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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第三章 魔法使いと氷の姫
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企てる

 困ったことになった、とセアドは頭痛を感じていた。

 そもそも彼にとって、今回の縁談の勝算など無に等しかった。自国から遠方にあるエイス王国の姫君の人物像については知っていたし、それを踏まえた上で相手国からの縁談の提案を国王に報告した。一国の王子の将来に関わる内容なのだから、なるようになれなどとは思わない。充分にある危険性を説明したというのに、結局国王は縁談を断らなかったのだ。

 勿論、縁談自体はいいことだと思う。王子もすでに年頃だし、婚期を逃すことはあってはならない。ただの一般国民の結婚とはわけが違うのだ。

 しかし問題なのはこの場合相手の姫君の人格と、王子の人格だ。お互いに我が道を行くタイプであるのは明白で、そんな二人が惹かれあう奇跡など誰が信じろというのだ。

 つまるところ、自己中心的な二人の婚約など、最初から夢物語だったのだ。否、夢に描くことすらできなかった。


「さて、国王陛下にはどのように説明するべきか……」


 何の成果も得られず帰国なんてした暁には、最善の場合でも国王の機嫌を損ねるのは必須だ。最悪の場合は、言いたくもない。

 大臣という立場として考えれば、二人の間に恋愛感情が芽生えずとも、何らかの進展がほしいところだ。しかし多感な時期の二人は、まだ運命的な恋愛なんて言葉を信じているのだろう。お互いを運命の相手だと認識でもしない限り、少しもなびきはしない。

 減給は免れないだろうか、などと頭の次は胃が痛くなってくると、扉を叩く音に意識を戻される。

 扉を開けて相手を確認すると、大柄な青年の姿が視界に飛び込んできた。途端に他国相手に用意していた笑顔を変え、胡散臭い、小馬鹿にしたような笑みを張りつける。


「君が自分から訪ねてくるなんて珍しいこともあるものだね、ゲルハルト」

「用もなければ話しかけたくもないがな」


 相変わらず愛想のない兵士隊長を部屋に招き入れる。正直、彼が自分のもとへ訪れるとは思ってもいなかった。嘘をつくのが得意でないこの男は、セアドのことが嫌いなのだ。あからさまに嫌われているからといって、一々傷つくセアドでもないが。

 彼は客室に足を踏み入れると、扉の傍の壁に背を持たれかける。椅子に座るよう促したが、定位置を変えるつもりはないらしい。

 催促するでもなく冷静な剣士の言葉を待っていると、しばらくして彼は口を開いた。探りを入れるような声色だった。


「お前、今回の縁談をどう思う」

「自ら話しかけてきたと思ったら、次に縁談について聞かれるとは。明日は雪の国が一変して常夏の国に代わるのだろうか」

「冗談はいらん。お前のことだから、最初から縁談など成立しないと考えているのではと思っただけだ」

「……相変わらず鋭いな、君は」


 冗談が苦手なくせに、人の冗談や嘘をすぐ見抜くこの男が、少しだけ苦手だ。特にセアドは話術やあざむきに対して絶対的な自信を持っていたから、なおさら彼の存在は困るものだ。

 彼がいつ、どこでそのことに気づいたのかまではわからないが、聞く必要もないだろう。

 とにかく、見抜かれてしまった以上は何を言っても無駄だ。下手に話題をそらすより、今後について話し合った方がいいだろう。まずはこの男がそれについてどう思っているのか、確かめなければならない。


「それで、君はこれからどうするつもりかい? ただ護衛として事の成り行きを見守っているだけかな?」

「勿論そのつもりはない。どれだけエイス王国に滞在したところで、現状に変化が生まれるとは限らないからな。だが、俺自身どうこうすべきではないのも事実だ」

「それはごもっとも。わたくしとしても、今回に関しては打つ手なしといったところだよ」


 本当に打つ手がないとはいわないが、しかし思いつく手段はどれも、彼ら王族同士を傷つけるようなものばかりだ。彼らの人格や気持ちを無視してまで縁談を成功させようものなら、大臣という立場から一気に犯罪者へと転落するのはわかりきっている。

 帰国という選択肢もなく、このまま滞在し続けるわけにもいかない。完全に手詰まりだった。

 以前のフレーメ帝国との件であれば、多忙を極めていたとはいえここまで思い悩みはしなかった。仮に王子がアンナを助けに行かなかったとしても、結果としてはなんとかなる方法もなくはなかった。

 だけどこれについては、恋愛などという曖昧不明瞭な感情の問題なのだ。

 セアドとて、今までに一度として女性との友情以上の関係がなかったわけではない。しかし恋愛に本気なれるような年齢ではなくなってしまった。彼にとって今の生活で一番大事なのは、国のために身を粉にして働くことなのだ。そうしているうちに、恋愛の心も少しずつ忘れていってしまった。


「ところでゲルハルト。君は城内外でもそれなりに女性から支持を得ていると思うのだが、君は恋愛について重要なことは何だと思う?」

「さっぱり見当もつかん」

「……君、交際したことはあるのかい」

「子供の頃に一度だけ。以降は兵士として仕事に専念する方が重要になったからな」


 勿体ない。実に勿体ない男だ。

 城の中で五本指には入るであろう美男子であるというのに、この男にはまったく欲というものがない。まるで僧侶にでもなってしまったかのようだ。世の女性たちはこれほど魅力に惹かれているというのに、世界はまるで不条理ではないか。

