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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第二章 魔法使いと砂の国
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 二人きりの空間に、沈黙が走る。

 昨日のことがあって気まずさが残る中、いつも通りカイ君の教育係として彼の部屋に足を運んだのだけど、空気は昨日と同じように重い。なるべく意識しないよう普段通りに接しているつもりなのだが、それが逆に痛々しさを漂わせているかのようだ。

 カイ君もまた、なるべく昨日の出来事に触れないようにふるまっているのだが、どことなくぎこちなさが垣間見えて空気を濁している。

 作法の勉強についてはしばらくセアドさんが担当してくれるそうで、その間にも独自に猛勉強中である。いつまでも任せているつもりはないし、私にできることは私がしたい。

 だけどしばらくは何もできないから、今日は魔法の勉強を再開していた。召喚魔法もだいぶものにできてきたので、カイ君にも自信がついてきたようだ。


「少し、休憩しようか」

「ん、おう。もう長いこと練習してたのか……」


 相変わらずカイ君の集中力は並はずれている。こちらの集中力が途切れそうになるほど長い間、彼は黙々と召喚魔法の練習をしていた。

 もう大抵の生物を召喚するまでに至ったが、それで彼の魔法が完成したとはならない。呼び寄せることができても、彼はまだそれを元の場所に戻すことができないのだ。

 召喚、というのは実際のところ、何もないところから何かを生み出すのではない。遠く離れた場所にあるものを自らのもとへ連れてくるという、ある種の時空間移動だ。だから当然、連れて来れたなら戻すこともできるはずである。

 彼が呼びだそうとしている神話上の怪物は、実在していたかどうか不明瞭な点はあるものの、この世界には私が空想の生物だと思っていたような生物も生息していることがわかっている。ユニコーンのような生物なども、この世界では珍しくないそうだ。


 休憩を取り、ニケさんに用意してもらったティーセットに手を付ける。紅茶に似たような飲み物はロットと呼ばれるらしい。味も色合いもほとんど変わらないけれど、うっかり紅茶などと口にすれば周りの人たちが首を傾げてしまうので恥ずかしい。

 カップにロットを注ぎ、カイ君の分を差し出す。随分と長いこと集中していたものだから、喉を伝わる温かな味わいは疲れを癒してくれた。


「ふう……やっぱり落ち着くなあ」

「何が?」

「ああ、あのね。このロットっていう飲み物、私の住んでた世界の紅茶って飲み物によく似てるの」

「ふうん……お前の世界とこっちの世界って、結構共通してるのな」


 確かに、この世界は私が知っているものと似ているものが多い。エレベーターだってそうだし、本質的には魔法だったりとまったく違うのだろうけど、馴染みのあるそれと似ているものを見ると、右も左もわからない世界でも安心してしまう。

 そういえば、この世界に召喚されてからずっと城に閉じこもりっぱなしだし、外に出ればまた新たな発見があるかもしれない。それも教育係をやっているうちは難しいだろうが、いつか暇な時間ができたら町を歩いてみたい。

 そんなことを考えながらカップに口を付けていると、カイ君がこちらを見ていることに気がついた。といっても、フードのせいで視線を感じるだけなのだが。


「……お前の住んでた世界って、どんなとこだったんだ?」

「気になる?」

「別にどうでもいいけど……そんな風に言うくらいだから、少し興味持っただけだ」


 相変わらず素直じゃない、なんて思いながらも、自分の住んでいた場所を思い出す。この世界とはまったく違う、魔法も戦争も王族もない、面白みに欠けた世界。

 人口は恐らく、この世界より多いだろう。様々な国があって、様々な人種があって。海に囲まれた大陸があって、森や山、湖があったり、あるいは家やビルに囲まれていたり。

 国によって法律も制度も違うけれど、大抵の人は生まれてから学校に入って、そこで勉強して、それから大人として社会に進出していく。月曜日から朝早く起きて働いて、週末は思い切り休んだり、そうじゃなかったり。

 魔法のない世界はあまりにも現実的で、子供の頃は輝いていた光景も段々と見なれたものになっていく。だけど決して飽きてしまったりはしない、不思議な世界だ。そんな世界が酷く懐かしい。


「そうだなあ……私の世界では、車っていう乗り物が主な移動手段として使われてるかな」

「車? 馬車じゃないのか?」

「正式には自動車って言って、鉄でできた箱に車輪が四つ付いてて、燃料を入れると馬車より速く走れるんだけど」

「な、なんか凄いんだな……安全なのか? それ」

「安全だよ、ちゃんと運転してればね。他にも電気で動く電車なんていう大きな乗り物もあるんだ」


 まるで近未来のハイテクマシンでも語るかのように話すと、彼は興味津々に私の話に相槌を打っている。

 こんなことを話してしまっていいのかわからないけれど、異世界なのだから問題ないだろう。過去にタイムスリップしたわけじゃあるまいし。それにしても、この話をロルフさんにしたものなら、何時間も拘束されてしまうかもしれない。

