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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第一章 魔法使いと教育係
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感じる

 召喚魔法使いが世界に現れたのは、これまでに五人と言われている。世界に同じ魔法を持つ者は多く存在するが、高等魔法に関しては一世代に一人、同じ能力を持つ者が複数生きて存在することはない。その真意については、この世の理に起因しているのか、まだ不明瞭なことが多い。

 中でも召喚魔法使いは偉大なる魔法使いとして崇められ、彼らは世の統制、改革、そして戦争に常に加担してきた。

 しかし魔法は複雑であればあるほど、その使用方法は難しい。召喚術に至っては、召喚対象を明確に脳内で想像構築しない限り、完全な形として召喚することは不可能とされている。それゆえに、細心の注意を払って使用しなければならない。

 以上、『召喚魔法使いの歴史と高等魔法に関する教訓』より。


「……だって」


 先日同じように朗読したように、今日もまた図書館で借りてきた教材を読み上げた。

 教育係としてカイ君のもとへ訪れるようになってから、一週間。彼は基礎的な勉強を早々と飲み込んでしまい、今日から魔法についての勉強を始めることになった。勿論それだけでなく、作法についての勉強と実戦も始めているのだが、そちらに関してはまだ課題が山積みである。

 単純に彼を生徒として見るならば、優秀な生徒といえるだろう。今までなぜ勉強しなかったのか不思議なくらい、彼は大量に、そして圧倒的な速さで知識を身につけていった。

 今日から始める魔法に関しては、私もまだわからないことが多い。だけど、すべてを覚える必要はない。人によって固有の魔法が違うというのは、教える範囲を一点に絞ればいいということなのだ。

 と、簡単に言ってみたけれど、実際のところ高等魔法である召喚魔法に関する図書はあまりにも少なく、以前数学や科学といった基礎的教養本をロルフさんに持ってきてもらったときとは比べ物にならないくらい、今回該当する本は限られていた。

 基礎的な魔法の知識に関する本は網羅した。基盤はしっかりと固められている。それでも、自信はない。


「つまりね。召喚魔法に必要なのは、召喚対象をはっきりと頭に思い描いていることなんだって」

「んなの、言われなくてもやってるんだけど」

「……なんだよね」


 カイ君だって、曖昧に想像して魔法を使っていないことはわかる。そこまで彼が馬鹿ではないことは、しっかりと理解しているつもりだ。

 だとしたら、何が足りないのか。しっかりと本に書かれた空想上の怪物を想像しているのだ。それがなぜか、異世界の人間を呼び出す結果となってしまった。似たような別物の怪物が召喚されるならまだしも、あまりにも違う物が現れるなんて想像しにくい。

 今までの召喚魔法使いも同じような失敗を繰り返した、なんて失敗談は文章にすら残されておらず、一番に知りたいことは書かれていない。


「基本的な魔法使用のコツは、強い意思と目的、そして精神力……そのどれもあるはずなのに、失敗するとは思えないんだけど」

「召喚の対象が難易すぎるってのも、あると思うけどな。成功するって絶対的な自信はないし」

「うーん……じゃあ、とりあえず、試してみない?」

「は? 試す?」


 そう言って、持ってきた図書の中から一番分厚い図鑑を取り出す。机に置き、適当にページを開き指を差した。ページには、この世界でいうところの鼠のような生物の絵が描かれている。

 要は、まずは簡単な動物から召喚できるか試してみる、というものだった。彼が今までどれだけのものを召喚したか知らないが、召喚対象が難解であるなら簡単なものから慣れていく、という発想だった。

 カイ君は馬鹿にしているのかと言わんばかりの眼差しを向けてきたが、それしきの視線はもう気にならない。


「今まで、どんなものを召喚してきた?」

「……本とか、おもちゃとか……生き物は試したことない」

「だったら、やってみようよ。人間を召喚できたんだから、動物だって呼び出せるよ」


 激励に悪い気はしなかったのか、彼はフードの上から頭を掻きながら図鑑を手に取る。まずは対象について詳しく知り、容姿を観察しなければならない。そこから、どんな声をしているのか、どんなものを食べ、どのように行動しているのかを想像していく。

 しばらくして、カイ君は散乱した床の唯一綺麗に物が置かれていない場所に立ち、愛用している木製の杖を片手に魔法を発動する。目を閉じ、対象の想像に集中して。

 彼の周りに部屋だというのに風が生まれ吹き荒れる。淡い光が彼の周りを包み、そして光の明度が強くなる。眩しいほどに光り輝いて、思わず目をつむってしまった。

 次に瞼を開いた先に見えたのは、フードが脱げ髪が乱れたカイ君の姿と、その足元に微かに動く小さな生き物だった。

 図鑑に載っていた絵とそっくりの、鼠のような動物がしっかりと生きている。


「あ……やったね! 成功したね!」

「ま、まあな……これくらいできて当然だし」

「じゃあやっぱり、カイ君の召喚したい怪物だって、きっと成功するよ!」


 嬉しくなって声を弾ませれば、彼は恥ずかしそうに再びフードを被り直す。折角綺麗な顔が見れたのに、何だか勿体なくてフードを再び外してみた。


「何すんだよ!」

「いや、なんでいっつも被ってるのかなって……顔見えないし」

「見られたくないから被ってるに決まってんだろ……」


 見られて恥ずかしいような顔には思えないのだが。少し残念な気持ちになりながらも、これ以上怒らせたくないので諦める。

 話を戻して、これで彼が生物を召喚することができると証明できたわけだ。だとしても、どうして怪物だけは失敗してしまうのか。単に架空の生物だから、という理由では片付かないような気がする。

