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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第二章 魔法使いと砂の国
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接近する

 その日は、朝から騒然としていた。異変に気付いたのは朝食を食べ終わった頃で、城の廊下を慌ただしく駆ける兵士たちを見て、何かがあったことを悟った。そして、それがいいことでないことも感づいた。

 その最中偶然ゲルハルトさんを見かけたので事態を聞こうとしたものの、とても話しかけられる状況でもなかったので諦めてしまった。国の有事に彼の出番は必要不可欠なのだから、仕方ないことだ。

 今日もカイ君の勉強に付き合うつもりだったが、いつも通り過ごしていていいのか不安になる。何が起きたのかもわからない今、あえて普通に振舞うのも有りだろう。だけど何だか胸騒ぎがするのだ。

 カイ君の部屋に向かう時間ぎりぎりまで自室のベッドに腰掛けていると、騒々しい音が廊下から聞こえる中、扉をノックされた。不安を抱きながらもゆっくりと訪れた相手を確認すると、現れたのはセアドさんだった。

 以前もこうして会いに来てくれたので既視感を覚えたが、いつものように張り付けたような笑顔が薄れている。どこか疲れているような、そんな笑みだった。


「おはようございます、アンナ様。少々お話があるのですが、よろしいでしょうか?」

「は、はい……」

「単刀直入にお話いたしますと、本日は自宅で待機なさっていてください」

「え?」


 意外なお願いに思わず声を上げる。しかし、これだけの騒ぎならそれも納得できなくはない。きっと今の城は混乱している。直接カイ君に関わることでなかったとしても、城としては面倒事を増やしたくないのだ。

 それにしても、一体何があったのか、それだけは知りたい。忙しいのを承知でセアドさんに訊ねてみると、彼は困ったように小さく笑い、溜息と共に教えてくれた。


「はい。実はさきほど、何の連絡もなしにフレーメ帝国の者が城の前まで訪れまして」

「フレーメ……って、あの、隣国のですか?」

「さようでございます。どのような理由でいらしたかは不明ですが、お陰で城内外はてんやわんやでございます」


 若干わざとらしく額の汗を拭うセアドさんは、しかし随分と疲れているようだった。それもそうだろう、彼は王直属の大臣なのだ。まさに今が彼の活躍時なのだろう。

 それよりも、なぜフレーメが今、ここにいるのだろう。一時休戦協定を結んだ隣国とはいえ、お互いの間柄はそれほどいいものではない。予告もなしに訪れるなんて、いい報告を持ってきたとは思えない。まさか再び戦争でも始める気なのか。

 なんて、私が考えていても意味はないのだけど。


「それではわたくしはこれで……くれぐれも怪しい者が訪れましても、安易に扉をお開きにならないようご注意くださいませ」

「は、はい……セアドさんも、気をつけて」

「こんなときにまでわたくしをご心配なさってくださるとは……!っと、感慨に浸っている場合ではございませんね、それでは!」


 慌ただしく去っていったセアドさんを見送って扉を閉める。再びベッドに座り何をするでもなく時間を潰すことにした。今日はきっと何もできない日なのだ。そう考えれば、この状況にも少しは納得がいく。

 フレーメについて、私が関わっていいことなのかもわからないことだし、下手に自分から首を突っ込んでも周りに迷惑を掛けるだけだ。私にとって重要なのはカイ君の魔法を完成させることと、自分の住んでいた世界に戻ることなのだから。

 ニケさんはフレーメから亡命してきたと話していたのを思い出す。今日の騒ぎで不安がっていないか心配だ。城にいる限りは安全だと思うけれど、突然の訪問で混乱する城内に乗じて、何か面倒なことが起きないとも言いきれない。

 なんとなく部屋の窓から外を眺めていると、門の内側に大勢の城の兵士たちが駆けつけているのが見えた。そしてもう一つ、見慣れない軍服に身を包んだ人たちの姿。恐らくあれが予期せぬ訪問客に違いない。


「物騒だなあ……」


 協定を結んだ同盟国ならまだしも、相手は敵対している隣国。様々な事情があるとはいえ、争いなんかせずに平和に物事を解決すればいいのに。とはいえ、それが不可能なのが世の常だとも思う。

 歴史は争いから生まれるものだ。すべてが戦いによって作られたものでないにしても、自分たちが豊かになるためには争いが必要なのもわかる。そうやって戦った末に今があるのも知っているけれど、それをすべて肯定する気にはなれない。

 カイ君も、散々この国の戦争の歴史を聞かされてきたから、あんな召喚魔法を完成させようと決意したのだ。彼は子供のようで、広い視野で物事を考えている。王族としても人間としてもまだまだ未熟だけど、自分にできることを必死に試そうとしている。

