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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第二章 魔法使いと砂の国
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助ける

 教育係を預かったと書かれた文書が届いたのは、彼女が姿をくらましてから二日目のことだった。フレーメ帝国の使いの者が突然城に現れ、手紙を王に渡してほしいと伝えてきたのだ。

 怪しげな様子にその話を部下から報告されたゲルハルトは困惑したものの、自分の失態でアンナは愚かニケまでも見失ってしまったことに責任を感じていたため、素直に手紙を受け取ることにした。恐らく彼女たちの失踪と、フレーメ帝国とは何らかの関係があるはずだ。

 王に渡す前に、危険なものが同封されていないか確認をする。王より先に内容を読むわけにはいかないが、安全を確認するのは当然のことだ。

 安全を確認した上で王に報告と共に提出すると、厳格な表情を更に深まらせて、王は王子にこのことを伝えるように連絡してきた。

 最初はなぜ王子の名前が挙がったのかわからなかったが、どうやらこの手紙は王ではなく王子に関わる内容だったらしい。なぜフレーメが王子に宛てて手紙を書いたのかはともかくとして、忠実な兵士であるゲルハルトは王子にその旨を伝えに向かった。


 あれから王子は部屋から一歩も外に出なくなってしまった。折角外出するまでに進歩を見せたというのに、アンナがいなくなった途端振り出しに戻ってしまった。それほどに、今の彼は塞ぎこんでいた。

 それでなくとも、フレーメの訪問によって精神が不安定な状態でもあったのだ。あれほどに心を通わせていたアンナがいなくなって、落ち込まずにいられるわけがない。

 とはいえ、報告の命を受けた以上は彼の状態を気にして遠慮などしていられなかった。王子の部屋の前まで辿り着き、深呼吸してから、ゲルハルトはノックして声を掛けた。


「王子、ゲルハルトはです。国王陛下のご命令で、王子にお伝えしたいことがございます」


 当然、返事など期待していなかった。まったく反応を示さない部屋の主に構わず、ゲルハルトは持っていた手紙を広げ、その場で読み上げることにした。そうでもしなければ、任務を遂行できないと考えたからだ。

 受けた命令を遂行するのに、余計な感情など必要ない。言われた通りのことをやってのければいい。


「レーゲンバーグ王国国王、並びに第一皇子様。突然のご一報、ご容赦ください。

 我々フレーメ帝国は、貴国の第一皇子教育係を人質として捕えました。人質を捕えた目的としましては、我が国の第一皇子が貴国の王子との会談の場を設けたいと意向を示しています。

 承諾していただけた際には、どうか王子お一人で来られますことをお願いいたします。人質はその時点で解放いたします。

 なお、我が国の提案に承諾しかねない場合に関しましては、貴国と締結いたしました休戦協定を撤回することも辞さない所存にございます。

 ご賢明な判断をお祈りしております」


 丁寧な言葉遣いであるものの、内容はただの脅迫文だ。こんな一方的な手紙を今の王子に読み聞かせたところで、冷静に物事を判断できるとは思わない。ましてや、一人でフレーメに向かわせるなど絶望的だ。

 しかし塞ぎこんでいるとはいえど、王子もアンナが人質として拉致されたことに何も責任を感じていないわけではない。常に自分のことを気にかけた彼女に何も感じていなかったわけじゃない。それはわかっている、だけど最後の一歩が踏み出せない。

 実のところ、ゲルハルトにはどうして王子がそこまでフレーメ帝国に畏怖しているのかが理解できていない。勿論、我が国と戦争関係にある国だからという単純な理由もあるだろうし、母親を殺したかたきだという理由も恐怖させるには充分だ。

 しかし、彼が生まれたのは戦争も終結間際、そして母親が殺されたのは物心つく少し前のこと。

 あれから国や城は休息に回復し、もとの平和な国へと復活した。まだ傷跡も残っているが、それでも戦争が始まる前と何ら変わりないほどに、この国は驚異の復元を果たしたのだ。

 そんな、戦争の面影もない今の国で生きてきた王子が、一体何に怯えているのか。それがわからないとはいえ、一介の兵士たるゲルハルトが問い質していいようなことでもない。

 しばらくして、部屋の奥から小さく動く音が聞こえた。どうやら手紙の内容を聞いていたらしい王子が、反応を示してくれたようだ。決して早い反応とはいえないが、しかし迷いに迷ったのだろう、彼はようやく扉を開けてくれた。


「王子、ご気分は」

「最悪に決まってる……それより、今の……あいつが、アンナが人質って」

「はい。隣国からの手紙によれば、そう記されております」


 残念ながら、ニケに関する情報は何も書かれていない。まさか最悪の事態を迎えてはいないだろうと不安を抱きつつも、きっと無事だろうと祈るしかない。

 彼女はもともとフレーメ出身の人間だ。亡命したことはすでに隣国に知られていてもおかしくないし、外出の際に忍んでいたかのしれないフレーメの人間によって捕えられた可能性もある。

 しかし今は、手紙に対する王子の意思確認が先決だ。蒼白な顔で事態を呑みこむ王子の言葉を、ただひたすら待つ。


「俺一人で、行かなきゃいけないのか」

「はい」

「……行かなきゃ、戦争が始まるかもしれないのか」

「はい」

「……」

「勿論、承諾しないという選択肢はあります。まだ戦争が決まったわけではございませんし、こちらも戦力は申し分ありません。多少の争いには、対処できます」


 まだ、決断するには早すぎたのだ。

 この短期間の間に、彼の周りには色々なことが起きすぎた。そのすべてが悪いことではなかったが、いいことだろうと心の傷の癒えない王子にとっては、たくさんのできごとは刺激にしかならない。

