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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第二章 魔法使いと砂の国
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流れる

 戦争が起きようとしていた。誰かの悲しみを生みだす、歴史が始まろうとしていた。 


 この世界は、魔法と技術、知恵と工夫によって成り立っている。そのどれか一つが失われても均衡が崩れることはないが、魔法という特別な力が存在する以上、それを争いに役立てようと考える人間は少なくない。

 今までに起きた戦争では、当然英雄が存在した。英雄とは幾多の戦争の中で飛躍的な活躍を遂げ、国のために功績をもたらした数少ない特別な存在だ。意図して英雄になれるものではないが、しかし戦う者ならば憧れを抱く存在でもある。

 歴史上語り継がれてきた英雄は、どれも高等な魔法を有し、強大な魔法によって争いを沈めてきた。他にも知恵を使い、技術を駆使し、機転を凝らして昇りつめた者もいるが、それをも凌ぐのが魔法使いだった。


 そもそも、なぜ争いが起きるのか。

 理由は至極簡単で、資源の奪い合いである。勿論、相手国との考え方の方向性の違いや、政略的な問題もそこにはある。しかし、どれだけ魔法が使えようと、資源だけは、そう簡単に生産できるものではない。国民の数に対して、資源を生産できるような力を有した魔法使いは、限られているのだ。

 その中でも、東に位置するレーゲンバーグ王国は比較的資源の豊富な国である。山や森といった緑に囲まれながらも人々の生活の拠点である巨大な町を作り、天候にも恵まれ雨も降る。人々は魔法を使わずとも農作物を育てることができた。

 が、どの国も同じように生活の基盤を作れるわけではない。中には貧困にあえぎ、レーゲンバーグと協定を組むことで資源を恵んでもらっている弱小国も存在する。そうして傘下に入る国もあれば、力づくで資源と領土を奪い取ろうとする国も、いないわけではない。


 レーゲンバーグ王国から西に位置する、隣国「フレーメ帝国」。隣国といえど、両国の間には広い砂漠が広がっており、両国を行き来するには馬でも三日ほどかかる。

 フレーメ帝国はその領土の三分の二が人の住むには厳しい、乾燥地帯だ。雨もろくに降らず日照りが続き、農作物もろくに育たない。国民は貧困層と裕福な層にはっきりとわかれ、明日の生活さえ見えない人々が大量にいる。

 かといって経済危機に陥っているかといえば、そうでもない。領土の三分の二は人が住みづらい地域だが、残りの領土の城の周辺の町だけは、しっかりと食糧が支給される安全の保障された地域である。そこに住める国民は、ある条件を果たさなければならなかった。


「王子、失礼いたします」


 ノックとともに部屋に入った帝国軍直属情報伝達係、リベルトは思わず口を手で覆った。帝国軍に入ってから2年目でありながら、王子直々の命令で情報伝達係という重要な役職を頂いた彼は、若くして帝国軍をまとめあげる王子と顔を合わせる機会が多い。当然、彼がどんな人間なのかもわかったつもりでいたが、しかし今回ばかりは耐えらずに目をそらしてしまった。

 やってきたのは王子の書斎、つまり仕事の場である。当然そこにいるのは王子一人だと思っていたのに、部屋には複数の人がいた。立派な仕事机の前に置かれたソファに座り、いちゃつく男女の様子が目に入ったのだ。

 リベルトが部屋に入ってきたのに気づいたフレーメ帝国第一皇子、ゾラン・フレーメは、見られたことに慌てる様子もなく、周りに纏わりつく女たちに相図をし、部屋から退出させた。女たちは名残惜しそうに傍を離れながらも、出入り口で立ちつくしたリベルトに色目を向けながら去っていく。


「よお、どうしたリベルト。お前も混ぜてほしかったのか?」

「そ、そんな滅相もない! それより、王に露見すればまた咎められますよ!」

「大丈夫だって、俺の性格は親父のがよおーく知ってる。今更口を酸っぱくするわけねーよ」


 反省の態度を見せないゾランに、リベルトはこめかみに指を当てて頭痛が起きそうなのを危惧した。怒られるのは王子ではなく自分なのである、とは言うにも言えなかった。

 ゾラン王子は帝国軍を指揮するほどの戦術の持ち主であり、前線で戦う剣士としても才覚を持っているのだが、その性格は酷くだらしがない。暇さえあれば町におもむき女をひっ捕らえ一夜を過ごす。それも、一人に限った話ではない。当然王子である以上縁談も来ているのだが、正式な結婚になど見向きもしない。

