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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第二章 魔法使いと砂の国
18/64

変わる

 城内が平穏を取り戻したのは、その日の夜が更けた頃だった。突然訪れたゾラン王子率いるフレーメ帝国の人たちは王様との会談を終えると、無駄に居座ることなく自国へと帰っていったようだ。私に話していたゾラン王子の言葉が嘘でなければ、今回の訪問はまったくといって無意味なものだ。無意味だけれど、城の人間たちを混乱に陥れるだけの結果を作って帰っていったのだから、戦争でなくとも奇襲をしかけられたくらいの威力を残していった。

 その日、城の人たちの表情は日が変わるまで常に暗かった。疲労と不安に押しつぶされた一日だったのだから、笑顔すら取り繕えないのも無理ない話だ。唯一笑顔を浮かべていた人といえばセアドさんくらいだが、彼もいつものような胡散臭い笑顔が弱まっていたように思う。

 そして極めつけは、カイ君だ。あれから一日中意識を夢の中へ落としてしまった彼は、結局目覚めることはなかった。思い出したくもない過去を突然呼び起こされた彼も、精神的に酷く痛手を負ってしまったのだ。

 私はといえば、結局あのときゾラン王子に会ったことを、誰にも話していない。話さなければいけないことだとわかっているのだが、なぜだか話すのを躊躇ってしまった。

 まるで、呪いでも掛けられたような気分だ。


 翌朝、ようやく平穏な日常を取り戻した私は、カイ君に会いに行くべきかどうか悩んでいた。教育係としての役目は果たすべきだろうが、昨日の今日ということもあって、カイ君の精神が落ち着いているかもわからない。そんな状態で無理に日常を取り戻そうとしても、余計に彼を苦しめるだけだ。

 どうしたらいいのかなんて、誰にもわからないことだ。悩みに悩んだ挙句、結局彼の部屋の前にまで来てしまった。

 来てしまったものの、ここから先、どう行動すればいいか。普段通り挨拶して、他愛ない会話から勉強でも始めればいいのか。いや、それじゃああまりに不自然すぎる。かといって、彼から行動するのを待つのも無謀な気がしてならない。

 扉の前で云々と悩んでいると、急に背後から声を掛けられ、思わず悲鳴を上げそうになってしまった。


「そんなところで何やってるです?」

「に、ニケさん……!」


 まったく気配も感じさせず現れたのは、メイドのニケさんだ。そういえば昨日は姿を見なかったから心配だったのだけど、いつものように素敵な笑顔を浮かべる彼女は、それほど昨日の出来事が堪えていないように思えた。

 あるいは、弱い部分を見せないようにふるまっているだけかもしれないが。


「今日は王子サマの勉強、しないですか?」

「しない……というか、できないかもしれないなって。昨日のこともあって塞ぎこんでると思うし……」

「なるほど、そういうことですか。でも、いつまでも王子サマが元気になるのを待ってるってわけにも、いかないですよね?」


 そうなのだ。時間は無限にあるわけじゃない。王様には彼を一人前の王族として教育するよう言われているし、私は私でカイ君の魔法を完成させてあげなくちゃならない。それでいて、こんな不安定な国の情勢なのだ。

 しっかりしろと喝を入れたところで、彼が素直に元気を取り戻すだろうか。今まで引きこもっていた彼を甘やかしすぎだと言われるかもしれないが、私に彼を怒れるだけの勇気がない。

 すると、一緒になって悩んでいたニケさんが、何かひらめいたと言わんばかりに笑顔を綻ばせる。


「そうだ! 気分転換に王子サマを外に連れ出せばいいですよ! どうせ引きこもってるから心も曇っちゃうです!」

「え、でも今まで外に出なかったのに、急にお出かけなんて……」

「きっと何とかなるです! ちょっくら大臣サマにお願いしてきますですね!」


 制止の声も聞かず、ニケさんは相変わらず驚きの速さで廊下を走り去ってしまった。呆然と彼女の走った先を眺めながらも、カイ君の部屋へと意識を戻す。

 もしニケさんの提案が上手くいくならば、いいに越したことはないのだけど。まだ顔を合わせてもいないし、今まで普通に話せていても、急に私を拒むことだってあり得る。正直、今彼を外に連れ出すなんて絶望的としか思えない。

