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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第二章 魔法使いと砂の国
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出掛ける

 車窓から見えてきた風景に、思わず胸が高鳴る。この世界に飛ばされてきたときに初めて見た景色、それがこの城下町だ。何の変哲もない、家や店が並ぶ、人の賑わう場所。特に見物の建物があるとか、特別すごいものが見れるわけじゃない。それでも今まで城の人間しか見ていなかったせいか、城の外で暮らす人たちが随分と新鮮に感じた。

 城から数キロ降りた先にある、石造りの建物が並ぶ町。レーゲンバーグ王国最大の町、フルリング。特に見るほどすごいものがないなんて言っても、まず何より町の規模が大きい。城と同じくらいの広さがある町に、沢山の人たちが生活しているのだ。日本の大都市とはまた違う、活気に満ちた様子に楽しさが込み上げてくる。

 町に近付いてきたところで馬車を止め、一同は降りた。馬車で移動するとあまりに目立ってしまうので、ここからは徒歩で行動するしかない。

 まずゲルハルトさんが、今回の外出の機会を作った張本人であるニケさんに問いかける。


「ところで、町のどこを見て回るのか決めてあるのか?」

「うー……詳しいことは決めてないですよ! てきとーに楽しく見て回れたらいいなーって」

「はあ……そうか」


 なんとなく予想していたが、やっぱりニケさんは何も考えていなかったらしい。ゲルハルトさんも顔には出さないようにしているが、面倒くささが隠し切れていなかった。見回りで町を出歩くとはいえ、あまり観光できそうな楽しい場所など把握していないのだろう。対するニケさんも町の地理に詳しいとも言い難い。下手して迷子になったら大変だ。

 そんな事態を予測していたのかいなかったのか、黙々と何かを見ていたロルフさんが一人歩き始めた。その様子に皆が慌ててついていく。


「何見てるんですか?」

「ああ、ニケちゃんにお呼ばれしたときにね、少しだけど町に何があるか調べたんだ。それで簡単に地図を描いて、そこに面白そうな店を載せてみたんだけど」

「おお! 館長サンすごいすごい!」

「んふふ、だてに毎日図書館にこもってないからねえ」


 いわゆる、観光ガイドのようなものだろうか。簡素な地図と、さらにお店の簡単な情報を載せた紙だが、今はそれが一番の頼りだ。

 それにしてもあの大きな図書館の中から、観光に使えそうな本まで集めてまとめてくるなんて、本当にロルフさんはとんでもない人な気がする。その才能の使い方が、少しおかしい気もするけれど。

 とにかく、これで宛てもなく町を回ることはなくなったわけだ。地図には美味しい飲食店や話題のお菓子の店なども書かれていて、充分に楽しめそうな感じがする。

 町の中を歩いていると、さっきからカイ君が黙りこくっているのに気づく。大勢の人がいる場所で委縮してしまったかと様子を伺うと、彼は出発する前からずっと握っていた私の手を、さらに強く握る。


「大丈夫?」

「こんなとこ来て何が楽しいんだよ……帰りたい……」

「まあまあ、まだ始まったばかりだからね。きっと楽しいもの、いっぱい見つかるよ」


 外の世界は彼にとって刺激の強いものかもしれないけれど、それでもいい機会になると思うのだ。ニケさんの言う通り、いつまでも部屋の中にこもっていても、気分は晴れたりしないのだから。


 課外授業なんて言っても、私たちにとっては久々の休暇のようなものだった。仕事のことなど忘れ、色んな店を回っては食べて、遊んで。ゲルハルトさんは護衛の任務があるので気を抜いてられないようだったが、それでもいつもより表情が穏やかに見える。

 もしかしたら、これもセアドさんの計らいだったのかもしれない。毎日仕事を続けている私たちに、少しだけど休ませてあげたかったのだろうか。彼の考えることはよくわからないが、そうでもない限り外出の許可なんて出さないはずだ。

 まあ、今はどちらでもいいのだけど。


「あ、見てください! ウィントローブの実でできた飲み物ですよ!」

「それ、美味しいんですか?」

「すっごく美味しいですよー! 皆で買って飲みましょうよー!」


 ニケさんが指差した先には、何やらジュース屋らしい店が商売している。一際騒ぐニケさんに圧されて、結局ゲルハルトさんが飲み物を購入してくれた。経費は後から支給されるようだが、なんだか無駄遣いをしているようで申し訳ない。

 渡された飲み物を受け取って飲んでみると、味はぶどうジュースと良く似ていた。色もそれっぽい。

 店の前に置かれているテーブル席に腰掛け、皆で休憩がてら喉を潤していると、ふとゲルハルトさんの分だけ飲み物がないのに気づく。


「飲まなくていいんですか?」

「ああ……私は結構です」

「ありゃ、隊長サン。もしかして甘いもの、苦手です?」

「苦手ではないが……私は遊びに来たわけではないからな。あくまで王子の護衛として同行しているのだから、羽目を外すわけにはいかない」


 この大勢の国民がいる町でも、いつ、何が起きるかわからない。それを考えればゲルハルトさんの考えは正しい。だけど、護衛の命を受けたとはいえ、一人だけ楽しめないというのも、一緒に町を観光している身としては複雑だ。

 もしかしたら、昨日帰ったはずのフレーメの人間が潜んでいると考えるのが、兵士としての思考なのだろう。だけどこれだけ多くの人がいる中で、こうして景色のいい席で皆が顔を合わせているのだ。少しくらい休憩するのも大切だと思う。


