訪れる
「お前はあの王子を甘やかしすぎだ。あの王子にどのような事情があろうと、あのような接し方では立派な王族として成長できなくなるぞ」
なぜそんなことを言われなくちゃならないのか、それまでの経緯が上手く思い出せない。
私は今、目の前に立つ一人の少女に説教を受けている。少女は見た目とは裏腹に男勝りな、堅苦しい口調で私を咎める。いや、別に私自身を咎めているのではない。私のカイ君に対する接し方を否定しているのだ。
そして彼女は、見た目は私よりも年下に思える。年下だからといって説教を垂れる意味がわからないと憤るつもりはない。実際、彼女は私よりも随分と貫禄もあるし、それだけの説得力が垣間見える。
だとしても、この駄目だしはあまりにも唐突で、反応に戸惑ってしまう。彼女と知り合ったのはつい最近、というよりさっき出会ったばかりだし、私たちはお互いをよく知らない。そんな相手に説教されているのだと思うと、非常に複雑な気分だった。
そろそろ話を冒頭に戻そうと思う。
私、薙佐アンナは、レーゲンバーグから遥か北に位置するエイス王国に訪れていた。そこでエイス王国第一皇女、エリヴィラ・エイスに説教を受けているのだった。
そもそも、なぜこんなことになったのか。それは一週間ほど前まで遡る。
フレーメ帝国から帰ってきて、まだ疲労が残っていないといえば嘘になるが、私たちは前と変わらずいつも通りの一日を過ごしていた。
あれ以来城や国の周辺で目立った問題も起きず、セアドさんの話によるとフレーメとの平和条約が結ばれようとしているらしい。なので彼は条約締結に向けて多忙を極めているわけだが、その間フレーメの現状なども報告してくれた。
カイ君が召喚した自然は徐々に広がり続けているらしく、雨も何度か降るようになってきたらしい。まだ今までの国の情勢が劇的に変わったわけではないが、少しずつ国民の生活に変化が訪れている。ニケさんも順調に村の復興に成果を見せていると聞いた。
そんな、いい知らせが届いていた日常が崩れたのは、城に一通の知らせが舞い込んできてからだった。
少々慌てた顔で、しかし嬉しそうにカイ君の部屋を訪れたセアドさんは、彼に王室へ向かうよう促した。
嫌がっていたカイ君は、「国王の命令」の言葉を聞いて渋々王室へと向かった。どうやら以前王様に褒められたことが、彼の中で何かを変えたようだ。
カイ君の部屋で一人、彼らが帰って来るのを待っていること一時間ほど。この時間は特に説明するほどの行動もなかったので割愛させていただく。
しかし問題はここからで、帰ってきたカイ君(正式にはセアドさんの説明)から聞いた言葉に、耳を疑うこととなる。
「縁談……!?」
「さようでございます。先日王子との縁談を申し込む手紙が届きまして」
「え、相手は誰なんですか? どこの人ですか、お嬢様? お姫様?」
「お、おおおお前は知らなくてもいいんだよ! つーか縁談とか断るし! まだ早えよ!」
何か王族に関わる重要な話でもしてきたのかと思えば、確かに重要だけどもまったく別種の展開に気にならずにはいられない。
まだ十七、八そこそこのカイ君が縁談なんて、と思うけれど、この世界ではそれほどおかしくないことらしい。むしろ遅すぎる結婚は、王族としては好ましくないのだろう。早く次の後継ぎを残すためには、若いうちに結婚をするのが一番なのだ。生々しい話だけれど。
まあ年頃の青年に縁談の一つや二つあっても全然おかしくないと考えればそうだけど、本人がこの様子じゃ前途多難である。
私はお見合いなんてしたことがないし、そもそも自分の意思で相手を見つけられないというのもどうかと思う。他人事のように思っていたけれど、実際に目の前で起きると喜んでいいものか複雑な気分だ。
機嫌を損ねるカイ君に変わり、セアドさんが求婚相手を教えてくれた。
「はい、お相手は一国の姫君にございます。ここからは遥か北の大地にあるエイス王国、その第一皇女のエリヴィラ姫というお方です」
「エイス王国……」
どこかで聞いたことのある名だと思いだそうとしていると、ふとフレーメでの出来事が脳裏によみがえった。
確かエイス王国といったら、カイ君が召喚する対象に選んだナット山脈の近くにある国ではなかっただろうか。リベルトさんがその国との関係について語っていたのも、懐かしさを覚える。
それにしても、なぜ今になって求婚を申し込んできたのだろう。ただの偶然なら理由も何もないけれど、カイ君は今まで部屋に閉じこもってきたから、他国にその素性すら知られていないような気がするのだけど。
「実のところ、王子がフレーメ帝国にナット山脈の一部を召喚なさったことを知ったエイス王国の国王が、王子に興味をお持ちになられたのが事の発端といわれております」
「な、なるほど……でも、お姫様はその求婚、望んでいるんですかね」
「望まれる望まれないはともかく、国同士の縁談ですから、両者が面会しないわけにはいきませんでしょう」
確かに、望んでいるのが本人でなくとも、一度取りつけた縁談は破棄するわけにはいかない。
エイス王国からの縁談の申し込みを、王様は断るどころかあっさり承諾してしまったらしいのだからなおさらだ。きっと王様も、他人との接触を拒むカイ君をずっと心配していたに違いない。随分と冷たい態度を取っているように見えるが、あの人もああ見えてかなり子供のことを考えているのだ。
そうしてとんとん拍子に決まっていった縁談をたった今知らされたカイ君は、勿論ご満悦なわけがない。