 そう思っている間にもニケさんが戻ってくる足音が聞こえてきていた。結果を持ち帰ってきたニケさんは、あれだけの距離を高速で走ったにも関わらず息切れもせずに、喜々として伝えてくれた。


「外出の許可が出ましたです! あとは王子サマを引っ張りだすだけですよ!」

「引っ張り出すって……例え許可が出ても、カイ君……王子様が拒否したら意味ないですよ!」

「そこは交渉次第ですねー、でもやってみる価値はあるです」


 そう言ってノックもなしにずかずかと部屋へ入っていくニケさんの後を慌ててついていく。本当にこの人は、カイ君以上に礼儀作法を学んだ方がいい気がする。

 だけど、彼女の異常なまでの前向きな気持ちは、今の私たちにとってありがたいものだった。私でさえ落ち込んでしまっている今、誰かが鼓舞してくれなければ、しばらく重い雰囲気が城内を漂い続けていたかもしれない。


 部屋の中は明かりすら点いておらず、薄暗い空間が生まれていた。カイ君は昨日私がベッドに移動させたまま、動いた跡なくその場で眠り続けていた。ただ眠っている姿さえ、酷く痛々しく見える。

 重苦しい空気も感じていないのか、ニケさんは颯爽と歩きだしてはカーテンを開き、朝日を大量に部屋に取り込んだ。急に眩しくなったせいで、思わず目を細めてしまう。

 次に彼女はベッドに横たわるカイ君の布団を剥ぎ、彼を起こすことに取りかかった。


「おはようございます王子サマー! 爽やかな朝ですよ!」


 迷惑なくらい大きな声で起こそうとするニケさんに、さすがのカイ君も充分に眠っていたからか、うるさそうに眉間に皺を寄せる。そしてゆっくりと瞼を開いた。

 叩き起こされたカイ君は、状況が飲み込めていないのか、困惑しながら寝ぼけた目で私たちを見つめる。あれから自分が寝てしまったことも、どうやらはっきりと覚えていなさそうだ。

 そんなカイ君のことなどお構いなしに、ニケさんはさきほど決定した件を楽しそうに彼に報告した。


「ところで王子サマ、今日は皆でお城の外をお出かけしますですよ! 楽しみですねー!」

「……は? え、何?」

「いつまでもお部屋に閉じこもってちゃ健康にも悪いですからね! 課外授業ということで、特別に許可が下りたですよ」


 まだ意識がぼやけているらしいカイ君は、必死に状況を理解し整理し終わると、いつものように不機嫌な顔で否定するのだった。


「馬鹿か! 行くわけねえだろ、外になんか絶対出ないからな! 大体何なんだよお前ら、勝手に人の部屋に入ってきて! 誰の部屋だと思ってんだ、平民の部屋とはわけが違うんだぞ……」


 しかし、それ以上彼の横暴な言葉の羅列は続かなかった。正式には、続けられなかったと表現した方が間違っていない。目の前にいるのが王子だとまるで知らないかのように、延々と続く上から目線な言葉を無視して、ニケさんはたった一言でその場を制したのだ。


「あ?」

「……な、なんでもナイデス」


 前言撤回だ。彼女は常識を知らないんじゃない、常識を必要としないのだ。前々から気になっていたカイ君への粗雑な扱いも、きっと彼女がカイ君のことをあまり好きじゃないからだろう。

 すっかり委縮してしまったカイ君に満足したのか、ニケさんは「それじゃあ準備しましょうねー」と笑顔を取り戻して楽しそうに言う。

 今度から私も、彼女を刺激しないようにしよう。


 結局ニケさんの提案通り、町へ出向く課外授業が成立してしまった。課外授業、なんて言っているが、実際のところは城下町の観光視察だ。もちろん王族であるカイ君が堂々と兵を引き連れて行けば混乱を起こしかねないし、彼もまた混乱してしまう。だからあくまでお忍びで、少人数制で赴くことになった。

