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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第二章 魔法使いと砂の国
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 王子同士の交渉が成立した翌日から、カイ君は魔法の練習に取りかかっていた。召喚魔法といった大魔法はそう簡単に成功するような代物ではなく、練習なくしては思い通りの召喚物を呼び出すことはできないのだ。

 呼び出す、というように、何かを創造する魔法ではない。既存の、この世界のどこかにあるものを呼び寄せる魔法。稀に私のような異世界人であったり、神話上の生物だったりと例外はあるようだけれど、基本は世界に現存するものが一般的である。水や植物といった自然なら世界のどこにでもあるし、まだ資源に在り余った土地もあるということで、まずはどこの自然を召喚するのかを決めなければならなかった。

 一応カイ君の部屋も用意されていたのだが、就寝時以外は居心地が悪い(本当は寂しい)ということで、彼はほとんどの時間を私の部屋で過ごしている。使用人から用意してもらった書物を真剣な表情で睨みながら、目的地を探しているのだが。


「わっかんねえ……」


 さっそく行き詰っているようだった。

 地図で見ると、この世界は相当広い。レーゲンバーグもかなりの大国といえるが、全体的に見ればごくごく小さなものだ。その隣にフレーメ帝国があり、諸国連なっている先には山脈地帯や海なども広がっている。

 場所に困ることはないが、多すぎて困るのだ。どこを選ぶかによっても、同じ自然と言っても変わってくる。

 ところで、この自然を召喚するというのは環境的にどうなのかとリベルトさんに聞いてみたけれど、実質問題は今のところないらしい。一度緑に覆われ水が普及すれば、そこから緑が生まれ、水蒸気が昇ることで雨も降る。つまるところ、緑をはぐくむ循環が生まれるという摂理だとか。

 この魔法が日本でも使えたなら、環境問題も簡単に解決されるかもしれない。いや、こればかりは世界が違うからどうしようもないけれど。

 二人でどこの水と緑を召喚するか議論してどれだけの時間が経っただろう。最終的に出た結論は、ここから遥か北にある山脈の地下に眠っているという、山の地下水を拝借するというものになった。


「話でしか聞いたことがないけど、このナット山脈は空気も綺麗な場所なんだ」

「へえ……じゃあ、結構水の需要もあるんじゃないの?」

「そうだけど……道のりが険しすぎて、どんな魔法使いだろうと徒歩で行くのは無理だ。だから滅多に人が立ち入れない秘境と言われてる」

「そ、そんなに……」


 なるほど、それならカイ君の召喚魔法は最適な入手手段となるわけだ。想像するのは私の世界で言うところのエベレストのようなものだろうか。

 山の地下水であれば綺麗な印象があるし、健康にも良さそうなイメージがある。もしそれを召喚することができれば、フレーメ帝国側も満足するだろう。

 だけど、水を召喚したところで一帯の砂漠を緑の生い茂るオアシスに変えられるものだろうか。その辺の自然科学に詳しくないせいか、どうも不安が残る。一時的に水を召喚したところで、枯れてしまえば振り出しに戻ってしまうし。

 それに対し、カイ君の返答は予想の斜め上を行くものだった。


「山のふもとの自然一帯をを召喚すれば問題ない」

「それ、やっていいの? というか、できるの?」

「さっき俺のこと信じるって言ってたのは誰だよ……あの辺は法律も手つかずだったはずだから、環境を著しく壊さなければ問題ない」

「そうなんだ……」

「と、思う」

「え?」


 自信なさげに言うカイ君は、実のところはまだはっきりと決断しかねているようだ。まあ、話でしか聞いたことがないのであれば、その辺の事情に詳しくないのだし仕方ない。だけど、場所が決まった以上はその山脈について調べてみる必要があるだろう。

 カイ君にお願いして、部屋を出てリベルトさんを呼んでくるようにお願いする。彼はお願いされたのが不満だったのか顔をしかめたものの、黙って部屋を出ていった。頼んだ後に一人でお使いに行かせて大丈夫だったかと焦ったが、ここまで一人で旅してきた彼を信じることにした。

 しばらく用意された図書を読み漁っていると、リベルトさんを連れてきたカイ君が戻ってきた。本当は使用人であれば誰でも良かったのだが、カイ君を知らない相手に話しかけさせるのは酷かと思い、多少面識のある彼を要求したのだ。情報伝達係の彼に今からお願いすることを言うのは筋違いだとわかっていたが、こればかりは無礼を承知での行為だ。


「はあ……ナット山脈のふもとの自然を召喚……ですか」


 固まった内容を話すと、リベルトさんはその発想はなかったというように驚きを隠さない。しかしとりたてて異論はないようで、何度か頷いて納得しているようだった。

 それにしても、私と歳もそう変わらなそうな年齢だというのに、随分と貫禄のある青年だ。見た目からして特殊な才能を秘めているようには思えないけれど、あの王子が気に入って傍に置く理由も頷ける。


「それで、お願いとは何でしょう?」

「はい。実は、そのナット山脈について詳しく知る必要があるんです。何か専門的な書物などがあると嬉しいんですけれど……」


 ここにロルフさんがいてくれたなら、面倒くさい手順を踏まずとも簡単に解決してしまうというのに。彼なら該当する本を用意するよりも、自らの頭の中にある知識をすべて教えてくれるような気がする。泣き言を言っていても、ここがフレーメ帝国である以上どうしようもないのも事実だが。

