私に具体的なアドバイスなど思いつかない。

 確かに姫の総帥としての軍の指揮は完璧なものだと思う。軍隊、なんていうと日本で言う自衛隊みたいなものを想像してしまうのだけど、どちらかといえば戦時中の国軍と言った方が正確な気がする。

 見ている限り、彼らは何かとの戦いを目前にしているように見えなくもないのだ。自主訓練にしたって、誰一人手を抜く者はいない。それは単に総帥に見られているからではなく、目の前の危機に直面しているような切迫感を思わせる。


「この国は……どこかと戦争でもしているんですか?」

「いや、現時点ではどの国とも戦争は行っていない。ただ、いつ戦争を起こしてもおかしくない国はまだたくさんある……そのために、いつ争いが起こっても対処できるようにしておかなければならない」

「そういうこと、だったんですか」

「そういえば、お前は以前フレーメ帝国に滞在していたのだったな」

「ああ、はい。滞在というよりは、人質みたいなものでしたけど……」

「人質……か。確かにあの野蛮な国ならやりかねん話だな」


 どこか憎々しげに言う姫に、フレーメと何かあったことが伺える。

 確か、フレーメに拉致されていたときもエイス王国の名前を聞いたことがあった気がする。あれは確か、カイ君が召喚魔法を試そうとしているときだっただろうか。

 フレーメ帝国のリベルトさんが話していた、エイス王国との長年の対立関係。それが本当なら、彼女がこれだけ機嫌を悪くするのもわかる気がする。一体両国の間にどんなことがあったのかはわからないけれど、些細なこじれ方でないのは確かだ。

 だけどもう、フレーメは戦いをやめる方向に向かっている。もし彼女がフレーメとの戦争に備えて軍を鍛えているのだとしたら、それはもう、意味のない行為になってしまう。


「フレーメ帝国と、何かあったんですか……?」


 出会ってばかりの相手に、こんなことを聞くべきじゃないのはわかっている。わかっているけれど、両国の間に何か深い溝があるのだとしたら、黙って知らぬふりをしている気にはなれない。

 戦争をすれば、誰かが死ぬ。誰かが死ねば、誰かが傷つく。それはレーゲンバーグを、フレーメを、カイ君を見ていてよくわかった。私一人の力で止められるとは思わないけれど、話を聞くだけだったら誰にでもできる。

 私にそんなことを聞かれたのが意外だったのか、少し驚いた表情を浮かべた姫は、やがて自らの足元を睨む。そしてなるべく感情を殺すように、言葉を絞り出した。


「……我が国とあの国は、長年争いを繰り返してきた。資源と領土の強奪、政治関係の拗れ、理由は多岐に渡るが……私が生まれるずっと前から、敵対関係にあったのは相違ない」

「でも今は、対立しているだけで戦争はしていないんですよね?」

「史実ではな。だけどお互いにずっと不干渉だったわけじゃない……休戦中にも、取引や交渉はあった」

「じゃあ、和解に向けて動いていたんですね」

「いや、問題はその取引だ」


 当時を思い出して重い息を吐きだすエリヴィラ姫。何も事情を知らない者が見ていたなら、悩ましげに困り顔を見せる乙女の表情に見えたことだろう。

 その取引というのは、つい数年前のできごとだった。まだフレーメ帝国が他国との戦争に明け暮れ、レーゲンバーグとも休戦状態を維持し始めた後のこと。領地や資源の強奪のため戦争を仕掛けていたフレーメ帝国にエイス王国も応戦していたが、戦闘力に関しては明らかにフレーメの方が上回っているのを感じていたエイスは、このまま戦争を続ける状態に危機感を覚え始めていた。

 休戦する直前の年には、フレーメの軍を第一皇子であるゾラン王子が指揮し、エイス軍は若年ながらもその指揮と腕を見込まれたエリヴィラ姫が率いていた。若い王族同士の戦いは国内外からも注目を集め、白熱していたという。

 しかし、そんな加熱した戦いも長くは続かなかった。戦争の最中、突然ゾラン王子が休戦を持ちだしたのだ。ある条件を呑んでもらえるのなら、もう攻撃はしないという穏便な提案を示して。


