愛されたいんだ
雪見は頬に大きな絆創膏を当てていて、教室のドアを開けた瞬間に、空気がぴりっとして、クラスメイトがざわめいた。
ああ、またやってんの、参考書からそっと目を挙げて、あんまり上手に貼れていない絆創膏を見る。大きいな。
いつものことだ。雪見が彼氏に殴られるのは、いつものことだ。なんでそんなやつばかり?雪見の趣味だから。
雪見はざわめくクラスメイトの誰にも目もくれてやらず、真っ直ぐに自分の席へと歩く。俺を睨むようにちらりと視線をよこし、窓際の俺の隣の席にこしかけた。
鞄から取り出した教科書を無造作に机につっこみながら、
「はよ」
雪見は何気なく言った。
これがこいつの馬鹿たる所以なのだ、適当に笑って「転んじゃった☆」とでも言っておけば良いのだ、そうすればクラスメイトもとりあえずそれで手を打つだろう。そうすれば、浮かなくてすむのに。別にクラスで浮いたところで悲しくはないが、面倒だとは思う。どうでもいいやつらに視線や言葉でちくちくされるのなんか、顔の周りに虫が飛ぶようでイライラする。
「おはよう」
答えながら、雪見はもともと高い声を低く押さえていて、ご機嫌ななめなのは明らかだった。まあ、怪我して喜ばれても困るが。
「お前顔しか取り柄ねーのに、どうすんの」
ふん、と雪見は顔をしかめた。
「…いいよ、別に。興味ない」
「同じ奴?」
「そいつとは別れて、新しい奴」
事も無げに雪見は淡々と事実を述べる。
ふああ、と雪見はあくびをした。大きな目が細められ、薄い桃色の唇から息が溢れるのを、黙って見ていた。
俺だったら、そんなこと、しないのに。
「宿題写す。貸して」
「自分でやれよ」
「いやだ」
「いやだじゃねーよ」
もう毎回のことだから、叱りながらもノートを机から探す。渡しながら、
「なんで、お前は、いつもそうなんだよ」
「やる気しないから」
雪見はノートを受け取った。
筆箱の中から細い紫色のシャープペンを取り出し、真っさらのノートにさらさらと書き込んでいく。
「こういうふうにしか、できないから」
紙とペン先の擦れる音が、何故だか騒がしい教室の中で、俺の耳を丁寧に打つ。
「めんどくせーの、嫌だから」
「そ」
俺にはそっちのほうがよっぽどめんどくさいと思うけどね。
雪見は自分には、美しい顔しかないと、本気で思っている。自分が愛されるのは美しいからだと知っている。だから雪見はいつも、自分を美しいと思わない、自分を愛さない人を選ぶ。
だから、いつもそんなクソみてーな奴ばかりなんだ。
自分を愛して欲しいから、自分を愛さない人を選ぶ。
愛されたくて仕方ないのだ。でも、愛してくれる人は嫌だ。
この矛盾に雪見だって気づいている。傍で見ている俺にさえ。
教室は無邪気にヒステリーにざわめいている。雪見は残酷なくらい整った横顔をしていた。
もし手を伸ばしたりなんかしたら、途端に俺は愛される権利を失うのだ。
臆病に息を潜め、手を引っ込め眺めている。美しい横顔。