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短編

色褪せたオレンジ

作者: 雨咲まどか


 小学校の四年生の時なんだけど、オレンジの絵を描いたの覚えてる?

 えー、忘れちゃったの? ……まあいいや、聞いてよ。


 先生が実家から送られてきたんだ、ってオレンジを持ってきたの。だから「今日の図工はオレンジの絵を描きましょう」って。

 それで、――五つぐらいの班だったかな? に別れて描いたんだけど、私達の班だけちょっと古いオレンジだった。オレンジ色じゃなくて黄色くて、萎びてて所々茶色っぽくて、すっかり色褪せたオレンジ。おじいちゃんみたいなオレンジって言ったらぴったりな感じ!


 ……だから他の班の鮮やかなオレンジが羨ましかったのを、今でもよく覚えてる。


 同じ班の子達も「えーっ」って顔してた。でもね、啓太だけどうでもよさそうに、――そう、ちょうど今みたいに仏頂面で筆を動かしてたの。


 私はちょっと不服だったけど、頑張って目の前のオレンジを描いた。ちゃんと見たまんま、暗ーい絵の具使って。

 我ながら力作だったよ。元々絵描くの好きだったし、上手く描けてたと思う。先生も褒めてくれたしね。

 あ、啓太のはやっぱり下手くそだったよ。え? 訊いてない? ごめんごめん。


――えっと、それから、全員描き終わった後、先生が言ったの。


「みんなの絵の中から二枚だけ、学校の玄関の所の掲示板に貼ります。どれにするか、多数決で決めましょう」って。

 で、先生が五枚くらい選んで、名前は出さずに黒板に貼りだした。……うん、そうそう。不公平が無いようにだとか。


 その五枚の中に、私の絵があったの。結構嬉しかった。でもさ、意見を出し合う時にみんな言うんだよ。私の絵に対して、

「なんか地味だし、綺麗じゃない」ってさ。失礼しちゃうよね。

 私は一気に恥ずかしくなった。確かに、私以外に選ばれた子のオレンジは、どれも美味しそうな明るい華やかな色だった。私のオレンジは、つまんない色だった。

 別にありのままに描いたんだけど、まるで私が地味で、つまんない奴みたいな気がしたの。


 多数決の結果は、勿論惨敗。しょうがないよね。多少形が歪んでても、多少色塗りが下手でも、派手で綺麗な物が選ばれるんだよ。


 でもでも、その時、一人だけ私の絵に手を挙げてくれた子がいたんだ。その子はね、周りの子に「なんで?」って訊かれて「これが一番上手いから」って仏頂面で答えてた。

 なんだかすっごく嬉しかった。匿名だから、その子は私に手を挙げたつもりなんて無い筈だけどね。


――ねえ、そろそろ思い出した? その子って啓太だよ。







 彼女はやっと言葉を紡ぐのを止めて、一口大にカットされたオレンジを摘んだ。

 フルーツパフェの上に乗っていたそれは、鮮やかなオレンジ色だ。

 彼女が語った思い出話はもう六年も昔の事で、よくそんなに細かく覚えているなと感心する。

 ついさっきまでぺらぺらと喋り続けていたくせに、彼女は突然黙りだした。オレンジを口に運んで、飲み込む。


 彼女のパフェが溶けている。普段だったらこんなパフェ一つくらい、ぺろりと一瞬で食べきるのに。

 珍しくしおらしい幼なじみは、何故か真っ赤な顔を上げて、伏し目がちに言った。


「だからね、結局、なにが言いたかったかっていうと」


 喫茶店の音に紛れそうな歯切れの悪い小さな声が、少し遅れて聞こえてくる。


「その日から、……その時から、啓太が好きなの」


 世界が鮮やかになるのを、感じた。

 

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