 そんな、色んな人たちの考えがぶつかりあって、結局争いが発展してしまうのだろうけど。


 さすがにずっと部屋にこもりきりというのは退屈なもので、あれからしばらく部屋に居続けている間、読書をしたり掃除をしたり、様々な暇つぶしをしていたように思う。そのすべてを思い出せないほどに、あまりに退屈な時間を過ごしていた。

 そんな退屈な時間に終止符を告げたのは、再び扉をノックする音が聞こえたときだった。

 またセアドさんが訪れたのかと意識と視線を出入り口に向けるも、さきほど言われた言葉を思い出して妙に警戒してしまう。怪しい者が来ても開けるなと言われていたが、相手がわからない以上確認だけは必要だろう。

 慎重に扉に近付いて、息を呑みこむ。


「ど、どなたですか?」


 微かに震えた声で問い質すと、確かに扉の向こうに立つ誰かが反応した気配があった。その様子にますます懸念を抱く。城の人間なら、まず名前くらい名乗るはずだ。

 扉越しの相手は、ようやく声を出して質問に答えた。聞いたことのない、青年の声だ。


「すみません、私はフレーメ帝国から訪問した者です。実は城に案内された途中、恥ずかしながら道に迷ってしまいまして……」


 フレーメ帝国、その名前に緊張が走る。口調はとても穏やかで敵意があるようには思えないが、その国の名前一つで抱く印象はいいものではない。それよりも、もう城の内部にいたなんて。

 道に迷ったと苦笑交じりに告げる声に、どう反応していいものか困る。本当なら親切心から道案内をしてあげたいところだが、他国の者に普通に相手をしていいものか。セアドさんの忠告もそうだし、そこまで不用心な性格でもない。

 戸惑う私に追い打ちをかけるように、彼は言葉を付け加えた。


「よろしければ、国王のお部屋まで案内してもらえると助かるのですが……勿論無理にとは申しません。こちらも突然訪問した身ですし、そのようなことが言える立場ではないと存じ上げております」

「……」

「しかし、私は帝国軍でも配属されたばかりの新兵でして……もし道に迷ったなどと露見したら、処罰を受けてしまうのです。私事で申し訳ありませんが、お助けくださいませんでしょうか?」


 切実に訴える声に、心を揺さぶられる。

 彼の言っていることが真実かどうか置いて、こんなところに他国の軍人を野放しにしておくのもよくないのではないか。勝手に城を散策されて何かあっては困るのだし、そう考えれば私が案内してあげれば済む話だ。セアドさんの言いつけを破る形になってしまうけれど、こればかりは仕方ない。

 ゆっくりと扉を開いて確認すると、背の高い、赤い髪の綺麗な青年が薄く微笑んでいた。助かった、と言わんばかりに彼は頭を下げる。


「申し訳ございません、助かります」

「いえ、急がなければいけないんでしょう? 案内しますのでついてきてください」


 そう言って歩きだす私の後ろを青年が歩く。あまり長々と会話をしていたくないし、ここから王室までは距離があるのだ。

 それにしても、新兵にしては随分と派手な気がするのだが、フレーメ帝国軍というのは皆がそんな感じなのだろうか。まさか騙されたか、なんて警戒心を強めるも、余計な詮索はしないことにした。

 廊下を歩いている途中、無言の状態に気まずさを感じたのか、青年が話しかけてきた。できれば会話したくなかったが、かといって返事をしないのも失礼だろう。


「ところで、あなたはこの城で何をされている方なんですか?」

「……教育係をしてます、けど」

「教育係ですか? まだお若いのにそのような大役を……素晴らしい方なのですね」

「そんな凄いものじゃありませんよ。誰にだってできることだと思います」


 確かに、若い女性が教育係をやっているのが珍しいと思う気持ちはわからなくもない。日本ではバイトとしてやっていたからおかしくはなかったけれど、ここでは王族に教えているのだ。三食寝泊まりで生活を保障されているとはいえ、普通ならそれなりに経験を積んだ者がする仕事だろう。まあ、それが不可能だから私がやっているのだけど。

 エレベーターに乗り込み、王室のある階へと移動する。その間にも青年からいくつか質問されるも、当たり障りのない質問ばかりでそれに淡々と答えていった。彼もまた軍のことを話してくれたけれど、こちらが知っているような内容の域を超えなかった。どちらにしろ、軍の機密情報を漏らすわけにもいかないだろうが。

 目的の階に到着し、再び廊下を歩く。曲がり角に差し掛かろうとしたところで、フレーメ帝国軍の人たちが歩いているのが見えた。そのまま合流させようと一度青年に振り返り、歩きだそうとすると、しかし角を曲がることはできなかった。

