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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第一章 魔法使いと教育係
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迎える

 私の名前は薙佐アンナ(なぎさ あんな)だ。生まれは神奈川、育ちは東京。中学からはテニス部に所属していて、高校三年まで続けてきた。大学に入ってからはこれといって何かに打ち込みはしなくなったけれど、バイトを始めてサークルにも適度に顔を出している。ちなみにまだ、恋人はいない。

 どこにでもいる普通の女子大生。それが、今の私の肩書ともいえるだろう。

 突然自己紹介を始めるなんておかしいと思うが、今はそれが必要だった。さながら新学期の新一年生のような気分。

 なぜなら周りにいるのは見たこともない顔つきの人々ばかりで、中世ヨーロッパで見るような民族衣装を着た人々が、動物園の珍獣を見るように物珍しげに眺めているわけで。

 高校生でもないので制服が妙に浮いている、ということはないが、問題なのは私のいる場所だ。石造りの家が並ぶ町の、道路のど真ん中に寝そべっていたのだから、見るなという方が無茶ぶりだ。


 夢でも見ているのか、と頬を抓る。しかしじんわりと痛みを感じ、眠っていないことを確認できた。できれば確認したくなかった。


 周りを見渡しても、見慣れない光景ばかりで明らかに日本ではない。それともいつの間にこんなテーマパークができたのか、そうも考えられるが可能性は限りなく低い。

 とりあえず、恥を覚悟で周りの野次馬に話しかけることにした。


「あの、ここはどこですか?」


 まさかこんな質問をする日が来るとは。ファンタジーでしかあり得ない言葉を口にしてみると、思いの外恥ずかしかった。

 周囲の外野は口々に何かを話しあっていたが、残念ながら距離があるのでよく聞き取れない。もう一度繰り返そうかどうか迷っていると、しばらくして周りを覆う外野が退いていく。道を開けた先に現れたのは、民族衣装の人間とはまた別の人々だった。

 中世の鎧のような防具を纏った、周りとは明らかに階級の違いそうな男たち。彼らは私を見下ろして、さきほどの野次馬同様に何かを話し始めた。そしてその中の一番高い権威を持つであろう男が、見下ろしたまま話しかけた。随分と感情のない、鉄のような声だ。


「貴様、何者だ。どこから訪れた」

「えっと……薙佐アンナです。に、日本から来ました……」


 途端、話しかけた男の眉間に皺が寄る。何か癇に障るようなことを言ってしまったかと、自分の言動を顧みる。一応言語が通じているようだし、ここが日本という可能性もあるけれど。

 男は苦々しげに「またか……」と呟く。その意味がわからずただ見上げていると、彼らはさきほどの威圧感を少しだけ緩め、一歩後ろに下がった。そして代表の男が、跪いて目線を合わせる。近くで見ると中々かっこいい、年齢も二十代後半だろうか。


「さきほどの無礼をお許しください。あなたはここに来てまだ何も存じ上げないようですが、よろしければ我々と共に城まで同行願えますか」

「え……ああ、はい」

「ありがとうございます。おい、馬車を用意しろ」


 馬車、と言っただろうか。聞き間違えでなければいいのだが、と思っていたが、それはすぐに打ち消された。間もなくして現れた滑車を付けた馬の姿に、驚きを隠せない。

 乗るように促されて、ようやくその場から腰を上げる。恐る恐る乗りこむと、やはり中世のそれと同じ作りに感動すら覚える。もしかしたら、中世ヨーロッパにタイムスリップでもしてたりして、と勝手な予想を膨らませた。

 向かい側の席にさきほどの男が乗り込み、馬車が出発する。思っていたよりも中は揺れるため、座り心地はあまりいいと言えなかった。

 二人きりの空間に気まずさを感じながらも、男の様子を伺うと、やや疲れた表情で彼は話を切り出した。


「あなたはさきほど、日本から来たと仰りましたね」

「は、はい。そうですけど……ここはどこなんですか」

「ここはレーゲンバーグです」

「れ、れーげん……?」


 ヨーロッパにそんな国があっただろうか。家庭教師といえど教えるのは英語程度で、高校時代に習っていた地理も随分と頭から抜けてしまった。なんだかハンバーグみたいな名前だ。そんな冗談を思いつくのは、当然空腹だからだ。

 困惑する様子は予想の範囲内だったのか、彼は驚くことなく話を続ける。さっき「またか」と言っていたのは、私以外にも同じような体験をした人でもいるからだろうか。


「驚かずに聞いてほしいのですが……ここはあなたの世界で言うところの、異世界と呼ばれます」

「い、せかい?」

「以前にも何人か、日本からやってきたという人がここに訪れました。つまり、あなたはこちらの世界に飛ばされてきた、ということなのです」

「ちょ、ちょっと待ってください。よくわからないんですけど……飛ばされて来たって、そんな魔法みたいな……」

「そう、魔法です」


 話が早い、と言わんばかりに彼は話す。勿論冗談のつもりで使った言葉だったが、彼が冗談を冗談で返しているようには見えない。第一、嘘なんか言わなさそうな見た目だし。

 別に魔法を信じないとか現実主義なわけじゃないが、それでも信じるのはおとぎ話の中だけだ。超能力ならまだ信憑性があるが。


「この世界では、魔法を使える人間がいるのは珍しくありません。あなたは魔法によって、日本という国からここに飛ばされてきたのです」

「魔法って……一体誰に、何のために……」

「まだ特定はできていませんが、恐らく……レーゲンバーグ王国王子ではないかと」


 耳を疑った。今、この男は王子と言わなかっただろうか。魔法発言にも散々驚いたけれど、まさか王子なんて言葉が飛び出してくるとは。いや、異世界なら王族がいてもおかしくないだろうけど、よりによって王子様が魔法を使って私をここに連れてきたというのか。

 まったくもってはた迷惑な話だ。目の前の男に気づかれないように、静かに溜息をつく。

 城は目前まで迫っていた。

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