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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第二章 魔法使いと砂の国
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閑話:留年危機と進路相談

 この世界にやってきてから、一体どれくらいの時間が経っただろう。城の人たちにとっては異世界から召喚されてきたわけだけど、ここに来てから過ごしてきただけの時間が、私の住んでいた世界でも同様に流れているのだろうか。

 ちなみに私がここにやってくる前、ちょうど時期は夏。大学では期末試験の真っ最中で、その日も午前は試験、午後はバイトという一日のスケジュールだった。当然翌日も試験が控えていたわけだから、これまでの時間が向こうの世界と並行していたなら、大変な事態が起きているはずなのだ。

 大学三年の前期の成績が真っ白になるという、あってはならない事態が。

 まだ四年じゃないのだし取り戻すことは可能だと安心してもいられない。出席日数の問題もあるし、これまでにも何度か単位を落としてきている私は、これから挽回なんていつでもできるなどと頭のいいことを言える学生ではなかった。


「おい……何落ち込んでんだよ」

「ああ、うん……ちょっと思い出したくないことを思い出したというか」


 カイ君の部屋にやってきて、今日もまた勉強を教えていたのだが、ことあるごとに思い出す成績への不安に笑顔など作れるわけがなかった。彼は教材とにらめっこしながらも、私の様子を訝しんでいる。

 教材と一緒に持ってきた、唯一私が所持していた荷物を漁る。大きめのサイズのバッグに入っているのは、試験のためのノートと筆記用具、携帯に音楽プレイヤー、財布に化粧ポーチ、そして手帳だ。その中から手帳を取り出し、恐らく今もまだ七月だろうと七月のページをめくった。

 スケジュールにはバイトや試験と書きこまれ、中には友達との約束も可愛らしい色で書きこまれている。約束を果たせないことやバイトをサボってしまったことにも心は痛むが、一番悩ましいのはやはり試験だ。

 今期の単位をすべて落とすなんてことになったら、もしかしたら。


「留年、しちゃうかもしれない……」

「りゅ、りゅうねん? 何だよ、それ。危険なことなのか?」

「危険というか、将来の危機というか……」


 そもそも、まだいつ帰れるのかもわからないのだ。もしかしたら来年もこの世界にいるかもしれないし、あるいは半永久的にここで暮らすことになるかもしれない。そうなれば将来どころか、むしろもとの世界に帰りづらい。突然娘がおばさんになって帰ってきたら、家族はどんな顔をするだろう。

 裏を返せば明日帰れる、なんてこともあり得るのだが、しかし明日帰れたとしても今までの試験はすべて白紙で終了しているだろう。前者と後者を比較すればまだ留年なんて可愛いものだが、うちの家庭もそこまでお金に余裕なんてない。その分のお金など誰も払えないのだ。


「終わった。人生詰んだ……」

「お、おい! さっきから何悩んでんだよ! あれか? 俺のせいなのか?」

「別にカイ君のせいってわけじゃ……たまたま私の運が悪かっただけで……」

「もう、何なんだよ! 意味わかんねえよ!」


 意味がわからないのは私の方だ、と言いたいところだけど、それではカイ君に単なる八つ当たりをすることになってしまう。これが誰の責任でもないことくらい、ちゃんと理解してはいるのだ。だけど、このやり場のない気持ちをどうすることもできない。

 今まで早くもとの世界に帰りたいなんて安直に考えていた自分を殴りたいくらいだ。


 なぜかカイ君の部屋にはセアドさんとロルフさんが加わっていた。本当になぜ、と問いかけたところ、たまたま近くを通りかかったときに私たちの声がよく聞こえてきたらしい。申し訳ないやら恥ずかしいやらで委縮していると、セアドさんは当然何があったのか聞いてきた。


「なるほど、将来のことで問題が発生しそうだと」


 ううんと唸りながらも他人事のような響きのセアドさん、そして珍しく地下図書館にいないロルフさんは私の世界の話が聞けるのかと若干嬉しそうな表情だ。別に彼らに何の罪もないのだが、これ以上私に精神的苦痛を与えないでほしい。

 カイ君はというと、急に自分の部屋の人口密度が増えたからか、さきほどのふてぶてしい態度はすっかりと消えていた。いくら外に出られるようになっても、彼にとってセアドさんは天敵に変わりないようだ。


「それで、アンナ様は日本の大学という高等学習学校に通ってらっしゃるのですね? そこを卒業なさると、いよいよ働きに出ると」

「はい。大体そんな感じです」

「それで、働き口はお決まりなのですか? どのような場所で働こうと?」

「ええと……大体の人は、会社っていう大きな組織に属するんですけど、たぶん私もそんな感じかなあって」


 どうして異世界の人に進路相談などしているのだろう。

 まだ進路相談なんてほとんどしていないのに、まさか初めての相手がセアドさんになるなど思いもしなかった。というかこの人は仕事をほったらかしていていいのだろうか。

 それに説明するにも、この世界には就職なんて概念がないものだから、どうにも言葉にしづらい。会社なんて言ったところで、具体的なイメージなど湧かないだろう。仮に私が公務員を目指しているのだとしたら、ここでは国にお仕えする仕事と例えられるので楽なのだけど。

 将来何になりたいかなんて、ちゃんと考えたこともなかった。得意なこともあまりないし、それを将来活かせるとも思えない。平凡に生きて、平凡に働くんだろうなと思うだけのあまりにもつまらないビジョンしか見えてこなかった。

