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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第二章 魔法使いと砂の国
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 荒れ果てた国を緑豊かにするなんて、そんな奇跡が起きてしまった。別に奇跡でも何でもないのだけど、この国の人たちにしてみれば奇跡のようなことだろう。一夜にして荒れた地が潤ったのだから。

 一夜明けて、フレーメ帝国はカイ君が訪れたときとはまた別の意味で騒然としていた。国の一角にできた水と緑を見て、当然驚かないわけがない。作り物などではなく、しっかりと根を生やした木々と湧きあがる水。そしてその日の天気は、何年ぶりかもわからない雨だった。


「いやあ、まさか本当に成功させちまうとはな……」


 若干冗談交じりに、苦笑しながらもゾラン王子は言う。城の中からでも一際目立つ新緑はよく見える。

 彼にとってこの賭けは、最初から絶対的な自信などなかったのだろう。成功すればそれでいいけれど、もしこの賭けが失敗すれば今まで通り他国から資源を奪えばいいだけのこと。とはいえ、この結果は彼にとってよいものとなったに違いない。

 ちなみに今、カイ君は用意された部屋で熟睡中だ。魔法というものは相当に精神力を使うもので、今回のような対象の大きな召喚魔法は、彼にとって相当な疲弊を生んでしまった。もともと体力もそこまでないながらも隣国を一人で旅をしたのだ、今まで溜まっていた疲れがどっと溢れたのだろう。

 これですべて解決、というわけでもないが、とりあえずはフレーメがレーゲンバーグを襲う可能性はなくなる。カイ君が召喚した自然は、この国の全員の人間の貧困を改善できるほどの規模ではない。これから育っていけば変わっていくだろうが、ここしばらくは国民の生活に大きな変化も起きないだろう。


「本当にありがとうございます。敵対関係である我々を助けていただいて」

「私は何もしてません、お礼ならカイ君……王子様に言ってあげてください」


 深々と頭を下げるリベルトさんに、やんわりと遠慮する。

 まあ、前提としては半ば脅迫されて協力せざるを得なかったというのが真相だが、一々その点を根に持つ気はない。

 これで堂々と帰ることができるのだから、わざわざ後味の悪くなるようなことをするはずがない。

 その後も何かお礼の品をとフレーメ側から感謝の気持ちを渡されそうになったが、まだ夢の中にいるカイ君ではなく私がもらう理由もないので、頑なに断った。別に多少の品ならもらってもよかったかもしれないけれど、出されるもののほとんどが高価な見た目のものばかりなのだ。一介の大学生の私の金銭感覚とは程遠そうな品に、手など出せない。

 とりあえず、カイ君が目を覚ますまでは帰国もできないので、それまでの間、特に何もすることなく城内をうろついていた。その際にリベルトさんに、ニケさんも一緒に帰国できるかどうかを聞いてみる。

 しかし、望んでいた答えは帰って来なかった。


「残念ながら、それはできません」

「……王子のスパイ、だからですか?」

「いえ、それについては、王子からの任務も終えていますので問題ないのですが……」

「何か、別の問題でも?」

「……彼女自身が、帰りたくないと言っているのです」


 どんな理由であれ、一度は城の人たちを裏切ったことを気に病んでいるのだろう。私が何と説得しようと、彼女の心が簡単に変わるわけじゃない。

 一緒に帰れないのは残念なことだけど、無理に説得しようとは思わなかった。彼女に対しての気持ちが浅いとかそういうことでもなく、ただニケさんの気持ちを尊重してあげたかったからだ。今はまだ、気持ちの整理がついていないと思うから。

 それに、今帰れなくたって、そのうち一人で城に帰ってくるかもしれない。だから今は、そっとしておいてあげよう。

 しとしとと降り注ぐ恵みの雨は、そんな彼女の心に溜まったものを落としているように思えた。


 カイ君が目を覚ましたのは、あれからすっかり日も昇りきった頃だった。目が覚めてもしばらく疲れが抜けなかったのか、ベッドでまどろんでいる彼を部屋から出すのに相当の時間がかかったのは、言うまでもない。

 起床したカイ君と一緒にまず向かったのは、フレーメ帝国の国王のもとだった。一応お邪魔していたのだからお礼くらいは伝えておきたいと、私が半ばカイ君を引き摺る形で連れていったのだ。