 当然私も同行するのだから、なるべく目立たない恰好をしなければと比較的地味な服に着替える。準備を整え再びカイ君の部屋まで戻れば、すでに同行するメンバーが待機していた。

 そこにいたのは、メイド服から私服に着替えた事の発起人のニケさん。それから恐らく護衛目的だろう、始めて見る私服姿のゲルハルトさん。そしてなぜか図書館長のロルフさんがいた。


「アンナ様、本日はどうぞよろしくお願いします」

「はい、こちらこそ! ……ところで、ロルフさんはどうして同行を?」

「当然、観光目的……じゃなかった。王子に外の世界を色々と教えてあげたいからねえ」


 下心は見え透いているが、確かに彼がいれば最適のガイドになるかもしれない。私は外のことをよく知らないし、確かにこの顔合わせは適切といえば適切だ。

 それにしても、まさか昨日のことがあった中でゲルハルトさんが同行してくれるとは思わなかった。確かに王子であるカイ君の外出とあれば、それなりに腕の立つ兵士に護衛を任せるのはわかる。だけどまだ城は平穏を取り戻せてはいない。

 ところで本日の主役でもあるカイ君はどうしているのだろう。部屋からは何やら暴れているような音が聞こえるが、中に入って確認する気にはなれない。しばらく四人でカイ君が出るのを待っていると、やがてようやく残りの一人が、支度を手伝っていたらしいセアドさんと共に現れた。

 いつものフード付きのマントと違い、小奇麗になった髪の上にはお洒落な帽子、白いワイシャツにベスト、大人っぽいズボンに革靴といった、最早別人のような出で立ちである。


「お待たせいたしました。このわたくしが仕立てた組み合わせはいかがでしょう?」

「は、はあ……素敵だと思います」

「そうでしょう、そうでしょうとも! 実はわたくし、城の人間でも屈指のお洒落好きでもありまして! まあ王子の素質があってこその完成度なのですが、そこも計算済みでございます!」

「そうなんですか……ところで、セアドさんも同行するんですか?」

「はい、ぜひとも! ……と言いたいところですが、残念ながら仕事が立て込んでおりまして。泣く泣く皆様のお出かけをお見送りさせていただきます」


 まあ、昨日の件で大臣としての仕事が立て込んでいるのも無理はない。ニケさんが出掛ける提案をしなければ、皆昨日の件で仕事をしていたはずなのだから。

 ところで、さっきから随分と静かなカイ君は、恥ずかしそうに目深に帽子を被って俯いている。これから外に出るのにも緊張しているようだし、急にいつもと違う服を着せられて、それを皆に見られているのが恥ずかしいのだろう。セアドさんの言う通り、もとが綺麗な顔立ちなので、そこまで嫌がることでもないのだが。

 とにかく、いつまでもここで立ち話しているわけにもいかないので、城を下りて門へと向かう。途中までは馬車に乗って移動するので、まったく外を出歩くことのないカイ君でも、行きで既にへばってしまうなんてことはないだろう。

 それにしても、半ば強制とはいえ、よくカイ君が外へ出歩くのを決意したものだ。落ち込んでいるかと思ったら昨日のように取り乱しもしないし、やっぱり案外芯が強いのかもしれない。

 なんて考えながら城内を移動していると、ふと服を引っ張られているような感じがして、振り返る。

 一歩後ろを歩いていたカイ君が、私の服を掴んでいた。昨日のようにぐいぐいと引っ張ったりはしないが、離さないようにしっかりと握られている。

 やっぱり不安なのだろう。急に外の世界に飛び出すことが。安心させるように服を掴んでいた彼の手を取り、私の手と握らせる。子供扱いしているようで怒られるかと思ったけれど、彼はしっかりと握り返してくれた。


「うわわ、王子サマ、なんで手なんか繋いでるですか!?」

「う、うるせえな! こいつが怖いって言うから繋いでやってんだよ!」


 相変わらず素直になれないようだが、これはこれで大きな進歩だ。思わず苦笑しながら、楽しい外出は幕を開けた。

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