「あの、これ……飲みませんか?」

「……は?」


 飲んでいたジュースを手渡すと、ゲルハルトさんは目を丸くして私を見る。何をしようとしているのかわからない、とでも言いたげな様子に、さらに言葉を付け足した。


「あ、あの、私はもうお腹いっぱいなので……よかったら飲んでください」

「しかし……」

「このまま捨てるのも勿体ないですから、一口だけでもいいんで」


 お腹がいっぱいなんて当然嘘だ。足りていることには足りているが、自分のお腹が満たされても一人だけ何も飲まないでいるゲルハルトさんが楽しめないのは、意味がない。彼はしばらく呆然としていたが、やがて遠慮がちに「ありがとうございます」とそれを受け取った。

 これで皆が楽しめる、と思った矢先、飲み物に口を付けたゲルハルトさんを見て、ミケさんの一言が場の空気を変える。


「あ、隊長さん。間接的にアンナさんと口つけちゃいましたねー」


 何気ない冗談だったのだろう。その一言にゲルハルトさんは急に噎せ返り、ロルフさんも「はあっ!?」と素っ頓狂な声を上げた。カイ君ですら顔を赤くして俯いている。

 完全に盲点だった。間接キスなんてあまり気にしない方だったけれど、この国ではそうでもないのかよくわかっていないが、迂闊にする行為じゃなかった。慌ててニケさんに弁解しようとするも、彼女は愉快だところころ笑って話を聞いてくれない。

 なんて青臭いやり取りなのだろう。中学生か。

 その後もゲルハルトさんは何度か私に謝ってきたが、その度に私も謝ってしまい、妙な合戦が起きていた。最初は驚いていたロルフさんも「青春ですねえ」なんて言い出すものだから、中々ほとぼりが冷めない。

 ようやく落ち着いてきたところで、再びカイ君と手をつないでいると、彼は飲み終わっていなかった飲み物を私に差し出してきた。わけがわからぬまま呆然と見つめていると、彼はムキになって私にそれを押し付ける。


「どうしたの? もうお腹いっぱい?」

「そ、そうだよ……だからお前が飲め」

「え、いや……」


 さきほどのこともあったし、安易に人が口つけた飲み物を飲むというのは気まずい。とはいえ、断ったところで彼があっさり引いてくれるとも思えない。仕方なく受け取り、ジュースを飲み干す。なぜだかその様子を食い入るように見つめていたカイ君は、飲み終えたのを確認すると妙に満足げな表情をしていた。

 というか、さっきの件はともかくとして、王族が口を付けたものに間接キスなんてしていいのだろうか。

 些細なことだが悶々と考えていると、町を歩いていた男の人に見られているのに気づいた。どうやら私たちが手をつないでいるのが気になっているらしい。男性は何かを悟ったのか、私たちに笑顔で話しかけてきた。


「お二人とも、幸せにね」


 何を勘違いされたかは言うまでもない。慌てて否定しようとするも、男性はそのまま歩き去ってしまった。残された私たちはお互いに無言のまま、しかし握った手を離そうとはしなかった。

 勘違いされようが何をしようが、手を離してしまえばカイ君が不安になってしまう。私も相当過保護だと思うが、こんな人の混雑した場所で彼が迷子になったらと思うと、絶望的だ。

 そこでふと、気づく。周りにいたはずのゲルハルトさんたちがいない。

 立ち止まって辺りを見渡してみても、それらしい姿は見えなかった。


「カイ君、皆がどこにいるか知らない?」

「はあ? 何言って……あ、あれ?」

「ど、どうしよう……」


 言った傍から、私共々迷子になってしまったようだ。

 とにかく時間が経たないうちに探そうと、カイ君と共に歩きだした矢先、何かが空いていた私の手を掴んで引っ張り出した。バランスを崩し、思わずカイ君の手を離してしまう。体勢を立て直そうにも人だかりへと飛び込んでいく何かに引っ張られながら、彼との距離は遠ざかっていくばかりだ。

 ようやく人ごみから抜け出したときには、どこかもわからない狭い路地裏に到着していた。困惑しつつもここまで連れてきた人の顔を見て、言葉を失う。

 私をここまで引っ張ってきたのは、ニケさんだった。


「ど、どうして……カイ君が一人になっちゃったじゃないですか」


 何を思って彼女がこんなことをしたのか、わからない。しかし、一つわかることは、今私と対峙している彼女は、さきほどと明らかに様子が違っていた。

 天真爛漫な笑顔は消え去り、どこか冷徹な眼差しを向けている。一緒に歩いていたときと違い、服も着替えていた。ただただ彼女を見つめていると、ようやくニケさんは口を開く。


「悪く思わないでくださいね……あたしだって、こんなこと好きでしてるんじゃないです」

「何の話……ですか」


 しかし、問いかけには答えない。

 なんだか、すごく嫌な予感がする。思わず逃げ出そうと後ずさりすると、彼女は途端に刺々しい視線を浴びせてきた。獲物を捉えた獣のような、悪意に満ちた目だ。


「なるべく怪我させないようにって、頼まれてるんで……許してくださいね」


 途端、ニケさんが消えた。

 そして次の瞬間には、何かが私の腹部にものすごい勢いで衝突していた。その何かを確認する暇もなく、簡単に呆気なく意識が落ちていく。

 こんなときにまで、最後にカイ君の心配をしている私は、馬鹿なのか。横たわり薄れていく意識の中で、獣の吐息が聞こえたような気がした。

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