 要件を理解したリベルトさんは、しかし困ったような顔を浮かべて黙ってしまった。嫌な予感がしつつも言葉を待っていると、彼は言いにくそうに話す。


「実は、我が国の蔵書はそれほど多くありません。あなたが望むような書物は恐らく所持していなかったはずです」

「そうなんですか……いえ、こちらこそ我儘を言ってすいません」

「ですが、ナット山脈については私の知っている範囲であれば、お教えしますよ」

「え、知ってるんですか?」

「情報伝達係といっても、単に守秘義務を守れる人間として選ばれたわけじゃありませんから。他国からの情報を入手するのも役目ですし、そうしているうちに他国の地理地形に関しても詳しくなりましたから」


 任せてください、と笑顔を向ける彼に、救われたような気がした。

 彼が教えてくれたナット山脈の情報は、私たちにとって非常に有益となる内容だった。水が綺麗だということも当然だが、山脈のふもとを占めている森林は、どんな環境でも力強く育ち繁殖するグルンと呼ばれる種類の植物らしい。もともと山脈の周りも最初から緑豊かだったわけではなく、荒廃した土地にその植物を植えたことによって今の状態を作り出したと言われている。

 だけど、それを知っていたなら最初から植物を植えていればよかったのではないだろうか。わざわざ召喚する必要もないと思うのだが。大体、険しい山を登るわけでもなく、ふもとの植物を採集すればいいのだし。

 しかしそんな考えにはすでに辿りついていたようで、リベルトさんは首を横に振った。


「ナット山脈に向かうには、必ずその前方にあるエイス王国を通過しなければいけません。エイス王国と我が国は長年の対立関係にあるため、立ち入ることを禁じられているのです」

「国同士の事情があるなら、仕方ないですよね……あれ、でもナット山脈はエイス王国が管理しているってことですか?」

「いえ、山脈事態はどこの国のものでもありません。一国が所有すれば、資源の支配をめぐって争いが生まれますからね」


 つまり、今回の自然の一部の召喚については特に問題はない、そういうことだった。

 ナット山脈についての書物は所持していないと言っていたが、グルンについて載っている植物図鑑があるというので、それを見せてもらう。見た目は特に普通の木と変わりない、何の変哲もない木だ。しかし注目すべきはその特性で、どんな地質や気候でも育つ他に、夜になると日中光合成して余った分の栄養を使って、葉が淡く発光するらしい。随分とメルヘンチックだ。

 とにかく、これで事前知識が身についた。あとはカイ君が召喚魔法を使うだけだが、当の彼を見ていると、やはり心のどこかで自信がないのか、表情が硬くなっている。

 できるとわかるまでは自由に国に滞在していいと許可されているけれど、裏を返せばできなければ帰らなくてはいけないのだ。それに、休戦状態にある両国の関係も悪い方向に決壊するかもしれない。気楽にしていろと言われようと、重い責任を背負わされていることに変わりない。


「それにしても、召喚魔法とは不思議なものですね……我が国にはそれほど特殊魔法を持つ者がいませんし、どんなものでも召喚できてしまうなんて」

「リベルトさんは、魔法を使えないんですか?」

「はい、私はまったく。ついでに言えば、ゾラン王子も使えませんよ。王子のスパイの彼女も、獣人である以外は特別に魔法が使えるわけではありませんし」


 魔法が使えないのに、若くして相当の地位を築き上げている方がすごいと思うのだけど。

 ゲルハルトさんは多少の魔法しか使えないけれど、努力によって剣の腕を磨いた人間だ。セアドさんだって、魔法を使えるかどうかは知らないが、話術と策によって大役を担っている。魔法使いが当たり前のようにいるこの世界でも、魔法がすべてというわけではない。

 だけどゾラン王子は魔法がまったく使えないにも関わらず戦争では軍隊を仕切るほどの統率力だし、本人の腕も確かなものだろう。それだけでなく、こうして国の問題にも取り組んでいる。

 そういう人たちを見ていると、私も頑張ればどうにかなるのではないかと思ってしまうのだ。勿論、異世界の人たちと自分を比べるのは間違っている。だけど、彼らを見て何も感じないわけじゃない。


「リベルトさんは、魔法がなくても才能があるんですよ。だから王子に信頼されてるんだと思います」

「……才能ですか。それを言うなら、あなたにもあると思いますが。役目は違いますが、王子に最も信頼される人間とは、必ず何かしらの才能を有していると思いますよ」


 城の人たちにも、ニケさんにも言われたことだ。自分ではまったく感じないけれど、彼らには見えている私の才能。それは一々自分で意識するものじゃないのかもしれない。

 だけど言われてしまえば気になるもので、私が持っている才能とは一体どんなものなんだろう。目に見えるものなのか、形のないものなのか。

 横で書物を読むカイ君を一瞥すれば、彼は魔法完成のために集中しているのか、私たちの話を聞いていなかったようだ。

 まあ、今は才能なんてどうでもいいのだ。魔法を完成させることを最優先に考えることが先決だから。

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