拗れる
さながら氷の城のようだ。
そう思わせるほどに、エイス王国の城は綺麗な彫刻品のようだった。勿論レーゲンバーグの城も息を呑むものがあったけれど、芸術性を比較するなら非の打ちどころなくエイス王国の方が美しさを極めている。
北の大地にあるエイス王国。国の規模はレーゲンバーグと同じくらいで、人口も多い方だ。城下町では国民の生活の色がよく見えて、そういう意味では私たちの国とよく似ている。ただ一つ違うのは、街全体が雪に覆われていて、人々も厚手の服に身を包んでいることくらいだろうか。フレーメのような国民の苦しさは感じられない。
城のふもと付近まで到着すると、出迎えにきていた城の人間たちがすでに待っていた。その中の一人、壮年のひげを上品に生やした男性が一歩前に出て歓迎の言葉を口にする。
「はるばる遠い地からようこそお出でくださいました。わたくしは国王とその第一皇女にお仕えする執事のイゴールと申します」
随分と優しそうな印象の執事のイゴールさんに、各自挨拶を済ませる。といっても、カイ君についてはセアドさんがついでに紹介していたし、向こうも誰が王子かなど一目でわかっていただろう。
イゴールさんの案内で城の内部へと入る。厚着で寒さをしのいでいるといっても寒いものは寒いので、城内へ入った途端感じる暖かい空気にようやく心が落ち着く。
城内も外見に劣らず煌びやかなもので、いかにもお姫様が住んでいるといった感じがしてならない。氷のように透明な輝きを見せるシャンデリアにロイヤリティ溢れる廊下のデザイン、装飾に至るまで高級感溢れている。きょろきょろと辺りを見渡しながら歩いている私に対し、カイ君は興味を示さないのか俯いて後をついてきている。
興味がないというより、とうとう来てしまったという実感に落ち込んでいるようにも見えたけれど。
まず向かったのは国王のところだった。他国にお邪魔しているのだし、一番の権力者である人間に会うのは当然だろう。
「やあ、わざわざここまで来てもらって済まないねえ」
王様は思ったよりも気さくな、笑顔の素敵な人だった。身を包む衣装から王族らしさが感じられるけれど、それほど嫌らしい印象は見られない。まるで遠くの地に住む友人を呼び出したかのような口振りに、思わず脱力してしまった。
とはいえ、彼こそがエイス王国の国王であることには間違いない。イゴールさんより少し若い見た目だが、かといって頼りない感じはしない。
「お目にかかれて光栄にございます、国王陛下。本日は縁談のお誘い、誠にありがとうございます」
「いやいや、そんなに硬くならなくてもいいんだけどね。私としても、縁談に応じてもらって嬉しいよ。何しろうちの娘は……」
「……?」
「うちの娘は、随分と恋愛に疎いものでねえ」
苦い顔で話す王様の言葉に、首を傾げる。ただ恋愛に疎い、そう言っているようには思えなかったからだ。途中で言葉を切ったのも、何か今までに問題があったかのような疑念を抱かせる。
もしかしたら、カイ君同様にこの国のお姫様もまた、何らかの難点を抱えているのだろうか。だとすると、この縁談も相当ハードルが高くなりそうだ。
王様との話を済ませ、次に応接間へと通される。姫を呼んでくると出ていったイゴールさんを待つ間、私たちはさきほどの王様の様子について議論を始めていた。
「お姫様、何か問題でも抱えているんですかねえ……」
「そのようでございますね、あの口振りから察すると。勿論今回の縁談で無理にご結婚を決めなくとも構いませんが、王子と姫君の関係が悪化すれば、国と国の関係にも影響しかねませんからね」
「なるほど……」
「なるほど、じゃねえよ」
口を挟んできたカイ君に、驚いて視線を向ける。とうとうご対面といった局面を迎えて随分と静かにしていると思ったけれど、私たちの話がちゃんと耳に入っていたらしい。本人そっちのけで話を進める私たちに、彼は苦々しげに言う。
「向こうも嫌だっつってんなら、即刻縁談なんて破棄すべきだろ。大体親同士で決めた話なんだ、相手だっていい気はしないだろ」
「とはいえ、王子もそろそろ結婚を念頭に入れる年齢にございますから……」
「だから、俺は自分で相手くらい決めるっての!」
「おや、意中のお相手がすでにいらっしゃると?」
「い、いないけど!」
セアドさんの巻き返しに真っ赤になるカイ君を見て、ゲルハルトさんは「からかいすぎだ、ベッヘム」と止めに入る。
私がカイ君の立場なら、同じように縁談から逃げようとしていただろう。名前しか知らないような相手といきなり結婚だの何だのと話しあうなんて、将来のことを考えればとてもじゃないが耐えられない。
だけどこれは、一般人の結婚ではないのだ。彼らの背後には常に国という大きな存在があるのだし、自分の我儘を通せるほど自由ではない。一人の人間でもあり、国を守る王族でもあるのだ。
ようやく静けさを取り戻した応接間に、随分と長いこと出向いていたイゴールさんがようやく戻ってきた。ただお姫様を迎えに行くにしては、時間がだいぶかかっていたように思う。何かあったのだろうか。
「皆様、お待たせいたしました。ささ、姫様。お入りください」
イゴールさんに促されて、部屋に入ってきた一人の女性。その姿に色んな意味でショックを覚えた。
雪のように白い肌、色素の薄い金色の髪、白に映える魅惑的な桜色の唇。まるでおとぎ話から飛び出して来たかのようなお姫様は、しかしその身に纏っているのは煌びやかなドレスではなかった。