 しかし、大人になるとはそういうことなのだ。いつまでも色恋にうつつを抜かしているようでは、自らの将来も上手くいきはしない。結局、自分一人を相手にするのでも精一杯なのに、他の人間にまで構わなければいけないというのは、存外難しい行為だ。


「王子もあれでいて堂々としていれば、見目麗しいお方だというのに……」

「王子が悪いとでも言いたげだな」

「違うのだよ。王子が鬱陶しいのではなく、運命が鬱陶しいのさ」


 まっとうな王子として育っていたならば、こんなことにはならなかったのは事実だ。しかしそれは平和な時代であることが前提で、時代そのものを変えることなどできはしない。

 だからこそ、誰かを恨み憎むなんて筋違いなのだ。

 それでも王子はまだ、ゆっくりではあるものの、少しずつ進歩してきている。王子一人の力ではないにしても、その進歩は認めているつもりだ。

 そうなるようになったのも、あの教育係のお陰なのだけど。


「今回ばかりは、アンナ様のお力添えでもなんとかできる話ではないし……ふむ……」

「お前はアンナ様に頼りすぎだ。いくら王子の心を開かせたからといって、彼女はまだ若い。それに彼女の本来の目的はもとの世界へ戻ることだ、それを忘れてはいないだろうな」

「忘れるわけがないだろう。しかし今彼女がいなくなれば、王子はどうなる?」

「……」


 ようやく部屋から出てくるようになったからといって、王子はまだ一人では何もできない。何もだなんて言い過ぎかもしれないが、それだけの勇気が彼にはない。

 今だって、ここまで一緒に同行してくれたのも、アンナのお陰と考えて間違いないだろう。それほどにあの教育係の影響力は、王子にとって絶大なのだ。

 どうしてそこまで変われたのか、それはわからない。アンナに特別な力があったわけではないし、特別指導力があるとも思えない。むしろ教え方に関しては、セアドは自分と同等と捉えている。だけど確かに、彼女には自分にはない何かがあるのだ。

 今までそれを探るために彼女のことを見てきたけれど、何一つわかったことはない。王子との仲の良さが起因しているのか、あるいは彼女自身から発せられる雰囲気なのか。目に見えるものでなければ目に見えないものに何かがあると思ったものの、見えないものをどうこう判断できるはずがなかった。

 もとの世界に帰りたいという彼女の意思は叶えてあげたいが、今では駄目なのだ。彼女に隠された何かを見つけるまでは、帰すわけにはいかない。

 そこで、ふと思う。


「王子がアンナ様に好意を持たれればいいのでは?」

「何を言ってるんだ、お前は。とうとう頭がおかしくなったか」

「失礼な。至極真面目に考えた結果だよ。縁談の相手を好きになれないのなら、他の誰かを好きになればいいということさ」


 無謀な考えなのはわかっている。だけどもう、考えつくのはそれしかない。

 ゲルハルトほどではないが、王子もあまり女性に対して特別な意識を持つことはない。だけどあれだけ心を開いているアンナなら別だ。もしや王子があそこまで彼女を信頼しているのは、彼女に対して無意識に恋心を抱いているからかもしれない。そう考えれば、これまでの彼女への絶対的な信頼も納得がいく。

 別に王子とアンナが結婚する必要はないが、他に好きな相手がいるとわかれば、縁談自体は破棄されるだろう。降りだしに戻るというわけだ。

 その場しのぎの策に過ぎないが、成功すれば国王も自分たちを咎めたりはしないだろう。

 我ながら中々妙案を思いついたものだと気分をよくしていると、納得のいかない戦士が横槍を入れる。


「しかし、もし仮にその奇策が成功して、本当に王子がアンナ様に惚れてしまったとしたらどうする?」

「奇策とは酷い言われようだな。勿論、王子は失恋するだけだが? まさか異世界の人間と結ばれるなど、本人も信じたりしないだろう」

「だからだ。失恋した王子が、また部屋に閉じこもる場合を考えたのか?」

「ゲルハルト、人は失恋したくらいで死にはしないのだよ。王子とてそこまで子供ではないさ、察したまえよ」


 ノーリスクの策略など存在しない。どんな妙案だろうと誰かが傷つくのは仕方ないことだし、誰も傷つかない完璧な策など、それは策ではない。

 恋愛経験のない王子の失恋を軽視するつもりはないが、彼はまだ若いのだ。まだまだこれから新しい出会いがあるかもしれないのだから、今から悲観する必要はない。

 ただ一つ、ここで問題なのはその逆だった。王子がアンナを好きになるのは一向に構わないが、もしアンナが王子を好きになっていたとしたら。そのときは、何らかの対処をしなければならない。

 決して結ばれることのない、世界を超えた切ない恋。そう言えば聞こえはいいが、もし二人が離れることを拒んでしまったら、そのときは。

 そのときは、自らが多少の罪を被ろうと構わない。


「まあ、まず王子に恋愛感情を自覚させない限りは始まらない策なのだけどね……」

「本気でやるつもりだったのか?」

「本気だとも。冗談で無駄に話を広げていたとでも思ったのかい?」

「いや……だが、お前の奇策に協力する気はない」

「むしろ君に手伝ってもらうと、事が失敗に終わりそうなので構わないよ」


 どちらにしろ、このまま何もせずに時を待っているわけにはいかないのだ。時間はそれほど長くない。

 王子やアンナにその気があろうとなかろうと、成功のためには思い通りになってもらわなければ困るのだから。

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