 フレーメ帝国の国王は戦争に加担する人間と聞いていたから恐ろしい印象しか浮かばなかったが、案外普通の、笑顔の作れる男の人だった。むしろこの人があのゾラン王子の父親なのかと疑うくらいに棘のないように見えたけれど、あるいは裏の顔があるのかもしれないと終始警戒を解けなかったのも事実だ。

 国王はレーゲンバーグとの休戦を、いや戦争そのものを、最初からなかったものにしたいと告げた。それが真意かどうかは置いて、カイ君の魔法のお陰でそう言わせることができたのかと思うと単純に嬉しかった。

 国王への挨拶を済ませてから、私たちは帰国の準備を始める。カイ君はあまり長居したくなさそうな様子だし、私もこれ以上長くとどまるつもりはない。というか、これ以上人質生活が延びるのはこりごりだ。

 帰国するとその旨を伝えると、数人の兵士たちとともにゾラン王子とリベルトさんが見送りに来てくれた。何だかんだで彼らとは仲良くなれたし、きっとまた会う機会もあるかもしれない。


「引き止めるつもりはねえが、寂しいもんだな……せっかくアンナちゃんと仲良くなれてきたのに」

「王子!」

「わかってるって……お坊ちゃんも睨みなさんな。別に人の教育係を取ってやろうとは思ってねえよ」

「別に睨んでない……というか、お坊ちゃんじゃない」


 二人の王子の関係はそう変化しなかったようで、最後までカイ君が敵意をしまうことはなかった。まあ、まだまともに会話できているだけでも大きな進歩と言えよう。

 そんな二人のやり取りを笑って見守りながら、ふと辺りを見渡す。どうやらニケさんは見送りには来なかったようだ。明るい彼女が城からいなくなると思うと、なんだか寂しい。

 これ以上別れの挨拶などしていたくないのか、カイ君は私の服の袖を掴んで引っ張り始める。おいとましようと言わんばかりの力で引っ張られて、これ以上彼の機嫌を損ねるわけにもいかなくなってしまった。


「それじゃあ、また……どこかで会えたら」

「そうだな。つってもアンナちゃんは異世界人だろ? 次会うときはもういなくなってるかもしんねえな」

「……そう、ですね」

「んな暗い顔すんなよ。また会えるって祈ってりゃ、そのうち会えるさ」

「一生会えなくていい、こんなやつ……」

「ちょっと、カイ君!」


 いくらなんでもそんな言い方はないだろうと声を荒げれば、しかし構わないと言わんばかりにゾラン王子は手を上げて制す。こういう大人の余裕こそ、カイ君に必要なものなのだが。


「お坊ちゃんも、いい加減自分の気持ちに素直になれよ。気持ちを伝えようと思ったときには、もういなくなってるなんて後悔は嫌だろ?」

「えっと、何の話……」


 結局最後の王子の発言の意味を聞けないまま、カイ君に引っ張られる形で城を後にする。カイ君に問いかけてみても、彼は振り向かずに前を歩きづつけた。ほんのりと耳が赤くなっているような気がした。

 お昼を過ぎ、日が傾きかけ始めた砂漠をどうやって帰るのかと思っていたが、砂漠に立ち止まるカイ君に嫌な予感がした。

 どうやら行きに召喚したあの巨大な鳥は、私たちが召喚魔法を完成させようとしているうちに、暴れて兵士たちの制止を押し切って飛び去ってしまったらしい。かといってまだ疲労の抜けていない彼が同じ種類の鳥を召喚できるかといったら、言わずもがな。

 一度フレーメに戻って馬でももらって来ようかと提案するも、変にプライドの高い彼はそれを拒んだ。だったらどうするのかと途方に暮れ始めた矢先、カイ君はおもむろに杖を取り出す。


「え、カイ君? 何する気……?」

「うるさい、黙ってろ!」


 何をするかなんて聞かずともわかるもので、彼は再び魔法を使おうとしていた。何を召喚するつもりだったのか知らないが、光に包まれて現れたのは、まるでダチョウのような飛べそうにない鳥が一羽。

 横目で彼の様子を伺うが、どうやら思っていたものと違ったらしく、彼もまた呆然と大きな鳥を眺めていた。


「ど、どうするの……?」

「どうするも……乗るしかないだろ」

「でも、これ飛べないよ? しかも一羽だし、二人で乗る気?」

「……っ、仕方ないだろ! 徒歩で歩く気力なんてねえよ!」


 確かに、彼はこの魔法でさらに力を使ってしまったのだ。最早数十歩歩くだけでも倒れてしまうかもしれない。だとしたら目の前で眠そうな目をして佇んでいるこの鳥に、二人で乗るしかないだろう。