 さきほどの鼠に似た生物を膝に抱えながら、開いたままの図鑑に目をやる。さっきは図鑑に詳細な情報が載っていたのもあって、それほど想像に苦労は要らなかっただろう。だとしても、高等魔法である以上難しいことに変わりない。

 そして、近くに投げ出されていた神話怪物の本を引っ張り寄せる。こちらは伝説上のお話がメインとなっているため、怪物の詳しい生態が書かれている箇所はなかった。


「ねえ、今までこの怪物を召喚しようとしたとき、どんなこと想像してたの?」

「どんなって……外見とか、性格とかだろ」

「そっか。例えばさ、体はどんな感触だろうとか、何を食べて生きてるとか、走る早さはどれくらい、とか……具体的な想像をしてみたらどうかなって」

「んなの、本にも載ってねえし、想像しようがねえよ……」


 そうなのだ。実際に存在しないからこそ、目にすることもないし詳しく知ることはできない。神話学者でもいれば何か貴重な話が聞けるかもしれないが、それには城の外に出なくてはならない。だけど、城を出るにしても目的が誰かにバレてしまえば、それも叶わないだろう。

 あくまで極秘の、魔法を完成させるための授業なのだから。


「あー……くっそ。普通の座学は簡単だったのになー」

「そう簡単にいかないって。でも、これで手詰まりってわけでもないんだし、頑張るしかないよ」

「頑張るしかない、ねえ。そりゃ確かにそうなんだけど……なあ、アンナ」


 床に座った状態で、彼は私を見上げる。名前を呼ばれるのがまだ慣れなくて、不覚にもどきりとしてしまった。

 だけど私は、もう一度心臓の鼓動が大きく脈打つことになるとは思わなかった。


「その、もとの世界でも、教育係みたいなことやってたんだろ? なんで、そんなことしようと思ったんだ?」


 たぶんそれは、特に深い意味もない、単純に興味を持ったからこその質問。問われたからといって、返事に困ることなど何もない。何もない、はずだった。

 だけどそれを聞かれて脳裏に浮かぶのは、この異世界に来る前に目の前の彼と瓜二つの生徒に聞かれた、まったく同じ言葉。

 そんなの、なんとなくとしか言いようがない。今は生きて日本に戻るためという立派な目的があるけれど、こんな世界に来なければちゃんと考えもしなかった。

 勉強が好きだったわけでもない。お金を稼いで遊びたかったわけでもない。皆がバイトをしているから流れに合わせたとも違う。教えるのが好きだったとか、生徒と接したかったとか、模範めいた気持ちもないとは言わないが、胸を張って言えるほどでもない。

 だとしたら、どうして。

 急に黙りこんでしまった私に、何か気まずい思いでもさせたのかとカイ君は慌てて「や、やっぱり何でもない」と問いかけを取り消した。


「まあ、その……なんだ、思い出したくないこともあるだろうしな」

「あ、いや、別にそういうつもりじゃないんだけど、深く考えたことがなくて」

「なんだよ、そういうことか……」


 慌てて笑顔を取り繕うも、頭の中には向こうの世界でのカイ君のことを気にかけている自分がいた。あれからだいぶ日が経ってしまったけれど、向こうも同じように時間が過ぎているのか。だとしたら、彼に教えるはずだった授業はどうなっているだろう。

 私がいなくなったことで、周りの人たちはどうなっているだろうか。失踪、なんてことになっているとしたら、家族も気が気じゃないと思う。

 とにかく、一刻も早く戻らなければ。そのためにも、今自分がやるべきことをまっとうしなくてはならない。


「じゃあ、次の動物で試してみようか。一回成功しただけじゃ不安だし」

「ええー……もう本番で試してみてもいいだろ」

「また失敗して私みたいな人連れてきたらどうするの! ほら、次!」

「ううー」


 だけど、このときはまだ何も知らなかったのだ。このまま呑気に城の中で暮らしていられるなんて、当たり前の明日を、未来を信じていたのだ。

 かりそめの平和が崩壊する一歩手前に立たされていたということに、私も、カイ君ですら気づいていなかったのだから。

第一章(一応)完結です。

次の話からは隣国とのやり取りになります。残酷な描写などはなるべく書かないつもりですが、重い話も含まれるのでご了承ください。

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