 しかし、そんな彼でも軍の隊士たちからは絶大な信頼を得ているのだ。それだけの功績を、彼は若くして勝ち得ている。だからこそリベルトも、彼を軽蔑などしなかった。

 話がそれたのに気づき、ここに来た理由を思い出す。伝達係である以上、言伝を伝える義務があった。


「王子、軍の幹部からの報告です。今期の軍隊配属志願者は、のべ三十万人を達しました」

「へえ……随分と意識の高い連中がぞろぞろと」

「歴代の志願者数では最多でございます」


 軍隊は戦争の最前線に立たされる者たちの集まりだ。最も死亡する確率が高く、配属されたもののあまりの壮絶さに辞めていく者がいるのも珍しくない。

 過去最多の数字にゾランは大して興味を引かれることもなく、大きく欠伸をしてソファの背もたれにのけ反る。


「まあ、気持ちはわからなくもねえがな……あんな人の住めねえ土地で飢え死ぬくらいなら、軍に入って町に移り住み安定した生活を送りたいと思うのも、当然の思考だろ」

「……」

「お前もそうだったろ? リベルト」

「わ、私は……軍のため、国のためにこの身を捧げることを決めました」

「別に教材通りに答えなくてもいいっての。誰も咎めやしねえよ、そういう流れを作ったのは俺達王族なんだからな」


 荒廃した土地で命が尽きるのを待つか、あるいは戦争に身を投じて死を選ぶか。この国に本当の幸せなど、ない。

 だが、戦争に勝てば資源を得ることができる。そうすることで今も生活を送っていられるのだ。このフレーメは確かに豊かな土地ではないが、屈強な軍隊が揃った強豪国として周辺の国々からも恐れられている。

 勝てば生きられる、それがこの国で一番大事なことだ。

 ただ、そうして資源を得て国民が生きられるかといったら、そうでもない。どれだけ資源を奪い取ろうとも、それが国の領土全体に行き届いてはいないのだ。それも、意図的に。

 だからこそ生を求めて、軍に入り城下町での暮らしを望む者が後を絶たない。これは王族による完全な策略にすぎなかった。

 酷いことだとは思う。だからといって、王族の考えを否定する気には、なれない。


「ところでリベルト。前にレーゲンバーグに送ったあのスパイから、連絡はあったか?」

「ああ、はい。つい今しがた連絡が入ったところです。ですが王子……非情に厄介なことになりそうなのですが」

「厄介? どういうことだ」

「それが、あの国の王子のこと、なのですが……どうも最近、城の者と意思の疎通を計り始めたらしく……」

「それがどう厄介なんだよ。引きこもりのお坊ちゃんには変わりねえだろ」

「いえ、問題は意思の疎通を計る城の者でして。どうやらそれが、カイ王子が召喚したらしい、異世界の人間なのだそうです」

「……異世界」


 まるでおとぎ話のような響きだが、あの国の王子の魔法のことはこちらにも耳に届いている。稀代の大魔法使い、カイ・レーゲンバーグ。召喚魔法はそう安々と使えるものではないが、彼が異世界の人間を呼び寄せたという内容は、こちらにとって無視できないことだった。

 その異世界の人間がどれだけの脅威になるかわからないにしても、あの王子が異世界の人間に心を開き、いずれ起きる戦争に加担でもするようになったら、相手国にとって強大な戦力となるだろう。

 なんにせよ、まずは異世界の人間の情報が必要だ。


「どうなされますか、王子」

「何が?」

「その、隊士は充分に集まりましたし、いつでも戦争の準備はできております。あとは王子の指示があるまで待機、といった状況ですが」

「……そうだな。近々、レーゲンバーグとも決着つけたいしなあ。領土奪って、資源もらって……あわよくば、異世界の人間ってのを、連れてくるってのもいいな」

「は? ど、どうなされるおつもりなのですか!」

「いや、単純に興味があるだけだけど。つーか男か女かもわかんねえし……できれば女がいいよなー、美人だと大変嬉しい」


 この緊迫した状況下でそんなことを考えるなんて、リベルトにはゾランの思考がまったく読みとれない。情報伝達係として、軍隊の中では比較的頭脳明晰で頭の回転が早く、人の心理も読みとれる方だと自負しているが、彼の場合は例外中の例外だ。

 戦争が始まれば、どんなに多くの隊士がいようとその半数は減ることになる。だというのに、何の不安も感じず眠たげに眼を擦るこの美男がよくわからない。

 冷徹といえば冷徹で、部下を心から信頼しているわけでもない。だけども決して無下に扱うことはなく、数多の隊士の士気を一つに束ねることができるのだから、彼はそういう意味で、天才だ。魔法が使えずとも、まったく劣ることなく今を生きている。

 だけど、この国が一体どこに向かっているのか、彼がどこへ向かおうとしているのか、その真意はきっと誰にもわからないだろう。

 豊かな領土を得て平和に暮らすのが最終目的とも、思えないのだ。

 きっとこの国は、戦争をすることで国の崩壊を防いでいる。


「で、では……その旨を幹部と軍隊長、王にお伝えしてきます」

「おー、頼んだ。例のスパイちゃんにも、異世界人のことよろしく伝えといてくれ」

「はっ。では、失礼いたします」


 歴史が動こうとしている。実感は湧かないが、きっとこれから何かを失い、そして何かを勝ち取っていくのだろう。

 失われていく何かに自分が含まれていないことをただただ祈って、リベルトは部屋を後にした。

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