「絶っっ対、無理!」
「そうは言っても、決まっちゃったことなんだからまずは会わないと」
「親が勝手に決めたことなんだろ!? 知らない相手と結婚させられるとか、俺には選択肢すらないってことじゃんか!」
「そうだけど……ほら、とっても可愛い子かもしれないし」
「女とか興味ないって言ってんの!」
「おや、王子は女性よりも男性に興味がおありでしたか……」
「ちがーう!」
と、まあ、カイ君の癇癪は中々収まるところを知らなかったわけで、結局勝手に決められた縁談の日程まで彼の機嫌は最悪だった。教育係として勉強を教えている最中も常に眉間に皺を寄せていたし、話しかければ棘のある返事しか来ない。
そんな一方的な八つ当たりを受けながらも、なんとか無事(?)、彼をエイス王国へと向かわせることに成功したのだった。
縁談の場はエイス王国の城内で、本来ならば王様と王子様が向かう予定だったのだが、王様は平和条約の締結の仕事と縁談の日が重なってしまったために急きょ欠席となってしまった。変わりに私とセアドさんが同行し、ゲルハルトさんが護衛としてついていく形で出発した。
北に位置するだけあって、エイス王国の環境は中々厳しいものがあるらしい。この世界には四季がない分、地域によってまったく天候や環境が異なっている。レーゲンバーグが春だとしたら、エイス王国は冬といったところだろう。
なので防寒のための上着を用意する形で、馬車に乗っての出発となった。順調にいけばフレーメ帝国と同じく三日で到着するだろう。
「それにしても、ようやく王子にも縁談のお誘いが訪れて物凄く安堵しております。このままお相手が見つからなかった暁にはどうなるのかと……!」
「だから、俺は結婚するつもりなんかないからな!」
「そうは言っても、いつかは結婚しなくちゃいけないんだし……そういえば、ゲルハルトさんって結婚してるんですか?」
「いえ、私はまだ」
この中で最も相手がいそうなのはゲルハルトさんだと思ったのだが、どうやら男性陣は全員未婚らしい。セアドさんに関しては、なんとなく相手がいないような気がしたのであえて聞かないでおいた。彼の性格に付き合える女性はそうそういない気がするのだ、失礼だけど。
となると、この中で最年少となるカイ君が一番に結婚しそうな勢いなのか。それもそれで複雑だけれど、カイ君の場合は特別だろう。
今はあんな風に拒んでいるけれど、案外相手を見たら惚れてしまったりするかもしれない。まだ見ぬ相手に真っ赤になるカイ君を想像していると、セアドさんから思わぬ不意打ちを食らう。
「そういうアンナ様は、ご自身の世界では恋人がいらっしゃったのですか?」
「え? わ、私ですか? いるわけないじゃないですか……大して可愛くもないし、モテないし……」
「そんなことはございませんよ、お綺麗にございます。ねえ、王子?」
急に話を振られたカイ君は一瞬慌てた顔をしたものの、返事をせず窓に視線を移す。どうしてこれから縁談をするカイ君に同意を求めたりするのだろう。単なる嫌がらせだろうか。
そんなこんなで、私たちを乗せた馬車は一緒に複雑な空気も乗せたまま、順調に目的地へと向かっていた。
しばらく緑溢れる自然に囲まれていた風景も、次第に寒々しい白に呑まれていく。レーゲンバーグを出発してから三日目の朝だった。
フレーメの一件で長旅には慣れた、と言いたいところだが、寝泊まり以外はずっと馬車での移動だったせいか足腰が地味に痛い。なんて言ったら年寄りくさいと思われるかもしれないので、人知れず私は自らの腰を労わっていた。
周りが雪道になり、なおかつその日は雪が降っていたので視界も悪かった。だけど車窓からは遠方にナット山脈らしき山が見える。どうやら随分と近いところまで来たようだ。
雪を見るのが初めてなのか、カイ君は起きてからずっと窓の外を眺めている。
「雪、珍しい?」
「うちじゃ降らないから……ものすごく冷たいんだろ? というか、お前は見たことあるのかよ」
「うん。私のいた世界じゃ、たまに降ってたからね。雪が積もったら皆で雪合戦したり、雪だるま作ったり」
「がっせん……? だ、るま?」
「ああ、うん。そういう遊びがね、あるんだよ」
いまいちこちらの世界特有の言葉であることを忘れてしまうので、こういう混乱を招くのはもう何度目かになる。説明するのにだいぶ時間と労力がかかってしまったが、どういうものなのかなんとなく理解してくれたようだ。
まあ、冬にだけ降る雪に喜ぶのなんて日本でも都会や温かい場所だけで、当たり前のように豪雪になる北の大地からしてみれば珍しいどころか鬱陶しい存在なのだけど。きっとエイス王国の人たちも、呑気に雪遊びをするような人はほとんどいないだろう。
段々と国が近づいてくるにつれて、思う。エイス王国の王女様はどんな人なんだろう。雪国に住むお姫様なんだから、きっと色白で雪のように美しい人に違いない。カイ君だって素顔は綺麗なのだから、もし縁談が成立すればロイヤル美男美女カップルの成立だ。
結婚式はさぞ綺麗なものが見れるんだろうな、なんて考えていれば、訝しげにカイ君に見られているのに気がついた。
「おい、なんか今すごい失礼なこと考えてたろ」
「え、そんなことはない……けど」
すでに頭の中では婚約が成立している気でいたが、まだ当の本人は今回の縁談を認めていないのを思い出して、思考は一気に現実に戻る。
そう、まだ縁談は始まってもいないのだ。




