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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第二章 魔法使いと砂の国
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信じる

 その日のフレーメ帝国は騒がしかった。騒がしいと言っても、城下に位置する軍の生活地帯は常に賑わいを見せていて、騒がしいと表現するには適切である。しかしその日は、騒然としていた。

 毎日のごとく照りつける晴天から降りてきた、一羽のとてつもなく大きな怪鳥の姿に、人々は驚きを隠せない。巨大鳥は自らの存在を主張するように大きな羽を広げて、甲高い声を上げる。

 最初は怪鳥が町を襲撃してきたのかと兵士たちは警戒し武器を取ったが、しかしすぐに状況の異変に気づく。やってきたのは一羽の大きな鳥だけではなかった。その背に乗った、マントをはおった青年の存在に気づく。

 太陽に照らされてきらきらと光る長めの髪に、緊張と不安の色を見せながらも凛とした瞳。服から覗く白い肌は、この国の人間ではないことが一目でわかる。

 ざわつく周囲を前に、彼は持っていた杖を高く掲げる。その行為に周りの兵士たちは静まり返る。

 青年は震える声で言った。


「わ、私はレーゲンバーグ第一皇子だ。貴国の王子との会談を始めに来た!」


 カイ君が到着したと報告を受けたのは、随分と外が騒然としているのに気づいてから、一時間ほど経った頃だった。人質生活からすでに何日経過したかもぼんやりとしていた中、彼がやってきたという知らせに一気に脳が覚醒する。

 それと同時に、まさか本当に一人で来てくれたことに驚きを隠せなかった。ここからレーゲンバーグまでは相当な距離があるし、外出をほとんどしない彼には厳しすぎる道のりだ。いくらフレーメから半ば脅迫めいた手紙を送られたとはいえ、カイ君が来てくれる確率は半々、といったところだったのだ。

 勿論彼を信じていなかったわけじゃない。きっと来てくれる、とは思っていたけれど。

 とにかく、そのことをリベルトさんから聞いてから、私の人質生活は幕を閉じようとしていた。足枷を外され、部屋から連れだされる。しばらく歩いた先に通されたのは、応接間のような広い部屋だった。

 豪奢な造りの部屋にはテーブルを挟むようにソファが二つ並べられ、片やゾラン王子が優雅に腰掛け、片やカイ君が縮こまるように座っている。

 私の姿を見た途端、カイ君は安堵したかのような、嬉しそうな表情を見せた。そんな表情につられて、私も頬を緩ませる。

 さて、ソファが二つしかない以上、どちらかの王子の座る横に腰掛けなければいけないようだが、リベルトさんに促されたのはゾラン王子の横だった。まあ、まだ人質から解放されたわけでもないのだし、当然の結果だろう。

 なるべく間を作るようにして隣にお邪魔すると、それが気に入らなかったのか、彼は私の腰を引きよせて距離を埋めた。

 一応言っておくが、ここは会談の場である。決して可愛い女子のいるパブなどではない。


「それじゃあ、ようやく役者が揃ったことだし始めるかな。おっと、そう睨むなよ。俺とアンナちゃんは仲良しなだけだ」

「べ、別に睨んでなんかいない……ただ、話しあいの場に、そんな、そ、そんな」

「あー、悪かったって。アンナちゃんはあんたの大事な教育係だもんな?」


 面倒くさそうに言いながら、ゾラン王子は私の体を離してくれた。完全に羞恥心で真っ赤になってしまっているカイ君だが、そういう私も人ごとではなかった。黙ってその場を静かに見ているリベルトさんが、小さく溜息をつく。


「それじゃあ、始めっか。つっても長いこと話すつもりはねえ、あくまで簡潔に事をまとめるが……カイ王子。あんたの魔法ってのは、水や植物を召喚することはできるのか」

「……え?」

「この国が資源に飢えてるのは知ってるよな? もしその力で資源を生みだすことができるなら、戦争はやめるってことだ」


 問いかけられた内容が意外だったのか、カイ君は大きく目を見開く。

 以前私もその説明を聞いていたが、要約すれば、カイ君の召喚魔法で資源を生みだすことによって、フレーメの資源不足を回復させるといったものだ。それを承諾するならば、レーゲンバーグとの戦争を取りやめるという話である。

 あまりにシンプルな話だけど、それができるかどうかはカイ君次第だ。意見に賛成であっても、魔法を完成させられないのであれば意味がない。理不尽だけれど、こればかりはカイ君の力量に掛かっていた。

 困惑しながらも、彼は口を開く。


「で、できるかどうかは……わからない。俺はまだ、未熟だから……」

「そうかい。まあ、最初から期待してたわけじゃねえけどな」

「……でも、やってみる価値は、ある。だから、試させてほしい」


 声を震わせながらも、強い意思を持った目でゾラン王子を見つめるカイ君。城にいたときとは間違う力強い表情に、彼が変わろうとしているのが伝わってくる。私がいなくなってから、カイ君も色々と悩んで、そして決意していたのだ。

 カイ君のお願いに、王子はリベルトさんを一瞥した。リベルトさんもまた王子に対しゆっくりと首肯し、合図を送る。


「わかった、じゃあよろしく頼むわ。俺は魔法とか使えねえし、詳しいことはわからんが……できるかできないかはっきりするまで、しばらくここにいたらいい」

「あ……ありがとう」

「別に礼を言うようなことじゃないさ。まだできたと決まったわけじゃないんだろ? だったらこの国は、あんたにとってまだ敵対国だ」


 勘違いするな、と言わんばかりに釘を刺すゾラン王子に、しかしカイ君は以前のような怯えを見せなかった。まるで別人になってしまったかのようで、しかしそんな彼の姿が、前よりも幾分かたくましい。