切れ長の碧眼は意思の強さを感じさせ、その表情に一切の笑顔はない。そして白い肌に纏うのはドレスではなく軍服だ。男らしさすら感じさせる上着にきっちりとした恰好、足が長いのでズボンがよく似合っている。
華やかな装飾が好きそうなお姫様とは程遠すぎた。
彼女は部屋に入るなり、私たちをじろりと見渡す。その中からカイ君に視線を止めると、彼女は初対面にも関わらずとんでもない発言を落とした。
「あり得ないな。本当に貴様が王子なのか?」
あり得ない、というまるで眼中にないとでも言いたげな発言に、さすがのカイ君も硬直してしまう。柔軟な対応を取るセアドさんですら、唖然とお姫様を見つめていた。
確かに、カイ君とお姫様を比較するなら、お姫様の方が断然男らしさを感じさせている。残念だけどこればかりは否定のしようがない事実だ。
「姫様、相手国の王子に向かって無礼ですぞ」
「うるさい、爺。私は父上がどうしてもと仰るから渋々承諾しただけで、今回の縁談などどうでもよかったのだ。しかし無下に破棄することもできんし、とりあえず男の顔だけでも見定めてやろうと思っていたが……なんだ、その軟弱な成りは?」
お姫様の発言に返す言葉もない。
というか、カイ君の読みは当たっていた。これから出会うお見合い相手が典型的なお姫様らしいお姫様なら縁談は上手く始まっていたかもしれないが、これはあまりにも絶望的だった。
確かにお姫様は美しい。その容姿でドレスを身に纏っていたならば、下手すればカイ君だって惚れていたかもしれない。だけどまるで新人兵士に駄目だしする教官のような姿に、プリンセスの面影はない。
「フレーメ帝国のためにナット山脈周辺の一部を召喚するような男と聞いていたから、多少期待してはいたのだがな……私の買被り過ぎだったようだ」
「姫様……」
「悪いがお帰りいただこう。爺、彼らを送ってやれ」
完全に相手にしないお姫様に、イゴールさんも困惑の色を見せる。
今になって王様があんな風に話していた意味が、なんとなくわかったような気がした。彼女は恋愛に疎いのではない、恋愛に厳しすぎるのだ。これまでに同様の発言で何人もの男を泣かせてきたに違いない。まさに氷の女王だ。
王様がああ言わざるを得なかったのも、素直に事を話せば私たちが縁談を取り消すかもしれないと危惧していたからだろう。
カイ君も中々難ありだけれど、このお姫様もあまりに難があり過ぎる。
言いたい放題言われたカイ君に目を向けると、彼は深く俯いて肩を震わせていた。もしかしたら今の一言で深く傷ついたのかも、と不安を覚えると、しかし直後、カイ君は勢いよく立ちあがった。その様子に眼中から外していたお姫様も、横目で怪訝そうに見つめる。
「さっきから言いたい放題言いやがって……俺だってこんな縁談望んでなかったんだよ!」
「ほう、だったら断ればよかったものを」
「断れなかったからここに来てんだろが! 親父が勝手に決めたんだから仕方ないだろ! つーか、散々酷いこと言っておいて謝りもしないのかよ!」
「言葉遣いがなってないな。一体どんな教育をしているんだ? そんな王子らしさの欠片もない貴様に謝る言葉など、生憎持ち合わせていないな」
「なんだと、お前こそ全然女らしさの欠片もないじゃんか!」
カイ君の一言に、お姫様の眉がぴくりと動く。今までどんなにぎゃんぎゃんと吠えられても涼しい顔をしていた彼女は、一変して怒りをあらわにしていた。
まあ、今のはカイ君が悪いと思う。どんな人であっても、性別的に貶すのは失礼な行為だ。女らしく振舞っていないとはいえ、性別そのものを否定されれば平静でいられるわけがない。
お姫様は一転してカイ君の傍まで歩み寄ると、その手で彼の胸ぐらを掴んで持ち上げる。お姫様の方が若干身長が高いので、カイ君は少しだけ踵が浮いた状態になっていた。というか、いくらカイ君が年齢の割に小柄だからといって、軽々と持ち上げられるお姫様もすごいのだけど。
「言ってくれるじゃないか……この私に喧嘩を売ろうというのか? エイス王国第一皇女であり、国軍総帥としての実力も有しているこのエリヴィラ・エイスに」
「国軍……?」
「そうだ。貴様など私一人で充分にいたぶることができる」
もう片方の空いている手で拳を作り、お姫様はカイ君の頬めがけて殴りかかる。さすがに危険を感じて止めに掛かろうとするも、間に合いそうになかった。
軍人のような恰好がただの私服とは思っていなかったが、まさか軍を統括する実力の持ち主だったなんて。まるでゾラン王子とほぼ同等じゃないか。
拳が降り上げられ、カイ君も思わず目を瞑る。しかし頬への衝撃はいつまで経っても訪れなかった。殴りかからんとするお姫様の腕を、ゲルハルトさんが片手で押えていたのだ。
「貴様……」
「おやめになってください。私たちは縁談をしにきたのであって、喧嘩をしに訪れたわけではございません。どうか拳を下ろしてください」
ゲルハルトさんの説得に頭が冷えたのか、お姫様、もといエリヴィラ姫は素直に手を下ろした。同時にカイ君を掴んでいた手も離し、ようやく解放される。相当怖かったのか、解放されたカイ君はその場にへたり込んでしまう。
結局、その日の縁談は中止となり、後日再び行われることになった。縁談自体が破棄されなかっただけでも喜びたいところだが、険悪な関係になってしまった王子と姫の関係を直さない限りは縁談は進む兆しを見せないだろう。




