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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第二章 魔法使いと砂の国
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出発する

 いきなり現れて、図々しい奴だと思っていた。

 その女が現れたのは突然のことで、カイはまたしても自分の魔法が失敗したことに落胆している真っ只中だった。どうしても成功させたい、させなきゃいけない召喚魔法。

 決意はある、覚悟もある。だからこそ試しているというのに、やってくるのは異世界から来たという人間ばかり。さすがに同じような失敗が続いては王である父親にも処罰を受けるかもしれないので、できそうな気がする、そんな日に試していた。

 そして、失敗魔法から連れて来られた女は、部屋の前で散々人のことをけなしてきた。最初はわけがわからず錯乱しているのだろうと思っていたが、次第に腹が立ってきて、その顔を一発殴りたいとさえ思った。

 それがカイにとって、大きな転機となったのだ。

 久しぶりに部屋から出てきてしまった自分に対し、城の人間は浮かれたようにその事実を喜んだ。別に赤ん坊が初めて二足歩行できたわけでもないのに、馬鹿馬鹿しいほどに浮かれていた。浮かれた結果、カイを部屋から出させるきっかけとなった張本人の女を、教育係にした。


 意味がわからない。


 それがカイの感想だった。

 異世界から召喚されたという女も、いきなりよく知らない王子の教育係にされたというのに、断りもせず張り切ってしまっているし、そんな前向きすぎる考えがうざったかった。もっとこの状況に混乱して、塞ぎこんでいればいいのに。

 カイの事情など知らない女は空気も読まず毎日押し掛けてきて、毎日下らない話をするようになった。最初は無視していたものの、その元気が上っ面だけのものだと知るのはそう時間も掛からなかった。本当は不安で不安で、何かに押しつぶされそうになっている彼女に、何も感じないとはいわない。

 教育係から勉強を教わるのは単なる罪滅ぼしのつもりだったように思う。こいつがあまりにも可哀想で救いがないから、気晴らしに付き合ってやるだけ。そう思っていたのに、いつしか自分の方が勉強にのめり込んでいるのに気づいた。勉強なんて嫌いだったし、何の面白みも感じないと思っていた。それなのに、彼女といると時間を忘れるほどに集中して、理解して、成功している。まるで魔法にでも掛かったようだった。

 それに、自分のことを気遣って腫れ物を触るような扱いをする城の人間と違って、女は何も知らないからだろうが、普通に接してくれた。それがとても居心地が良くて、気持ち良かった。

 だけどいつしか、彼女といつか別れなければいけない事実に不安を感じている自分がいた。

 しかしカイはまだ、この気持ちが何なのか知る由もない。


 フレーメ帝国に行く。それはカイにとって、トラウマを思い出すのと同等のことだった。

 あの日、フレーメが突然城を訪れたときも、不安で押しつぶされそうで、息が詰まってしまいそうな気がした。アンナにも恥ずかしいところを見られてしまったけれど、そんなことすら気にしていられないほどに、純粋に恐怖に震えていた。

 そして今度は、アンナを人質にとって自分をおびき寄せようとしている。何が目的なのか、なぜ自分なのかはわからない。だけど自分が行かなければ、アンナも国民も助からないかもしれない。ゲルハルトは気を遣ってあんなことを言ってくれたが、それでもカイの中では選択肢など一つしかなかった。

 いつものようにマントをはおり、フードをすっぽりと被って顔を隠す。こうしていると、誰かに守られているような気がして安心するのだ。見なくていい世界を見えなくしてくれるような気さえした。

 外出に必要なものは、今頃兵士や使用人たちが用意してくれているだろう。父親もきっと何も言ってこないはずだ、自分一人で行くことを望んでいるはずだから。


「移動手段は……」


 杖を手に取り、一心に集中する。閃光と共に現れたのは、人一人を軽々と乗せられるほどに大きな赤い羽根の鳥だ。この世界でも非常に珍しい、絶滅が危惧されている秘境の怪鳥である。大人しい性格の鳥は、ただ静かにカイを見つめている。


「これからフレーメまで行かなくちゃいけないんだ。旅のお供に来てくれ」


 優しく撫でながら挨拶を済ませ、改めて部屋を見渡す。書物や魔術道具が散乱した、王子の部屋とは思えない汚い部屋だ。それでも、たくさんの思い出が詰まった場所でもある。

 ここに戻って来れるのは、一体いつになるだろう。そもそもこれはフレーメの罠で、向こうに着いた途端に殺されてしまうかもしれない。いや、考えすぎだろうか。いくらフレーメだからといって、そこまで野蛮な手は使わないはずだ。