「その条件というのは……」


 急に言葉を切ってしまった姫を不審に思いながらも、続きを催促する。

 まさかゾラン王子と衝突していたのは驚きだったけれど、二人の実力は確かなものだ。だとしても、彼が持ち出した条件はとにかく気になる。

 しばらく躊躇うように口を閉じていた彼女は、やがてゆっくりと続きを話し始める。


「フレーメ帝国第一皇子と、エイス王国第一皇女の……こ、婚約」

「……え」


 か細い声で呟かれた内容に、すべてを理解した。

 後は自分で推理するしかないが、大方戦争中にエリヴィラ姫を見たゾラン王子が軽いノリで思いついてしまったのだろう。軍を指揮する総帥とはいえまだ若い少女なのだ、ちゃんと姫君らしい恰好をしていれば見目麗しい姫に見えることを王子は見抜いていたのだ。

 好色な王子の思いつきの提案に、当然彼女は拒否したというわけで今に至るのだろう。向こうにとって戦争なんて大した意味を持たないが、エイス王国にしてみれば命がけで国を守っていたのだ。それを突然婚約で手を打とうなんて言われても、素直に承諾できるわけがない。

 というか、敵国の姫君に求婚する男の気がしれない。

 ある意味、エリヴィラ姫がここまで縁談を拒み、申し込んできた男をあれだけ見定めて貶す理由も、これが起因している気がする。


「例え今のフレーメに戦争の意思がなくとも、私はあの王子を殺すまで気が済まない……!」

「まあまあ……でも、結局取引は成立しなかったのに休戦状態に入ったんですか?」

「ああ。その取引自体はフレーメではなく王子自身が持ちかけたものだからな。国からの取引は、一部の資源を譲る代わりに休戦するといったものだった」


 エイス王国から資源を多少譲ってもらっても、結局フレーメの国民の生活は豊かにならなかったけれど。

 だけど、姫の意思はともかくとして、このことをエイス王国の国王はどう思っているのだろう。見る限り、戦争に加担するような人柄とは思えなかった。単にエリヴィラ姫だけが先走っているだけ、なんだろうか。

 とにかく、このままでは姫が軍を引き連れてフレーメに遠征でもしかねない。その前にどうか、ゾラン王子から謝罪の言葉でもほしいものだ。

 いや、謝罪しろ。


「まあ、どちらにしても国軍は民を守るための組織だ。この国の地形は雪の災害が起きやすいからな、常に鍛えておくに越したことはない」

「なるほど……」


 なんだか、カイ君ともゾラン王子とも違う種類の王族だな、と思う。他の二人も相当に異質ではあるけれど、彼女もまた普通の王族とは言い難い。

 そもそも王族がどういうものなのか、ちゃんと理解してはいない。生まれたときから安全な環境にいて、国を治める者としての教育を受けて、いずれは王や妃となって統率する立ち場になるものなんだろうが、私の周りにいる彼らはそんなマニュアル通りの生き方なんてしていない。

 彼らを見ていて思うのは、やっぱり王族といえど一人の人間であるということ。国民と同じように悩みもするし、判断に迷うことだってある。いくら安定した将来が保障されているといっても、その通りに進むだけではいけないような気がする。

 彼女が姫君としておしとやかな行動をせず軍隊に身を投じているのも、自分のやるべきことがそこにあるからだろう。ゾラン王子だってそうだ。

 だとしたら、いずれカイ君もそうやって、自分のやるべきことを見つけるようになるんだろうか。

 悶々と考え込んでいると、不審そうに姫がこちらを見つめているのに気づいた。


「……どうした? 随分と深く考え込んでいるようだが」

「ああ、いえ。ちょっと色々思うところがあって」

「そうか……まあ、とりあえず城へ戻ろう。こんな寒空の下で立ち話はつらいだろう。部屋に戻ってから、お前の城でのことを色々聞かせてほしい」


 薄く笑って、彼女は雪に埋もれた道をもたつくことなく歩いていく。その後を追おうとするが、彼女のように簡単には歩けなかった。

 教育係の私に教えてほしいなんて言うけれど、教えてほしいのは私の方だ。これから先、どうやって生きていけばいいのか。上手く歩けない雪道は、まるでそんな不安を表しているようだった。

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