 そういえば、この二人はどうして今の仕事に就いたのだろう。適材適所という点ではロルフさんはなんとなくわかるし、ゲルハルトさんも自らの取り柄を仕事にしているように思う。だけど、セアドさんに関してはまったく見えてこない。


「セアドさんはどうして、今の仕事をすることになったんですか?」

「わたくし、でございますか?」


 自分が聞かれるとは思っていたのか、少々驚いたように反応を示すセアドさん。

 自分で聞いておいてなんだけれど、大臣である彼の話から参考になることは少ないと思う。あくまでも私は一般的な就職をするのだから、ファンタジックな役職の彼の仕事とはあまりにも違いすぎる。

 だけど彼は若くしてそんな大役にまで上り詰めた人なのだ。世渡りに関してはかなりの腕前を持つ彼から、何かためになる話が聞けるかもしれないという希望もあった。


「そうですねえ……わたくしはもともと城で働くことを考えてはいませんでしたが、なりゆきでここまで来てしまった、としか表現のしようがございませんね」

「な、なりゆき……?」

「いえ、決して嫌味というわけではございません。それに今はこのように大臣を務めておりますが、昔は地位も何も持たない人間でしたから」


 そう話すセアドさんは随分と懐かしそうだ。カイ君も彼の自分についての話を聞くのが初めてなのか、控えめにセアドさんへと目を向けている。

 この人のことは何も知らない。最初から大臣として、臣下として役目を果たしているとばかり思ったけれど、別に彼が王族関係の家の出身という噂も聞かないし、彼の言葉が本当なら、初めてセアドという人の出自について聞くことになるんじゃないだろうか。

 しかし進路相談のつもりで聞いていたはずなのに、簡単に彼の過去を掘り当てるような形になってしまったけれど、いいのだろうか。


「実のところ、わたくしは生まれた頃の記憶がございません。気がつけばそこにいて、家族も知り合いもいたのかいなかったのか……ただ生きるために盗みを繰り返していたところ、罪人として城に足を踏み入れたのが最初でした」

「え、大臣って罪人だったんですか? ひゃあー、そんな風には見えませんがねえ」

「お黙りなさいロルフ、まだ話は終わってませんよ。罪人として国王からの処罰を待っていたわたくしは甘んじて刑を受けるつもりでしたが、しかし変な話ですが、国王とお話できたことが嬉しかったのです。今までわたくしに話をする者などほとんどおりませんでしたから、どんな形であれ人と話をすることが嬉しかったのです」


 罪人となり王から直接罰を言い渡される機会があるということは、そこで王と会話できる機会があるということ。饒舌なセアドさんは、もともと人と話すことが好きだったのだろう。だけど出自もわからない、身寄りもない彼に自ら話しかけてくれる人などおらず、彼が話しかけようものなら訝しがって遠ざかっていく。

 だから彼は、今まで溜まっていた気持ちを国王にぶつけたのだ。勿論罪人が急に話を始めたものだから、国王はおろか兵士すら驚いただろう。そんな彼の行動が、国王の目に留まったのかもしれない。

 まさかセアドさんにそんな過去があったとは想像もしなかったけれど、彼もただ己の才能だけで生きてきたわけではないということは伝わった。才能や話術、力量だけでは世の中を上手く渡ろうなんてできやしないのだ。

 私は才能あるセアドさんからアドバイスをもらえたらなんて、甘えたことを考えていたのだ。


「今更ながら自身の話をするというのは、恥ずかしいものでございますね……」

「いえ、こんな話させてしまってすいません」

「いえいえ、少しでも何か得られたならば恐縮でございます。ところでアンナ様は、その会社という組織で具体的にどのようなことをしたいのでしょう?」


 再び話の矛先を自分に向けられて、返答に詰まる。

 なるべくなら転勤や出張のない事務系の仕事がいいと思っていたけれど、今のご時世、事務の仕事は経費削減のためにバイトを雇う企業が増えているのだ。ゆえに事務の仕事は年々減少傾向にある。

 別に営業でも構わないし、営業なら人と接する機会も増えるし自分の力になるかもと思ったりもする。だけど問題なのは、どういった業界に入るかなのだ。最初から大企業なんて狙って玉砕すれば今後のポテンシャルにも響くだろうし、かといって安定したところに就きたいのも事実だ。

 黙りこんでしまった私に、ロルフさんが助け船を出す。というより、興味があったことを聞いてきたようにも思えた。


「そちらの世界では、図書館での仕事もあるのかな?」

「ありますよ。ただ、司書さんになるには資格が必要なんで楽じゃないんです」

「なるほど、それは残念。でも、君なら人と接するような仕事も案外適職なんじゃないかな? 君と話してると結構楽しいし」


 ロルフさんの言葉にセアドさんも同意する。自信はないけれど、彼らが言うのならそうなのかもしれない。人と話すのは嫌いじゃないし、そう言ってもらえるのは励みになる。

 とはいえ、まずは試験の結果がどう響いてくるかが問題なのだ。就職よりも学校を卒業できなければ何の意味もないのだから。

 最初から自分の将来が安定しているカイ君にはとてつもなくつまらない話だったのか、話が一段落すると癇癪かんしゃくを起こしたように「つーか勉強見ろよ!」と私の座っていた椅子の足を蹴った。

 今すぐ決めなくてはいけないことじゃないけれど、彼らと話していて、なんとなく将来が薄っすらと見えてきた気がしないでもない。

 とりあえず、もとの世界に帰ったら今までの分の勉強を死ぬ気で取り戻さなければ。

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