 今の彼ならできる、そんな根拠のない確信さえ感じられる。


 会談を終えて、再び軟禁されていた部屋へと戻される。さすがに足枷は外してもらったが、再びこの部屋に戻るのは抵抗感があった。まだ人質として解放されていないとはいえ、一度外に出てしまえばその気になってしまう。

 一緒に部屋についてきたカイ君は、しばらく部屋をきょろきょろと見回していたものの、リベルトさんによって扉を閉められた途端、私目掛けて圧し掛かってくる。突然のことにバランスを保てるはずもなく、尻餅をついてその場になだれ込む。慌てはしたが、前にもこんな展開になったような、と既視感を感じるほどにはだいぶ慣れてきた。

 抱きしめられた状態でしばらく沈黙が続くも、顔を見せないカイ君が小さく声を絞り出した。


「……怖かった」


 ぽつりと呟いた言葉は、今までの不安や恐怖をすべてぶつけているかのようで。しかし前の取り乱し様とは違って、震えてはいるものの、随分と落ち着きを取り戻しているように見える。やはりここに来るにあたって、強い決意を背負ってきたのか。

 彼の頭を撫でながら、一つ一つの言葉を受け取っていく。私にとっても突然の拉致だったけれど、カイ君からすれば急に神隠しのようにいなくなったように思えたに違いない。


「何、突然いなくなってんだよ……だから外出なんて嫌だったんだ。外にさえ出なければ、こんなことにならなかったのに。こんなところに一人で行くことだって、なかったのに」

「……でも、来てくれたんだね」

「戦争吹っ掛けられるくらいならマシってだけだ」


 私の服の裾をぎゅっと掴みながら、素直な言葉を使わない彼に苦笑する。ツンデレというのが可愛いのかどうかはよくわからないけれど、こうして文句を並べながらもここまで来てくれた彼が、今たまらなく愛おしい。

 そういえば、リベルトさんの話によると、カイ君はここまで大きな鳥に乗ってやってきたらしい。恐らくそれは彼の召喚魔法で呼び出された生き物だろうが、今はフレーメ帝国の監視下に置かれているようなので、一目見るのは無理だろう。

 鳥に乗ってやってくる王子様なんて、本当におとぎ話のようだ。

 しばらくして落ち着いてきたのか、俯いたままだったカイ君がゆっくりと顔を上げる。目尻には薄っすらと涙が滲んでいたが、それよりも私の顔を凝視して問い質す。


「そ、そうだ……あの王子に何か、変なことされてないよな?」

「へ、変なこと?」

「だから……その、えっと……さ、触られたりしてないかとか! 言ってんだよ! 馬鹿!」


 自分の心配が急に恥ずかしくなったのか、彼は耳まで真っ赤にさせて大声を上げる。一瞬驚いたものの、カイ君にもゾラン王子の印象はそんなものなのだと思うと苦笑してしまう。確かに好色でだらしない面はあるが、数日間接していて思ったのは、彼はそれほど不真面目な人間ではないということだ。それは実際に接してみないと絶対にわからなかったけれど。

 私が笑っているのがさらに癪に障ったのか、彼はついにそっぽを向いてしまった。そんな後姿を宥めるように、言葉を掛ける。


「大丈夫だよ、何もされてないから。それにね、あの人、思ってるほど悪い人じゃないみたい。確かにフレーメとは敵対関係だけど、彼が私たちに味方してくれればそれも変えられるよ」

「……随分と、買ってるんだな。あの男のこと」

「そんなんじゃないけど……まあ、信じてるし」


 言葉の意味がわからなかったのか、背中を向けていたカイ君の顔がこちらを向く。まだ脹れっ面のままだったが、純粋にどういう意味か問いかけているようだった。

 勿論、今の言葉はゾラン王子に向けて言ったことじゃない。彼のこともそれなりに信頼はしているが、そういう意味ではないのだ。


「カイ君が魔法を成功させるって、信じてるから」


 できるかどうかなんて、誰にもわかるところではない。完全にやってみなければわからないといった未知数な状況だけれど、それでも悲観はしていない。

 これほどに大きな勇気を持っているカイ君に、できないことなんてない気がするのだ。魔法の素質があるからだとか、王族だからだとか、そんなことは関係なく、彼だからこそできる。カイ君と一緒にいる時間は決して長くはないけれど、そう思わせるだけの勇気を、いくつも見てきたのだから。

 言葉の意味を理解したカイ君は、しばらく呆然としていたものの、しかし再び引いてきたはずの赤みが顔を浸食していく。


「ば、馬鹿じゃねーの!? 当たり前だろ、俺は天才なんだぞ! そりゃああの王子からあんなこと言われたのはびっくりしたけど、最初から自信あったし! 不安とかないし!」

「そうそう、カイ君はやればできる子だもんね」

「子供扱いすんなっての!」


 褒めながら頭を撫でてやれば、恥ずかしそうにその手を払おうとする。こんなやり取りをするのもなんだか久々で、鮮明にすら感じられた。

 私は今まで、何をそんなに心配していたのだろう。確かにカイ君のことは心配だった。だけどそれは、フレーメに対する気持ちや周りからの話を聞いていたから心配になっていたのだ。彼が大丈夫だと言うのなら、何も不安に思うことなんて最初からないというのに。

 魔法が成功するまでどれだけの日数を要するのかは想像もつかないが、そう長く居座ることもないだろう。早く帰って、皆を安心させてやらなければ。

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