 しばらく日本や世界の話をしていれば、すっかり夕方になってしまった。あまりにも長く休憩してしまったのは痛手だったが、毎日練習を頑張っているカイ君のことを思えば、少しくらい休ませてあげてもいいだろう。

 それに、こんなどうでもいい話を長々と話したのは随分と久しぶりだった。最初のぎこちない空気もいつの間にか払拭されている。


「今日はもう終わりにしよっか。随分と練習もはかどったし、また明日続けよう」

「ん、そうだな……なあ、アンナ」

「何?」

「……、」


 どこか言いづらそうに、俯きながら何かを聞こうとするカイ君。あれだけ楽しそうに話を聞いていたというのに、急に気まずさを取り戻してしまったのだろうか。しばらく彼が話すのを待っていると、決意した彼は、それでも不安げな声で言った。


「お……俺のこと、恨んでないのか?」

「え、どうして?」

「だって、その……事故とはいえ、急にこっちに召喚されて……迷惑だったんだろ?」


 どうやら彼は、ずっとそのことを気にしていたらしい。いくら傲慢な態度を取っても、いくら王子だからと罪に問われずとも、やはり人の人生を左右してしまったことに、それなりの責任を負っているようだ。いや、責任と戦っているようだ。

 彼の言わんとしていることは、私の本音ではない、とは言い切れない。最初はわけもわからず異世界にやってきて、成り行きで教育係になってしまって、今だってこの世界のことをよく知らないまま居座り続けているのだ。単純に異世界を楽しんでいるなんて余裕な発言は、できない。

 それでも、最近は思うのだ。ここに来てから新たな悩みも増えてしまったけれど、前のように自分の将来がわからないと何も行動しなかった自分から、少しずつ変われたのではないかと。

 勿論、現状では大したこともできていないけれど、カイ君の心を少しずつ開いていくことで、城の人たちにも感謝されるようになった。やっていることは前と変わらないけれど、カイ君に自信をつけさせることができた。

 そんな些細な成功が、嬉しいとさえ感じている。

 彼のしたことをすべて許せる心は持っていないけれど、いつまでも誰かのせいにして生きていたくはないのだ。そんな汚い大人には、なりたくない。


「私はね、ずっと迷ってきたんだ」

「……?」

「もう大人だし、自分のことは自分で決めなくちゃって、焦ってた。でも、将来やりたいこともはっきりと決まってなくて、でも悩んでる時間はなくなってきて。どうすればいいのかわからなくなったときに、ここに連れて来られたんだ」

「……」

「最初はなんでこんな場所にって思ったし、早く帰りたいとも思った。今だって、帰りたいと思ってる」


 だけど、だけど同時にまだここに残りたいと思う自分もいる。現実逃避に浸りたいわけじゃない。迫りくる問題から逃げたいわけでもない。それでも、まだこの世界でやり遂げていないことがあるから。


「でもね、これも私の人生なんだよ。異世界に飛ばされようと、生きている限り、今自分にできることをするだけ」

「……そっか」

「それに、まだカイ君の教育係としての務めも最後まで果たせてないからね」

「きょ、教育とか上から目線で言うなよ……! お前なんて、天才の俺のお手伝いだろ」

「はいはい、魔法練習のお手伝いですよ」


 慌てて偉ぶった言葉を投げ掛ける彼に、思わず笑ってしまう。するとまた、彼は笑った私に怒るのだ。

 こんなことを聞くなんて、どうやら思っている以上にカイ君は私を必要としてくれているらしい。そう思うと何だか嬉しくて、緩んだ頬が引き締まらない。

 今の私には、誰かに必要とされているのが嬉しかった。だからといって、誰からでもいいなんて言わない。カイ君に必要とされているのが、何よりも嬉しい。単純かもしれないけれど、それだけで頑張ろうと思えてしまうのだ。

 だけど、いつかはそれも終わりが来る。

 本来なら、私なんてこの世界にいていい存在じゃないのだ。ちゃんと自分の生まれた世界にいなくちゃいけないのに、この世界にいる今はきっと間違っている。間違っているけれど、その間違いを認めたくないのだろう。

 私だって、ここで出会った人たちとお別れするのは寂しい。いつ別れの時が来るかもわからないけれど、今は帰りたくない。だけどそれは、仲良くなればなるほどつらくなるもので。


「まあ、今は目の前のことを考えてればいいんだよね」

「はあ? なんだよそれ」

「何でもないよ。じゃあ、今日は戻るね」


 なんだかこれ以上この部屋にいると色々と考えすぎてしまいそうで、彼の言葉を待たず部屋を後にした。

 迷惑だったかなんて、ここまで距離が縮まらなければ聞かれもしなかっただろう。それだけ、カイ君にとって私という存在が大きくなっているんだ。

 だけど、それがなぜだか胸の奥を締め付ける。よくわからないけれど、嬉しいはずなのに苦しい。

 考えすぎだと頭を横に振って、夕食を食べに行くことにした。明日も彼の練習に付き合わなければいけないのだし、今は授業のことだけ考えよう。

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