 ダチョウに乗った経験なんてないけれど、上手く乗りこなせるものだろうか。

 カイ君とともに困惑しながらも鳥の背に乗ろうとしていると、ふと後ろから声を掛けられたような気がした。振り返って確認してみると、遠くから人の姿が見えてくる。

 やってきたのはニケさんだった。私たちのもとまで全速力で走ってきた彼女は、辿りつくとさすがに息を荒げて立ち止まった。


「ま、間に合った……」

「どうしたんですか! っていうか、大丈夫ですか?」

「あたしのことなんかどうでもいいから……それよりも、ちゃんとお別れ……言いたくて」

「お別れ……」


 ああ、やっぱり一緒に城に帰りにやってきたんじゃなかったんだ。少しだけ期待していた自分が馬鹿らしくなる。

 だけど彼女の顔は、お別れなんて言っておきながらも随分と明るいものに見えた。まるで最初会ったときのような、彼女によく似合う笑顔。


「あたし、国に残ることにしたです。王子サマが水や木を持ってきてくれたから、あたしの住んでいた村をなんとかさせたくて」

「なんとかって……復興?」

「そんな感じです。ゾラン王子もある程度の水や自然は国民のものだって言ってくれたから、あたし、もっと自然を増やしたいって思ったです!」


 昨日のできごとが、彼女にとっても大きな変化となったのだ。王子がそんなことを言っていたとは驚きだけれど、どうやら本当にフレーメは軍事大国から変わろうとしているのかもしれない。だったら、彼女にできた夢を拒む理由などどこにもない。

 カイ君も自分のしたことを感謝されたのが満更でもなかったのか、少し照れくさそうに、だけど穏やかな表情を浮かべていた。

 決意を新たにしたニケさんに別れを告げ、再び私たちは鳥の背へと乗り込み出発した。二人で乗れたのはよかったけれど、高速で走りだした鳥の動きに体が上手くついていけず、何度も背から落ちそうになる。カイ君に至っては夜が更けるまでに五回は砂へと転げ落ちていた。

 すっかり空も暗くなってしまって、今日の移動は中断となった。あれだけ暑かった日差しもなくなった途端寒さに変わり、体温を容赦なく奪っていく。ふかふかの羽毛の鳥に寄り添って暖を取りながら、ゆっくりと体を休める。


「でもさ……これでカイ君は、戦争を止めるために怪物を召喚しなくてもよくなったね」

「……でも、まだ本当に戦争をやめたのか、わからないだろ」

「大丈夫だよ、きっと」

「……」


 安心させるためにそう言うと、カイ君は私の顔をじっと見つめた。何か変なことを言ったかと不安な気持ちになっていると、彼はやがて視線をそらした。何がしたかったんだろうと訝しんでいれば、彼は独り言のように言った。


「お前って、本当に前向きだよな」

「え?」

「初めて会ったときからさ、大丈夫だとか、きっと上手くいくとか、信じてるとか……俺のことよく知らないくせに、なんでそんなこと言えるのかなって」

「……それは」


 それは、なんでだ。

 理由なんて考えたこともなかった。ニケさんたちにも一緒にいて落ち着くだとか、勇気を与えてくれたといったような言葉はもらったけれど、そんなの単なる励ましにすぎないと思っていた。むしろそれ以外の理由なんてないと思っていた。

 だけど改めて考えてみれば、ただカイ君の教育係だからといって、そこまで鼓舞する理由がどこにあったのだろう。一緒に落ち込んだって構わなかったかもしれないのに。

 もともと私はそこまで前向きな性格だとは思わない。就職にも不安を覚えて、今の生き方に疑問を抱いていて、先の見えない現状にただ不安がっている。それなのにここに来た途端、まるで別人のように誰かを励まし続けている。


「それは……なんでだろうね」

「はあ? なんだよ、それ」

「私にもよくわかんないや……今日はもう寝よう。明日も早くに出発したいし」


 まるで、自分が自分でなくなってしまった気分。最初からこの世界で生きてきたかのような、そんなつもりでいたような気がした。

 カイ君と出会ってから、私はどうかしてしまったんだ。

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