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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第一章 魔法使いと教育係
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 一日の授業を終えて、カイ君の部屋を後にする。予想以上に勉強がはかどり、自然と気分も弾んでいた。カイ君があそこまで勉強熱心になるとは予想外だったが、教育係としてそれは何より嬉しいことだ。

 すでに夕刻を迎え、気がつけば空腹を感じていた。早く部屋に戻って夕飯を食べよう。この世界の食文化はヨーロッパのものと似ていて、パンのようなものを主食としている。若干の新鮮味はあるが味付けは美味しい。

 廊下からエレベーター(正式には魔術式移動装置)に乗り込み、自室のある階層まで下降する。城が無駄に広いので移動に時間がかかるのが難点だ。

 しばらくして、エレベーターが停止する。扉が開き、新たに人が乗り込んできた。その顔を見て、思わず声を上げる。


「ゲルハルトさん!」

「……アンナ様」


 数日ぶりに見るゲルハルトさんに、なぜだか安堵を感じる。今まで出会った中で一番に落ち着く人でもあり、私をここまで連れてきてくれた恩人でもあるからか、顔がほころんでしまう。

 彼も乗り込み、再び下降を始めた。普段城の中で暮らす私と城外で活動するゲルハルトさんとでは、中々顔を合わす機会も少ない。だからこうして会えるのはとても貴重だった。

 何か話さなければと思うが、あまり話すようにも見えない彼に気軽に話しかけていいのか戸惑ってしまう。セアドさんのように饒舌すぎるのも問題だが、これはこれで不安だった。しばらく口を開けては閉じるといった不毛な動作を繰り返していると、頭上から声を掛けられた。

 というのも、彼は随分と身長が高いのだ。私も女子の平均身長はあるのだが、それでも横に並ぶと大人と子供のように見えなくもない。


「王子とは上手くいっていらっしゃいますか」

「は、はい! 最近は少しずつ打ち解けて、仲良くなりましたよ。まだまだ距離が近くなったとは言い難いですけど」

「そうですか……いえ、素晴らしい進歩だと思います。やはりあなた以外に教育係など務まりません」

「そ、それは言い過ぎです……」


 褒められて嬉しくないとはいわないけれど、実際私は大したことなどやっていない。むしろ彼が褒めるべきは、カイ君の勇気だ。あれだけ心を開いてくれたのは私のお陰なんかじゃない、彼が一歩踏み出したからなのだから。


「それでも、あなたは立派な教育係です。王の目に狂いはございませんでした。私とベッヘムも同じことをしましたが、王子の心を揺さぶることもできなかったのですから」

「……」


 それについても疑問を抱く。王様が頼んできたのは間違いないけれど、本当に私が教育係に向いていると思ったかは信じがたい。

 確かにカイ君を部屋から出すことができたのは、私だ。これだけ心を打ち解けられたのも、私と話すようになってからだ。それでも、だからといって私に才能があるかどうかは別の話だと思う。

 ゲルハルトさんとセアドさんがどのようにしてカイ君を説得したのかは知らない。だけど、私だからできたとは思わない。しかし、そんな謙虚な反応を彼は望んでいないだろう。たぶんそれは、純粋な尊敬と同時に、私を羨ましいとさえ思っているからだ。

 カイ君も部屋から外に出て、本当に気に掛けてくれている人たちとふれあえばいいのに。そうすれば、彼の中で何かが変わるかもしれないのに。なんて思うけれど、カイ君のペースもあるのだから仕方ない。

 それでも、これほどにカイ君を心配しているゲルハルトさんのことは、ちゃんと伝えてあげたい。

 重たくなった空気に耐えきれず、何か別の話題を探そうと試みる。そこで、以前から気になっていたことを彼にぶつけた。


「あの、私の他にここに連れて来られた日本の人は、今はどうしてるんですか?」


 その質問に、なぜか彼は痛いところを突かれた、と言わんばかりに小さく顔を歪める。聞いてはいけないことだった、とは思えないのだが。

 大体、今まで日本人の姿を見ないどころか、話すら聞かないなんて少しおかしい。まるで、すでにここにはいないみたいだ。

 ゲルハルトさんは、少し躊躇いがちに口を開いた。


「ベッヘムからは聞いておりませんか」

「はい、何も」

「……残念ながら、私も詳しい事情は存じ上げません。何しろ王のもとに連れ届けてからは、どのような処遇を受けたかも聞きませんから」

「そうなんですか……」

「ですが、あくまでこれは噂、なのですが」


 彼はさっきよりも声を顰めて、意味深に言葉を区切る。まるで怪談話でもするかのように、次の言葉に繋げた。


「実は、一人目は召喚されたことに随分と錯乱しており、王への侮辱から処罰を受けたと聞きます。もう一人に至っては、隣国に拉致されたとも」

「……それ、本当に噂なんですか」

「あくまで噂です。兵士仲間から聞いただけですし、噂の出所は存じ上げません」


 しかし、現実味はある。今まで一度も出会わなかったのも、辻褄が合ってしまうのだ。

 饒舌なセアドさんですら話さなかったことだし、ロルフさんだって今まで聞いていてもおかしくない日本のことを私に聞いてきたのだ。妙にしっくりときすぎて、気持ち悪さが残った。