 二つの選択肢を前にして、王子はしばらく俯いていた。しかしその様子は、目の前の衝撃に耐えながらも必死に決断を下そうと勇気を振り絞っているようにも見えた。早すぎたなんて思っていたのは、自分が王子のことをその程度の人間だとどこかで卑下していたからかもしれない。そうゲルハルトは心の中で自責する。

 やがて彼は、掠れた声で小さく呟いた。


「……俺、行く」

「王子……本当によろしいのですか」

「何心配してんだよ……別に病人じゃないんだぞ。どいつもこいつも、俺のこと腫れ物みたいに扱いやがって……」

「……申し訳、ありません」

「謝ってほしいんじゃねえよ。ただ、俺が行かないで戦争に発展すれば、多くの人が死ぬ。でも俺が一人で行けば、誰も死なずに済むかもしれない。どっちが好ましいかなんて、ガキでもわかるだろ」


 震える手を力強く握りしめながら、この世の常識を語るように彼は言う。

 本当は行きたくなどないのだろう。部屋にこもって、自分の世界に居座り続けていたいのだろう。だけど王子は優しいから、優しすぎるからそれができない。彼にとって自分の世界が壊されることよりも、何の罪もない国民や兵士たちが死んでいく方が、彼を一番に信頼していた教育係が失われることの方が耐えられなかったのだ。

 どんなに現実から目を反らしていても、彼は王族の人間であり一人の青年だ。いままであって当然だったものが、大切なものが失われていくくらいなら、自分が犠牲になった方がいいと考えているのか。


「すぐにでも向かう。準備……頼む」

「かしこまりました。すぐに出発の準備をいたします」


 久々に王子からもらった命令は、小さな決意を感じるものだった。

 

 再び部屋の中へと戻ってしまった王子を見届けて、ゲルハルトはさっそく出発の準備を手配するように動きだす。ここからフレーメまでは早くて三日は掛かる。それも、早馬を走らせて三日だ。王子は乗馬の経験があっても、それほど馬を使いこなせるとは思わない。

 だとしたら、途中までは誰かが同行する形になるだろう。いくら一人で訪れるようにとフレーメが要求していても、そのくらいの補助は許してくれるはずだ。

 それからこのことを王にも報告しなければ、と慌ただしく足を動かしていると、向かい側からこちらに近付いてくる姿に足を止める。彼もまた、ゲルハルトを視界に捉えると軽快な足取りを止めた。


「おや、ゲルハルト。王子への報告は済んだようだね」


 王直属の大臣、セアド・ベッヘム。歳は自分とさほど変わらない、若くして大臣にまで上り詰めた男。彼がこの城にやってきたのは突然のことで、突然現れては突然立ち場も上がっていた。

 ゲルハルトはこの男を信用していない。大臣としての腕はあるし、彼の仕事ぶりには何の異論もない。ただ苦手だとか嫌いだとか個人的な理由でそう評しているのではなく、なんとなくだが直感的に、セアドを危険な男だと思っていた。中身がまったく見えてこない、透明な空気のような男。

 とはいえ、今はそんな警戒心を再確認している場合ではなく、立て込んでいる仕事をこなさなければいけなかった。ましてやこの男の饒舌に付き合っていれば、その時間も惜しい。黙って歩きだせば、そんな様子にお構いなくセアドは話を続ける。


「王子のために馬を用意するのだったら、必要ないと思うのだがね」

「……どういう意味だ」

「考えてもみたまえよ。王子は召喚魔法を得意としているのだよ? わざわざ鈍足な馬になど頼るくらいなら、自ら速さが自慢の生物でも召喚していると考えるべきだ。恐らく巨大怪鳥辺りかな」

「まるで、心を読んでいるようだな」

「おっと、君でもそんな冗談を言うなんてね」


 癪に障るが、セアドのこういう発言は的中している場合が多い。馬の手配はやめるとして、残るのは王への報告と移動途中の食量や必要なものを用意する手配だ。確かに王子の魔法があれば、大抵のことは一人で済んでしまうだろう。だが、忠実な兵士である以上はなるべく手をわずらわせたくない。

 そう思いながらも、ゲルハルトはずっと引っかかっていたことを思い出した。先日の外出のことだ。いくら王子の心を開かせるためでも、安々と王族の人間を外に出す許可を出したこの男のことが、ずっと心の端で違和感を発していたのだ。

 まさかとは思うが、聞かずにはいられない。


「お前、こうなるとわかっていて、王子を外にお連れするのを許可したのか?」

「さきほどから何をふざけているのかね、君は。わたくしが未来を予知する大魔法使いだとでも言いたいと?」

「……いや」

「だったら戯言たわごとなど並べていないで、早く仕事に取りかかるといい。王子は早くアンナ様を助けたくて気が気ではないだろうからね」


 相変わらず胡散臭い笑顔を張りつけたまま、セアドは歩きだす。その後ろ姿をしばらく眺めながら、やがてゲルハルトも自らの役目を果たすべく、動き出した。

 確かに、自分は何を言っていたのだろう。まるでセアドが一連の事件の黒幕なのではと疑うなんて、馬鹿馬鹿しい。常に王の傍に仕える人間なのだ、もし怪しい動きでもすれば王が気づかないわけがない。

 きっと一連の騒動のせいで疲れているのだとこめかみを指で押さえながら、王室への道のりを向かった。

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