 たとえ見せしめとして、母親を殺していたとしても。

 思い出しては、服の裾を力強く握る。もう過ぎたことなんだと思っても、いつまで経ってもその事実に慣れることはない。

 母親との思い出は少ない。小さい頃に殺されてしまった母のことなんて、少ししか記憶に残っていない。それなのに、母を殺したフレーメがこんなにも憎くて恐ろしい。

 そう思うようになったのは、父親である王がそのときのことを怒りに震えながら話していたからか。まだ国同士の事情などわかるはずもなかった自分に、王は何度も記憶に植え付けるように話していた。恐らくそれは、将来王になるカイがフレーメを滅ぼすように仕向けるための策略だったのかもしれない。なんて、真相は誰にもわからないけれど。

 しばらくして部屋をノックする音が聞こえて、相手を迎えに行く。現れたのはさきほど事態を伝えてくれたゲルハルトと、大臣のセアドだった。


「王子、準備は万全でございます。いつでも出発できますよ」

「……うん」


 まとめられた荷物は巨大鳥へと乗せられ、これで完全に準備は整った。部屋の窓を開け、広いベランダからいつでも飛び立つことができる。

 外の空気に体が震える。いつまで経っても直らないこの症状が情けない。ただ少し遠出をするだけなのに、別に戦いに行くわけではないのに。


「王子、どうか無理をなさらずに。危険だと感じられましたら、すぐに引き返して構いませんよ。わたくしどももできる限りの援護を致しますので」


 それはまるで、ちゃんと役目を果たしてくるまで帰ってくるなと言われているようだった。実際、そうやって優しい言葉を掛けてはいるが、大臣という大役を担っているセアドにとって、カイがいつまでももだもだしているこの状況が好ましくないのもひしひしと感じてる。

 誰しもがそう思っているに違いない。いい加減大人になるべきだと。

 アンナと一緒にいるようになってから、自分は少しでも一歩進めていると思っていた。人と関わるようになり、何かが変わり始めていると思っていた。だけど、そんな些細な進展など周りの人間には見えていなかったのだ。この部屋から出てこない限り、ただの引きこもりであることに変わりない。

 まだ理由がなければ外になんて出たくないけれど、大人になんてなれやしないけれど。


「大丈夫だって言ってんだろ。俺を誰だと思ってんだよ、ちょっとは信用しやがれってんだ」


 そうやって悪態をついて、自分を鼓舞する。

 鳥の背に乗り込むと、大きな猛禽類は巨大な翼を広げて飛び立ち始める。空を飛ぶ経験なんてないけれど、きっと大丈夫。根拠なんてないがそう言い切れる。

 段々と城から離れていくのを見下ろしながら、ようやく人質を返してもらう旅が始まった。


 しばらく緑が覆っていた地上は、やがて砂漠へと浸食されていく。水も植物も建物もない、延々と続く砂の絨毯を見下ろしながら、すっかり夜も更けた空にそろそろ休もうと鳥に合図する。どうやらこの鳥は人の心をなんとなくだが理解できるらしい。詳しく調べないまま召喚してしまったけれど、旅のお供には最適の相手だったようだ。

 地上へと降下し、柔らかな砂に足をつける。昼間は恐らく焼けるほどに暑いはずだが、日が沈んだ後の砂漠は急激に体温を奪っていく。マントをはおっているお陰で防寒には問題ないが、それでも肌寒さを感じて鳥に寄り添う。ふかふかの羽毛が気持ちよくて、温かい。


「……アンナ」


 今頃どうしているだろうか。

 人質として捕らわれているのなら、下手に危害などはくわえられていないはずだ。一緒にいなくなったニケのことも気になる。もしかしたら亡命がばれて、国王の命で処罰を受けているかもしれない。

 それに、噂でしか聞いたことがないが、あの国の王子は随分とふざけた性格だという。もしアンナに手を出すようなことがあったらと思うと、おちおち休んでいる気にもなれない。

 とはいえ、夜の砂漠を旅するのが危険なことくらい理解しているし、自分を乗せて運んでくれているこの旅仲間だって疲労を感じているだろう。


「全部、俺のせい……なのかな」


 いつまでも我儘を言って迷惑を掛けていたから、罰があたったのだろうか。心の傷を言い訳にして逃げてきたから、ツケが回ってきたのだろうか。城の人間の心配を無視し続けてきたから、アンナの優しさを素直に受け取ろうとしなかったから。

 考えれば考えるほど自分にどうしようもない情けなさを覚えて、目頭が熱くなる。そんなカイの様子に気づいたのか、眠っていたはずの鳥はその羽をそっと広げてカイの体を包み込んだ。

 結局いつまでも守られてばかりの自分が、酷く惨めだ。いつまでも子供のままで、幼稚で、短絡的で。

 だから今度は、自分がアンナを助け出してやりたい。自分にしかできないことを一人でやってのけたい。背伸びしていると思われるかもしれないけれど、今までこの程度のことをアンナだってやっていたのだ。だったら自分にできないはずがない。

 もう甘えるだけ甘えた。だから今度は、ちゃんと自分の足で立っていくしかない。

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