 どころか、気がつけば廊下の壁に背中をつける形となって押し付けられている。状況が飲み込めずただ青年を見つめていると、彼は私を押さえつけたまま動く気配を見せない。


「あ、あの……んぐ」

「しー……ちょっと静かにしててな、嬢ちゃん」


 さっきまでの丁寧な態度など欠片もなく、彼は私の口に人差し指を当てて合図する。随分と至近距離まで近づいた彼の顔はどこか不敵な笑みを浮かべていて、その瞳は獣のように鋭い。

 やっぱり騙されたのだ。今になって、セアドさんに申し訳なくなって心の中で何度も謝る。

 向こうにいる軍の足音が遠くなっていく。どうやらすでに王室へと向かって行ってしまったようだ。人が行ってしまったのを確認すると、彼は小さく息を吐いて安堵の色を見せた。


「ようやく行ったか……いやあ、危ないところだった」

「……あなた、何者なんですか」

「ん? ああ、驚いちゃった? ごめんごめん、こんなことするつもりはなかったんだけどな」


 そう言って彼は、私を掴んでいた手を離した。解放されて自由の身になるも、なぜだか逃げようと思えない。否、逃げられないと直感的に悟っていた。なんだか、逃げてはいけない気がするのだ。


「騙す形になって悪いな。新兵ってのは嘘だ……俺はフレーメ帝国第一皇子のゾランってんだ」

「お、王子……!」

「そういうあんたのことも知ってるぜ。異世界から連れて来られた、カイ王子の教育係だろ。名前は確か……アンナちゃん、だったか?」


 こんなところに王子がいるなんて、誰が信じるだろう。今起きている状況がにわかに信じられない。

 だけど言われてみれば、その派手な容姿も、人をからかっているような態度も、王子だというならば頷ける。この人がニケさんの言っていた、最低の王子なのか。印象は少し違うけれど、ただ優しい王子には見えない。

 それよりも問題は、なぜ私のことを知っているかだ。ここに来るまでに名前も教えていないし、ましてや異世界の人間だなんて城の者以外知るはずがないのだ。私のもとを訪れる道中誰かに聞いたとも考えづらいし、明らかに何かがおかしい。

 混乱する私の様子を見て、予想通りの反応だったのか、彼はおかしそうに小さく笑う。


「いやあ、実のところ王と会談するっていうのは建前なんだ。俺の目的はアンナちゃん、君だったんだよ。あの引きこもり王子が異世界の人間を召喚して、それを教育係にしちゃうってんだから気になって仕方なかった」

「……どういう、ことですか」

「だから、単純に興味を持ったんだよ。どんな子か見てみたかった。いきなり訪問したのも戦争しようとか堅苦しい政治の話をしに来たつもりはねえ」


 単純に、この男が読めない。

 こうして面と向かって彼と話していても、まったくゾランという男の真意が見えてこない。今だって、こうやって話しているのが嘘なのか本当なのかと疑ってしまう。なんとなく、ニケさんがあそこまで言う理由がわかったような気がした。

 大体私に会いに来てどうしようというのだ。このまま誘拐でもするつもりだとしても、それに何の利益がある。私一人がいなくなったところで、この国にそれほどの大損害が出るわけでもないというのに。

 そんな思念を知ってか知らずか、彼は相変わらず楽しそうに私を見つめる。彼の目を見ているだけで、魔法にでも掛けられたみたいに猜疑さいぎが深まる。


「ああ、別にあんたをどうかしようって気はねえよ。今日のところは会いに来た、そんだけだから。だけどなあ……」

「……?」

「あんた、思った以上に面白いわ。案内してるときの警戒っぷりったら、思い出しただけで笑えてくる」

「他国の人間を警戒するのは、当然でしょう」

「だわな。そういう強気な態度、好きだぜ」


 そう言って彼は私の頭を軽く撫でた。一瞬身構えてしまったが、そんな反応すらも彼を笑わせたようで癪だ。

 しばらくして彼は手を離すと、周りを見渡してから歩きだした。数歩進んだ先で一度足を止めて、振り返る。


「じゃあ、そろそろ行くわ。また会ったときは仲良くしようぜ、アンナちゃん」


 憎らしいほどに綺麗な顔で彼は言い残して、王室へと向かっていった。

 できればもう会いたくないなんて思ってしまったが、そういうわけにもいかないとも思った。彼とはまた会う気がする、それは強い確信だった。

 カイ君とはまったく違う、性格も何もかも正反対の人。彼から受ける印象はそんなものだった。きっと私は、一生彼とはわかり合えない気がする。けれど同時に、絶対に嫌いにもなれないような気がした。ただふざけているだけではないことくらいわかっている、きっと彼にも何か深い心の底に思惑があるはずなのだ。

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