 黙りこんでしまった私が落ち込んだと勘違いしたのか、ゲルハルトさんは慌てて言葉を付け加えた。


「噂ですので鵜呑みになさらないでください。実際のところ、どうなっているのか知る者はいませんから」

「そ、そうですよね……!」


 だとしても。もしその噂が本当なら、私は随分と幸運だったのかもしれない。今もこうして、城の中で安全に、役目まで与えられているのだから。

 しかし、もし王が、今私がカイ君の魔法を完成させるために手伝っていると知ったら、どう思うだろうか。平和のためとはいえ、国を滅ぼすことすら厭わないカイ君を支持しているとしたら、とても喜ぶとは思えない。

 そういえば、この城の人たちは、戦争についてどう思っているのだろう。王の命令であれば仕方ないとしても、本心は違う人だっているはずだ。特にゲルハルトさんなんかは、とても好戦的な性格とは思えない。

 まあ、今それを聞くわけにもいかないのだが。城の内部で、いつどこで誰が話を聞いているかわからないのだし。

 変わりに、ゲルハルトさんについて何か聞くことにした。彼のことは思えばよく知らないことばかりだ。

 ちょうどエレベーターも止まり、自室のある階層に着いた。彼も同じ階に用があるらしいので、一緒に廊下を歩く。


「ゲルハルトさんは、いつから城の兵士になったんですか?」

「私……ですか? 確か、十四の頃だったと思います。もとは平民の出でしたので、兵士団の入団試験に合格して入団しました」

「そうだったんですか……それで今は兵士隊長、なんですよね? 随分と出世しましたね」

「いえ、褒められることではありません。当時は剣の腕もなく魔法も使えない凡人以下でしたから」


 謙虚に否定する彼は、しかし物凄く努力家だとわかる。並大抵の努力で相当の地位に昇りつめるなど、そうそう出来たことではないのだ。

 カイ君が才能に秀でた天才だとしたら、彼は努力の天才だ。どちらもすごいことではあるが、努力の量は圧倒的に後者が多い。量で決めつけるわけではないにしても、それほどの努力が誰にでもできるとは思わない。

 隊長という地位を得てもなお謙虚でいられるのは、彼が自分をおごらないからだ。それもきっと、自分を常に律しているからだろう。


「それでも、すごいですよ。頑張って頑張って、諦めずに道を貫いたんですから。私には到底真似できません」

「……そうでしょうか。アンナ様も、随分と努力されていると思います」

「そんなことないです。教育係だって、もとの世界でやっていたからできるだけだし」

「だとしても、です。諦めずに王子を説得し続けたのも、王子の心を開くまでに至ったのも、あなたが諦めなかったからこその功績でしょう」


 そう言って、彼はふっと笑う。優しい笑顔に思わず目の奥が熱くなった。

 ちょうど曲がり角に差し掛かり、私は真っ直ぐと進み、彼は右に曲がるので別れ道となった。別れ際に丁寧に挨拶をして、彼は去っていく。その後ろ姿を見えなくなるまで眺めながら、立ちつくす。

 今まで褒められたことはあっても、努力を認められることはあまりなかった。私自身も努力を感じてはいなかったし、それほど忍耐強いとも思っていなかった。だから、あんな風に言われて驚いたと同時に、何か込み上げるものがあった。

 ちゃんと努力を認められていたのだ。ちゃんと私のことを見ていてくれたのだ。

 誰かに褒められたくて教育係になったわけじゃない。認められたくて頑張っているわけではない。それでも、言葉をもらうとこんなにも胸が熱くなる。

 そうか、今まで頑張っていたんだ。そんな些細なことにすら気づけないなんて、どうかしていたかもしれない。カイ君を見守るのに精一杯だったとはいえ、自分のことすらわかっていなかったなんて。

 再び歩きだし、早足で自室へと向かう。溢れそうになる涙を堪えている姿は、酷く滑稽に見えるだろう。

 夕飯を食べて、明日の準備をしたら眠ってしまおう。

 そしてまた明日、今日と同じように、今日以上に頑張る。

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